ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

どっちの店員SHOW。

mimisemi2007-05-20

なんかさ、大学に入るために色々と書類が必要なんだけど、困ったことに、金銭的な援助をするサポーターが書く書類があったり、予防接種の記録が必要だったりで、どうすればいいの?って感じなのよね。ようは親の直筆で書く書類と親のサインが必要な書類があったり、母子手帳を持っていって医者に書いてもらわなきゃいけないような書類があったりで、明らかにこっちで
処理できないやつがあるわけよ。あと残高証明はとっくに送ってあったのに、学校側が届いてないとか言ってるし、もうなんだかテンション下がりまくり。まぁあれなんだけどね、自分で書いちゃえばいいじゃん、筆跡を変えてって話なんだけど、こういうオフィシャルな感じの書類だと気が引けるし、俺の字って独特なんですぐバレそうなわけよ。ルームメイトに書いてもらうという手もあるんだけど、何しろその書く書類の内容というのが年収であったり自宅の付加価値だったりして、他人に書いてもらえるような代物じゃないわけ。でもなーこれって俺みたいな
問題に直面してる留学生いっぱいいると思うんだよな。絶対俺だけじゃないはず。だからなんか解決策っつーかフレキシビリティがありそうな気がするんだよね。とりあえずオフィスに行って聞いてみるしかないんだけど、これもまた問題で、日本だったら電話一本で済むけど、俺の場合、英語に問題があるっつーか、直接喋る分にはそこまで問題は無いんだけど、電話というのはかなり難しいわけ。書類を見せながら指を指して「ここがこうで」とかいう説明はできないし、全てを言葉で説明しなきゃいけないのですげー難しいわけ。しかも電話の音質ってのもあって俺が言っていることを相手が理解できないなんてことはよくあるだろうし、逆に相手が何を言っているのか俺が分からないということもあって、特にテクニカルなことを電話でするのって
すげームズいんだよね。大学入るのにそんなんでいいんかい?って話だけど、電話で完璧に物事を説明できるぐらいまで英語学校に通って、その後、大学に入るなんていくら時間とお金が
あっても足りないわけ。だからごり押しで入るしかないわけね。で、大学でもっと英語に慣れると。

まぁそんなのもあって日本だったら電話一本で済むことを、わざわざ直接出向いて半日かけてやるってことが多々あるわけね。まぁ学校関連のことばっかだけど。学校のオフィスは
メールも機能してない場合が多くて、メールを送っても2週間後に返事が来て、それがまた適当な答えて「他に質問があれば電話してください」なんて書いてあって終わりだったりして
もうダメダメなわけ。俺ってメール待つのすげー嫌いなのね。ネット初期からネットをやっていた俺にとって、メールなんて半日か一日か、忙しくてもせいぜい2日ぐらいで返事を
するものだと思っているわけで、2週間なんてありえないわけよ。日本でもそういう人多いらしいね。でもネット初期って半日〜2日が基本っつーか「ネチケット」だったと思うんだけど。
まぁいいや。そんなのもあって、なんだかね、面倒なんだよね。で、オフィスに行っても待たされるわけよ。20分〜30分ぐらい待たされてやっと話が出来るかと思いきや、全然解決に
至らなかったりということもあったりして、なんだかね、やっぱ留学って大変だね。まぁ俺は大変って感じてないあたり、やっぱ適応力があるのかな?とかって思ったりするんだけどね。
郵便物なんか来ててもまず届くことは稀で、大抵不在が入っていて、郵便局に取りに行っても、同じく不在を持ってきている人が多かったりするのと、なぜか郵便局員の業務が凄く遅くて
これまた30分ぐらい待たされるのね。こないだ実家から送ってもらった荷物を取りに行ったときなんて、40分ぐらい待ったからね。列に並んで20分で荷物待ちで20分みたいな。日本の
配送関係は本当に優秀だよ。不在があっても電話をすればまた来てくれるし、時間指定まで出来るし、まず営業所とか郵便局に荷物を取りに行くということがないでしょ。でもこっちっつーか、俺の近所の郵便局だけなのかな?前にも散々書いたけど、UPSなんかもクソレイジーだし、さすがレイジー国家アメリカって感じよ。たぶん近所だけじゃないね。アメリカ全土そうでしょう。でもこれも慣れなんだよねー。ただ前にも書いたように大抵届かないのと、特にUPSなんかで来ちゃうと例のメンフィスまで取りに行かなきゃいけないわけで、通販も気が引けるわけ。
日本の場合、もう書店やCD屋に行くことなんてバカバカしいぐらいAmazonが便利でしょ。でも俺の場合、全然便利じゃない。Amazonは便利だけど荷物が届かないんで相当面倒くさい。
んだからいちいち待つより買いに行ったほうがいいやとか思っちゃう。まぁ時間的には買いに行くより郵便局に取りに行くほうが短いんだろうけど、精神的には明らかに郵便局やUPSのほうが長いわけ。

そうそう、それにしてもさ、ホントあれなのよね、学校が銀行残高を本当に求めるんだけど、アメリカってホント、恐怖がベースになった国家なんで、移民国家とか言われながらも、移民が怖いわけね。だから例えば安い学校に通う目的で学生VISAを取得して、その後学校に通わなくなって、違法滞在のままどっかで働いてるとかさ、怖いわけね。これが。オープンドアポリシーとかいってさ、誰にでも学校は開かれてるとかいいながらもさ、残高に250万無い学生じゃないと受け付けてないわけよ。うちは当然そんなもんはあるわけないんで、用意する場合は親戚に頼んで一時的に口座に入れるとか、どっかから借りるとか、そうするしかないわけ。で、わざわざそんな苦労をして用意をした銀行残高をあっちは無くすわけよ。で、受け取ってないとか
言い出して、また用意しなきゃいけなくなったりするわけ。日本だと考えられないでしょ。前の学校のバカなアカデミックアドバイザーも「んじゃキミの転校の書類はキープしておくよ」
とか言っておきながら、3日後ぐらいにオフィスを訪ねると「何のようかね?」とか言い出して、全然俺のことは忘れてるわけ。で、書類のことを説明してもさっぱり覚えて無いし、
そんなものは受け取ってないとか言い出す始末で、またこの書類を用意するために別の日に学校に来なきゃいけなかったりとかね、日本だったらこんなアドバイザー即クビでしょ。でもこっちだとなぜかやっていけるんだよね。これが前にも書いた緊張感の違いっつーか、日本は優秀でこういった事務とかサービスの平均レベルは恐らく世界でもトップレベルだと思うけど、そういったものを求める社会が故に堅苦しいというか、息が詰まりそうな余裕の無い常に張り詰めたような感じになっちゃうわけね。全体的にそういうのを求めるでしょ。大人はこうあるべきみたいなデカイコモンセンスがあって、それにそぐわないともうダメみたいな。でもアメリカってその辺が多様で、こんなダメなアドバイザーでもやっていけたり、授業中に携帯で話しているような教師もやっていけるわけ。これって授業を受けている側とかサービスを受ける側は迷惑だけど、社会全体として考えるとレイジーだけど余裕があるのよね。それは前にも書いた日本のあの常にマニュアル式に客は神様の図式でやっていかなきゃいけない接客業と、こっちの自然体で客と対等みたいな態度でやっていける接客業とでは全然違うわけ。これで同じぐらいの時給だったとしても、明らかに日本の時給のほうが低いわけ。だって過剰なサービスを提供しているのに時給800円で、アメリカでは適当にこなしているだけで7ドルとか8ドルとかでしょ。
時給は同じだけど業務が日本の接客業のほうがよっぽどハードなわけで、それで時給が同じってのはね、そりゃバイトやりたくないってやつも多いわけよ。ただアメリカ式でいいんだったら
やるやつは相当増えると思うし、適当にこなしてればいいっていうような考え方でいけるんだったら、例えばニートみたいなやつも進んで小遣いのためになんかバイトとか仕事するかもしれないよね。それはさっき書いた授業中に携帯で話す生徒・・・じゃなくて教師にも言えることで、教師ってのは大変だけど、少なくともこっちのダメな英語学校の教師を見てるとバイトでやりたくなるぐらい楽そうなのね。仮に日本がアメリカみたいな総アル中国家になったら、楽観的なやつは増えて、自殺者も減ったりするかもしれないね。あと仕事がそこまで精神面でハードじゃないんで、仕事は仕事っつって割り切ってやっていける人が多くなるかもしれない。正直、アメリカ人はよく働くとか言われても、よく働く日本人を知っている俺としては全くリアリティが湧かないというか、日本のハードワーカーのあの人間関係と業務の緊張感といったら地獄でしょ。それに比べてアメリカってのはお気楽だと思うんだよね。どの仕事でも。まぁ日本と比べるとだけどね。なんかアメリカでは自殺者が増えてるとか鬱病患者が増えてるとか言われても、日本のそれとは度合いが違うだろうなって言いたくなっちゃう。別にどっちが良いって言うわけでもないんだけど、俺がこっちに住んでて居心地がいいのは、こういう部分も大きいんだよね。人々が頑張っているけど余裕があるっつーかさ、デリにいってもデリの兄ちゃん同士がふざけあってたり、郵便局にいっても客が並んでるからっつって局員が客に謝るわけでもなければ、手を早めるわけでもないっつーあの余裕感ね。教師が授業中にいきなり携帯を持って
教室の外に出て生徒は待ちぼうけとかさ、なんだ?って感じだけど、俺には微笑ましいんだよね。なんちゅーレイジーな基盤を持った社会なんだ!!って。もちろんエリート学校とか
エリート企業みたいなところは違うんだろうけど、でも社会の縮図って例えば末端に現れたりもするじゃない?日本のスーパーとアメリカのスーパーの違いを見比べれば、双方の社会の違いが見えてきたりもするわけ。電車もね、気分で駅を通り過ぎたりさ、いきなり各駅が特急に変わったりさ、で、それについて不満を言わない国民とかさ、余裕があるでしょ。日本だったら満員電車でイライラしながら「特急とはどういうことだ!!」なんてことになりそうだけど、こっちではノービッグディールよ。そんな余裕があるから電車に飛び込むようなやつは日本ほど多くないのかもしれないね。日本のあの人身事故での電車のストップ率といったら恐ろしいものがあるよね。ホント、社会がそこまで張り詰めていないけど若干不便なところがあるのと、
張り詰めているけど電車は定時に駅について、荷物は確実に家に届くのと、どっちがいいんだろうね?社会が抱えている問題は前にも書いたように日本もアメリカも似たようなところが
多くて、基本的にノーフューチャーだけど、陰鬱な空気が世の中を覆わないのは、こういう社会の中身の違いなんじゃないか?って思うんだよね。ようは社会というよりも国民性に依存する問題も多くて、例えばいきなりね、日本人が日本人のままアメリカ人気質になって、アメリカ人がアメリカ人のまま日本人気質になったらさ、社会が一気に変わるでしょ。ただ大枠は変わらないわけ。例えば政権が腐ってるとか失業者が多いとかいろんな社会問題はあんま変わらないかもしれないんだけど、細かいところは変わるわけよ。で、JRは気分で川崎を通り過ぎてみたり、クロネコヤマトは気分で届けに来なかったりとか、ただ国民はそんなのに慣れているんでわざわざ営業所まで取りに行くわけ。で、「ヤマトって楽らしいよ」なんて噂が流れて
いろんなやつがヤマトで働きたがるわけ。どうせどの宅配業者も一緒だって国民は諦めていて多少の不便さはもう当たり前になっていたり、あー今日は川崎に止まらなかったから、
品川で乗り換えるか・・・とかって国民が思ったりして、電車に飛び込むような人が減るわけよ。で、どの郵便局も長蛇の列で、スーパーは常に店員の喋り声が聞こえるわけ。コンビニに言っても誰一人として「いらっしゃいませ」なんて言わないで、店員同士がとび蹴りをかましあってたりするわけ。どっちがいいんだろうね?店員がいらっしゃいませじゃなくて、顔見知りの客に「あ、久しぶり。元気?」とかっていう代わりに業務が遅いのと、いらっしゃいませ、ありがとうございましたしか言わない代わりに業務が速いのとどっちがいいかね?
閉店間際に「申し訳ございません。閉店ですので・・・」しか言えない店員と「閉店だよー残念でしたー!何?ビール?んじゃいいよ。入れよ」って言ってくれる店員とどっちがいいかね?
少なくともノルマだとか時間厳守とか決まったルーティンを守ることで事故が起きるより、んなもん守らないぐらいの余裕を持ってその余裕から事故が起こらないほうがよっぽど
ハッピーよね。あの脱線事故なんてさ、あの運転手を攻めるのはお門違いだからね。あんなプレッシャーと時間厳守を極端に求めるJRに責任があるわけで。犠牲者には悪いけど、時間を守るためにテンパってしまったあの運転手が気の毒でしょうがない。仮に定時に着かなかったら上から凄まじいこと言われるわけでしょ。もうそのプレッシャーが凄かったわけよ。俺が悲しかったのはあの運転手の事故間際の心情や今までの状況もそうだけど、それを理解できなかった愚民がいかに多かったかっていうことなわけね。この運転手は大学に行きたかったけど、経済的な理由から断念せざるを得なかったとか、教育がもっと平等に与えられてたらって思うと悲しいよね。金に依存する教育ってどうなのよ?はぁー・・・俺も親に迷惑かけてばっかだなーマジで。なんでこんなに金がかかるんだろう。はぁー・・・・金ばっかだ。世の中。金を求めるのはよくない、物質的になるのはよくないとかいって、今の世の中それを拒否して生きるなんて無理だからね。俺だって拝金主義は大嫌いとか言いながら、すげー金持ちに憧れてるからね。金持ちっつーか小金持ちだけど。

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