ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

限られた自由。

mimisemi2007-06-28

まだ悪い状況から抜け出せてないので、本腰は入れずに、とりあえず自由について思ったことがあるので覚書程度に書いておきます。っつーのもね、限られた自由っていうのは権力者がその権力を一見、合法的に使い続けられる一番の方法の一つなんじゃないかと思ったわけ。ようはね、あからさまに権力者が、例えばヒトラースターリンのように力を握っていたら、バカでもそのファシズムっぷりにうんざりするし、21性器になった世の中、ちんぽだらけではあるけども、ヒトラーみたいなのがいたら、そりゃ世界的にダメでしょう。まぁきんせーびは置いておいて。ところがね、特にアメリカってのはね、一応、恐らくまぁ俺の限られ過ぎた経験の中で言うと、アメリカ人って素で民主主義を信じているし、フリーカントリーだと思ってるわけ。でもそれってのは権力者が市民を抑圧するために与えている限られた自由なわけ。で、人々はその限られた自由の中で生きることに関する選択肢があるように思えたり、言論の自由があるように思えたり、自分の自由な人生があったりすると思い込んでる。ただね、これってのは幻想で、実際はいつもウォール伝でも書いてるように、食うために必死な人が大半なわけ。アメリカなんて25パーセントだかが貧困層らしいし、日本も20パーセントを越したらしいけど、はっきりいって今、普通になんとか暮らせてる人でも、明日はわが身ということがあるかもしれないなんていう抑圧された不平等な社会だよね。考えても見てほしいのが、食うために大学卒業しなきゃいけないとか、食うためにやりたくもない仕事を一日10時間やらなきゃいけないとか、またその仕事ってのも大半が大企業が牛耳っている企業の末端みたいなのとかさ、基本的に企業の下に従属するってのが一般的な選択肢で、それを外れるっつーと相当なパワーが必要なわけで、誰もそんなリスクは背負いたくないとか思いつつも、その企業すらも信用できねーってことで、まぁリアリスティックなまま刹那的に若者が増えていると思うんだけど、こういうやつがふらふらと渋谷を歩いていて、大人はけしからんって思うかもしれないけど、そんな失望して夜の街をフラフラする若者を増やしている社会が問題なわけ。まぁいいや、で、こんな社会ってのは何の自由も無いわけ。ただ「これはファシズムだ!権力者の横暴だ!!立ち上がらなければ我々が潰される!」まで大げさに思わないのは、この限られた自由の中でやっていっているからなわけ。実際は権力構造を見るとファシズムとの差は大して無いと思うんだけど、人々が全体主義的なものを感じないのはね、一応、嫌々ながら従属しながらやっている仕事でも仕事終わりに仲間と飲みに行くのが楽しいとか、週末はショッピングとか、彼氏・彼女とデートするとか、こういう自由があるんで、社会から抑圧されているのにも関わらず実生活でそれを切実に感じることってないわけ。で、大手のブランドとモロガッチシな雑誌のモデルが着ていた洋服が欲しいっつーんで週末買いにいって、そこで自由を感じているわけ。これを考えると週末の自由すら、実際はほぼ何らかの金儲けの道具に利用されているっていう風に気がつくんだけど、まぁそれは気がつかないほうがマシなのは言うまでも無い。気がついたらもう死ぬしかないからね。たぶん。こうやって適当に餌とか首輪を外して限られた敷地内で走らせて自由を感じさせるとかっていう、飼い主の飼いならしなのよね。ただこれってのが世界的に見ても効果的で、これはまさしく21世紀のファシズム、もしくは全体主義なわけね。でもまぁーね、今の社会ってのが明らかに人間の本質とはかけ離れたものなんで、そりゃ鬱病とかね、増えますよ。そんなもん。人間の自然な反応ですよ。虚無感を感じて自殺とかね。これを精神学的に見れば鬱だとかって診断できるのかもしれないけど、そんなのを生んでいるのは環境やら社会なわけね。

DE、今回の俺の言いたいことを分かりやすいか分からないけど、鳥で例えると、空をいくらでも飛べるポテンシャルを持っている鳥が鳥かごにずーっと入れられて、限られた食料の中で飼い主への従順を求められてるっつったら、この鳥は狂いますよ。狂うか従うしかないと思って、相当悲観的な人生ならぬ鳥生をおくることでしょう。これがさっき書いたこの中での俺が例えとして書いた露骨なファシズムね。で、普段は鳥かごで、週末は屋根がある割と広めな温室みたいなところで、限られたスペースで飛んでみたり、木にとまってみたり、本来の鳥っぽいことをしてみたりってことをしつつ、その割と広めな温室で満足してるのが今の我々ね。ただこの場合、たまにこの広めな温室みたいなところで限られたスペースではあるけど飛んだり出来るので、飼い主が束縛と従順を求めているとはイマイチ感じられないわけ。構造的には生涯鳥かご生活とあんま変わらないんだけど、精神的には束縛もあるけど自由もあるんで、これが人生みたいに思い込むわけね。でも本来鳥ってのは大空を飛ぶ生き物でしょ?それは人間も同じだと思うんだよね。飼い主ってのが権力者で、飼い主の家、もしくはこの温室みたいな広い鳥用のスペースが国家だとしてね、で、鳥って本来、自然の生き物でしょ?飼い主に飼われるなんてのは鳥ビーイングじゃないわけよ。ってことである鳥は体調を崩して死んだり、ある鳥は重度の鬱になったり、鳥同士で争いごとが起こったり、いじめが起こったりするわけ。でも空に飛び立っちゃえばこんなのは無くなるわけよ。で、ある鳥はある森に巣を作って、そこで他の気の知れた鳥同士と共同生活を送っていたり、ある鳥は山に巣を作って、これまた気の知れたほかの鳥達と共同生活を送っていたりするわけ。で、もちろん共同生活というものがあるからには、その鳥達の鳥達によるルールがあるわけ。それは前みたいな飼い主によって作られた一方的なルールではなく、あくまで鳥達のための鳥によるルールなわけね。それがあるから共同生活を営めるわけ。鳥がさ、いくら飼い主から餌をもらってても、大空を飛び立ちたいって思うのは、それが鳥の本質なんだよ。でも最近の鳥達っていうのは、飼い主に飼いならされていて仮になんの束縛も無く、大空に飛び立てるチャンスがあっても、家の中にいたり、家の前でウロウロしてたりするわけね。自分には自分の鳥かごがあるし、温室もあるんで、オッケーと。これが限られた自由の中にいる哀れな鳥達ってことなわけね。でもさ、一端空に飛び立った様々な鳥達が色々な場所で巣を作っていったら、前の飼い主もビックリなぐらいの大きな巣が出来ていて、たくさんの鳥がその大きな巣で自由に暮らしていてさ、で、その巣がさ、まぁ共同体なわけでしょ。で、これこそが民主主義が機能している共同体ということじゃないの?って言いたいわけ。もちろん巣のリーダーみたいなのはいると思うけど、まぁオピニオンリーダー的なもんで、権力者じゃないわけ。あくまで鳥達の意見をまとめてルールを作るとか、まぁ鳥達の代表ね。これがリーダーってもんじゃないのかしら?この鳥達の代表とさっきの飼い主って同じボスでも全然違うよね。

まぁとりあえずそんなところで。

Bongos Bleeps & Basslines

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Reconstructed

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