ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

算数すいすい。

mimisemi2007-09-11

そうそう。最近、なぜか日本語のヒップホップを聞いててねっていうのもまぁ前に凶狂の桜のサントラが面白いとか書いてたとは思うんだけど、最近、まぁ日本語ヒップホップっつっても、ライムスターとケーダブキングギドラぐらいなんだけど、ようはね、聴くのが無いのよね。前にも新譜だとかなんつーか別に何かを追うっていうのが無くなったって書いたけど、その消費の果てに今まで興味なかったものにも積極的に手を出してみようかってことで日本語ヒップホップ聞いてるんだけど、ケーダブとギドラはあれだね、凄く社会性っつーか政治的でいいね。あとやっぱあれね、歌詞の良さとか韻の踏み方とかさ、ただのアメリカのヒップホップの真似したいっていうどうしようもないやつと、日本語っていうところに着眼点を当てて言葉をたくみに使っているラップとさ、全然違うのね。まぁ当たり前だけど全然違う。で、全く今まで聞いてこなかったジャンルだけど、レコ屋でレコードを試聴してるときみたいな感じで一瞬で「これはよい」「これは悪い」っていう判断ができるぐらい違いが明白だね。で、やっぱりクズが多いと思う。けどライムスターとかケーダブみたいな良いやつもあるんだなってまぁ日本語ヒップホップ=偽者っていうステレオタイプは間違いだなっていうのは認識。最近は前の凶狂の桜みたいな感じに珍しがるようなモンド音楽として聞いてるんじゃなくて、割と真面目に聞いてるね。あとライムスターは単純に曲のクオリティが高いのが多い。日本のヒップホップもラップもやっぱ本場に比べるとトラックは見劣りするのが多いような気がするんだけど、ライムスターは別格。ある意味オリジナルだね。あんなの無いもん。アメリカのヒップホップには。あとすげー聞きたいのが漢とMSCね。これはツタヤになかったんだけど、そのうち買うと思うっつーか、前にオススメCDで紹介してたと思うけど持って無いんだよね。あ、あと言っておくけど、社会学の教科書は最高だよ。もう教科書というか読み物として面白い。教科書だけあって文章もわかりやすいし。アメリカの教科書はクオリティが高いというけど、それは本当かもね。リベラルアーツでやる程度の社会学の教科書でここまでのクオリティだったら他はどうなんだろう?って思ったけどね。ところで2年制大学で誰もが様々な学科を取って勉強しているとしたら、社会はこんな風にならないはずなんだよね。少なくともこの社会学の教科書には中立ながらもグローバリゼーションの弊害や、欧米化などの弊害(影響かな)、あとは前にも書いたヘゲモニー(Dominant Ideology)の話なんかも出てくるし、俺の社会学のクラスですらちゃんと聞いてれば明日から考え方が変わりそうな材料がたくさんあるのに社会は変わらないんだよねー。おかしいよね。恐らく前に書いたようなテストで点数を取るための勉強というところにフォーカスがいっていて、肝心の内容にはフォーカスがいってないんだろうなとは思ったね。いや、フォーカスが行く人もいるんだろうけど、こんな誰でも入れる大学の社会学の授業でヘゲモニーの話が出てくるんだったらさ、革命でも起こりそうなもんだけどね。最近は趣味で社会学の教科書を読んでいるんだけど、グラムシとか出てくるからね。まぁ名前だけだけどね。ヘゲモニーなんて考えたらさ、誰も会社なんかに入れなくなるよね。哲学の授業でちょっとでもショーペンハウエルについて触れたら、もっとみんな内面を磨こうと思うよね。だけどそうじゃないのが現実なんだよなー不思議。そうそう、哲学の授業もね、次のセメスターにでも調査員として受けようと思うわけ。どんな授業が行われているのか?下半身はどんな感じになっているのか?濡れているのかガバガバなのか、など。今後もアカデミック・スパイとして、アメリカの大学でどういう授業が行われているのか、なるべくコンスタントに書いていくつもりダヨ。特にアメリカの視点にバイアスがかかったような授業があったりしたら面白いんだけどね。良い批判材料になりそうで。「アメリカニズムってこういうとこから来てるんだーなるほどねぇー」とかね。ちなみに今日の数学は平均の出し方とか、割り算とかでした。算数だね。社会が現実にはありもしないような、観念的な数式の世界を要求しているとはとても思えないんだけど、やるしかないってのが本当に苦痛だわ。まぁ高度じゃないってのが救いかな。苦手でもなんとかやれるぐらいのレベルで、一旦終えちゃえば今後はいらなくなるわけだけど、その今後があるのかがまた不安になってきたりすると髪が抜けるんでやめよう。日本に帰るのが怖すぎる。死ぬより怖い。生きることって死ぬより大変なことだもんね。ビルから飛び降りろって言われてるのと、日本に帰れって言われてるのだったら、後者のほうがよっぽど怖いわけ。まぁあんま考えないほうがいいな。考えていると現実になるし、言う時点で現実になったりするからね。そうそう凄い覚えてるのがさ、アートリンゼイのイベントの時にまぁ友達のコネなんだけど、DJやらせてもらえてさ、もう「腕が無くなってもいいぐらい嬉しい」とかってそのオーガナイザーの友達に言ったらさ、その何日か後に事故にあったんだよね。怪我は無かったけど、ドカタの車が前方不注意でバイトの行きの俺のチャリにぶつかってきたんだけど、ちょっと角度違ってたら腕が潰れてたような感じだったのね。たいしたことなかったわりに、俺の自転車のヘコみ具合とか相手の車のヘコみ具合が相当凄くて、あそこに腕挟まってたら完全にいってたなっていう。だからなんつーかあれ以来、言霊ってのを信じててね。だからネガティブなこととか思ってても言わないことにしてるんだよね。言ったことというのが無意識に脳にインプットされていて、何気ない行動にもそういった日々の言動の傾向が表れるとか、そういう具体的な話ではなく、もっとオカルト臭い話なんだけど俺が話してるのは。それにしてもあの時もアレだなー、イベントのときにアートリンゼイとちょっと喋ったりしたんだけど、普段やってるのって寂れた団地の近くにあるスーパーの精肉部門でバイトしてるわけだからさ、そのコントラストが凄いわけ。もうああいう生活はマジで嫌だな。だから今頑張るしかないわけ。学校のシステムが・・・とか贅沢言ってられないんだよね。嫌だったらまた精肉やりますか?それとも人生やめますか?って話だから。世知辛い世の中だわなマジで。今日もさ、「はぁー意味の無い数学の授業だったなぁー・・・ところでムラムラしてきたから早く帰って抜こう」とか思いつつ、いつも行ってるピザ屋でピザを食べつつコーラを飲んでたんだけど、ピザ頼むときにさ、店員が「お前どっから来たの?え、日本か?ありがとってサンキューだよな。で、こんちにはってハローなんだろ?」とかさ、もうこういう会話があるだけでなんだか俺としては最高なのね。店員の姉ちゃんも「ハーイ。いつもの缶のコーラでいいのね」なんて言ってくるとさ、やっぱアメリカ(ニューヨークだからか?)って国家はクズだけど人々やらコミュニティってのは最高だよなぁーって思うわけ。国家もクズで共同体も無くて、人とのコミュニケーションも無い日本ってもう沈没してるよね。テポドンが発射されようがされまいがもう沈没してるよ。だから帰りたくない。またどうせ鬱が酷くなるだけだし、テレビをつければ「萌え」だのなんだのっつってアイドルが出てたりさ、もう「うわー!!!やぁめぇてぐれぇぇぇぇ!!!」ってなるわけ。気がおかしくなるあの環境は。ガンガン否定してるけど、単純に俺の性格が日本にあってないってのもあると思う。アメリカというか欧米型なんだなと。だから俺が日本をボロカス言うところで、それがニュートラルかどうかというのは分からんね。俺にとってだから。そうそう。マックスウェーバーのさ、なんかね、歴史だとか社会学だとかのリサーチをするときは、調査する側のイデオロギーやオピニオンを反映させないで、ニュートラルにリサーチするべきだっていう、Value Neutralityって概念があるんだけど、ホントさ、誰でも入れる大学の社会学でここまでユーズフルなことをやるのにも関わらず、世の中の論者ってのは基礎が出来てるのかな?って凄く疑問に思うよね。簡単で自明なことで誰でも入れる大学レベルのことなんだけど、分かってない人が多いっていうね。それを凄く感じるね。社会学の授業では。まぁスペシャリストのみがその領域について語れるっていう、エリート主義みたいなのは嫌なんだけど、ただ基礎って重要だよなって思った。経済のことを経済学を踏まえて議論しているのかそうでないのかとかさ、何気に凄く重要だよね。そういう意味だとなんちゃって知識人ってのは世の中には多くて、本当のスペシャリストって少ないんだと思うんだよね。まぁなんちゃってが多すぎるのかもしれないんだけど。まぁいいや、そんな感じでさ、今週はJewish Horidayだとかで、水曜からずーっと休みなんだけど、また怠けのスパイラルに入らないように気をつけないとね。またオナニー・ネットサーフィング・ニコニコ動画・オナニーの繰り返しにならないように気をつけないと。それにしてもさ、それこそ社会学じゃないけど、ネットが与える留学の影響って大きいと思うんだよね。昔は留学っつったら完全に日本とは離れたところで勉強してたわけじゃん?今ってネットとかメールとかあるからさ、日本との距離ってのを生活の中で感じづらくなってるし、追い討ちをかけるかのように、いろんなコンテンツがネットで配信されているというとさ、それこそアメリカの大学に通っているんだけど、プライベートは2ちゃんねる三昧とか日本の動画三昧とかさ、それって駅前留学みたいなもんだもんね。ようは駅前留学的な通い方で大学に通うっていう。他のプライベートの部分でのアメリカっていう部分がそこまで強くないっつーかさ、いや、俺みたいな引きこもりでもテレビをつけたらっつーかテレビは見ないけどまぁアメリカの番組しかないわけじゃん。本とか雑誌もアメリカのばっかっつー感じでようは環境からもうアメリカの生活を強いられるって感じだけど、今っていくらでもカスタマイズできると思うんだよね。特にマンハッタン周辺だったら日本の食材も手に入るし、それこそプライベートは全く日本での一人暮らしと変わらないみたいなさ、俺ってそんな感じだからね。無理にでもアメリカ人とやっていかなきゃいけない環境ってのが無いわけね。全部ネットのせいにすることはできないんだけど、やっぱネットってデカイよ。現に今、一番よく話す相手って両親だからね。スカイプでの。しかも週一よ。他は一切喋らないからね。まぁヴぇつにだからといって寂しいわけじゃなくて、私生活は充実してるんだけどっつーか基本的に読み物と映画と音楽があればやってけるからさ、ショーペンハウエル的な内面から来る幸福感を謳歌しているわけだけど、英語のスピーキングの上達という意味だとあれだね、内面的なやつははっきりいって向いてないね。まぁ俺は喋るときは喋るし、今は喋りっつーかまずエッセイの書き方とか、そんなんが問題でさ、まぁいいんだけどでもあれだね、そう思うとロードアイランドの頃ってすげー喋ってたなって思ったね。ロジャーとかマークとかケリーとかさ、アメリカ人みたいな名前だけどみんな台湾人だけどさ、あの学校は狂ってたねある意味。それにしても生徒同士のつながりが凄かったなあれは。今思うと凄く有意義な時期だったし、あの頃に相当スピーキングとリスニングは伸びたんだろうなとは今なら思えるね。来たときから今みたいな孤独な環境にいたら恐らく英語はのヴぃなかったと思う。まぁボキャブラリーとかリーディングとかコミュニケーションじゃないところばっか伸びて、コミュニケーションの部分は伸びなかったと思うね。いやーやっぱあの頃あっての今だなぁー。もう一年前にもなるんだもんなぁー。親は一年以上もかかってやっと大学に入れたっつって泣いてますよ。嬉しくてじゃなくて金がかかりすぎてね。でもそう思うと俺ってある程度の山場は越したんだよね。あとは大学から要求されているものを満たせば、とりあえずお金はともかくとして、やれることはやれるっていう状態まで来てるわけだよね。思えば一年前のあの頃に社会学の教科書とか読めたと思えないし。今年の3月ぐらいまでホント、文章読めなかったからね。そう思うと進歩してるよなー。50ページ読んできてって言われても別に怖くないもんな。今。全然なんともない。ヴぇつに時間はあるんだし読めるよね。責めてばっかいないで、こうやって思いなおしてみて褒めることも大事だね。うんうん。でも足し算引き算やらなきゃいけないんだよね。だったら英語と並行してやるのを分かってるんだったら前もって長期的に数学もプログラムに組み込んでおけよって話だよね。まぁそれができたら苦労しないよ。あと今の目標は今後は明らかにただですらギリギリな仕送りがさらに減る可能性があるんで、一切、娯楽品は買わないっていう修行をしないといけないわけ。いやーこりゃ大変だけど今はとりあえずレコードはもう全然買って無いし、CDも買って無いし、あとはDVDかな。まぁDVDは買わないでレンタルすりゃーいいだけど話なんだけど、やっぱそこは所有感なんだよね。物質的な満足感。まだまだこういうのに縛られてるね。あとやっぱ洋服とかメガネもすげー欲しくなるんだよね。前と違って外に出ることが多いから、ホント、服装のバリエーションが欲しくなってくる。まぁ今でも十分なんだけど常に新作を用意しておきたいみたいな、崖っぷち留学生活には似合わないような欲求があって、これってのはやっぱ中流で育ってきたあれなんだろうなーとは思うね。完全に物質社会にやられちゃってるよ。俺。アホみたいに浪費してるやつらと比べれば相当ストイックだけど、単純に仕送りが減るってことで、もう現実的に無理になってくるからね。自分が望む望まないとかってことじゃなく、そういった生活を必要とされるっていう。だからもう談志みたいにストイックになるしかないわけ。あとあの血と肉と骨のたけしみたいな感じとかね。DVDとか洋服とかって限られた唯一の楽しみなんだけど、それすらも無理になるってマジで泣けてくるな。ただしょうがないよね。日本帰るよりマシなわけだから。そうなるともうあれだよね、読書に人生を捧げるしかなくなってくるよね。教科書をずーっと読んでるとか、まぁ本ぐらいだったらさすがに買えるから、本買ってきてもうそれだけっていうね。まぁそうなったら英語力伸びるだろうねー。凄まじく。ただつまんねー生活だろうねー。毎日起きて味気ないメシ食ってその後は
ずーっと読書なんて明治とか大正みたいな感じだよな。それをまた誘惑の多いニューヨークって環境でやるんだから大変だ。だったら金を使いたくても使えないような田舎街に行くしかないんだよね。でもそれは気が狂うってロードアイランドで痛感したしなぁー・・・。下手に中流だからストイックになりきれないっていうジレンマがあるよね。まぁ全然贅沢してるとは思わないんだけど、たまに贅沢することすら出来なくなるって結構キツイよ。甘ったれたこというなって話しだけど、いや、大変よ。マジで。買えるの本だけってどんだけーって感じでしょ。そんな生活になると英語力だとか読解力だとか知識ってのはつくんだろうけど、人間的に腐っていきそうだね。すげー厭世的になりそう。今でもまぁ本は読んでるけど、そこまでじゃないよ。誰か学費だけでも払ってくれないかなぁー・・・マジで。まぁ実際、マンハッタンなんっつっても収入の80パーセントが家賃に消えていくっていう人も多いらしいから、はっきりいって俺ってまだまだ贅沢な人間の部類なんだよね。よし!決めた!次にこないだみたいなジョーダンみたいな贅沢品を買いたいんだったらその前に読んでない本を全部読んでからっていう風にしよう。そうすると実質、半年ぐらいは何も買えなくなるからね。日本語のも英語のもあわせると家から送ってもらったやつとかあわせると50冊ぐらいあるからね。いや、一年ぐらいかかるか。分厚い本もあるし、ネグリみたいなややこしいのもあるし・・・。学徒だね。学徒。マジで。でも本って次々と欲しくなるんだよね。そんなのをこっちに来てからずーっと続けてるから読んでない本が増えちゃったんだと思うんだけど。そういえば日本にいたころもこんな風に思って読んでない本を片っ端から読破したことがあったっけな。で、読み終わった後、やればできるじゃんって凄く思ったんだよね。んじゃあそうするわ。今は正直言うとジーパンが欲しいんだけどね。あとベルトの金属が臭いんで臭くないやつを。まぁこれって贅沢品っていうか必要なやつなんだけどさ、そう思うと別に靴だって洋服だって無駄遣いじゃ無いよね。だって着てるわけだから。毎日同じような服装ってのは俺はマジでダメなのね。メガネもずーっと同じだと気が狂う。靴もそう。これって贅沢かな?メガネなんていくらでもあっていいわけよ。まぁ日本のあのメガネブームはムカつくけどね。正統派メガネから言わせてもらうとあんなもんメガネでもなんでもないただの流行だよ。まぁいいや。そういえばウォール伝ってやっぱり孤独から来るものなんだよね。今みたいに喋る相手が誰もいないと、こうやって誰でもない人に向けて出力するってことで、出力欲を満たしているっていう。だから私生活で誰かと交流があって色々話をしてるときなんかは、その話の中で出力欲が満たされているんで、ウォール伝はかかなくてよくなるわけ。日本にいた時だって明らかに死にそうな気分で話し相手は誰もいなくて、ひたすらオナニーと読書しかないっていう生活の中で書いてるのが大半だから、そう思うと今と状況は似ているんだよね。まぁ違いは今は割と毎日が幸せっていうことだけどね。でもさ、やっぱ将来に向けてやりたいことがあるとか目標があるっていう中で生活しているのと、そうじゃないのとではもう全然違うよね。今は生まれて初めて具体的な目標っていうのを持っている気がするけど、そう思うとさ、とりあえず音作るしかないっていうあの状況はね、日本に居た頃ね、やっぱある意味での現実逃避だよね。今ってその必要が無いからさ、だからアイデアもあんまり出てこないんだと思う。他にやることがあるんで出てこない。俺の音って基本的にネガティブなものから来ていたり、追い詰められたような状況から来ているものが多いからね。そういうときほど色々なアイデアが出てきて、色々作れるわけ。前に両親と凄まじくディープな状況になったときもさ、アイデアが来て作ったやつがあるんだよね。まぁ結局作り終えて無いんだけど。ただホント暗いよ。自殺する日の前夜に作ったような音。曲名も自殺でいいかなって感じなんだけどね。まぁそのうち作ったらアップするかもしれないけど、完成度高かったらfunky kinkyみたいにいつか形にして出すってことでアップはしないかも。今はこうやってなんで自分が音を作りたくなるのかっていうことがはっきりしていて、自分が音楽家ではないっていうことも物凄くはっきりしてるわけね。あれなのね、頭の中で思いついたアイデアとか音を具現化するっていう作業なだけで、はっきりいって音楽じゃない。もしその作業が絵とかだったらそれは絵を描くということだし、俺の場合はたまたま音なだけで、ただそれだからっつって音楽になるわけじゃないんだよね。なんかすげーすっきりしてるんだよね、俺の中での俺が音を作る理由ってのが。だからこっち来て音楽を勉強するだとかってことがいかにバカバカしいアイデアだったかというのも分かったしね。だって俺がやってるのって音楽じゃないのに音楽を勉強しても、それって俺とは関係ないビジネスとか金融とかを勉強するのと同じことだからね。まぁでもあれだよね、こうやって考えられるようになったのもウォール伝の積み重ねなんだよね。やっぱこういうのに気がつく前って妙に音楽へのこだわりとかさ、自分の音の音楽性とか、そんなナンセンスなことを考えてたりしたけど、それってやっぱ未熟だからそう考えるわけよね。そう思うとさ、別に俺が音を作ることって、画家では無い人がたまに思いついたものをスケッチするようなもので、別にそれをわざわざ発表する必要も無ければ、無理やりそのアートみたいなフォームに沿って個展とか開かなくてもいいわけじゃん。ただそれはライフワークなんで、スケッチブックはどんどん増えていくっていうね。ただそれと職業ってことは全く関係ないことだし、発表するということもそこまで重要なことではない。こういうのに気がつくと必死にデモテープ送るとか、かなりバカバカしいことだなって思うし、っていうか俺の場合だけどね。あと売り込みとかさ、「聞いてください」とかっつってCDR配るとかさ、馬鹿のやることだね。いや、俺みたいな動機で音を作っている人間がそういうことをするのは愚の骨頂というわけ。俺がなんであそこまで自分の音楽でライブをやるってことに一切コミットしないっつーか興味が湧かなかったのも今なら分かるね。あと付けの定義かもしれないけど、それって関係ないことだからなんだよ。自分の音楽をライブでやるってことは自分の音楽と何の関係も無いことなわけ。アイデアが浮かんだら何かをスケッチする普通の人が無理やりリスク背負って個展やるのと同じぐらいナンセンス。誰かがそれにほれ込んで「個展をやってください」って言ってるならまだしも、自分から世に出すっていうことにあくせくするのは馬鹿馬鹿しいね。俺みたいな表現活動ってのは極めて個人的なものなんだから、全部を個人的な基準でやっていけばいいわけで、あえて世に出すとかデモを送るだとかっていう、俗っぽいことに無理やりコミットしなくてもいいわけよね。そんな必要ないわけだ。だから俺って相当馬鹿だったんだなって気がつくよね。だったらたまにしか作れなくても、つげ義春みたいな、絶対風化しない、凄まじい表現物を作っていけばいいだけの話で、それが本当に凄かったら、世に出るなんて後からいくらでもついてくることだよね。ついてこなかったらそれはそれでよしって話しなわけで。だからホント、こだわる必要ないわけだねそういう外的なことには。だから今ってすげーすっきりしてるのね。その妙な変な思い込みの呪縛から逃れられてるっていうかさ、DJとかもそうだからね。やりたいけど、別にスターになりたくてやるわけじゃないんだったら別に自分の部屋でやってればいいだけの話で、たまにDJ Little Dick名義でミックスを作ればいいだけの話なんだよね。そこを勘違いして売り込みに必死になって夢を追いかけているつもりになっているDJもどきとかミュージシャンもどきっていうのは本当に悲しい存在だよね。売り込むんだったら世間に迎合するような、売れ線のポップスでやっていかなきゃいけないわけでさ、まぁ他のハウスとかテクノは別としても、俺のってそうじゃないんだから、まずその売り込みということと自分の音楽とが繋がるわけ無いよね。それはDJも同じかな。本当の意味で良い音楽をかけるDJを世の中が必要としているなら俺って絶対必要だと思うんだけど、そうじゃないなら違うよね。特に日本のDJカルチャーって前にも書いたけど芸能界みたいなもんでしょ。NYも同じだって聞いたけどね。使い捨てが激しくて、派遣社員みたいにバサバサ切り捨てられるっていう。オーディエンスが刹那的なヒット曲だとか盛り上る曲だとかを求め続けるんであれば、俺みたいなタイプのDJって絶対需要無いわけじゃん?だったらさっきの俺の音楽と同じで売り込みと俺のDJとっていうののつながりが一切無くなるよね。だったら自分で好きなヴァイナル買って「あーこれ使えそう」とか「あれに混ぜたらよさそう」とかって勝手に思ってればいいだけの話しだよね。で、ある程度アイデアがまとまればミックス作ればいいだけの話なわけだ。だからあれね、世の中でやっていく音楽家とかDJって常に世の中を気にしながらやらないといけないわけだね。エレクトロニカが流行ったらそれを取り入れて、何かがリヴァイヴァルしたらそれを取り入れて・・・っていう刹那的で恣意的な音楽の解釈をしながらやってかなきゃいけないっていう、まぁ消費文化だよね。だからあれよね、本当に分かってくれる人なんかがさ、俺の音とかミックスを良いって言ってくれたらさ、それで十分なわけだよね。少なくとも俺だってその人に見込みが合って渡してるわけだからさ、そりゃ馬鹿には渡さないよ。別にエリートぶってるわけじゃないけど、わざわざこれをここまで読んでる人なら分かるでしょ。そんなレベルの高い身近なリスナーを俺は持っているわけだからさ、で、んじゃ次は世に出そうってことにならないよね。世の需要ってのはもっと俗悪なわけだから。もちろん実験音楽みたいなマイナーなのでもさ、凄まじくクオリティの高いものとか革新的なものだったりするとそりゃセンセーショナルだけど、俺のって全然そうじゃないからね。だからホント、こないだの話じゃないけどあくまでアマチュアなんだよね。まぁでもあれだけどね、自画自賛するわけじゃないけど、やっぱ自分で作ったのって妥協して無いから、ずーっと聞けるけどね。たまに自分のやつ聞きたくなるときあるから。それって自画自賛だけど、あくまでそういう時の気分って自分がリスナーとしてこんな音聞きたいなっつって聞いてるわけだから
別に自分のだからっつって聞いてるってわけでもないわけね。例えばInsomniaって曲あるけどさ、自分のやつね、今、アップロード状況がどうなってるか分からんけど、まぁどうなってるか分からんってのもそのアップロードのナンセンスさに気がついたからどうでもよくなってしまったっていうのがあるんだけど、あの曲にしてもホント、寝れないときに悩み果てて作っててさ、で、まぁ寝れないときとかずーっとエンドレスで聞いてたんだけど、その寝れないときにエンドレスで聴くっていう感覚は別に自分の曲だからとかっていう判断じゃないわけ。寝れない自分へみたいな感じだから寝れないときに聴くわけよ。悩んでるときとかね。そうするとスッキリしたりするわけね。っていうのもその作られてる曲ってのは自分の感覚が開いてるときに作っているものだから、そういう時の感覚を凝縮したようなものなわけで、そういう時の開かれた感覚にちょっと触れられるっていうのかな。まぁあれだよ、あとはね、俺ってカールさんに太鼓判押されてるからいいんだ。あんな大御所に凄いって言われてるんだから十分だわ。マジで。まぁ昔の話だけどね。そうそう、あの幻聴って曲はさ、最初にカールさんに聞いてもらって「ちょっと長い」って言われて短くしたんだよね。まぁいいやなんか自慢っぽくなってきてるから。基本的にその世間に出したいっていう自分の欲求の中に俗悪なものも含まれているっていうわけだよ。まぁ今までずーっと書いてきたことも含めて、色々とここ数年っつーか、特にこっちに来てから前以上に色々考えるようになって色々と気がつくことが多かったわけね。だから今のところはね、ピエール・シェフェールもどきが引きこもってテープの実験をしているっていう、そういう感じで自分の音について思っているわけね。いつも書くように、それは別に自分がシェフェール級というわけじゃないからね。そういう動機だったら別に世に出す必要なんてなくて、実験を続けてくださいって話なわけよ。そうそう。フィールドのやつもね、まだ完成してないのね。何かが足りなくて。まぁただ別に作ろうと思って作る必要はなくて、アイデアが来るのを待つしかないんだけど、今は割と他に色々とやることがあるんで、なかなかアイデアも来ないっていう、そんな感じなんですね。なんか楽でしょ。別に芸術家でも音楽家でもなんでもなくて、さっきの例えのさ、普通の人がひらめいたらスケッチしているだけっていう、それだけなのよね。だから続けるも諦めるもないわけ。だってライフワークなんだからさ、続けるもクソもないでしょ。やめられないんだから。「音楽を諦めようと思ってる」っておかしな話なんだよね。それって音楽で食うためにポップスとかコマーシャル路線のロック活動をすることを諦めるっていう意味なわけで、表現活動を諦めるなんてことは出来ないはずだからね。諦めてもアイデアが来たら作るじゃん。それなのよ。俺のって。だからロックスターに憧れているやつのそれと全然違うわけ。そう思うとさ、んじゃあちゃんと真剣に人生と向き合った、ようはどうやって生活してどういう仕事をしていくのか?っていう話になってくるわけじゃん。で、今ってのがそのプロセスの一環なわけ。まぁ具体的な話はダメになったら嫌だからやめるけどね、あるんですよ俺には夢が。こっちでの夢が。ウフフ・・・。こっちでの人生が心底気に入っているわけです。ウフフ。だからいつも色々あるけど幸せだって書くわけですよ。だから日本に帰るってことが怖いことなわけですよ。まぁそんな感じで算数やるわ。今から。算数すいすい。ところで段落なしいいね。パラグラフも話の筋も一切なし。スジナシって番組面白いよ。あのね、考えなんてね、ある程度論理的な筋は必要だけど、漂うものの一時的な瞬間を掴んで何かに表すぐらいのもんでいいんですよ。音楽だってそうでしょ。だから俺って理論的なやつとか論理的なやつとかって嫌いなのね。アブストラクトなのが好きだから。ところで最小公倍数って英語でLeast Common Multipleっていうんだけど、略してLCMなのね。爆弾の名前みたいじゃない?さすがテロリスト国家アメリカだよね。数学(算数)にも爆弾っぽい名前が出てくる。最小公約数とか公倍数なんてのをやってるのか?大学で?って驚かれるかもしれないけど、先週は足し算引き算で今日は割り算でしたから。

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