ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

モト斉藤。

mimisemi2007-11-07

そっか。人生なんてのは時間みたいな人間が当たり前だと思っている概念の中で作られたもので、死というのが滅亡を意味するのは、そういった人間的な概念でしか物事を考えていないからなんだよね。死んだらそれは生まれてきてない意思も実体もない無に帰るだけのことで、死というのはさほどチョービックディールではないんだなって思いました。そう思うと人間ってのは人間的な概念によって感じない不自由を感じているわけだよね。マルクーゼじゃないけどさっつーかマルクーゼはまだちゃんと読んでないからあれだけど、それはともかく、基本的に師匠1の言う「時間という認識形式のために、人間(即ち生きんとする意志の肯定の最高の客観化の段階)は、絶えず新たに生まれてはやがてまた死んでいく人間の種属、即ち人類として現れてくるのである」ということはさ、結局、人間って考える脳を持っているから色々考えているだけでそれが人類とか文明っていう形で立ち上がってくるのかもしれないけど、基本的にまぁ全ては人間の思い込みが社会っていう形になっているわけだよね。人生っていう人間の生きる過程もようは考える人間が大げさに考え出した概念で、基本的に人間は動物なわけだしっつっても脳がある結果、もう世界がごちゃごちゃになっているわけだけど、そういう中でやっていくしかないんだったら、それこそよりいっそう何かに期待するなんてことはやめたほうがいいね。だって社会とか世の中って勝手に誰かが作ったやつに何にも知らないで育ってきた人間達が選択権無しにコミットしていかなきゃいけないっていう、まぁそういうことでしょ。生まれてきてからもうすでに国家だとか社会のために何かをしなきゃいけないとか、生きていかなきゃいけないっていう牢獄の中で生きるしかないわけでしょ。だから自ずと勝ち組が有閑階級のような連中になってくるのは必然だよね。明日のメシのために必死に働いている労働者達というのは、まぁ幸せの定義というのは個々それぞれだけど、楽なわけが無い社会に生まれてきてしまったために苦労するしかないっていう、なんていうかもうここまでやっぱ文明化が進んでるともう逃げ道ないよね。みんな家賃のため生活のためメシのために働かなきゃいけない。本当は他にやりたいことがあっても、金を稼がなきゃいけないんで、社会に無理やりコミットしていかなきゃいけない。生まれてきてからすでにもうチョイスが無いんだよね。驕り高ぶった人間達が勝手に作り上げた人類ってのに関係ない人達も巻き込まれてるんだから。まぁ話がまとまってないのは一万も承知だけど、理想的なフリーダムなんて無いって思ったほうがいいね。ユートピアとか国家の消滅とか、もう考えないほうがいい。まぁでも俺はまだずーっとアナーキズム関係の本は読んでいくとは思うけど、読んだからといって、その思想に染まるわけではないし、まぁリファレンスとして読むってのもあるんだけど、それはともかくホント、イデオロギー云々ってよりかは客観的に物事を分析して社会を分析してシステムを考えなきゃいけないっていう、そういう段階だよね。

まぁいいや。ところで、大統領暗殺っていう映画あるでしょ?ブッシュが暗殺されるっていう、まぁフェイクドキュメンタリーのやつ。日本ではまだ公開中らしいけど、こっちではもうDVDがあってね、で、前からすげー見たくてやっと買ったんだけどさ、まぁあれだね、もう俺のお気に入り映画の一つになっちゃった!!っていうかこれは最高ですよ!!!!!!!!!こんな自虐的な映画を作れるアメリカってなんて素晴らしいんだろう!!!!!!!!!!!って思ってたらこれ、イギリス映画なのね。宿直!しかもアメリカでは政府の圧力によって相当な上映規模の縮小があったらしく、まぁアイロニカルだなーとか思いつつ、寝ようかと思ったんだけど、書かずにはいられなかったから書くわ。あと基本的にまぁ分かってると思うけど、俺が映画について書くときは完全に俺の解釈と主観的な考えなので、「そりゃ違う」とか「そうじゃないでしょ」っていう意見は成立しないわけね。まぁそもそもウォール伝に不可能は無いから、そんなこと関係ないんだが、さてー書き始めるか。まぁ内容については調べてもらうとして、この映画自体の素晴らしいところはまずそのフェイクドキュメンタリー作りのクオリティの高さ。まぁ実際、どこが本物で本物じゃないのかは分かりやすいっつーか俺にとってはわかりやすかったけど、でも十分分かりにくくてっつーか、本物のブッシュの演説とかニュース映像とかをガンガン挟みつつ、合成なんかも作ったりなんかして、まぁとりあえず作りこみが凄いんだわ。ドキュメンタリーフィルムの雰囲気としては本当にあのアメリカ系のドキュメンタリー風の作りで、特にこっちに来てから死ぬほどいろんなドキュメンタリーを見てきた俺にとってはなんつーか物凄くファミリアだったわけ。車じゃなくて。だからアメリカン風なドキュメンタリー作り風に作っているんだなって思いつつ、こりゃ上手く出来てるなっていうのが凄く感じられたわけ。個人的に。最初のデモのシーンとかは俺も参加したくなるぐらい血が煮えくり返ったけど、映画全体を見てみて、これは別にブッシュ暗殺っていうことが主題なんではなくて、アメリカの体質そのものをブッシュ暗殺という架空の状況から描いているっていうあれで、「お!なんか凄そうなモキュメンタリーだな!」とかって期待してた人は相当期待を裏切られたんじゃないかと思う。俺は逆にエンターテイメントとしての楽しさを期待していたら、そのシリアスな政治批評・社会批評っぷりに度肝を抜かれたんだよね。ようはメインポイントはブッシュが殺された後の架空のアメリカ政府の一連の対応ね。「ライフルが発射されたビルにいた従業員の全てのインフォメーションを洗うときに、まず中近東系の名前のやつから疑ってかかるのは当たり前だろ」みたいな凄まじい人種差別的なバイアスとかね、他も色々あったと思うんだけど、重要なのはこういった細かい描写の中から出てくるアメリカ政府のどうしようもなさっていうか、こんだけしょーもないことをするんですよっていうことなのね。例えばブッシュが暗殺されたらこんな感じに政府が対応するでしょうっていうのを見せることで、凄まじい痛烈なアメリカ批判をしているってわけ。もしくはそれはアメリカ批判じゃなくて、アメリカ政府をリアルに描いた作品とでも言おうかな。ただ実際、アメリカのやってることは酷いことばっかなんで、基本的にああやって見せられるとアメリカ批判映画か?って思ったりしてしまうんだけど、恐らく作者は極めてドライにアメリカの対応ってのを描いただけだったと思うんだよね。だからはっきりいって大統領が暗殺されるっていうのは、まぁ映画の取っ掛かりにしか過ぎなくて、メインは暗殺後なのよね。そういった意味でこれは全然エンターテイメントじゃなくて、凄まじくポリティカルな映画ってことになるよね。一連のトライアルのプロセスとかさ、多くの時間は割いていなかったけどメディアの対応だとかさ、で、まぁ色々こうやって書くとネタバレになってるけど、まぁ結局犯人は凄まじく愛国的な黒人の帰還兵だったっていうね。これは映画の最後をしめるポイントとしてはもうこれ以上無いぐらい威力があったと思う。今までアメリカを信じてアメリカを愛してやってきたのに、ブッシュが全てを壊したんで許せなかったっていう、こういった純粋な愛国者が愛国愛国って口だけで言っている国賊を暗殺するっていうこれまた深いわけだなぁー。まぁ動機としてはね、この退役軍人の子供がイラク戦争で死んじゃって、ブッシュが俺の息子を殺したから許せなかったっていうような感じで犯罪動機が語られてたと思うんだけど、まぁ俺の解釈としては、本当の愛国者が偽の愛国者を許せなくて暗殺したっていうことなわけで、まぁ凄まじくセンセーショナルなストーリーなわけですよ。フェイクドキュメンタリー、まぁモキュメンタリーとかって言うらしいけど、この形式を取ることで実際以上のドキュメンタリーを作っているっていう、なんつーか逆説的というか逆転の発想というか、俺が無知だからなのかもしれないけど、今まで無かった感じの映画だよね。あったとしてもここまで鑑賞者にリアリティを突きつける偽ドキュメンタリーってのはレアだと思うね。これもある意味で前に書いたパゾリーニのソドムの市みたいな、解釈によっては究極的な反権力映画かもしれないね。ソドムも本当かどうかはともかく方法論としては前に書いたように、ナチで実際あったようなことを、そのままサドの小説に置き換えて描くっていうね、ようはナチでサドの小説みたいなことがあったんで、特に脚色しなくても、ナチの事実をサドの小説に置き換えるだけでオッケーだったっていう、凄まじいパゾリーニのジーニアスな発想なわけだけど、この大統領暗殺も、「ブッシュが殺されたってアメリカ政府なんてこんなもんでしょ?」っていう究極なアイロニーをモキュメンタリーという形式で描いているっていう、まぁ凄まじい映画なわけだね。前に書いたかもしれないけど、ブッシュが殺されたなんてことは物事が顕在化するただのきっかけに過ぎなくて、殺されようが殺されまいがアメリカ政府ってのはこんな感じってのを究極的にちょーリテラルに突きつけているわけね。ちょーリテラルだぼーって感じだね。ホント、ユリっちのVな映画です。これがアメリカ製だったら嬉しかったんだけどねぇ・・・。キムズで店員に聞いたときもなんか変な空気だったんだよな。「ブッシュが殺される偽ドキュメンタリー探してるんだけど無いの?」って聴くとさ、「いんや。分からん」とかすげー素っ気無いリアクションなんだよね。これだから白人は嫌いだとか思ったんだけど、基本的に探してる内容が内容だけに店員も「こいつテロリストか?」とか思ったのかもしれない。ようは俺の内から湧き出ているイルなレボリューショナリーなオーラを感じ取ってあんま関わりたくなかったのかもしれないね。キムズだったらこのDVDを店員のオススメとかで面出して置いてるだろうとか思ってたんだけど残念だったね。普通の映画の中に埋もれてたよ。おかしな国だ。とりあえずこれはフレッシュな素材なんで、ここ一年の間ぐらいに見たほうがいいかもしれない。映画の中で事件が起きるのは10月の16日だかで、その後のプロセスとかは1年ぐらいかけて進むんで、ようは映画の中のリアルタイムと合わせて見るとよりリアルっていうね。とにかく見てみなさい。状況をそのまま日本政府に置き換えてもイケるっていう面白映画ですよ。これは。あーもっと色々書きたかったんだけど、明日社会学のテストがあるからやめるわ。もっと長々と書く予定だったのだが、あとちょっとまだ書くことがあるんで次に行こう。

っていうのはね、今日まぁいつものように学校だったわけだけど、学校の終わりぐらいでね、まぁ夜の7時半ぐらいからかな、急にマサ斉藤の素っ頓狂な実況を思い出しちゃってさ、なんでまたいきなりマサ斉藤が俺の中に現れたのか分からないんだけど、なんなのかいきなり現れてさ、Wikiでもチェックできるけど「彼らの目的は世界制覇です」っていうのを「世界平和」って言っちゃったり、滑舌が悪くて何を言ってるのか分からなかったりさ、もう大変なんだよ。小学生の頃は大のプロレス好きだったわけだけど、この頃からいつも書くように人と違った通好みの嗜好を持っていたので、お気に入りのレスラーが木戸修だったり渕まさのぶだったりケンドーカシンだったりしたわけだけど、ケンコバってプロレス好きかと思ってたんだよね。ケンドーってのをカシンから持ってきたのかと思ってた。まぁいいや。昔からサブミッション好きだったわけだけど、もちろんクンニリングスではヴォルク・ハンの熱狂的なファンで、試合をビデオに録画しては後でサブミッションをチェックしてたりしましたよ。だから俺って意外とプロレス技詳しいのよ。特にサブミッション系は詳しいよ。みんな馬鹿の一つ覚えみたいに腕ひしぎしかやらないけど、もっとやっぱ凝ったサブミッション使わなきゃダメですよ。だから俺って暴漢に襲われてもサブミッションで対抗できるみたいな、全く事実とは無関係なわけの分からない自信があるんだよね。まぁいいや。ホント、特に世界平和が頭から抜けなくて、笑いをこらえるのと笑っちゃったら誤魔化すのに物凄く大変で疲れた。帰りの電車でもずーっと誤魔化してたからね。大変だった。マジで。マサさん勘弁しておくれよ。もう来ないでね。俺って基本的に本を読んでるときでも映画を見てるときでも、なんか全く違うことがいきなり頭に入ってきたりすることがあって、それが邪魔で一つのことになかなか集中できないんだよね。あとありえないぐらいやる気が出ないときが本当に多くて、やっぱ抗鬱剤は手放せないなって思うんだけど、こうやって今みたいに、ウォール伝を書くぐらいの気力があるときとか、何かをする意欲があるときに何かをやらないとまた波を逃しちゃうとダメなのね。またやる気無しのスパイラルに入っちゃうとダメ。あれかな、躁鬱なのかな。俺。まぁ基本的に情緒不安定なのは間違いないけどね。あと映画といえば、パゾリーニの豚小屋って映画を見たんだよね。まぁーこれは割と分かりやすかったかな。パゾリーニのって分かりづらいっつーのと娯楽性がゼロなんで、見てないのが手元にあってもなかなか見る気が起こらないんだけど、これは最高でしたっつーかモロ中国女にインスパイアされたような感じで、レオ様とゼムスキーだかゼアムスキーだかあの中国女のレオ様の恋人が出ててさ、これまた同じようなダイアログを繰り広げるんだわ。言葉遊びっつーか、まぁ中国女好きならあの雰囲気が分かると思うんだけど、完全にあれの別形式みたいなのがブルジョワな宮殿で展開してて、その一方で、中世だかの何もない山奥で一人の若者が飢えていて人食いを始めるっていう、まぁ凄まじい宮殿に住んでるレオ様っていうブルジョワを体現する存在と、究極的にプアな、人食いをするしかないぐらい飯が無いっつー環境にいる若者と後からついてくる人達っていうコントラストが存在してるんだけど、ブルジョワ側はレオ様が実は獣犯マニアで豚とファックするのが趣味だったっつーアイロニーがあってね、で、まぁうわー面倒だ書くの。まぁいいや、ディティールは省こう。最終的にレオ様はそのファックしてた豚に食われるっていうね、まぁ豚の大群に食われるわけだけど、逆の中世側の飢えているほうは人間達を食べていて、最後は人間というかオーソリティー側にその罪を裁かれて死ぬっていう、ようは一方ではブルジョワが豚に身を滅ぼされて、一方で豚のような存在の人間が人間を食べていて、その罪でオーソリティーに裁かれて終わるっていう、階級は違えど、最終的に人を食うとかブルジョワそのものの存在が体現するような、現実社会での弱肉強食的なサイクルとか、過剰な消費というのが、当然メタファーとしてあるわけだけど、両方最終的にそれによって身を滅ぼすっていう、極めてマルクス主義的なストーリーなんだよね。本当に素晴らしいわ。これ。エンターテイメント性は中国女テイストと中国女風の演出で若干カバーできてたかな。俺にとっては。宮殿側もナチっていう存在の置き換えがあって、かなり分かりやすいように出来てるね。これは。まぁいいや。実際はこれみたのだいぶ前で書いた後に記憶と言いたいことが新鮮なまま長く書こうと思ったんだけど、時間が経っちゃってエビバディパッションがなくなっちゃってるね。まぁ今でも好きなんだけど、言いたいことが渦巻いている感じが無いわけね。今は。当然時間が経ってるからね。

あとなんだったっけな?あ、前にオススメでジジェクの映画を載せたけど、あれは日本語版は無いみたいね。そのうち出るかな。いや素晴らしいよ。マジで。ジジェクのことが全て分かりますみたいな。このおっさん喋りすぎ訛り強すぎみたいな。例の服とか下着を台所の棚に入れているとかってのも出てくるし、ジジェク自身が話してるうちに話が脱線していくんだけどその脱線と話が話を持ってくる感じが凄くてね、まぁ著書を書くプロセスも思ったことを書きまくって後で若干編集するのかなみたいな感じでね、こういった一連のジジェクの態度からこっちが学べるのは、一概によく考えて理論的に話をするとかモノを書くということが、必ずしも良い結果をもたらすわけではないということね。つまりはジジェクのような創造的な人は書いているときにその書いていることが書くことを呼び寄せたり、ジジェクという常に考える存在から発せられる思考のアウトプットそのものというのが彼の著書とかレクチャーになるっていう、ようは入力と出力までのプロセスより、出力のプロセスに重きを置くことで、結果的に出力に大成功しているっていういい例だと思うわけ。ようは考えて音楽やるよりも、スポンテニアスに何かを表現したほうが、音に何かが現れるっていう、極めて芸術的な感覚かもしれないわけで、ジジェクを見てみると、一概に哲学とか政治とか社会学というのが、極めて理論的な左脳的なことだけで構築されているわけではないんだなというのを感じるよね。思うになんでもかんでもビジネスでも哲学でも、一流ってのはクリエイティビティがあると思うね。経歴とか脳は超一流でもやってることが二流な連中ってのは、左脳だけに立脚したようなことしかできない人達なんだと思うね。学歴凄い音楽家みたいな。色々と音楽理論とか歴史とかテクノロジーとかに詳しいんだろうけど、やってる音楽つまらないみたいな音楽家ね。それは単純に哲学者とか社会学者にも置き換えることが出来るかもしれないね。それを構築する基本的な理論とか技術というのは当然ありきで、その上に作られるものは、そういった理論とか技術を踏まえた上での極めて創造的な理論とか思考っていうような感じね。そういう意味だと優れた芸術家の絶対数なんて限られているわけだから、これをこのまま色々なフィールドに適応しても、優れた哲学科や社会学者や政治学者なんてのは芸術家と同じで絶対数が限られているのかもしれないね。だから世の中に質の低い学者が多いのは質の低い芸術家や音楽家が多いのと同じことだよね。ようはお茶の間評論家は歌謡曲をやってる連中と同じ類のもんで、メディアっていう低俗なものに乗っかることに長けていて教養の無い人達にそれらしいことをそれらしいことばを並べて論ずるのには長けているんだけど、本質が全く見えないとか無いみたいなもんで、それは歌謡曲も同じだもんね。逆に本当のことを言うような人は危ないんでテレビなんかに出られないのと一緒で、本質的な音楽を理解できる人の数は限られているから、テレビにはまず出れないっていうようなね。そういう意味だと本当のものってのは常にマイナーなのかもしれない。それは人口の8割が楽観的なコンシューマーで2割が物事を批判的に考える人達っていう絶望的な比率のように色々なこともこのぐらいの比率なのかもしれないよね。マジな音楽やってる人がアーティストの割合の2割で、残りの8割はクズかコマーシャル音楽みたいなね。ぴぽぴぽぴぽぴぽぼーっっしゅしゅしゅしゅしゅしゅぎゅわわーーーーーぎゃぎょわわぐぃーんぱぱぱぱぽぽぽぽぽぢゅいーんでゅいーんぽぽぽぽぽぽぽぺぺぺぺぺぺぽぱぱぱっぴぴぽぽぽぽしゅーシャーーーーピッピッピッパパパパパパパシューーーぼーんでゅいんががががっぎゅぎゅ。サタンズトルネードがまた勝手にマイブームになってるんだけど、ラップトップ系のノイズは90年代後半ぐらいのやり始めの頃が頂点だね。このプラグインエフェクトモロな感じとか、マシンの処理落ちとか、エフェクトのかけかた間違えててグリッチみたいになっちゃってたりとか、ようは佐々木敦が言ってたような、テクノイズの定義に一番近い音なんだよね。ようはソフトを間違って使ったときに出るエラー的なノイズ。ようはソフト側ではそういった使い方は想定していないというところで出てくるノイズ。本当はオミットするんだけど、それをあえて前面に出そうってのが90年代中盤から後半ぐらいまでのMegoのアプローチの一つであったし、特に俺のメルツバウのアルバムの中でもベストなTentacleはもうパソコンいじってノイズやってみましたみたいな典型で、さっぱり洗練されてないのが凄くいいのよね。ラッセーラのソバージュとメルツのテンタクルとサタンズトルネードと一連のMazkが俺ノイズの中でベストの部類かな。最近のメルツのやつはまた違うよね。今までの文脈では語れない、また新しい音楽になってるわけで。ただあんまもうメルツについては書きたくないな。嫌な過去だから。もう凄まじいメルツへのオブセッションでね、アルバムは百枚近く持っていたし、人生がメルツだったからね。19歳から22歳ぐらいまで。あんなに凄まじいオブセッションが生まれるのは今後は無いだろうな。いい意味でも悪い意味でも大人になったというか、社会人ではないんだけど、そこまでガキじゃないからっていうことで。メルツは全部売っちゃったし、SonorisとかMegoとかのあのあたりのマニアックな電子音楽系のCDも全部売っちゃったし、現代音楽系も売っちゃったからね。もう過去を清算しなければってことで、エクセキューションしたわけです。で、例の去年ぐらいのPita事変以降、また戻ってきたわけだけど、前ほどのオブセッションは無いね。好きだけど取り付かれない。ニートじゃないというのも大きいけど。エレクトロニカとかノイズ系のCDの売った総数は200枚以上あったんじゃないかな?それこそ新宿のユニオンのアバンギャルド店は一時期、耳蝉コレクションみたいになってたに違いないよ。売値は合計何十万とかだったもんな。もちろん一回じゃないよ。あの前にいた今もいるのか分からないけど、アヴァンギャルド店の可愛い店員の子いるでしょ。眼鏡の子。あの子に「色々売ってくれてありがとうございました」なんて言われたからね。で、その金、全部ラテンとかジャズとかモンドとかに使っちゃって一瞬でなくなったけどね。あの頃の収入でジャズのレコードは相当増えたな。今は今のアパートにあるのと実家にあるやつを足すとジャズだけで500枚ぐらいはあると思う。レコの合計は800枚近いと思うね。あー明日のテストどうなるんだろう?全然勉強してないし、テストの内容すら把握してないんだよね。どういうテストなのか全然分からないから対策しようがないの。ってことでガチンコかなってまた思ってるんだけど、例の200パーセントのリソース説あるじゃない?あれを立証するのにガチはマジでいい方法だと思うんだよね。別に自信があるわけじゃなくて、テストってのにどうも疑問を抱いてるから、なんか必死になるのがバカバカしいんだよね。だからあえてテスト勉強したくないっていう。馬鹿になりそうだから。ってことで明日は恐らくガチでいくと思う。あんま対策とかしたくないから。こうやってウォール伝を書いてるほうがまだ建設的ですよ。でもね、もう来月にはさ、最終試験があるわけで、今は3科目もあれだよ、ノークレジットのクラスなんだからさ、この3科目は絶対パスしなきゃいけないんだけど、イマイチテストにパッションが抱けないからさ、どうしようかなって感じなんだけどね。やっぱテストってことが最終目的になっている学校っていうシステム自体が俺に合ってないんだろうね。ただまぁ日本の大学と比べればマシというか、得られるものは大きいからさ、だからまぁこっちで勉強したいわけだけど、このテストばっかっていうのなんとかならないのかね?バカバカしいよね。テストが目的になるなんて。テストも必要だけど成績がテストに依存しすぎているのが本当に良くない。もっと総合的に判断しなきゃいけないのに・・・。でも例えばライティングの先生なんかはこういうこと言ってたりするんだよね。ようはクラスでの出来がよかったら、ファイナルテストの出来はともかくとして、パスさせるべきだみたいなことはね。まぁいいや。こういう不満を言ってるとどうにもならないからやめよう。テストにパスするしかないんだな。今は。ところで今日、「シュンイチは学校で気になる女の子とかはいないの?」とかさ、クラスメートのラテン系の若妻に聞かれたんだけど、「いやー僕はね、学問・芸術と結婚してるんで、女の子なんていらないわけよ」なんて、もちろんジョーク交じりで言ったんだけど、若妻は妙に納得してたな。「確かに女の子にそこまで興味無さそうね」みたいな。横にいたベトナムの仲がいいヤツも「なるほどー」なんて笑いながら言ってたけど、まぁマジですからね。オナニーはするし、いくらでも網膜にネタは焼き付けて擦りまくるけど、それとガールフレンドは別だからね。あれは前に書いたように、相当な人じゃない限り時間の無駄だからね。ましてや人間関係で問題があったりなんかしたらもう精神的労力も無駄でしょ。もっと他にやらなきゃいけないことがいっぱいあるのに、恋愛なんていうくだらないもんに時間を費やすなんて馬鹿げてるよね。だから俺はマジでシリアスに彼女なんていらないわけだよ。こうやって俺が彼女とか書いてる時点でもう無いなって感じだけどね。まぁ姫は別としてね。姫はその相当な人の部類だから。っつっても二度と会えないからもう幻想だけどね。なんかウォール伝節が出てきたな。こうやって寝る前ってのの脳の状態ってベストなのよね。いつもこんな感じでいたいんだけど、無理なんだなぁー。日中とか大抵ダルいし、頭がボーッっとするし・・・。ただ夜中になると感覚も脳も研ぎ澄まされるんだけど、学校があるんで早めに寝ないとダメっていうね。それにしてもさぁー、そのベトナムのやつがさ、「お前働いてないの?マジかよ!お金は全部両親が払ってるの?!ジーザス!」とか言うんだけど、確かにまぁ両親が全額負担してるなんて、発展途上国から来たっつーかこいつは完全にもう移民だけど、金銭的に無い話なのは分かるんだけどね。まぁたまにありえない金持ちもいるけど、コミカレだとちゃんとした普通の人達が来てるんで安心なんだけど、俺が何を書きたいかっていうと、確かに金は無いよ。月頭だってーのに70ドルしかない。あと3週間どうすればいいんだって感じだけど、でもさ、バイトするっつったってはっきりいって無理だよね。仮にイリーガルで働けたとしても、学校行きながらバイトするなんてリアルじゃない。ましてや俺って普通の学校でも帰ってくると疲れ果てちゃうのに、その後にバイトなんて無いね。その前にバイトしてたら学校行かなくなるな。これが日本の大学だったら話は別だけどやっぱ英語で勉強するのってなんやかんやで簡単じゃないからね。だから仮にバイトやるとしたら、もう英語に問題がなくなったときだよね。いつになるか分からないけど。でもそれでも金銭的な理由でバイトするしかないって学生もいるだろうけど、タフだよなぁーって思っちゃうね。あ、留学生って意味でね。アメリカ人なら分かるよ。それは日本の大学に行く日本の大学生がバイトするのと一緒だから。ただ留学生ってキツいよね。英語に慣れてなくて英語で悪戦苦闘している留学生がさらにバイトをするなんてリアリスティックじゃないよね。まず英語だよ。英語。でもさー金貯めて眼鏡買ったんだよねぇー。いやーこないだセリマのこと書いたけど買ったのよ。信じられないでしょ?こんな極貧生活してるのに、どうやって眼鏡なんて買うんだって。でも買ったのよ。だからもう70ドルしかないのよ。ボロは着ても心は錦みたいなのがあるけど、俺の場合、ボロは絶対着ないんだよね。ただ生活は貧しいっていう。無茶したよなぁー。生活できないってーのに眼鏡に恋して買っちゃうなんて。もちろん狙ってたから金は貯めていたけどそれにしても無茶したよなぁー・・・。今月どうすっかな。毎日同じ眼鏡のルーティンとか服のルーティンって前にも書いたけどすげー苦痛でしょ。苦痛で思い出したけど靴はいっぱいあるんだけどね、まぁ服も無いことも無いんだけど、やっぱ飽きるんだよね。同じルーティンだと。種類があっても結局ルーティンじゃん?だったらもっとバリエーション増やしたいよね。ましてや冬ってさ、夏と違って色々着れるからさ、だから新作を導入したくなる季節なんだよね。ただお金が無いから生活費削るしかないっていう。ってことで新品着てても生活貧しいっていう、そんな生活になるわけ。割といい感じの服を着ているけど、飯は納豆ご飯のみみたいなね。体を売ってブランド物買う女子高生の気分がちょっと理解できるような気がするな。でも洋服だけは貧しくいたくないんだよな。贅沢と言われようがこれはしょうがない。まぁあとはもう俺のチョイスだからね。どうお金を振り分けるかは俺のチョイスだから。ただやっぱこうやって結果的にあまりに金がなくなるとバイトしたくなるね。だって金無いんだもん。あー明日テストだなぁー。前にも書いたけどニートの頃はたまに渋谷か新宿にレコードハンティングに行くか、美学校行くか、友達のイベントにたまに顔を出すぐらいしか、所謂ちゃんとした服を着る機会が無くて、別に新しく買わなくてもすでにあるやつでもあんま着てないみたいな感じで、靴も履かないからすげーコンディションが良かったりするんだけど、やっぱ今って一応毎日外に出るから、やっぱそこで洋服ってすげー重要になってくるんだよね。これはロードアイランドの頃から書いてるけどさ、マジで重要だよ。ファッション。お洒落をするという意味ではなくて、色々な服を着るってことが重要ってことね。ルーティンではなく。だからあれだね、やっぱ冬になったってのもあるから、しばらくはDVDと本とレコードはもってのほかだけど、CDもおあずけで、冬物を買うことに専念しようかな。っつっても眼鏡の出費が痛すぎるから、恐らく次の仕送りがあるころには、今まで買えてなかった食材とか生活用品を大量に買って、あとはレギュラーな生活費しか残らないんだろうなってことを思うとさ、冬物もクソもあったもんじゃないんだけどね。あとウォーホールのさ、ループのバッグ、同じヤツを持ってるやつがいてさっていうが学校ですれ違っただけだったんだけど、まぁ女物だから女の子だったんだけど、「あ!変えなきゃ!!」って思ってからもう一ヶ月ぐらい経つんだけど、新しいバッグ買わなきゃな。LOOPの別のやつ。思えば俺もこういうのにこだわりすぎて色々出費があるんだよなー。今に始まったことじゃないんだけど、ジジェクみたいに見た目気にしないってのが経済的なんだろうけど、もう無理なんだよね。そういうのは。ただ金があるわけではないのに、でも新しい冬物買わなきゃいけないっていう。馬鹿みたいね。普段マルクスとか言ってるくせにバリバリマテリアルボーイじゃんっていう。まぁもうボーイっていう歳じゃないからマテリアルおっさんってことでいいか。それにしてもサタンズトルネードのさ、「強靭な睾丸」って曲あるじゃん?いいタイトルだよね。どうもラッセルハズェルってやっぱゲイにしか思えないんだけど。ラッセルハズウェルの書いたゴッホみたいなタッチの絵を見たことあるんだけど、マッチョな男の裸体だったからね。完全にゲイだよね。分からないけど。だから前に書いたさ、Megoの連中が停電のときに演奏するアンプラグドMegoは、フェネスがアコギの弾き語りで、Pitaはダンスでしょ。Heckerはなんだろうね。叩けないドラムとかでいいか。で、ハズェルはっていうと精子一気飲みですよ。これがMegoアングラグドなわけです。あとまだ書かなきゃいけないことがあるんだよな。あ、鳥居みゆき凄まじい人気らしいね。好きになってから毎日ネタ見るのが習慣になってるけど、なんかあれだなぁーテレビ業界にスポイルされるのが心配でしょうがないなぁー・・・。人事とは思えなくなってきてるんだよねー。マジで。繊細そうだし俺と同じ感じの薬飲んでそうだし、慎重にやっていけないとせっかくの才能が台無しになっちゃいそうだよね。そのぐらいテレビってダメだからさ。やっぱそういう意味でラーメンズ的でいてほしいんだけど、まぁ見守るしか無いかね。でもさ、俺みたいな体力が無くて精神的にも薄弱だったらさ、マジでハードな生活送れないわけじゃない?まぁバイトのことは置いておくにしても、いつかはやっていかなきゃいけないわけだから、やっぱとっとと英語に慣れないとダメだなっていうね。ようは日本の大学で勉強するのと同じ感覚、ようは言語的なハンディキャップを克服しないとダメってことなわけだけど、やはり英語なのだよなぁー・・・。問題はなぁー。バイトしなきゃなー。でもさ、ホント、学校来る前の午前から午後2時ぐらいまで働いてから学校来てるやつらって大抵が疲れててやる気ないんだよね。それは彼らのやる気がないんじゃなくて、単純に疲れてるんだけどそれってある意味で学業との両立できてないわけじゃん?それもどうかと思うんだよね。そりゃお前が親の仕送りだけでもなんとか暮らしていけるから言えるんだろって話はまさしく言えてるんだけど、ただ学業に影響が出てくるバイトってどうなんだろう?っていう気がするんだよね。バイトで単位落としちゃって、また学費払ってクラス行ってってことを考えると物凄く非効率的な気がするんだよね。まぁいいや。それでもやるやらないとかって問題じゃなくてやらなきゃいけないやつが多いのは分かってるし。でもそんな英語のハンディキャップが無くなるときなんて近いうちに来るんだろうか?まだまだ相当先のような気がするんだけど・・・。やっぱ学業優先で、余裕が出てきたらバイトだよね。バイト優先で学業次ってのは無理だわ。やっぱ。あーなんで俺ってこんなにダメなんだろう?体力ないよなぁー。マジで疲れやすいし。そう思うとやっぱ常になんつーか時間を大切にしないとダメだよね。バイトしてるやつらが死ぬほど働いて賃金を得ているのと同じように、俺も自由な時間を有効に使って何かを得ないとダメだよな。ってことで前みたいなかなりキツイ英語読書習慣をやり直そうかな。今は普通の読書習慣みたいになってるけど、あのクソニュージャージーに住んでた頃みたいな、自分の意志に関わらずスタバ行って本読まないといけないっていうあのサイクル。で、分からない単語は徹底的に調べつくすっていう。でもスタバ行ってコーヒー頼む金すら無いからな。今月は特に。まぁいいや。そんな感じでね、俺が眼鏡買ったってこと、あんま人には言わないでね。

あとね、先週の週末に前々から作ろうと思ってた、ナムコのね、Pole Positionっていうゲームへのオマージュっていうか、リミックスっていうかがあるんだけど、まぁ凄まじくインスパイアされまくりましてね、Pole Positionに。で、リミックスを作ったわけです。ってことで聞いてみてください。別に超大作ではないからね。

http://mushroom.cage.to/mp3/pole_position.mp3

Satanstornade

Satanstornade

追記。サタンズトルネードの秋田さんの名前、ますみになってるね。これじゃあヒ素トルネードだね。