頑固親父のいるクラス。

mimisemi2007-11-16

色々と書くとすっきりするのぉー。ってことでもっとスッキリしちゃうゾ。ってーのも前に書いた社会学じゃなくてライティングについて思ったことってのを書くわね。お釜も悪くない。あー面倒だ。説明が。だから長くなるって言ったのに。なんかね、いつも俺が「キミは哲学者だから物事を全体化しすぎだ」って先生によく言われるってのを前に書いたかどうかは分からないけど、別にこの哲学者というのが賞賛の言葉ではなくて、物事を現実的に書かない抽象的な馬鹿っていう軽蔑なんだけど、例えばね、なんかもう前の社会学じゃないけど、エッセイの内容自体がもうバカバカしいんだけど、またお得意の市にバジェットがあるっつーんで、2つの提案が出されましたっていうやつでさ、IKKOが子供達のためにバスケットボールチームを作るってーので、もうIKKOがコンピューターセミナーを開くってのがあって、なんだかどっちもどっちだなぁーって感じなんだけど、俺はこのコンピューターセミナーのほうを選んだんだけど、書いた内容というのが、ようはメインとしては、貧困層の子供達が必ずしもコンピューターへのアクセスを持っているわけではないので、無料セミナーを開催することにより機会の平等が提供され、結果的に子供達が学校で勉強をはじめるときに、出身階級や経済的な理由などに依存しがちである技術や知識の差の一部を埋めることができるみたいなさ、そんなことを書いたわけ。まぁ相変わらず左翼臭い言い方かもしれないけど、まぁそこは許して。そしたらもう先生はこういう俺のいつもの書き方にうんざりしてるからさ「そんな貧困問題なんてどーでもいいんだ!このプロポーサルを選んだ具体的な理由を書け!!」って言うわけ。ようは先生曰く、まぁこのプロポーサルが夏の放課後ってーのの限定で、その夏の放課後ってことにもフォーカスしろってことなわけで、例としては「夏の放課後に、保護者によって監視されているバスケットボールチームに子供達を女陰じゃなくてジョインさせることで、子供をドラッグや盗みなどの非行から遠ざけることができる」とかさ、そんなわけの分からない理由なわけ。せんせーぇ!!そんなの思いつかなかったよぉー!!!ってひらめきだらけですよ。ランティングのクラス。ほかもくっだらねぇー理由ばっかでさ、子供達の発育のためとかさ、スポーツした後の子供達の笑顔を見たときの親の幸福感とかさ、まぁそれが先生曰くディティールらしいんだけど、そんなくだらねぇーこと書くんだったら、確かに一般問題と結び付けているかもしれないけど、俺の理由のほうがまだいい感じがしない?ただようは先生曰く俺のその利点の挙げ方が広すぎるっつーんだよね。貧困なんて語ってる場合じゃねぇーって話しなわけで、もっと狭く、単純に運動をすれば腹が減るとか、発育にいいとか、コンピューターセミナーだったら、コンピューターの使い方を学ぶことの現代的な意味とか(まぁ俺はそれも挙げてるわけだけどね)もっと細かいことを挙げなきゃいけないってーことらしいんだな。アメリカンエッセイは。で、挙句の果てに「お前はアレだろ、大学は出たのか?出てないのか。まぁいいや、基本的にこういったエッセイの書き方を知らないから、例えこれを日本語で書いたところで同じような内容になるんじゃないのか?そうだろ?ところでオタクの国は小学校や高校でライティングの授業は無いのかね?テストは四択とか暗記ばっかなのかね?ウチの国だったら、なぜリンカーンが市民戦争を行ったのか、理由を述べろというのをパラグラフにまとめて書くというのがテストだぞ!」なんてぼろ糞言われたわけだけど、確かに日本の教育ではこういったライティングというのは無いよね。無いとは言い切れないけど、まぁ一部のエリート校とかだけで、市民戦争だけにジェネラルにはあんま無いよね?いやーサーベイ取りたいんだけどね。日本がどういう授業してるのかって。まぁ日本の高校生とか大学生の平均的なランキングのスキルとかね。まぁいいや。ただ俺はまともに高校すら通ってないんで、日本の学生スタンダードでは語れないわけだし、特に最近は日本批判に慎重になっているってのもあって、安易に「日本では暗記ばっかです」って言いたくても「少なくとも僕の中学・高校ではそういった授業はありませんでした」って答えたんだけど、先生曰く「そんな暗記をするだけなんて学びでもなんでもないじゃないか」なんて言うわけ。まぁいえてるけど、面と向かって言われるとすげームカつくよね。このアメ公!いつか打ちのめしてやる!俺のペンで!!!って心に誓ったわけだけど、この先生自体は凄く良い先生よ。すんげー言い方きついし、死にそうなぐらい自信がなくなるような言い方とかされるんだけど、言うコトは基本的に間違ってなかったりするからね。イタリア系のじいさんで、ホント、アメリカ風ガンコオヤジみたいな先生なんだけど、基本的にあれだよね、仮に俺のボキャブラリーとかグラマーが良くなっても、アメリカンエッセイの書き方を知らなきゃ同じことだって先生は言いたかったように思うんだよね。だからお前が日本語で書いてもどうせまた物事を一般化するんだろ?って批判してたんだと思うんだけど、まぁそうは思わないのは前に書いた、ようは限られた語学力の中だけで考えることなんてたかが知れているってことで、こんだけウォール伝みたいに色々書きたいことがあっても、英語じゃ無理ってのはそういうことだから、基本的に先生の意見には同意しかねるんだけど、でもそういった要素もあるよね。ようは徹底的に発育に良いって真顔で書いちゃうような書き方をしないと、少なくとも今のコミカレ内ではライティングのテストにパスできないんだったらさ、そこにアダプトするしかないわけだよね。でもなぁー発育にいいとかって思いつかねぇーし、俺の意見じゃねぇーからなぁー。他にも学校の生徒の数が減っているので、また得意の二つの提案があるっていうやつでさ、IKKOは大々的な広告キャンペーンにバジェットを費やすのと、もうIKKOは学校内の全ての生徒をケアできるようなカウンセラーを設置するってのがあって、俺は当然カウンセラーを選んで、その理由をまぁ広告とも掛け合わせて、良質な学校のサポート体制は学校の評価を高めることになり、それは結果的にインダイレクトな広告に繋がるとかさ、そういうこと書いたらまた先生カンカン。もう田中カンカン!そんな比較はどうでもいい!!口コミとかもどうでもいい!なんでカウンセラーを設置することが良いか?というのを具体的に書け!!!っていうわけ。いや、俺は書いたよ。例えば俺みたいな精神病を患ってる生徒も多いわけだから、そういった生徒達をケアするのも非常に重要なことだし、カウンセラーっていうと日本語の場合心理カウンセラーだけを想像してしまうけど、英語の場合、チューターとかも含んだ意味らしいんだけど、まぁそれはともかく、個々へのサポート体制が万全ということは、教育全般が抱えている数々の問題を解決する糸口にもなるかもしれないとかって書いたらそれもカンカン。もちろん例も出したよ?学力の低下の防止とか、それこそ生徒達の心理的な問題とかさ、そういったことも含めて、ようはそういうケアを隅々まで行うということが出来ればそれは画期的だみたいに書いても、一般化のしすぎって言われるわけ。もう腹立つよね。ここまで来ると。しかもそういった学校のサポート体制が学校への名声に繋がり、結果的にその評価そのものが広告にもなりうるってことを書いたらさ、もう言ってることが分からないとか言われちゃってさ、それを口頭で必死に説明しても「口コミなんてどうでもいいんだ!!」って話になるわけ。もっとなんかさ、んじゃあ俺の言いたいことをアメリカンエッセイ風に書くにはどうしたらいいのか?っていう教え方をしてくれればいいのに、もう根本的な考え方とかアイデアまで否定されちゃって、挙句の果てに先生の書いたエッセイを「これが雛形だ!だからお前ら、これをお前らのノートに写せ」とかいうわけ。「うるせー!このイタリアの血を引いたファシスト!」っていつも言いたくなるけど、まぁ先生自体は悪い人じゃないんだよね。むしろ俺のことを気に入ってくれているぐらいでっつーのも俺も大人になったんだなぁーって思うけどね。昔だったら露骨に抵抗をして授業なんて出なくなっていただろうけど、今は先生の言ってることが多少おかしくても理解に努めて、自分の主張が通らなかったら諦めるみたいな、そんなやり方ができるようになってるんだよね。まぁここはアメリカだしコミカレだししょーがねぇーって諦めも大きいけど、でも基本的に生徒の大半がネイティブではなく、他の国の教育を受けてきたのなら、その書き方とか考え方の差なんかを他国と比較して、それならどう違うのか?ということを分析しながら生徒に認識させるっていうプロセスが必要なのに先生はホント一方的なんだよね。俺は自分でそういったプロセスを踏まなきゃIKKOに上達しないって分かってるんで自分で努めてるけど、そういうのに気がつかないでただ授業を受けてる生徒だっていっぱいいるわけじゃない?そういう生徒達って授業のやり方の被害者だよね。全くもって教える側と学ぶ側の認識が異なっているんで、根本的な解決になってないわけ。ホント、今こうやって学校通ってて思うのは、反面教師的に学ぶことがたくさんあるんだよね。「あーこの先生はこういうことを伝えられてない」とか「こっち側に立って言ってない」とかさ、問題ある授業のあり方から反面教師的に色々解析して独自にやらなきゃいけないことっていうか知っておかなきゃいけないことを生成してるっていう、そんな感じなんだよね。だからあれなんだよね、基本的に学校行ってるだけだと馬鹿になるのは、たいした人がやってるわけではない授業にアダプトしなきゃいけないっていうプロセスを踏まなきゃいけないとかさ、まぁ他にも色々あるんだけど、その辺は前に書いたからいいや。あのサイードとか例に出したときのやつね。まぁこれはサイードとは関係ないんだけど、ようは学校に適応しすぎててちゃんとやってるやつらってのは大抵馬鹿が多いってことなわけ。それはバイト先とかでもそうだけどね。単純作業とかに命かけてるような、あの若手のコントであるでしょ?バイトに命かけてる男ってやつ。あれみたいなやつってのはほぼ99.9パーセントぐらい馬鹿。学校って問題がありすぎるから、まともな頭してたらあんなくだらないグレードを稼ぐゲームになんて必死に参加しないだろうし、ドロップアウトしちゃうと思うんだよね。なんも学べねぇーっつって。ただ問題は社会が学歴ってーのを要求してるんで、馬鹿なふりして勉強しないとやってけねぇーっつー、ようは勉強しつつシラける、シラけつつ勉強する、みたいなさ、まぁただの言葉遊びだけども、社会自体が「キミら馬鹿にならないとウチでやってけないよ」って言ってるようなもんなんだよね。だからみんな無駄なもんに金や時間を使わなきゃいけない。はぁードットになりてぇー・・・。

ってことでこれ全然まだまだ続くんだけど、なんかね、俺って躁うつ病だから、ガーッっと書けるときと、さっぱり書けないときの差が激しくてさ、で、たまに一週間ぐらいほったらかしになるんだけど、せっかく選挙で選ばれたんだしっていうか、なんか選挙ばっかだけど、小出しにしていくわ。なんか一回で全部アップしちゃうともったいないような気がしてきたんだよね。あんま外的な影響を受けないようにって書いたけど、なんか俺、世界観狭いからさ、今はとりあえずウォール伝=選挙みたいな図式がデキちゃってるから、なんか一応書かなきゃなっていうのが凄く嫌だからさ、だから小出しにしていけば、書かなくていい日増えるでしょ?っつーか選挙期間中に限らず、今後はそうしていこうかな。これだけでも十分長くて読む気失せると思うけど、実はね、この今日の分っつーか、まだまだあるこれって昨日のやつの後にまたあの後ずーっと狂ったように書いてたんだよね。たぶん薄い本一冊分ぐらい書いたと思うんだけど、そんなもん一回にアップするのってなんかもったいないじゃん?もったいないっていうか分厚い本みたいな感じで読む気失せるよね。だから最初に上下に分けた人って偉いと思うんだよね。1000ページある本なんて萎えるけど、250ページ4冊とかさ、まぁ上下じゃないけど、分けるって重要ね。俺も小食だからいつも一回で食えなくて分けてるけどね。一食分を二食分とか三食分に。貧乏暮らしっていうか、あんまり多く食べない暮らしが身についちゃって、胃が小さくなったんだよね。ホント、食えなくなった。すぐおなかいっぱいになっちゃう。でもすげー健康なわけだけど。でも気分的に楽だよね。ガーっと書けた日があれば、それが一週間分ぐらいになってさ、で、別に特に書かなきゃなんて思わなくてもいいっていう。そういうリラックス感からまたアレだよね、色々書きたいことができるっていうか、RPGとかって最初は面白いけど、後半とかクリアしなきゃみたいな使命感だけでやってたりするじゃん?そのときのつまらなさってのが凄く嫌なんだよね。俺。まぁいいや。もうちょっと後ろ髪切ってもらえばよかった。後ろ髪すげー嫌いなんだよね。俺。自分で切ろうかな。躁鬱といえば今日、ああやってまぁ色々最近書いてるように、ホント、学校がどうでもよくなってきちゃって休んじゃったよ。でもなんだろうね、家にいるほうがまだ時間がもったいなくないように感じられるこの感覚。

あとこないだのどうでもいいやつの第二段のURL書くの忘れてた。っていうかケツに2がつくだけなんだけど。

http://mushroom.cage.to/mp3/smk2.mp3

性の迷宮(ラビラント) (河出文庫)

性の迷宮(ラビラント) (河出文庫)