ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

文字の中の腫瘍。

mimisemi2007-11-18

はい、確実に前の日の分割のやつを繋がっております。実験的に文字の中に動画や商品紹介を埋め込むということをやってみるわね。

まぁただそこで俺が先生かもしくは大学側に多様性のある教育をなんて言ったところで解決しないし、それは社会学の授業も同じこった。だからベストなやり方としては、とっとと英語になれちゃって、大学程度のことはちゃっちゃとやっつけ仕事みたいに済ませることが出来ないとダメってことなのね。だから俺も先生からキミの考えをアメリカンエッセイの中でやるには・・・なんていう理想的な教え方を期待しないで、自分が自分の一番の教師でなければいけないわけだ。んじゃぁー大学なんていらねぇーじゃーんって話になってくるよね。マジで。まぁそこは学歴とか社会とか色々あるわけだよ。まぁね・・・。すげー矛盾してるよな。学問をやりに大学行ってるのに、学校の問題点から自分が色々学んで自分で勉強するしかないっていう、すげー本末転倒な話だよね。だから俺のパラダイムをがぁー!っとギースの羅生門みたいな感じでクルッっと変えてくれるような、凄まじいアートに出会ったときの大地の揺れみたいな、そんな刺激を与えてくれる先生に会うために俺はなんとかこっちでやってかなきゃいけないわけだけど、そういった先生がいるかどうかというのは別として、そこの幻想というか期待は最後の要だから捨てたくないんだよね。それが数少ない大学に行く動機のひとつでもあるわけだから。あとは凄まじいクラスメートとかね。俺がキチガイで凄まじすぎてみんなが普通に見えるのは俺が狂っているからだってのは散々書いてきたからもういいけど、でもまだ世の中には鳥居みゆきみたいな人もいるわけだから、まだまだ捨てたもんじゃない。ところで話を戻すとこっちの大学ってのはコミカレみたいなところでとりあえず単位稼いでおけば、まぁグレードと経済力とかにもよるけど、いろんな大学に転入できるっていう利点があるんだよね。Start Here, Go Anywhereってのがウチの大学のキャッチコピーなわけだど、このぐらいしか利点がないって言い方も出来るかもしれないけどね。あーこういうこと平気でエッセイにガーっ書いて退学勧告とか受けてみてぇーな。もちろんそれは馬鹿なプロテスターどもみたいに、退学勧告を受けるって結果自体を目的にするんではなくて、退学勧告を受けるぐらい権力者側に都合の悪いことをちゃんとした英語と書き方で書けるぐらいになりたいなって思うわけね。ところで書き忘れたけど、コミュニケーションというのは会話の枝分かれというか脱線というか、そういったところからカンバゼーションが生まれるわけで、あの先生みたいなイエスかノーかしかないような型のコミュニケーションなんてコミュニケーションとはいえなくて、ただの尋問だよね。まるで極めてヒエラ

ルキカルなヒエラルキカルってモンスターいそうだね。ドラクエとかに。まぁいいや、話を戻すと、まるで極めてヒエラルキカルな体勢の日本の面接みたいなコミュニケーションっていうのがこの先生のカンバゼーションのやり方なんだけど、こんなのフォーマルな場だけで十分だって感じがしない?プライベートでもこういう型のやりとりしか出来ないっつーかやろうとしない人いるでしょ?特に変に頭が回るやつに多いんだけど、「いや、もっとロジカルに言うと・・・」とかさ「いや、要点だけお願いできますか?」とかそんなこと日常会話で言うなよ!みたいなさ、だからああいうやつらって友達いないんだよね。俺もいないけどさ。ああいうやつらって完全に自分が頭いいって思ってて他人を見下してるんだよね。ただすげー失礼な比較になるけど、こないだ書いたホセじゃないけどさ、ゲームとかアニメの話ばっかするかもしれないけど、もうそこは超えられない人間的な素晴らしさってのが彼にはあるから、例え俺のほうが物知りだろうが、ちょっとテストで良い点数を取れようが、完全に人間的には彼のほうが上だって俺は分かるわけだけど、狭い見方しか出来ないアホなやつらって、そこを知識量とか学歴とかソーシャルステータスとか成績とか外見で判断するわけじゃない?すげーナンセンスだよね。こういうのって。これもさっきの話を引きずると、ようはこういう判断でしか人を評価できない連中ってのは、こういった型でしか物事を判断できる能力しかないってことなんだよね。まぁ型に寄り添ってれば楽っていう。だからこういうやつらの口癖は「普通そうだよ」とかさ「社会的にはこうだよ」とかさ、そんなこと言うわけ。んじゃあさっき書いた先生とこういう連中の共通点は?っていうと、型でしか物事を考えられないというのと、枝分かれとか脱線といった、まぁ便利な言葉だから最近多用している物事の多様性というのを認めないというか、それを余分なものとして排除する人達なんだよね。だから必要以外のものがあると、それはいらないって判断になっちゃって、結果的にそういった型にハマった、ステレオタイプな見方しか出来ない人達が増えるとどうなるかっていうと、社会や思想や物事の一般化、つまりは全体主義化ってことなわけでそりゃファシズムってことだ。人のあり方の多様性を社会が認めなくて、社会が人間とはこうあるべきだなんていう型を強要しているのなら、もうそれは社会のシステムがどうであれ全体主義的な感じでしょ。そういう意味だとアメリカは自由、もしくは個人主義という名の全体主義と言えると思うね。日本の場合、社会とか機関という名の全体主義。まぁ全体主義的な社会主義とでも言うのかな。アメリカは資本主義的な自由主義的な全体主義。この二つの共通しているのは全体主義ってところで、だからお互い仲がいいのかもしれないね。まぁこっちはたまったもんじゃないわけだけど。ただ俺が普段批判しまくっている日本の悪いところでもある察する文化は良いところでもあるんだよね。日本のテレビ番組なんかを見ていると、そこそこ名の通った学者や評論家ですら物事を説明するのが下手だなって思うのは、こっちで徹底的にロジカルで筋の通ったアメリカンウェイな喋り方とか、さっき散々書いたエッセイに見られるようなスタイルを勉強しているというと馬鹿っぽいけど、触れているんで日本のそれが凄まじくプアに見えたりするんだけど、それはやっぱ日本人ってーのはロジカルに物事を考えるとか書くっていうような教育を受けてきていないからなんだろうなとはアメリカとの単純な対比で思うわけだけど、逆を言えば、舌ったらずな評論家や非論理的な物言いをする学者の言うことでも理解を出来る日本人というのは、その余分なものから色々なものを汲み取って、決まった一つ一つの文脈から物事を判断するのではなく、全体的なものの見方で判断するということに長けていると思うのね。アメリカの場合、喋っててちょっと話が分からなくなると「で、要点はなんですか?」とか「ちょっと言ってることが分かりかねますが?」とか「さっきの話題との共通点は?」とか、日本人から見るとねちっこいような言い方っていうか判断の仕方をすると思うんだよね。揚げ足取りじゃんそれって言いたくなるようなことをアメリカ流のやり方だと徹底的に言う。ただ日本の場合、とりあえず話を聞いて、その完璧ではないマテリアルからも自分の脳で察して、「つまりこういうことですか?」という風な判断をするのに長けているというか、そういった文化が察する文化の一つなのかなとは凄く思ったね。だから割とそういった理解の仕方ができる文化を持った人達は抽象的なことを理解することに長けていたりするわけで、俺はその日本的な考え方や表現の素晴らしい一つとして俳句があると思うんだよね。多くは語らずに全てを語るみたいな。あの限られた文字内で様々な表現をするという表現は極めて日本的だと思うし、それはそういった感覚を理解できる人達、ようはまぁそれは俳句の作り手側でもある日本人なわけだけど、そういった聞き手というか読み手のバックグラウンドが無いとあれは成立しないと思うんだけど、アメリカってのはそういったのが凄まじくかけていて、全てを形として具体的に現れたものでしか判断しなくて、その喋ってる人の抑揚だとか性格だとか言い方だとか話の文脈だとか、そういった「余分」なところから物事を判断するということを徹底的にしないというか、余分をもう元々無いものとして排除してるんで、その結果、現れたものでしか判断が出来ないという、極めてプアな判断力というかね、貧しいよねそれって。だからアメリカには繊細さというのが欠けているんだと思う。余分を理解しようとしないから。だから今、俺はそういった繊細さに欠けるアメリカ人を納得させるような、分かりやすい言い方とか書き方をしないといけないっていう、移行というと変だけど、アダプトするための方法論として学ぶしかないっていう段階に来ているわけね。ただこれは俺の英語力云々ということではなく、もっと根が深いものだから、そんなに楽じゃないよねっていう。思うに外国語を学ぶっていうことは、文法とか語彙云々より、こういうところに核があるわけだけど、そういったものを感じてその言語になりきれる人というのが言語能力に優れた人達なんじゃないかな?って思うね。もちろん文法的なものっつーか体型的なものを理解するということに長けているという条件は必須としても、言語の能力というものの要素の一つには、それこそ日本人的なアブストラクトな言い方になるけど、その言語感覚というのを習得というか感じられることがあると思うんだけどね。でもそういうのって余分の塊でしょ?ってことは逆説的に言うと、余分を理解できる日本人って意外と言語習得に向いてるんじゃないの?って思ったりもするんだけどね。ただ日本人はシャイだからその感覚を理解できていても、なかなかなりきれないっていう、そういうジレンマはあると思うね。だからあんま外国語が上手くならない。だからそういった意味でもともとの大枠の人との接し方とか言語のキャラクターというのが似ているスペイン語とかフランス語とかイタリア語とかを話す人達が英語を習得するのにそこまで苦労しないのは、その余分の共通点が多いからってことだと思うんだよね。それこそ細かいところのさ、人との接し方とか挨拶の仕方とか感情の表し方とかボディランゲージとかさ、そういうところが似ているところがあるから、ただ単に言語そのものを習得してしまえば、それが結果的に英語でのコミュニケーション能力にも繋がっているというような、そんな感じなんだけど、日本人ってーのはそういった余分を感覚的に理解できる能力があっても、自分たちが持っている人とのコミュニケーションのやり方と欧米的なやり方が違いすぎるから、なかなか英語になりきれないっていうね、まぁ逆を言えば英語を喋りきるってことは徹底的にアメリカナイズされるってことなわけだ。まぁ思想とか考え方とかまでアメリカナイズされる必要があるんじゃなくて、その言語が持っているキャラクターを活かすための余分の部分を徹底的にマスターするってことなわけね。だからアメリカ人っぽい挨拶の仕方とか人との接し方とか、そういったところも大きく分ければ「言語」って言えると思うんだよね。その言語の部分が欧米では共通しているところがあるから、割と楽というか、あとまぁ文法が似てるってのもあるけどね。だからそういった欧米人が英語を勉強するのとアジア人が勉強するのとでは根本的なものが違うから、ライティングとかリーディングとか英語学校とかでもそうだけど、あんな一括で言語なんてのを教えられるわけがないんだよね。日本人用の英語教育のフォーマットというのがないと、絶対脱落者が出てくるよね。ようは教える側もそういった言語的な違いとか文化的な違いとか、そういったことから生
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まれやすい勘違いとか理解への壁というのをクリアにロジカルに説明できる教師がいないと英語教育ってのは本質的には成立しない。それはそれこそ本当に細かい話も含まれるわけ。日本人は前置詞を理解できないとかさ、数の感覚とかね、ようは日本で弁護士って書けばそれは丸山弁護士も橋本弁護士も含めた弁護士を指す言葉になるわけだけど、英語の場合、lawyersって複数形にしないと、a lawyerってことになると何か特定の弁護士を指す言葉になっちゃうわけだけど、日本語って弁護士をカウントするっていう感覚が無いから、ルールとかそんなもん以前に感覚的に馴染めない部分が相当あるわけ。俺もそんな部分に悩まされているわけだけどね。それに加えて日本的な書き方とか考え方っていうやり方をすると一切認められないっつーさ、もう嫌になっちゃうよね。マジで。あ、ようはメインポイントとしては、言語ってただ規範だけを覚えればオッケーってなシンプルなもんじゃないので、ある意味で言語学的な認識のある教師が言語を教えないとさっぱり効果が無いってことなんだけど、まぁ言うまでもなく、日本の英語学校も英語教師もアメリカの英語学校や教師すらもそういったバックグラウンドが無いまま、一方的にただ型とかルールだけを教えてるわけだから、成果が挙がらないのは当然なわけだ。だからあんま短期語学留学とかいって海外に行かないほうがいいよ。大半の学校はロクでもないはずだし、文法とか語彙を学ぶだけだったら、日本の英語塾みたいな、受験英語的に英語を教えているところのほうがよっぽど優れているわけよ。俺はそういったものが嫌いだけど、残念ながら日本人完全対応している英語教育というのは日本的な受験英語しかないわけだね。海外に行って得られることいったら、せいぜい発音とかヒアリングといった感覚的なもんだけで、そんなもんやり方によっては自分の国でもいくらでもできる時
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代になっているんで、はっきりいって語学留学のメリットなんて全然無いと思う。だから前にも書いたように留学なんてものに幻想を抱くのは絶対やめたほうがいい。俺みたいなアウトローが亡命するとか、もしくは凄まじいエリートがキャリアアップのために留学するとか、理由ってそのぐらいだと思うよ。

ってことで今日はここまで。いやーズルはいいね。書き溜めたの分割してアップするだけ。自分のケチさ加減は金銭関係に限らず、文章関係もケチってことだ。でもホント、ケチって出来ればケチにならないほうがいいよね。俺はもう無理だけどね。ただホント、細かいところケチらないほうがいいけどねっつーか今日はもうホント、凄い日だった。胃壁で戦争が行われているので、起床後はとりあえずコ

Chill Out

Chill Out

ーヒーは飲まずにシリアルとか食ってたんだけどつーか夕方の3時ぐらいに起きてさ、んでまだ眠いのね。で、ずーっと寝たままネットとか日本の番組みたりとかあとジジェクもう一回見直したりとかしてたらもう完全に眠くなって7時から9時ぐらいまで寝てたね。最近、ホント、眠くてしょうがない。9時間ぐらい寝ても二度寝か今日みたいな昼寝ならぬ夜寝が必要になるぐらい眠い。ただホント、睡眠ってなんか神聖なるパワーがあるんじゃないかってぐらいあれだね、効果あるね。もう気分スッキリでさ、なんか憂鬱な感じとか無くなるもんね。だからってやる気が出るわけでもないんだけど、基本的に脳を労わってあげないとダメですね。俺の場合、体が資本じゃなくて脳が資本だから。睡眠はもったいないとかっていうジャンボ栄作みたいなタイ
斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

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プって馬鹿だからそういうことが言えるんですよ。脳を使わないから脳が疲れないんで睡眠が必要ない。だから常に何かをしてるほうが得だみたいな考え方になる。馬鹿の典型。だから寝ないと始まらないみたいなことを言う人って俺個人的には信じられるタイプの人だね。なんかこのホント、ガーッっと書けたときのやつの雰囲気とそうじゃないときの雰囲気の差凄いでしょ?ここ数日の分割の後に書いてるこれみたいなやつって本当にどうでもいい話っていうか、昨日も投げキャラの話とかさ、今日も最近眠いみたいな話とか、マジでクズだよね。まぁいいや、ちょっとは本でも読むかな。また来週から時間と労力の無駄である学校が始まるから今のうちにちゃんとした本を読んでおかないと・・・。ってことで分割シリーズまだ続きます。これいいね、今日の実験。文字の中の腫瘍みたいな感じで。

Logical Progression

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