ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

↓に精子を溜めて、↑と同時チンポ。

mimisemi2007-11-22

アレフ創価学会よりマシなのは、アレフは宗教団体的には政治的な力は一切持っていないし、ましてや政党なんて持ってない。メディアや大企業との癒着も無いし、人を脅して勧誘するなんてこともない。まぁ分からんけど、ただ俺のイメージとしては世捨て人が宗教法人の名の元のコミューンで共同生活を送っているという感じで、何が言いたいのかというと、別に人様に迷惑をかけず、勝手に変わった生活をしているってところなんだよね。それは他のカルト教団にも言えるかもしれない。もちろん信者が変死したり、教祖がウハウハだったりするのは肯定できないというか、そもそも俺は宗教が嫌いなので肯定もクソも無いんだが、創価学会みたいな宗教団体がタチが悪いのは、さっき書いたアレフが持ってないものを持ってるわけで、はっきりいって不気味なカルト教団よりたちが悪い。下手に社会へのコミットメントがあり、しかも権力もあって他人に何かを強要するというのが最高にタチが悪いと思うわけで、その辺はヤクザと一緒なんだよね。そういった政治的や社会的な権力を持ったヤクザというのは最高にタチが悪いけど、例えば分からんけど、そういうのが無いような、街のチンピラレベルのヤクザだったら、そこまで人様に過激な迷惑をかけるわけでもないと思うので、デカイヤクザよりは全然マシだと思うわけ。ようは賭博をやっていたりとか風俗店を経営しているとか、グレーゾーンやグレーじゃないところでビジネスを展開しているアングラ組織っていうだけだったらまだ可愛いもんだって思うわけね。もちろん闇金融経営みたいなのに対して可愛いなんてことは言えないわけだけど、ただ究極のならず者組織創価学会よりはだいぶマシってことだね。ただ世の中的に闇金融は悪とされているのに、創価学会は悪とされないってのがまた歯がゆいところだね。社会に巣食った悪というのは国民によって取り除かれないと実質的に半永久的に存在し続けるわけだから、常に国民ってのはそういったことに対する、まぁ権力側に対してもそうだけど、批判的な目と観察眼を持っていないと、民主主義なんて成立しないってことだね。最近思うに民主主義ってのは政治なり社会の形態ではなく、民衆のあり方だと思うんだよね。プラトンだかの愚者の船じゃないけど、船の操縦方法も知識もないようなリーダーが「とりあえず船に乗れー。楽しもうぜぇー」っつって馬鹿な民衆を連れて航海をするのはいいんだけど、航海先に立たずで、愚者の操縦する愚者を乗せた船というのは行き場を失って沈没するっていう、デモクラシーってこういう部分があるわけじゃない?基本的にシステムが良かったとしても、それを操縦する人とか、操縦する人を選ぶ人がアホだったら、そりゃどーにもならんよね。だから基本的にデモクラシーってことを考えるときには、国民がそれなりの国の操縦方法と知識を持ってないと沈没するってことなわけで、馬鹿な政治家や国家に何かを求めるってのは民主主義的にはおかしい話だし、国を操縦していくのが国民だったら、国民一人一人が政治家じゃなきゃいけないってことだよね。面倒な話だけど民主主義ってこういうことだから、実質、実現は国民に委ねられていて、まぁかなり難しいことなわけだ。だからそこで少数精鋭によるエリート政治なんてのが考えとして浮き上がってきちゃうのも、もう国民に民主主義を実現させるのは無理だって諦めもあるよね。民主主義ってのは基本的には実現不可能だと。んじゃあそこで諦めるのか委ねちゃうのかってところだけど、やっぱ諦めちゃいけないわけで、悪には悪だって言えるような批判的な国民がいないと国は沈没するわけだ。もしくはそりゃ無理だってことで、政治家に何かを任せるんだったら、「あんた達に任せてれば、とりあえず俺らは何も気にしなくてもオッケーだ」みたいな優秀な人達を選ばなきゃいけないのに、まぁ現状としてはそうじゃないわけでしょ。とんでもない人が総理大臣になってたりするんだからね。ってことで実質、民主主義にも政府にも国家にも何も求めることは出来ないってのが俺の立場なわけで、まぁ簡単に定義するとアナーキーなわけだ。ただ意外にも言動だけ拾っていけばアナーキストそのものみたいな人達って意外と多いんだよね。ただ本人達は自覚して無いっていうか、アナーキズムの定義を勘違いしてるから、そんなこと言われたら絶対否定するみたいな、まぁインテリ先生がこういうタイプだったけどね。完全に言ってることはアナーキーなのに、アナーキズムってワードを出すと拒否反応を示すみたいなさ、まぁいいや、この辺は前にも書いたから。「良い政府の栄えた例なし」ってことで、常に社会には悪徳が栄えているわけだね。悪の栄えた例なしって言った人さ、相当の悪人だったと思うんだよね。ヤクザとかサラ金業者とか創価学会が正義を語るようなもんでさ、悪人である自分を認める最高の賞賛の言葉なわけ。宗教の自由はあっても悪徳の自由はないから、その辺の監視ってのは国家はやらないんだから国民がやらないとね。国民夜警国家ってのが理想的だわー。まぁ無理だけどね。

あと留学しないほうがいい路線に俺の論調っていうと大げさだけど、俺の言い方が傾いているわけだけど、一つ、俺の言いたいことが二つある。ってーのはよく留学斡旋業者系のサイトで留学経験のある議員とかアナウンサーとかにインタビューをして留学の素晴らしさなんてのを語らせてるわけだけど、ホント、勘違いしちゃいけないのは、大抵ああいうやつらってのはジ・頭が良いやつらで所謂エリートってやつらだから、あいつらのいう留学というのが、俺みたいな凡人の留学に当てはまるというと大違いなわけで、それは俺みたいな凡人留学生が言うんだから創価的に間違いない。お金のある家の令嬢なりボンボンが東大を卒業後にパーバートとかコロムビアの大学院に留学とかね、あんなもん浮世離れしてますよ。ああいうやつらの環境と頭だったらそりゃー留学で得られるものは大きいでしょうよ。ただ実際、俺みたいな凡人が留学したところで、凡人がやっていける学校なんてのは今、俺が通っているコミカレだとか英語学校なわけで、そういった環境で得られるものなんてのは、最近俺が散々書いている大学のヒドさってことなわけ。で、俺が個人的に得ているものは、そういった環境から得られる、学校とかではない影響が俺の考え方とか生活とか人間関係のあり方に影響をしてきて、結果的に自分自身の成長に貢献しているってことなわけで、これは留学というよりは、違った環境に自分の身を置くことってことで得られていることなわけで、何も学校に通わなくても別に旅だっていいわけだし、いろんな場所に短期滞在するとかでもいいわけだ。まぁ俺の場合、教育と言うことではなく環境という意味での学校というものから色々得ているものはあるけど、それは普遍的に語れるものではなくて、極めて個人的な経験ということなわけで、全員にそれが当てはまるわけじゃないってことね。だから留学しようとか思ってる頓馬はその頓馬の頭なりにピッタリな留学生が書いているブログなどからその留学生活を読み取って検討すると言うことをしたほうがいいわけで、間違っても一流大学に通ってるジ・頭も経済基盤も違うような留学生が書いたブログやインタビューなどを元に留学というものを考えるべきではないわけ。思うに既存の留学系の記事というか、イメージを形作っているインタビューやエッセイの大半がこういったエリートや中流以上の頭の良い連中ばっかによって書かれているので、んだから現実の留学と形作られたイメージとしての留学の事実の乖離が激しいんだと思うんだよね。だから基本的にエリートの言うことなんて信じないほうがいいよ。あいつらはあいつらの頭の中だけで考えてて、凡人の頭のことなんて全く考えてないから。ただそこで俺のチンポを差し伸べたいのが、凡人でも実りのある留学は出来るので、ゴミカレレベルからでもクソ英語学校からでも時間と労力と何より経済が許せばやる価値は無いことも無いかなとは思うわけね。凡人の留学生活はエリートのそれとは全く違ったものではあるけど、なかなか悪くないものもあるってことだね。だから基本的にアレだね、留学=一流大学とかって図式をまずなくしたほうがいい。それよりかは色々な学校以外での経験や環境から得られるものということを考えて日本の2流大学みたいなところに通うんだったら、それよりちょっと金はかかるけど、アメリカの2流・3流大学に通ったほうが得られるものが大きいかもしれないってことなわけね。場所によっては例えば東京のアパートに一人暮らしをしながら学校に通うのと同じぐらいの経費で出来る留学ってのはあるからね。田舎に限るとは思うけど。だから受験戦争なんてナンセンスなものに巻き込まれてないで、海外の大学に通うっていう視野が一つの選択肢としてあってもいいんじゃないかな?って思うわけね。特に日本の大学なんてクズだからさ、まぁ俺のイメージだとね、一部の大学は除いてだけど、んだったら同じクズなりにも海外のクズ大学に通ったほうがまだマシなんじゃないか?ってことなわけね。それは別にアメリカの大学に限ったことではなくね。まぁ他の国の大学については分からんけどさ。ただホント、なくしてほしいのは留学=エリートの金持ちコースという図式と、留学=年間学費300万みたいなイメージね。コミカレレベルだったら年間百万以下で通えるところも少なくはないわけだから。ホント、俺って留学する前とかさ、こういう留学のイメージに翻弄されちゃって大変だったのよ。親を説得するのも大変だったけど、何よりいろんなうそ臭い情報に踊らされてた俺が相当情けない。あとあの金持ちコンビのロジャーとマークのエピソードね。俺が「学費は年間一万ドル以下じゃないと無理」なんてことを言ったらさ、なんかロジャーとマークが呆れたように顔を見合わせて、なんか馬鹿にしたような態度を取りながら「こっちの大学は一般的に2万ドルぐらいはかかる」なんていうわけだけどさ、こういうクソブルジョワどものおかげで留学を断念している人達って相当いるんじゃないかな?って思ったわけね。俺も何も分からなかったころは、「そんなにかかるんか!」ってマジで思ったりしてたからね。まぁ別にそんなの自分で調べればいいんだけど、ただ何も分からないときってそういった情報に翻弄されやすいでしょ?だからこそ俺はクソブルの言うことなんて聞くんじゃねー!って言いたいわけ。それにしてもキューティーといいロジャー・マークコンビといい、そして極めつけの究極のブルジョワ娘キューティーの姉といい、なんか神というのがいるとしたら、徹底的に俺をブルジョワ嫌いの階級闘争狂いに仕立て上げたいんじゃないか?ってぐらい、そういう偏ったきっかけをお与えくださっているなって思うわけね。もちろん師匠1的な人生の考え方が俺の頭の大半を占めているけど、その一方で物凄く運命論的な宗教的な人生観ってのが俺の中に普遍的に存在してるんだよね。まぁ弁証法的でナイスだなとは思うんだけど。なんかいろんな状況とか出会いとかハプニングが俺の人格を形成している重要なファクターの一つだと思うと、その一連の出来事の傾向というのが、俺の人格に比例するかのごとく物凄く偏ってるんだよね。人にこういうことを言うと「よくもまぁそんな短期間に色々なことがあったね!」って言われるんだけど、前にも書いたかもしれないけど、無い人って本当に無いらしいからね。ふつーな経験の中でふつーに生活しているっていう。親もあまりにも俺の様々な状況が過酷というか、色々なことがありすぎて、物事を考えすぎる性格になったというのもあってっていうか、元々考えすぎる性格っていう中で色々なことがありすぎたのかもしれないけど、俺のことを選ばれし者っていう風に思ってるらしいんだよね。それは親馬鹿とか慢心とかではなく、そういう風な定義をしない限り説明がつかないというか、こんな普通の家庭になんでこんな変なやつが生まれてきて変な人生を送ってるんだ?って納得できないからだと思うんだよね。まぁ逆を言えば物凄い理解のある親ってことなわけだ。普通の親だったらとっくに俺のことを諦めてると思うから。なんか説明のつかないところはスミスみたいに神の見えざる手で片付けちゃうみたいな、たまにはそういうのも必要だけど、選ばれし者ってそういう曖昧な定義があると思うね。あれだね、逆説的に自分が選ばれしものであるので、自分が凡人だということに人一倍気がついているということは言えるかもしれないな。だからようは選ばれし者ってのは気がつきし者っていうかね。あとさ、なんか学校とかで卓越した記憶力なんかを発揮してエリートコースまっしぐらで政治家になったとか弁護士になったとか医者になったとかってーのがあるけど、そういうエリートってどうしようもない人達が多いよね。政治家っつっても政党が自民党だったり公明党だったり、医者っつっても利益を貪る悪徳な医者になったりだとかそりゃ弁護士でも同じだけど、そういう人達って記憶力とか能率はいいかもしれないけど、別に思考力があるってわけじゃないんだよね、何しろ思考力があったら自民党なんかに入らないわけだからさ。そうなると人の能力なんてそれこそ学歴やソーシャルステータスなんて限られたもので計れるわけが無いってことなわけで、社会はそういった既存の型にはまった価値観によって埋もれてしまっている人材を発掘する必要があるよね。まぁまた便利な言い方になるけど、価値観の多様性だね。ホント、世の中って人の評価が表面的過ぎると思うんだよね。だからロクでもないやつが出世したりテレビに出たりするわけ。ようはその人々の評価というのの基盤というのが極めて表面的ということね。ところで留学だけど、前には日本の大学に入ったほうがマシって書いたけど、それは目的が無ければ・・・ってことね。ちゃんとしたやりたいことがあるなら、海外の大学という選択肢があってもいいんじゃないかっていう提案なわけね。繰り返しになるけど、具体的な目的が無かったら留学は時間と金の無駄だからやめようね。留学でキャリアアップなんて時代遅れな幻想だから。

ってことでこれは一週間ぐらい前に書いてたやつね。言ったでしょ、俺は溜めキャラになるって。

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