「レオナール・耳蝉(革命家)」。

mimisemi2007-11-23

また溜めから。

んじゃー改めて寝る前のみ調子がいいので理解のプロセスについて書いちゃおうかな。ってーのも例の社会学の授業のことを考えると、なんというか前にも書いたようにってもう俺は口癖のように前にも書いたって書くけど、これやめたほうがいいかな?前にも書いたってことを言うと、大半が似たようなことを前に書いたことがあるわけで、これだけでもう三行分ぐらいあるからってまぁこれがウォール伝クオリティなんだけど、んじゃあ今後は前に書いたことがあったとしても、それはあえて前に書いたってことを言わないようにしますってことで、その前にも書いた社会学のことだけど、それは前にも書いたように、授業が極めて表面的な情報処理に終始してしまっているっていうのは前にも書いたけど、まぁいいや、んで、その授業で思ったのがさ、ある知人が言っていたことなんだが、俺がその人に「自分は本を読んでも、その本の十分の一すらも頭に入っていないような気がして、いつも嫌な気持ちになる」って言ったらさ、その人が「本なんてのはその作家なり思想家が生涯をかけて書いたものであったりするわけで、そんなたいそうなものを凡人が一回読んだだけで全てを理解するなんて不可能だ」っつっててさ、まぁこれってすげー俺の心の中に残ってる言葉なんだけど、実際そうだよね。一回本を読んだだけで全てのディティールを覚えてるなんてキチガイだよな。オタクと言われる人達のそのオタクな領域に対する半端じゃない知識は、その人達が格別頭がいいわけではなくて、興味があるものを繰り返し読んでいたり見ていたり触れていたりするんで、嫌でも頭に入ってくるっていう、そういうことなわけで、教科書の丸暗記を求める授業とは一体何なんだろうか?ってことなんだけどね。社会学にしても社会学者の理論なんて簡単なもんじゃないんだから、はっきりいって基礎段階でもそれが基礎なのであれば、その理論について最低でも一ヶ月は先生の説明とか、その理論なり社会学者に関する授業をしなきゃいけないのに、5分ぐらいで説明してそれを頭に入れろってのは本質的な理解でもなんでもなく、"「生まれてすみません」と言ったのは太宰治"的なことの丸暗記なわけで、じゃあなぜ太宰が生まれてすみませんなどということを書いたのか?そういったことの理解が本質的な理解に繋がって、結果的にその理解ってのは生涯続くものだと思うんだよね。ようはこの時点でなぜ太宰がこういうことを言ったのか?ということの理解が出来れば、それはただ太宰が「生まれてすみません」と言ったということではなく、なぜ言ったのか?ってことの理解になるわけで、その理解はただの文字という情報の理解ではなく、感覚的というか内面的というか本質的な理解なので、理解しちゃえば忘れようがないってことなわけで、教育というか授業ってそういうもんじゃないの?って思うわけで、教師はそういった生徒達のために深い理解を促せるような授業を提供するべきなのに、全く現状といったら酷いものだね。まぁコミカレとかさ、そんなんだけじゃ分からないけど、でも一流大学ってのを除いたら、大半がこんなもんなんじゃない?ってちょっと思っちゃったりするよね。ずーっと俺が疑問だったのが、コミカレ程度でやる社会学グラムシヘゲモニーのような概念というか、授業や教科書ではDominant Ideologyって言われているけど、そんなもんをちょっとでも扱っているんだったら、それだけでもうその人の世界観変わっちゃうじゃん?って思ったわけ。それが表面的な、「グラムシというマルクス主義のイタリア人がヘゲモニーという概念を生み出した」という情報だけの理解ならそれは理解でもなんでもなく、「ビートたけしの一世を風靡したギャグはコマネチである」というのを暗記するのと全く変わらないわけ。ようはぽかぁーんとトリビアの泉を見ているのとなんら変わり無いわけね。ものすごく表面的な知識。トリビアトリビアルだからトリビアなのでそれはそれでいいんだけど、社会学トリビアじゃないんだから、そこは教師がちゃんと教えなきゃダメじゃんって思うんだよね。別にグラムシの概念を重点的に教えろと言っているのではなくて、様々な社会学のパースペクティヴを分かりやすく理解できるように生徒達に教えなきゃダメってことだ。紙に「グラムシヘゲモニー」って書いただけじゃ、そんなもん授業でもなんでもない。俺は元々ちょっとかじっているのと興味があるので、個人的な知識欲から色々拾えるというか、独自に理解することが出来るけど、興味が無い人達なんてさっぱりあの授業にひきつけられないだろうし、なんの役にも立っていないだろう。そこが一番問題なんだよな。例のインテリ2人とか、ああいう元々頭が良くて、知識があるような連中だけが理解できて、知らない人達はなんのこっちゃさっぱり分からないって授業じゃ全く意味が無い。インテリ2人もなぜ理解できているのかというと、俺みたいに元々知っていたりかじっていたりするからでしょ?まぁあいつらは全然俺なんかより頭はいいと思うけど、そんな意味でも仮に俺が完全な素人だったら、絶対この授業についていけないだろうなっていつも思うもん。英語力の問題もあるけど、逆を言えば英語力の問題があってもついていけるのは、このかじりなんだよね。ちょっと知ってるから理解できる下地が俺にはあるってことで、それは別に授業から得られたものではなく、俺が勝手に趣味で読んでたりしたことなわけで、んじゃあ知らない人達はどうなるの?ってのはさっきも書いたけど、ここが一番のポイントでしょ。だから数学のような、もうそれそのものを理解するしか方法が無いようなものは、こういった形の授業でいいと思うのよ。ようはこうでこうでこうなりますというルールはルールなんだから理解するしかない。ただ社会学ってのはルール的な、公式的なところもあるかもしれないけど、基本的には社会学者の分析の理論であったりするわけだから、ここがこうでこうでこうってことで済むわけじゃない。ようは1+1=2の世界じゃないんだから、教師がそこを教えなきゃいけないわけでしょ?それをやらないのはもう怠慢というか、授業とは言えないよね。恐らく日本の社会科とか歴史の授業もこんな感じだから、表面的なことしか覚えないんで、いっこうにそれが知識にならないっていうね。桶狭間の戦い1560年ってのを覚えたところで、それはロボコップ1987年ってのを覚えるのとなんら変わりがないわけ。そんなもんを反復して暗記するだけの学習なんて学習でもなんでもなく、ただの暗記だからね。もちろんやれる人はくだらないから、とっとと暗記して終わらせちゃおうでいいんだけど、そもそも教育自体がそういった意味の無い暗記を強要しているのが相当問題だよね。ましてや思考力のある人が暗記によって思考材料を増やすってのと、普通の人が受験のために暗記するのとじゃ全然話が違うわけでさ、そんなことやってたら学習自体がもともとの知能指数とか知識に依存しちゃうよねってのがさっき書いたインテリ2人なんだけど。しかも腹立ったのが、インテリの一人のほうが先生にテストの点のことで思ったより良くなかったとかいって色々相談してるんだけど、先生は「心配しなくていいのよ。貴方の理解力は普通の生徒よりよっぽどいいんだから」みたいなのを小声で言ってるんだけど、悪いけど俺には全部聞こえていたよ。先生。これで先生の態度もわかっちゃうよね。基本的に理解しない馬鹿が多いんで、分かるやつだけついてこいっていう態度で授業やってるから、あんな適当になるんだなって。ホント、世の中には俺みたいな見た目何も考えて無さそうなやつでも、凄まじい地獄耳とか観察眼があったりするやつが、常に目をギラつかせながら耳を澄ましているってのを知っておいたほうがいいね。俺はそんな人のボロだとかも含めた細かいところを漏れなくピックアップできちゃう人間なんで、少しの間、その人と関わり合いがあるとその人のことがほぼ分かっちゃうんだよね。こういう人ってのが鬱病とか人間不信になりがちなんだけど、これはまぁ性格だからしょうがないね。だからホント、世の中ってのはロクな人間がいないなって思っちゃうのは、心底凄いなとか尊敬できるなってやつが身の回りにも世の中にもあんまいないってことだからなんだよね、それはもちろん俺が狭い世界でしか生きていないからってのはあるよ。だからまともな人間達がいっぱいいるような世界で俺は生きていきたいわけで、まぁそれもあってかまぁこっちで勉強しなきゃいけないわけだけど、俺がこんなんだから最初は底辺からやっていくしかないってことで、今みたいな状況はしょうがないのかもしれないけど、でも結構耐えられなくなってきてるね。もうすでに。時間と労力がもったいなさ過ぎるって考え方になってきている。まぁでも這い上がるために必要だったらやるしかないんだよね。はぁー・・・O)))。後ろ髪にも耐えられなくなってきてるんで、もう切っちゃおうかな自分で。で・・・二時間後・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、後ろ髪全部切っちゃった。もう虎刈り状態。ちょーみじけー。明日、学校行けない・・・。登校拒否だぁー・・・髪型のせいで。こうなったらおかっぱを今より強化させて藤田嗣治みたいにしてやる!!こういうことやるとさ、なんか美容院行った意味ねぇーなぁーって感じるんだよね。せっかく高い金出して綺麗にやってもらったのに、長さが気に食わないっつって自分で切ったはいいけど、短くしすぎちゃって、んじゃあもうおかっぱだーってことになると、最初から自分でやれよって話だからね。ここまでアレンジしちゃうと、自分でやるのと変わりないよね。ただ俺って基本的に見た目がすでに異様ってのもあるんだけど、メガネも変わったやつしてるからさ、元々守るものが無いんだよね。池面でちゃんとした人が髪型ミスってどうしよう・・・なら深刻だけど、俺は元々変だから、それにさらに磨きがかかるってだけで、違いは無いのよね。見た目はちゃんとしてるのに髪型だけおかしいとかっていうアンバランスさが無いから。・・・一時間後・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・散髪終了!!うわーそのまんま藤田嗣治だぁー!!!しかも俺、意外と可愛い顔してんな。ホモからモテるのに納得しちゃった。今度、自分の写真を携帯で撮ってオカズにしようかな。おかっぱオナニー。もうオカマみたいな感じでいくかなー。ファッションとかも今までの好みを全て変えてしまって、凄まじくアヴァンギャルドにしちゃうっていうか、もうすげーカラフルとかさ、フラワームーブメント真っ盛りみたいな、そんなファッションにしようかな。まぁとにかく後ろ毛のあまりっつーか生え際がバラバラになっちゃったから、バリカンっつーか髭剃りをバリカン代わりにして剃らないとな。まぁもう朝だから明日やるか。ってことで明日も学校休みだ。まぁ授業一コマしかないしいいや。で、来週風邪でしたとか言えば。セルフカットを失敗してしまって、恥ずかしくて来れなかったなんて言えないもんね。でも今のほうが後ろ毛が長いよりマシだわっつーかさ、俺がいい例でさ、ここまで自由で世間体を気にしないと、こんな風になんでも出来ちゃうんですよ。だからみなさんもですね、既存のルールとか型にはまった考え方とか突き破っちゃったほうがいいですよ。すげー楽ですよ。マジで。まぁ俺の見た目はしょっちゅう町中でジロジロ見られるけど、でもそれも俺なんだからいいじゃない。既存のルールって言っても犯罪にコミットしていいとか、遅刻してもいいとか、優先席に座っていいとか、そんなことを言ってるんじゃなくて、自分の中で作っているリミットを
解除しちゃえば幾らか楽ですよってことなのよ。例えば俺は今日、凄まじい髪型の刈り方をしたおかげで、レオナール・耳蝉に生まれ変わったわけです。今までもおかっぱだったけども、まぁさっき強化したわけだから。やっぱおかっぱって一番しっくりくる髪型だなぁー俺にとって。ところでシリアスな話、今日は学校休んだわけだけど、色々とライティングについての本とか教科書を読み返したらそっちのほうがよっぽど勉強になるのね。皮肉だなぁー避妊具だなぁー。あー俺自身とセックスしたい気持ちですよ。今は。だって強化版おかっぱスタイルが似合いすぎなんだもの!!!!!!ってことで今日はより極端なおかっぱの洗礼を受けたので、今日から僕の名前は、耳蝉改め、レオナール・耳蝉とします。ただまぁ普通の時は耳蝉でいいんだけど、本名はレオナール・耳蝉ってことね。あーもうこっち来てから俺、進歩しかしてねぇー。どうなるんだ、俺の将来。今後も進歩し続けて本当に革命家とかになっちゃったらどうすんだ??教科書の索引の「れ」のところで調べると「レオナール・耳蝉(革命家)」とか載ってたりするわけよ。革命的な教科書を作る会。明日の朝というか昼はどうせまた朝立ちっつーか昼立ちしてるだろうから、自分の可愛い顔をオカズにオナニーできるか試してみるよ。性交したら教えるね。

クープ・アイランズ

クープ・アイランズ

にしてもみじけー。せいぜいアルバムっつったら最低45分以上だろー。そのぐらいの長さになってからリリースしろっつーの。