ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

くだらない世間体など破壊してしまいましょう。

mimisemi2007-11-28

Republic The Revolutionってゲームあるじゃん?ちょうど半年ちょい前ぐらいにハマり倒してたやつ。それまたやり直してるのね。いやー面白い。政治シミュレーションゲームって実質、これぐらいしかないんじゃないかな?所謂、戦争モノとか侵略モノの政治とかじゃなくて、政治活動モノという意味ではね、まぁ恐らくこれからインスパイアされて作られたのが、A Force More Powerfulだと思うんだけど、こっちはかなりシリアスでエンターテイメント性が無いんだけど、Revolutionは凄いな。演出とかグラフィックとか音楽とかもう凝りまくり。ただなんだか発売予定日に合わせるためにかなり省略された部分とか、予定してたシステムを使わなかったりだとかしたらしくて、なんかね、評判はあんま良くないんだよね。詰めが甘いっていうか。でもなぁーちゃんと作られてたら完全に歴史に残る名作だったのになぁー・・・惜しい。ところどころバグというか、システム的にちょっと不備なところが多いし、あんま意味の無いコマンドというか、使わないコマンドとかが多いし、リソースの配分のバランスとか・・・っつーかまぁゲームやってない人にはさっぱりだと思うんであれだけど、ようは名作になるはずだったのに不完全なゲームって感じなのね。どっかこのインターフェースを継承して続編というか、亜流みたいなんでもいいから、ちゃんとした完成形を作って欲しいなーって思うわけね。そのままにしておくにはあまりにももったいないというか。これって恐らくこの不完全さから日本版も出てないんだろうね。まぁそれにしても世界観とかグラフィックとか音楽は素晴らしいんで名作だとは思うんだけど。

http://www.4gamer.net/patch/demo/republictherevolution/republictherevolution.shtml

ところで、こないだジャックで買ってきた本の一冊で浅田彰のヘルメスの音楽ってのがあって今、読んでるんだけど、この人、予想はしていたけど、本当にナルシスティックな文章を書く人だね。相当自己愛が強くて、自分の文体とかインテリジェンスに酔っているような感じがするな。リリカルである自分に酔っているだとか、文学している自分に酔っているだとか、そんな感じがするんだけど、Wiki浅田彰の項目を見てみると、80年代に浅田彰の本を片手にナンパするのが流行ったとか書いてあったけど、軽薄な連中が自分の頭の良さを見せつけるために読むみたいな、そんな時代のアイテム感があるような雰囲気がするよね。実際、そんなやつら頭なんて良くないはずなんだけど。ただやっぱ日本ってつい最近までは、こういった衒学的で分かりづらいようなものを権威化するというか、あたかも「凄いもの」のように扱う風潮があったんだろうし、まぁ今も色濃く残ってはいるんだけど、その点では都合のいい話なんだけど、こんな分かりづらい書き方をするものよりかは、やっぱり徹底的にナレイティヴなアメリカンな文章ってのがやっぱ妥当なんじゃねーかとは思うよね。まぁ別に二者択一である必要はないんだけどさ。ただまぁ浅田彰に関しては胸糞悪い「分かる人だけついてこい」的な、勝手に自分で突っ走りながら自分の世界に酔いながらオナニーしているような文を書くやつだけど、書いていることは別にそこまで欺瞞じゃないのかな?という気もするね。やたらギリシャ神話だとかを引き合いに出してくるのも腹が立つんだけど、まぁ別にめちゃくちゃ書いてるわけじゃないんだなっていうのは分かるよね。筋が通ってるなんて言い方はしたくないんだけど、まぁこいつの言いたいことをこいつの言葉で見栄え良くリリカルに表現した結果があーなんだなぁーっていうね、んだからもちろんシンプルにすることもできるというわけ。ようは難解なワードを使いまくって読者を煙に巻くようなものというのは簡易化できないことがあるってーのも元々の文章に意味なんて無いから簡易化のしようがないということなんだけど、浅田彰の場合は意味が無くはないんだなっていうのはあるけど、ただホント、やりすぎって感じぃ。ただこういうタイプの知識人の時代は終わったっていうのは凄くいいことだと思うし、今が80年代だったら俺は今以上に周りの環境によって狂ってると思うね。まぁその時代に育てばそれなりの育ち方というか適応をするんで、あたかも今の俺が80年代にワープするかのような物言いは出来ないというのは、前に書いた社会学での例えのようはソーシャルインターアクションね。人間ってのは周りの人間や環境に大きな影響を受けて育っていくっていうね、だから仮に俺が80年代に生きていたとしたら狂っていただろうという仮定はタイムスリップでもしない限りありえないわけね。もしかしたら俺が今のぐらいの年齢で80年代初頭にいたとしたら、馬鹿な連中と同じく浅田彰の本を片手にナンパしていたかもしれないからね。まぁもっとも俺は筋金入りのチェリーなんでナンパってことはないにしても、浅田スタイルに憧れたりしていたかもしれないね。今、こうやって批判的に書けるのは、違う世代に生まれてきたから「アホな世代だ。特にニューアカってのは最低だったんだな」って言えるわけね。ただこれが物凄く重要で、新しい世代というのは、常に過去のものに批判的でなければいけないわけ。もちろん全てを批判しつくして全てを壊すという意味ではないんだけど、新しい世代は今までの常識や規範というのを疑う必要があるわけ、ってーのは人を殺しちゃいけないとか、嫌がらせをしちゃいけないとかっていう普遍的なモラルは置いておいて、古い世代が作ってきたルールや常識ややり方ってのはあくまで古い世代のものなわけで、それが新しい世代にとって良いものかというのは分からないし、そんなものは新しい世代が判断していかなきゃいけないわけね。そこで新しい世代は様々な新しいこと(大雑把な言い方だけどテクノロジーとかグローバリズムとかの極めて21世紀的な現象)に対してケイパブル
でなければいけないし、そういった自分たちの世代の環境から考えて、んじゃあどういった社会ややり方がいいんだろう?っていうのを提唱する側でなくてはいけないし、別な言い方をすると、古いものは壊していかないといけないわけ。もちろん良いものはガンガン残していかなきゃいけないけど、その良いものってのの「良い」っていう定義も新世代に委ねられているわけだけど、でもそれもいいんじゃないかなと思うんだよね。逆にもう死にそうな年長世代が「これが大事だ」なんつったところで、それが全く若い世代にとって共感の出来ないものだったら、それはもう「古い考え」だし、破壊とか切捨ての対象になるよね。もちろん、そこで若い世代も年長世代が何を理由にそれが大事なことか?というのを理解しなきゃいけない。ただ理解した上での良いか悪いかの判断は若い世代に委ねられるわけで、そこをそろそろ死ぬような世代が若いやつにインポーズする必要は全くないし、そんなもん大きなお世話だよね。ただ今の日本っていうとアレだけど、長いものに巻かれろ的な風潮を考えてみると、こういった本来のニュージェネレーションが持っていなければいけないパワーってのを持ってないんじゃないかな?って思うんだよね。もしくはあってもそれを抑圧するようなシステムが出来上がっているだとか、まぁ基本的にシステムとか日本の学校みたいなところって、そういう既存の社会に都合のいいやり方ばっか無理やりやらせるから一概に若者の元気が足りないとは言えないんだけど、そう思うとんじゃあ若者に元気が無いっていう前に、その元気を奪ったのは誰?って話なんだよね。こんな若い世代に不都合な社会を作り上げたのは誰?ってーな話だし、ろくな教育を提唱、もしくは施してこなかった年長世代って何?って話でしょ。おっさんの若者論を聞いてるとどうも責任転嫁にしか思えないんだよね。表面的なことばかりを考えて「若いやつはなっとらん」とか言うんだけど、Cause and Effectをさっぱり考えてないっていうか、そういうことを考える思考能力が無いというか、んじゃあなぜそうなったのか?ってことをさっぱり考えない。だから前にも書いたけど、おっさん世代と若者世代の意識のズレが生まれるんだよね。自分さえよければいいやってやってきたのはんじゃあ誰だったんだろうね?ってな話でさ。ホント、社会が若者に優しくないなんて最悪だよね。だってその今後を担う世代のことをさっぱり考えないなんてのはさ、基本的にそれって社会に対して凄まじく不合理な行為を行っているということじゃんね?ってのをリンカーンの日村が例のギャルサー連中に一年ぶりに会いに行くってのを見て思いましたね。あの振り付けの女の子っつーか名前忘れたけど、「ウチらはもう今年で引退だから、後輩にギャルサーを託していかなきゃいけないんだけど、後輩がダメなんじゃ名前に傷がつくから
ギャルサー解散する」みたいなさ、まぁこれがテレビ側によって書かれた台本だったかとかそういうのは別にして、このギャルサー見習うべきところっていっぱいあるよね。個人を尊重することと身勝手の違いとか、やれることは限られているながらも仲間同士で助け合うっていう相互扶助的な関係性だとか、次の世代にギャルサーを託していくだとかこのギャル連中のほうが、どこだかの政治家よりよっぽど有能だよね。ましてやあんま育ちの良く無さそうな女の子たちが都会生活の中で学んだというか編み出してきたようなああいう助け合いの関係って凄いと思わない?誰かによって教わったんじゃなくて自分たちで勝手に編み出してるんだから。あれってすげーアナーキーだと思うんだよね。社会とか国とか知らねぇーけど、とりあえずウチらは仲間と助け合ってウチらで好きなようにやるっていうさ、まぁアナーキズムって意味じゃないんだけど、社会の中で独立した共同体なわけじゃない?でもあれって何気にすげー日本的だし、日本的共同体概念の良い部分をあのギャルサー達は持っている感じがするよね。まぁ基本的にでもブロンクスあたりのB-Boyのクルーとかもそうかもしれないけどね。まぁシステムとかあり方とかは全然違うんだけど、例えばスパイクリーの映画なんか見てても、あのブラックコミュニティーの連中の助け合いというか、仲間意識というか、横の連帯って凄いでしょ?まぁ簡単に言うと相互関係よ。ちなみにニューヨークって移民同士のこういった連帯ってのが歴史的なものかもしれないんだけど、凄くあるような気がするんだよね。まぁその結果が例えば「リトルイタリー」だったり「チャイナタウン」だったり、そのほかのジューイッシュコミュニティーとか、まぁ同じ民族が集まってるコミュニティーの塊なんだけど、そのコミュニティーとか民族同士がディスりあうことなく、共生していってるってのがさ、それがまさしく共生社会だと思うんだけど、俺はやっぱこれいいと思うんだよなー。こういった中での宗教の自由とか思想の自由というのは大いにあるべきだし、俺もサポートするけど、俺が嫌いな宗教というのは権力的な宗教ヘゲモニーね。それは前に書いた創価学会もそうだし、ブッシュだとかローマカトリックみたいなのとかね。あ、ダメだ。すげー長くなる予感がしてきた。明日テストなんだよね。また社会学の。ちょっとは安気しながら暗記しなきゃいけないから、いきなりだけどやめるわ。ようは「ブラザー、何かあったら連絡してこいよメーン」ってなブラザー意識が重要ってのと、過度な自己愛はかっこ悪いということです。守るものをなくしましょう。それが自己革命への重要なステップです。くだらないプライドやステータス意識、外見へのこだわりや富へのこだわりなど、もうかっこ悪いんで捨てちゃいましょう。結局、等身大の自分であるということが一番かっこいいということです。

Jungle Massive Present...

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