ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

死ぬ前に亡命の夢でも見させてくれ。

mimisemi2008-01-09

最近、たまにちょーモテたいとか思ったりするんだけど、それってのはたまに寝癖が無かったりして、割と家を出る前の準備に時間をかけられた時にちょっとオシャレして外出たりすると見た目がアヴェレージよりまともになるので割と自分でも悪くないなとか思ったりするんだけど、こないだ電車で本を読んでたらそのインテリジェンス溢れる姿に見ほれたのか可愛い感じのもちろん白人の女の子がチラチラと俺を見てきていてしかも読んでる本なんかもチェックされてたりしたんだけど、チェリーな俺としては基本的にそーとー美人に弱いんだよね。だから本当は声でもかけたい気分なんだけどもうダメ。普通の人以上に「お前なんて眼中に無い」と言わんばかりに無視しちゃうわけ。まぁこれは例の社会学のクラスの綺麗な人でもそうだったし姫でもそうだったんだけど、基本的に俺の童貞気質は酷いね。本当に酷い。だからちょっと体調とかオーラ管理とかも含めて見た目が割とマシになったときにちょっとチラチラ見られたりなんかしてんで「俺ってかっこいいのか?」とか思ったりするんだけど、基本的にそういったコンフィデンスを覆いつくさんばかりの俺の童貞心が全ての自信を失わせるんだよね。でもまぁ一番分かってるのは俺は絶対不細工ではないし普通よりかはちょっとは顔がマシだとは思うんだけどかといって池面だったりするわけじゃないってことなんだよね。ようは中途半端顔なんだよね。だからモテるわけでもないし、特に俺の童貞気質や引き篭もり気質がモテオーラなんてものを一気にひっぺ返しちゃうわけ。逆にそこまで顔が良くなくてもちょっとチヤホヤされたりして「自分はかっこいい」とかって思ってるやつってそういう雰囲気出るじゃない?スピードワゴンの小沢みたいな感じの、別にかっこいいわけじゃないのにちょっと芸人ブームだからっつって人気が出て自分はハンサムだと勘違いしているようなタイプのやつ。ただああいうやつって内面から出てくる「自分はかっこいいんだ」っていう意志から自信みたいなのが外面に出てきて、んでそれが身振りだとか言動だとか行動だとかファッションに影響してきてんでなんとなくまぁかっこいい風の人になるんだよね。だからまぁ内面から出てくる自信がモテオーラを出すってわけで、逆を言えばそこまで見た目が良くなくてもかっこいいと思い込むことによる相乗効果でモテオーラを出すということに成功すればまぁ結果的にかっこいい人になるんじゃないの?とか思うんだけど、そう思うと俺ってモテということからもっとも遠い男の一人なんだなって改めて痛感しますよね。まずナルシシズムというのが大嫌いだから、そんな風には絶対なれないわけ。まぁなろうとも思わないし、んだから結局別にモテなくてもいいやっつーかモテるわけがないなっていうっていうか、モテようとするなんていうことが俺に出来るわけ無いなって思うわけで、んだからもうそれが諦めになるわけね。そもそも俺のキャラじゃないんで諦めというよりかは最初から無理なことなわけだ。凄まじく病弱なやつが大リーガーになろうとするのと同じぐらい遠い感じね。あとやっぱかっこよさを維持しようと思ったらハゲてるとかってことがありえないことなわけで、結果的にハゲに悩むことになるよね。それだったらハゲてるやつは最初からモテようとしなければいいわけだ。前にも書いたようにハゲそうだったらもうハゲキャラを確立させたほうがいい。一番惨めなのはハゲかけているのにまだロンゲみたいなのをキープしようとしていたり、フサフサじゃないと成立しないような髪型を無理やりキープしようとしてたりするナルシスト達なんだよね。ファッションとか髪型とかは確かにキマってるというか、モテ男っぽい感じなんだけど、どーも頭髪が怪しいってやついるでしょ?こういうやつって下手にかっこよくしようとしている分、物凄く髪の薄さが惨めに見えるんだよね。だからんだったら薄毛を活用した髪形にするだとか、薄毛キャラ的なファッションにしてみるだとか、工夫をしなきゃダメだよね。


それにしても俺の白人女へのコンプレックスといったら、日本人女のブランド意識的な白人男性への盲目的な憧れより酷いものがあるな。本当に。絶対あっちは俺をゴミ以下というか人間として見ていないという前提にも異様に興奮するのは俺が筋金入りのMだからなんだけど頭皮もMになるのは本当に嫌だな。逆に対等に見られたりしたら冷めるかもね。まぁ実際ちゃんと付き合うんだったらそんな差別女はゴメンだけど、基本的に妄想の中だと差別されているのが一番いいね。あっちのアングロサクソンのあんちきしょうっぷりと差別されている自分の惨めっぷりに物凄く興奮するわけね。なんとなくメイクセンスなのが、今まで恋愛といっても、それこそ社会学のあの人とか姫みたいにここまで燃えてしまう恋というのはしたことがなかったなと思うと、生まれつき俺は白人好きなんだなと物凄く思ったわけ。だから日本人とかアジア人をそこまで好きにならないっていうかね、それは下に見ているという意味ではなく単純な好みとしてということね。だから本当にいつも強調するようで恐縮なんだけど、姫に感じた恋心というのは生まれてはじめての感覚だったわけよ。「ここここれが恋というものなのかー!!」と衝撃だったわけ。逆に今までこういった感覚を持ててなかった俺というのに本当に異常性を感じるんだけど、でも姫との出会いによって自分も普通のストレートの人間なんだなって認識することが出来たし、大輔みたいに色々と模索してゲイになってみたりとかってことももう無いだろうと思う。んじゃあ次のステップは?というとまぁ姫とか社会学の人みたいな人と付き合うまではいかなくても会話することなんだけど、それこそ会話するとなると絵に描いた童貞のように「ああああののののあの僕はですね、そのなんというかコーヒーとか一緒に飲んだりとかもするようなこともあってもいいんじゃないかと思ったりしましてですね、ええ、あのんでそれでですね・・・」みたいな感じになっちゃうのは目に見えてるんだよね。だから失礼ながらそこまで自分のタイプじゃない人とは喋れるけど、ストライクゾーンの人とは一切会話できないってわけで、んだから一生、恐らく恋愛は無理ってことなのね。ストライクゾーンの人だと自分が相手を気になっているというのを知られたくないというのもあり過剰に無視しちゃうからね、だから相手も無視されてると思っちゃう。もしくは過剰な無視によってこっちの意志がバレバレということもあるだろうけど、まず確実に言えるのが相手は俺のことなんて気にしてないってことね。俺のイカ臭さどうですか?童貞中の童貞でしょう?もう酷いね。ただそこまで女の子が苦手なんじゃなくて、可愛くてもそこまで悶絶するほどストライクじゃない子とは逆に男より会話が弾んだりするっていうか、どっちかというと女の子と喋るほうが好きだったりするのね。ただまぁ童貞に変わりは無いけどね。ナイトシンクっつって無いと思うってどう?でもちょっと使うの大変そうだな。ウォール伝用語も相当増えたとは思うけど、ナイトシンクというのを無いと思うけどというたびに使うのはちょっとボーンがブロークンだねってこれはルー語臭い。学校?ちゃんと行ってますよ。抗鬱剤の効果の恐ろしさを実感してますよ。飲む前の数日間はエッセイも精神状態も酷いもんだったけど、今ではまともにエッセイが書けるし、ちゃんと喋れるわけ。まぁこないだの異常と正常の繰り返しになっちゃうけど、俺ってもうずーっと抗鬱剤飲んでるから脳のセロトニンを作る機能とかが完全に低下してるんだろうね。デフォルト抗鬱剤ありきみたいな脳になっちゃってる。基本的に仕送りがあるんで仕送りがあるってことがデフォルトで生活できている俺みたいな能無しみたいな脳になっちゃってるんだと思うんだよね。仕送りが中断されれば当然、生活の質は低くなるし、それこそ生活すらできなくなるんだけど、でもそこからなんとか這い上がれる強さというのを裸一貫から発展させることが出来るかもしれないんだけど、基本的にその仕送り中断した後の生活に耐えられなくてんでまた送金に頼っちゃうみたいな、そんな脳の機能だね。だから基本的に抗鬱剤で脳内物質をチャージしていかないと脳が働かないわけで飲まないとただの異常者になっちゃうわけ。もうここまで自分の事を知ってしまうと面白いぐらい自分が所謂社会で言われるような人格障害者だなと思うし、それこそ社会不適応者だなというのももう医学的にも社会学的にも自己分析的にもちょーリテラルにパーフェクトなわけだよね。だからそんなキチガイがなんとか社会にコミットしていけないか?というのを探っていくのが今の俺の人生って感じなわけで、そんな人生をスタートさせるのに格好な場所がニューヨークなわけですね。カルチャルプルーラリズム万歳ですね。キチガイでも犯罪者でもとりあえずベーシックな社会規範を守れば生きていていいよっていう社会ですから。まぁ日本と比べればだけどね。日本が酷いからさ、排他的でマヨネーズ空手部のデルクイは打たれまくりだし、それこそ日本の引き篭もりの量が世界に比べてアウトスタンディングなのはその社会構造にあるとか言われてるぐらい酷いですからね。俺みたいな人間にとって一番あってない社会が日本社会なんです。


だからあれだね、死ぬ前に亡命ってのをマジで考えたほうがいいと思うね。死のうと思ってる人は。俺はまだ亡命成功したわけじゃないけど、今なんて昔に比べれば相当幸せですからね。んだから日本がダメだなと思ったら海外に移っちゃうってのも今後の生き方としては全然ありだと思うのよ。別にアメリカじゃなくてもいいわけよ。どこだっていいわけ。死ぬ気があればなんでもできるというのは正常者の自殺者に対する無理解の塊みたいな言葉なわけだけど、あえて狂った正常者側から言わせてもらうと死ぬ気があれば亡命できるってことを言いたいですよね。死ぬ気で頑張っても腐った日本社会で生きていくしかないんだったら死んでるようなもんでんだったら死んだほうがいいというのが合理的なのは全面的に賛成だけど、んだったらその頑張る先を海外にしちゃってもいいと思うんだよね。もちろん楽じゃないし、ましてや俺みたいな生活がスタンダード足りうることは絶対無い。俺が恵まれすぎてるからね。といっても相当無理してるんだけど。ただまぁ不法滞在とかでもいいからさ、不法でバイトしつつ海外で暮らしてみるとかも無い話ではないと思うわけよ。で、それでも無理だったら死ねばいいだけの話で、基本的にあんな間接的に自殺を推奨しているような日本社会によって自殺に追い込まれただけで死んじゃうのはもったいないと思うんだよね。もっと他の社会を経験してから死んだほうがいいと思うわけ。ホント、俺はもうあれね、抗鬱剤で持ち直したってのもあるんだけど、過去の自殺は未遂で本当によかったなぁーって本当に思うよね。あのまま死んでたら日本社会に負けたみたいな負け犬になるじゃない?それって情けないよね。んだったら何をしてでも生きて見返してやるほうがよっぽど建設的なわけよ。それこそすぃーとなリベンジを遂行するべきだね。それこそ日本がクソだと思うなら批判してるより脱出しちゃったほうがそれが一番の批判になりうるわけだし、ましてや海外でそこそこやっていけたら、それこそそれって日本に対して「ざまーみろ!」って言えるじゃない?そんな感じになりたいのよね。俺。中国とかがそうだけど人材流出を許しちゃうぐらい国がクソで、んで国外脱出した中国人たちが成功しちゃうと、中国政府が「なんて惜しい人材を逃してしまったんだ!」って後悔するわけじゃない?まぁ後悔してるとは思わないけどね。自分の生まれた国の社会が嫌いであればあるほど海外で成功したときのそのリベンジ度合いといったら半端じゃないわけよね。別に俺は成功しようとか思ってるわけじゃなくて、なんとかディーセントな生活が出来ないか?と思っているだけなんだけど、なんとなく俺みたいに自分の尺度で海外で生活するということを考えられている人のほうが、ジャンボ吉田とか松田聖子みたいな勘違いしちゃった日本人なんかよりよっぽど海外でやってける率高いと思うのよねって意味でそれこそ別に海外に行くからって一旗上げようとかって思う必要は無いし、それこそ自分の住居を海外に構えて生活するかぐらいの感覚でいいと思うのよね。もちろんそこで仕事を得るってのが最大のネックなわけだけど、得てもクソみたいな仕事しかないやりがいのない生きがいの無い日本でやっていくよりかは海外で無理したほうがよっぽど価値があると思うんだよね。そりゃ日本が好きな人は日本でやってけばいいんだけど、俺が言っているのは俺みたいに日本社会が大嫌いでしょうがない人達のことね。だから来るべき日本沈没に向けていつでも脱出できるように英語を勉強しておくというのは建設的かもね。いや、マジで。グローバリゼーションとかそんなんじゃなくてオカザイルのために英語を勉強するっていうね、それってグローバリゼーションみたいな具体的なようでちょーアブストラクトな概念よりよっぽどリアリスティックだと思うんだよね。それこそ自分の身を守るための英語なんだから。理想論かもしれないけど、自分の居場所みたいなのを一つの国に限定しなくていいわけだよね。ここがダメだったら次はあそこみたいな、それこそそういうグローバルな視点で自分の人生を考えたほうがいいと思うわけ。グローバルっつーと聞こえはいいけどまぁコスモポリタン的ってことかな。アーティストの恩田晃って人がそんな国境無きコスモポリタン生活を地でいってる感じなんだけど、あそこまで極端じゃなくても、まぁちょっとは見習ってもいいんじゃないかと思うんだよね。俺がこうやって今のところ無事にこっちで生活できてて割と毎日が楽しいってのを考えると、心の閉塞感というのがいかに日本での自分の環境という狭い視野からもたらされたものだったのかというのが改めて相対化して考えると物凄くクリアなわけね。ホント、意味の無い不毛な悩みを大量に抱えてたなって凄く思うんだよね。だってこっちに来て悩みが無いんだもん。まぁハゲとか気分障害とか英語とか何より経済的な悩みってのは常にあるけど、んでも前みたいな死に近いような悩みってのは一切無いわけってのは環境が変わって前に書いたようなドゥルーズ式の生活モデルを設計してそれに沿って生活しているからなんであって、まぁ実質一番変わったのは俺の心なのよ。だって社会的ステータスは日本にいたときと変わってないわけだからね。基本的にまぁ無職みたいなもんでしょ?でも成功するかしないかは別として未来へのヴィジョンが持てるだけでこんなにも考え方や生活や気持ちが変わってくるんだから、未来へのヴィジョンが全く持てないような日本で悶々としていたのがいかに浪費だったのかってのを今更ながら痛感するわけだよね。まぁあの無駄な苦労も無駄ではなかったとは思うんだけど、それにしても前にも書いたけど神様というのがいたとしたら俺に国外亡命を示唆し続けていたとしか思えないような感じだよね今までの俺の人生は。こうやってニューヨークにいるのがまるで奇跡のようだもんね。ましてやこっちに来てからもひと悶着あったのもあって、こうやって大学に行けているのが本当に改めて考えると自分でも凄いなと思うんだよね。まぁそんな俺にはありえないようなモチベーションを与えてくれているのが日本社会という死神なんだけどね。「帰国したら未来はないぞ!!」っていうのがちょーレイジーな俺の背中を常に押しているわけ。だから若干、居る年数にしては英語が上手いのもメイクセンスだね。だってそこらの留学生とは動機付けが違いすぎるんだもんね。学歴を取って国に帰って良い会社に就職するとかまぁ別に悪いことじゃないと思うけど、俺の場合、こっちで何とかやってかなきゃなんねーってことなわけで、英語への動機付けが凄まじく大きいわけ。だからこうやってエッセイとか喋りとかリーディングとかでも無駄に悩むわけね。だったらもっと勉強すればいいじゃんってことなわけだけど、これと机に向かう勉強とは話が別なのね。そんな強い動機付けがあっても俺は勉強は出来ないわけだから、そういう前提で話を進めなきゃいけないわけね。だから俺のモデルって1年とか2年の短期間で目標を達成できる感じじゃなくて、もっと凄まじく長いスパンなのよね。1年2年モデルって優等生モデルでしょ?でも俺は優等生じゃないし、そこまで頭がいいわけでも無いから、優等生モデルなんてのを使うわけにはいかないというか現実的に脳のアビリティー的に無理だからね。


まぁいいや、だからまぁあれね、強制送還とかされるかもしれないけど、亡命って割と価値あると思うんだよね。亡命の価値って母国の価値と反比例するかのごとくあがっていくから、今なんて相当高いと思うけどね。まぁとにかくあれだ、まずは俺の亡命が先だ!目指せグリーンカード!日本に帰ったら樹海しかないぞ!!ってのが勉強の最大の動機付けというのもなんともまぁ皮肉なもんですな。ってことで宿題のエッセイ書かなきゃならんからそろそろやめるわ。あーこんぐらい英文で書けたらいいんだけどなぁー。エッセイ一枚だけでも相当苦労するからね。マジで。あのなんというか言語を使いこなせないあのなんというか勃起してるのにオナニーできないみたいなあの不憫な感じが凄く嫌なのね。まぁそんな感じで。

あ、あとおもろいページ見つけたんでどうぞ。特に第五話がオススメです。俺とは正反対の恋愛をされてはります。

http://www.nyniche.com/life/study/index0.html

DIGGIN’ ON BLUE

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