ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

アマゾンについて。スリー。

mimisemi2008-03-15

よし、まだ引っ張れそうだからアマゾンをカキネタに放出してみよう。

perfectspellさんからこんなご指摘をいただいたので、返信がてらのウォール伝に。

"名前が同一でシラをきれる人は住所が同一でもシラをきれる気がします。「なりすましだ」とかいって。または嫌なウワサが一番の敵かも。"


僕が掲示板の話で言いたかったのは、田中正明という人がブルセラ画像掲示板で書き込みをしていても、田中正明という人は世の中にたくさんいるだろうし、そのネットに書かれた名前だけでは個人の特定は不可能だということです。だから「名前が同一でシラをきる」ということは、これだけでは不可能なんです。シラをきるためには、確実にその田中正明が特定できる田中正明である必要があるわけです。ネットにはこんなシステムは無いですが、仮に「ブルセラ町女子高生パンツ102号室からのアクセス」ということが書き込みから
特定できてしまえば、それはシラをきるもなにもなく、それは田中正明その人がそこに住んでいるということになります。「田中正明の友人が遊びにきていたときに、正明の友人がアクセスしていた」というような例外はとりあえず置いておきましょう。


「お前と同姓同名のやつがブルセラ掲示板で書き込みをしていたのを見たんだけど、それってお前?」って会社や学校で田中正明が言われたとしたら、それは書き込みをした実際の本人であろうが、そうでなかろうが、確実に「違う」ということが出来ます。なぜならそれは個人の特定が出来ていないアノニマスとしての田中正明だからです。実際、そういう書き込みがあったら、日本中の田中正明さんが職場の同僚や学校のクラスメートから質問責めにあいそうな気がしますが、それは同僚やクラスメートがマニアックなブルセラ掲示板を定期的に見ているという条件が必要なので、仮にその書き込みがあったとしても、問われる可能性は極めて低いと言うことができます。ブルセラ掲示板一つにしてみても何百とあるでしょうから、仮に同僚やクラスメートにブルセラ好きがいたとしてもその田中正明が実名で書き込みをしていた掲示板を観覧している可能性というのは、例えばブルセラ掲示板が100あったとすれば、単純計算すれば100分の一ですね。まぁ相当なブルセラマニアだったら、主要なブルセラ掲示板を覗いている可能性がありますが、まぁとりあえずそれは置いておきましょう。


では「ブルセラ町女子高生パンツ102号室からのアクセスをしていた田中正明ってお前だろ?」って言われたら、パンツ102号室に住んでいる田中正明はシラをきることが出来ません。なぜならそこにそのアパートからアクセスしていたという動かぬ証拠があるのでシラなどをきる余地が無いからです。


「名前が同一」ということと「住所が同一」ということは似て非なるものです。名前というのは僕のような特殊な苗字はともかく、ありふれた名前なのであれば、それは個人を特定しうる情報足り得ないからです。では住所はどうでしょう?リテラルに何から何まで同じ住所というのはありえません。僕が住んでいるクイーンズの住所は僕のルームメイトを除けば、他にこの住所に住んでいる人間は僕しかいません。ということで実質、同じ住所は世界中のどこを探しても存在しないことになります。


ということから見ても分かるように、名前が同一ということでシラをきるのと、住所が同一ということでシラをきるのとでは、シラのきりかたの質が全く違います。繰り返しになりますが、名前が同一な場合、それがありふれた名前なのであれば、ネットで田中正明という名前による書き込みがあったとしても、どこの誰かが分からないその名前の人物なわけで、その書き込みだけではどの田中正明なのかが特定できません。しかし住所が同一だったら、それは名前が田中正明だろうがオナホールだろうが、それは完全に個人を特定しうる情報なので、本人はシラをきることができません。「オナニー町テンガ301号室」の耳蝉と同住所の今子との違いは名前の違いだけで、確実に個人を特定することができるので、住所が出てしまえば、その人の名前などもうどうでもいいのです。住所が分かってしまえば、その人の本名を特定する方法などいくらでもあるでしょう。


2ちゃんねる山崎渉がいい例です。山崎渉という人物は日本中にいくらでもいるでしょう。ただ個人を特定できない山崎渉ではそれはただの山崎渉というアイコンにしか過ぎなくて、それは名前が山崎渉だろうが指サックだろうが第三者にとっては同じことです。その山崎渉が誰か?(山崎渉の名前で書き込みをしている人間が一人だったとして)ということを知りうるのは書き込みをしている本人だけです。だから書き込みをしている山崎渉は自分の書き込みを見て、先日書いた段階で言うところの6の情報を1の情報から想定することができます。しかしながら第三者にとってはその山崎渉という名前はあくまで1の段階にしか過ぎないので、名前はアノニマス状態のままです。


例えば大統領選に出馬しているオバマのフルネームは「バラックフセインオバマ・ジュニア」ですが、ここで「フセイン」の名前があるので、独裁者フセインの親戚だというのはあまりにもお粗末な発想です。なぜならフセインという名前の人間は世界中にいくらでもいるからです。僕のクラスメートでもフセインという名前のやつがいます。ただ僕がこのフセインを独裁者の親戚だと思わないのは、そこに何の因果関係も見られないからです。掲示板の書き込みも全く同じです。田中正明という名前はフセインと同様、日本中にいくらでもいるので、その名前だけではブルセラ掲示板の田中正明との因果関係が全く見られません。


つまりアマゾンのレビューやウィッシュリストマーケットプレイスの評価などで実名が出たところで、それはただのアイコンにしか過ぎません。「ビデオ最高でした。めっちゃ抜けました!ありがとうございました!フセイン」って書いてあったところで、それがどのフセインか第三者は特定できますか?出来ませんね。「仲間にAV好きなフセインという名前のやつがいて、最近買ったAVの話ばかりしている・・・」という条件があったら、仲間内で推理はできますが、それはまた別の話です。


あとトラックバックをいただいた詐欺師に有利では?という指摘に関しても補足をしておきます。


ウィッシュリストを検索することでメールアドレスから個人名を特定できるので、その個人の好みの傾向などが外部に出てしまうので詐欺師はその情報を集めてブラックメールを送るなり、企業に情報を売りつける・・・なんていうことがありえるとしたら、それはブログ単位で起こりうります。ブログでは書き手が最近言及した商品の一覧などが表示されますね。「最近言及したISBN」だとかだったと思うのですが、メールアドレスからその本人の嗜好を知ることなどたやすいことです。というのはその書き手が言及した商品を辿っていけば、自ずとそれはその書き手の傾向を映し出す情報になりうるからです。ニート40歳というハンドルネームでブログをやっているアイドルオタクがいて、紹介している商品はアイドル系の商品だらけだったとすれば、そのニート40歳の好みはアイドル系ということが想定できます。ブログにメールアドレスが公開してあれば、同じく「そのメールアドレスを所有するニート40歳の好みはアイドル系である」ということが想定できます。ではここでニート40歳の実名が小笠原聡史だったとしましょう。「小笠原聡史の好みはアイドル系である」ということが想定できたとして、それがどの小笠原聡史なのかは、その情報からは特定できません。なので実質、個人が特定できる情報が開示されていない限り、名前というものは意味を成さないのです。


メールアドレスが開示されている「誰か」の個人情報などネットでは垂れ流しです。ブログの中で「今日はしょこたんのライブに行ったんだけど・・・」「バイト先の店長がマジでうざい」「卒論があるんだけど・・・」などを書いている人など星の数ほどいます。メールアドレスが公開されていれば、そのブログの内容からそのメールアドレスの人間は大学生である、だとか、フリーターである、だとか、しょこたん好き、みたいなことが想定できます。ただ書いている本人はメールアドレスを開示しつつ、自分の身の回りに起きたことを書きまくったところで、読み手は自分を誰かは特定できないという匿名性を無意識に自覚しています。だからブログ、もしくはネットというものが成立します。


なのでメールアドレスから実名がバレたところで、それは名前というアイコンの違いで、第三者にとってはそれは同じ1の段階の情報であり続けるわけです。本人が本名を出すということに違和感を感じるのは、本人が1の情報から6の情報を想定できるので、まるでネットに自分の全ての情報が開示されているかのように錯覚してしまうのです。繰り返しになりますが、色々な例外はあります。例えば僕の本名などは恐らく世界中に僕しかいないので、僕の本名が出たらそれは僕を意味します。しかしながら「今子俊一」を知っている人間以外に僕の実存のリアリティというものは第三者には存在しません。なので僕のウィッシュリストがネットに出ていたとします。で、マニアックな趣味のエロ本ばかりが入っていたとします。そこで「今子ってこんな趣味だったのか!!」と知りうることができるのは、僕のことを知っている家族や友人や親戚のみです。他人にとっては「今子俊一=耳蝉=ウォール伝管理人は変態趣味である」ということが想定されるのみで、そこに僕の実存は存在しません。なのでこの漏れたウィッシュリストというのは「耳蝉のウィッシュリスト」と同じ意味を保持したままです。


追加ですが、写真についても同じです。どっかのブランドの広告の女性など、大半の人にとってはマネキン程度のものです。なぜならそのブランドの広告にその女性の実存は存在しないからです。あくまで「西洋的な美しさを兼ね備えたヒップな女性」という記号的なものを象徴するのみで、その広告を見た人はその写真からその女性の生い立ちや住所や職歴や性癖は想定できません。その写真のみで誰かというのを特定できるのは、その写真の人物を知る人のみです。なので例えば人目につくところに自分の写真が開示されたということが、必ずしも個人情報の流出を意味するものではないのです。気分的に嫌なのは、先ほど書いたことと同じで、自分がその1と同じ意味を持つ誰でもない自分の写真から6の情報を想定できるからです。だからまるで自分の写真が外に出ているということが、まるで6の情報が外に出ているかのように思える。しかし実際はその写真というのは1の情報のままなので、他人はその写真からそれが耳蝉だということは想定できません。


まとめに入ると、相当なイケメンであったり美人じゃない限り、普通の冴えない兄ちゃん姉ちゃんの写真なんて誰も気に留めません。それと同じことがウィッシュリストや個人の好みに言えるわけで、誰かも分からない人間の好みなど究極的に言えば、他人にとってそれはどうでもいい情報なのです。なので結論としては、自意識過剰になるなってことです。誰も冴えない凡人である貴方の趣味や外見のことなど気にしていません。貴方は貴方自身が一端の何かか何かと思っているのかもしれませんが、実際はその辺にいる普通の人間と同じです。それでも他人に見られるのが嫌なんであれば、ブログやネットなんて止めてしまいましょう。もしくは2ちゃんねる的な匿名性に埋没しながら、架空の自分というアイデンティティに心の拠り所を求める愚かな人間の一人になるしかありません。そろそろ過剰に匿名性に寄り添うのをやめたらどうでしょうか?もちろんブログも2ちゃんねるも本質的には匿名性を保持し続けたまま何かを言う媒体ということになりますが、2ちゃんねる的な匿名性とブログ的な匿名性とではわけが違います。まさしくアマゾン祭りというのは、2ちゃんねる的匿名性の象徴とも言えるべき事件でしょう。だからこそアマゾンのシステム云々なんていうどうでもいい話は置いておいて、ああいった心無い匿名性に寄り添う愚かな人間達に矛先を向けるべきではないのでしょうか?今回僕が凄まじく落胆している理由は二つあります。一つは騒いでいる連中の大半が「自分の情報が漏れる!!」という自己防衛に埋没していること。もう一つはその怒りの矛先を間違えてアマゾンに向けている人が多いところです。ようは自分の情報さえ守れれば、あとはどうでもいいってことですよね?これだからいつまでたってもダメなんです。こういった考えでは表面的な原因は解決できても、本質的な問題はいつまでたっても解決できません。それこそその辺の腐れ政治家どもと思考法が同等ということです。


分かりにくいなどのご指摘もいただいたので、今回は結構真面目に書いてみた。もうそろそろこの話題は終わりかな。まぁでもねぇーホント、これってプチ鳥居みゆき現象だったよね。一時的な。俺も学校に行く前とか迫り来る日常を薬を飲みつつヒットエンドラーンしている人間としてはさ、勝手に鳥居みゆきと自分を同化させちゃうよね。だからメンヘラーに人気があるんでしょ?鳥居みゆきって。だからああいったキャラが仮にネタだったら、全国のメンヘラーを裏切ることになるよね。だからね、センシティブな
トピックを扱う「キャラ」というのは諸刃の剣なわけですよ。

In the Mix 2006: Mixed By Ben Watt & Ivan Gough

In the Mix 2006: Mixed By Ben Watt & Ivan Gough

↑即、保存せよ。