ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

望。

mimisemi2008-04-08

またまぁ月曜だからね、当然学校だったわけだけど、今の生活といえば、基本的にリア二千の存在が基準になっていて、彼女と会える日はサイコロジーがある火曜と木曜なんだけど、基本的に時間の過ぎ方が、サイコロジーの時間に向かっているというか、年末カウントダウンみたいな感じだね。年明けまであと2日とか1日とか12時間を切りましたとかそんな感じで、次のサイコロジーのクラスまで1日を切りましたってのが今の状態。俺の曲へのレスポンスが楽しみでしょうがないわけね。ただそういうことを思うたびに期待してると絶対ダメだし、「クールだったわ。凄くオリジナリティがあったわ!」とかで終わるんだろうなって思ってないと後がまた大変だなって思うわけね。それだけでもまぁ十分だけど、俺はその後にんで何を求めてるんだ?って話だよね。クールならそれだけで十分じゃないか。彼女は俺を男としては見ていない。ってことでもう先週話は終わったはずなのに、何かを本能的に求めている俺がいる。いや、セックスとかじゃなくてね。


はぁあーーもうダメだなぁー。辛すぎる。気持ちは高ぶるんだけど、絶望が先にあるのは見えているから、それが怖すぎてしょうがない。でもさ、なんかふと思うと今のセメスターも5月で終わりだから、あと一ヶ月ちょっとしかないんだよね。で、何が残念かってもうリア二千に会えなくなるってことね。社会学で言うセカンダリーグループだったかじゃないけど、職場なり学校なりといった場がある上で成り立っている人間関係というのは、それがなくなったら必然的になくなるわけよ。まぁ本当に気が合うやつとは、なくなっても連絡を取り合うんだろうけど、でもその何かっていう触媒みたいなものが人間関係を支えている部分は本当に大きい。で、このセカンダリーとプライマリーの差というのは凄く大きいわけだよね。プライマリーといえばプライベートな関係で、セカンダリーといえば、いわば公的な関係だよね。まぁそこまでフォーマルなものではないにしても、クラスメートという一時的な連帯感から生まれる暫定的な人間関係ってのがセカンダリーなわけだ。で、明らかにリア二千と俺はといえば知り合ったばっかりなんで、セカンダリーもいいところだけど、あと1ヶ月半しかないんだったら、それをプライマリーにまで上げるなんて至難の技だし、それが無理なら俺は飽きたいんだけど、1ヶ月半という時期がまた微妙だ。前のセメスターとかでもそうだったけど、4ヶ月とか5ヶ月っていう時期はちょうどクラスに一体感みたいなのが生まれて、だんだんと熟してくる時期なんだけど、でもホント、そのちょうどいいところで終わっちゃう感じなんだよね。逆に一年とか続くと飽きるんだけど、俺はそういう意味で飽きたいんだよね。時間がとりあえずなんとかしてくれるだろうなっていう。それが今って絶対無理なんだもん。ようやく知り合えたと思ったら、あと一ヶ月ちょいしか猶予が無い。別にそういう関係にならなくても、ちょっと雑談したり挨拶するだけでも十分なのに、そんなのも出来なくなるわけで、本当に辛いことだらけだね。ホント、ここまでの恋愛をしたのは生まれて初めてだね。姫のことは好きだったけど、特に喋る機会も無いまま会わなくなっちゃったし、それ以前といえば、「あの子可愛いね」とかいうレベルの恋愛で、それは恋愛っていうかただの「可愛いね」っていうレベルだったわけだよね。だから姫に会ったときに恋愛の素晴らしさに感動したのはちょうど一年前ぐらいに書いたことだけど、今回は前以上なわけだよ。何よりあっちから話しかけてきたし、見た目は考えられないぐらい可愛いし、何よりゲシュタルト実存主義というキーワードが俺を放さないんだよね。この2つのキーワードが凄まじいフックになっている。だからそういう意味だとまず取っ掛かりは見た目なんだけど、今は中身が気になっているという感じなんだよね。あとテレビ見ないっていうのも相当凄まじいフックだった。もうだからメロメロ。あれでセックスアンドシティーが好きとか言ってたり、ゴシップ雑誌が好きだったりしたら、どんだけ可愛くても冷めるんだけど、そうじゃないんだよ。そういえばサイコロジーのクラスでパイって映画を見るんだけどね、例のあの人ね。で、先生が今度見るからって事でパイの簡単な説明を生徒たちにしているときに俺が「見た?」って聞いたら、心臓発作で死ぬかと思うぐらい可愛い表情で見たっていうわけ。で、あっちも「見た?」って聞いてきたんで、「もちろん!俺のフェイバリットだよ!」なんて答えたんだけど、でもこれは嘘じゃないからね。嘘じゃないからフォンテインがショックなわけで。まぁそれはともかく映画の線もだいぶいけそうなんだよね。基本的に頭が良くて俗っぽく無いんで、それなりの映画とか音楽を聴いてる可能性がある。あれで60年代のゴダールが好きだとか言ったらもう俺はダメだ。猪木エンパイアから飛び降り自殺するよ。そんな子に彼氏がいるのが悲しすぎて生きていけない。


ゴダールといえば先週、哲学の先生に映画のリストを渡し損ねちゃったんだよね。最近、哲学のクラスで親しくなったやつと話しててさ、んで、先生が先に帰っちゃってて。んで今日は渡したんだけど、そっからと言うもの、何よりこないだの映画の話もあってか、先生は俺の映画の知識がある、となんとなく予想してたのかもしれない。で、そのオススメの日本映画のリストを見せたらそれなりだったんで納得したのかっていうのも変なんだけど、まぁキュアとかもう先生見ててさ、「当然見てるよ」って言ってたし、まぁ羅生門は見てなかったみたいだけど、黒沢とかは両方の黒沢を普通に押さえてたみたいで、相当な映画好きなんだなってのが分かってさ、んでまぁそのリストから色々と映画の話になってね、そしたらもう凄かったんだよ。ゴダールの話からフェリーニからパゾリーニからギャスパーノエからさ、これでもかってぐらい普段出来ないような会話を先生と楽しんだんだけど、俺といったらそういう会話が出来るのが嬉しくて馬鹿みたいに興奮しちゃってさ、目をぎらつかせながら、先生の話を遮るかのようにガンガン喋っちゃったんだよね。下手糞な英語で。で、先生も珍しいっていうか、まぁアメリカ人じゃないでしょ。で、どっちかと言うと暗いというか、大人しい感じなのね。まぁ哲学の先生だからね。で、俺と話すときも結構アウェーだったんだけど、一緒に駅まで帰るのが定番となってあっちも慣れたのか、ある程度気を許してくれている感じだったんだけど、今回は特に映画が起点となって本当に凄かった。普段の落ち着いた先生の会話のトーンじゃないんだよね。結構エキサイトしているというか、先生も映画の話になって燃えたのかもしれない。というか、俺としても今こうやって思い返してみると、あんな凄い人と映画の話を出来たりして、もうなんというか凄いことだよね。俺もあのぐらいのインテリジェンスの人とじゃないと本気で色々と喋れないのかな?と思うと、余計モチベーションが上がるというか、それなりの場所に行かないとなって凄く思うんだよね。で、映画の話で特に面白かったのが、先生と一番気があったゴダール批判。前に俺が神じゃないって散々ぼろ糞に書いてたけど、やっぱ分かってる人はあんなハゲは神じゃないって分かってるみたいで、俺がゴダールの話をしたときに先生が「まぁ60年代のやつだけだけどね。良いのは」っていうわけ。で、俺は「おーーー!!!!!この人分かってるぅ!!!!!!!!」と思って「80年代とか90年代のゴダールはクズですよね?」って聞いたら先生の反応が凄くてさ、「そうなんだよ!そうなんだよ!特にあのリア王の軽薄なシェイクスピアの解釈といったら!!!!!!俺は頭がいいですよ、さぁみんな俺を見て、俺を見て、っていうような安直な知識の見せびらかしばかりが目立つ」って言っててさ、ホント、そうなんだよね。いやぁぁ!!!!!!!!!!!ウォール伝で書くぐらいしか出力できないことに関して話し合える人がいるんだな!!!!!!!!!!と思うともう感動で感動で俺は子供のようにはしゃぎながら前のウォール伝に書いたようなゴダール批判をしてたわけ。で、もうすんげー体が熱くなってきちゃってさ、外は寒いっていうのに汗だくだった。そんぐらい興奮した。俺ってのは人間に絶望しているわけではなく、喋れる相手がいたら全然喋りたいんだよなっていうのを凄く感じたよね。


ただその辺にはいないんだよ。そういう人達って。滅多にいない。でさ、先週だからに紀子の食卓をよろしければ貸しますよなんてことを言っててさ、俺が。ただこれって貸したままでさ、最悪だよね。先生はそれを覚えていたというのと、面白い映画談義が出来たんで、「よし、それじゃあキミが見ていないというオールドボーイを僕が貸すから、キミは自殺サークル2を貸してくれないかね?」なんてホント、この先生には珍しいぐらいのプライベートな領域に入った話を俺にしてきてくれたんだけど、本当に俺ったら馬鹿だな。「あ、あの・・・それなんですけど、友達に貸したままで・・・」って感じでさ、しかも英語がちゃんとしてないから、貸しちゃったみたいな言い方になってたと思うんだよね。「貸したまま」というのと「貸しちゃった」というのは全然違う。前者は貸すといってたんだけど貸してたのを忘れててごめんなさいだけど、後者は最悪で貸すといっていたのに友達に貸しちゃったってことなわけで、こりゃ裏切りだよね。こういうのって何気に言語では凄まじく由々しきことなのね。こういうニュアンスが違うだけで人間関係が壊れかねない。だから言語ってのは物凄くセンシティブなわけ。まぁ今度の哲学の時間にちゃんと説明しておこうかな。まぁ先生は気にしていないと思うけど、でもなんかせっかく先生がああいうことを言ってきてくれたのに、貸して上げられない俺が本当に情け無いし、ましてや映画の内容が本当に素晴らしいから二重な意味で悔しい。それぐらい紀子は凄い作品なんだよな。で、DVDがさ、前にも書いたと思うけど、海賊版っぽいやつっていうか、ちゃんと商品としては流通してないやつをキムズで買ったのよね。俺。日本語のパッケージのまま、中身を英語仕様にしたようなやつで、ブートかどうかは分からないんだけど、まぁでも正規のやつじゃないから流通してないのか。だから先生が見ようと思ってもちゃんとしたDVDが発売されて無いんで見れないわけ。そんな貴重なブートかもしれないやつをを俺は持っているわけだから、余計に貸さなきゃいけない。でもこれ自体が素晴らしいんで貸しちゃうんだよね。インランドエンパイアとかジリ・バルタとかも同じ人に貸したままなんだけど、なんか凄いやつって貸したくなっちゃうんだよね。俺。音楽でもそうなんだけど「是非!これを体感してみて!」っつって薦めたくなる。まぁだからあれだ、先生のご好意を俺は踏みにじったわけだから、オーディションとか、あと他のDVDも見繕って貸そうかなって思ってるのね。攻殻は2だけ貸してもなぁー・・・って感じだからまだ考えてるんだけど、でも羅生門はいいかな。買って一週間も経ってないけど貸しちゃおう。インランドエンパイアも買ってすぐに貸しちゃったんだよな。第七の封印とか先生とっくに見てそうだけど、一応持っていこうかな。あとカノンね。ノエの話はしたわけだし絶対見てると思うけど、でもなんか改めてまた見てもらいたいよね。もはや日本映画じゃなくなってるけど。ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!!紀子が惜しすぎる!!!まぁでもオススメリストは渡したし、いつかDVDが出たら先生は買ってくれるだろうな。これは見なきゃダメだよね。日本映画史に残るぐらいの名作なんだから。凄いよ。紀子。マジで。園子音って個人的には全然好きじゃないんだけど、でも紀子は本当に凄い。凄すぎる。


ってことで俺は興奮したまま先生と別れて電車に飛び乗ったわけだけど、自宅近くの駅に着くまでずーっとハイだったね。これはリア現象じゃなくて、映画の話が出来て本当に嬉しかったわけだよね。だから本とか読めなかったもん。ボーッとしちゃって。思ったのは自分がその人と喋りたいと思うのに、例えば耳を掻くということみたいな行動に意識はいらないわけだけど、喋りたい人と喋りたいと思うのも同じ事で、そこに人間関係なんていう面倒なものは介在しないんだよね。俺がこの人と喋りたいんで自然に喋っちゃうっていうさ、そこに人と喋るの面倒だよななんていう意識は全く無い。だから失礼ながら面倒だなって感じちゃう人ってのは、別に対して喋ろうとこっちが思ってない証拠なんだよね。自分にとって世の中ってのはそんな人達だらけなんだよね。だから友達がなかなか出来ない。いても限られているわけ。でもこれはマイノリティの必然だよね。俺はふつーに飲み会とかやって人と仲良くなるということが徹底的に出来ない人間だし、映画だとか音楽だとか哲学みたいな、自分の中にある何かの要素をフックにして喋れる人とじゃないと仲良くなれないんだよね。そうじゃなくても友達になれる器用な人っていっぱいいるでしょ?俺、そういうのが本当にダメなのね。だからお喋りなくせに人とあまり喋らない。特にさっき書いたセカンダリー的な共通点のまま人間関係を共通の媒介をなくした後も続けられる人って本当に凄いと思う。そういう意味で俺は本当に不器用だし、面倒くさがりなんだよね。興味がある人間としか喋りたくない。凄い自分勝手。ちなみにリア二千はその辺の馬鹿女と違って、珍しく本当に喋ってみたいって思う女の子なんて、俺としては革命的なわけだけど、まぁ忘れたほうがいいな。マジで。


ところで話は変わるんだけど、例のその哲学のクラスで親しくなったやつとはさ、こいつってのはまぁ賢いやつで、こいつが俺にコンタクトを取ってきたきっかけってのが俺の発言だったわけ。「人々は幸せによって動かされてるんじゃなくて、ただの必要性によってだ」って言った日から仲良くなったんだけどっつってももうだいぶ前だけどね。それから結構喋ってるんだよね。「お前は正しいことを言ってたけど、みんなキョトンとしてただろ?クラスで本質的なことを言うのはお前だけさ」なんてあの日に言ってたんだけど、それを聞いて俺は嬉しかったけどね。俺が発言したことに対するレスポンスがあって、なおかつそれがきっかけとなって知り合いになれたんだからさ。で、まぁ話の経緯を説明すると長いんでやめるんだけど、こいつが両腕にタトゥーを入れようとしてるんだけど、まぁこいつは凄く哲学的なやつだから入れ方が一味違うんだけど、片方の腕に「Believe in Hope」って入れて、もう片方に「Make it Happen」って入れるっていうんだけど、それはなぜかというと、ビリーブのほうは、読んで字の如く、望みとか未来みたいなのを信じるっていう人生に対する態度で、それは神なども含まれるらしいんだけど、その片方のMake itのほうは、そんなものはなくて、ただ自分がやれることをやるだけっていう、まぁ極めて実存的な生き方ってことなんだけど、それはまるでスパイクリーのドゥーザライトシングのレディオ・ラキームみたいだねっつったらまぁこいつは知らなかったけど、説明したんだよね。例のLove and Hateの話。そしたらホント、納得しててさ、まぁLove and Hateってニュアンスではないんだけど、ようはその両義的な価値観の中心に自分がいるっていう意味では同じなんだよね。でもこいつったらずいぶんとタトゥーの話をきっかけにディープな話をしてきたんだけど、もちろん分からないやつにそんな話はしないじゃない?こいつは話の分かるやつだって思うから話しかけてくるんだよね。その分かるやつである俺という存在が今凄く好きだし、こいつと話している自分というのが本当に好きなんだよね。


いや、自己愛のために人間関係をやっているわけではなく、こんな深いやつが真剣に色々と話しかけてくるなんて、俺って価値のある人間だなって凄く思ったってのは、社会学のCooleyのLooking-glass selfみたいな話で、こいつみたいな素晴らしいやつが俺に話しかけてきているというこの状況が第三者的に自分の価値についての規定性をもたらしてくれるってことなの。哲学の先生もそうだけど、自分が凄いと思う人が俺と話してくれているわけ。それって相手もこっちに何かしらのことを感じて話しかけてきてくれているわけで、変な言い方になるけど、その話しかけてくる相手のレベルが高ければ高いほど、自分もそれ相応なんじゃんって凄く感じるわけね。まさしく他人とは自分を映し出す鏡ってなわけよ。こいつアホだって思われてたら誰も話しかけてこないしアホしか集まらない。だから類は友を呼ぶという現象が起こるんだなって凄く思ったんだけど、今までは自分の事を本当にロクでもないなんてずーっと思ってきてたけど、ホント、こっちに来てからは人気者になるって前に書いたけど、みんなが俺に話しかけてくるってそれだけ俺にチャームがあるし人間的な価値みたいなのがあるんじゃないか?って凄く思うのよね。今までは気がつきもしなかったんだけど、俺が話している相手を見るとそれを凄く感じるのよね。それはリア二千でも同じ。まぁ彼女には彼氏がいたけど、でも俺に何かを感じて話しかけてきてくれたというのはそれだけ俺にチャームがあるってことでしょ。実際、俺の自分の見積もりだとリア二千が俺みたいな電車男に話しかけてくるなんてことは天変地異レベルの話なんだけど、実はそれはまぐれでもなんでもなく、俺にそれなりのものが備わっていたから、そういうきっかけがめぐってきただけなんだよなって思うわけね。特にこっちに来てからの俺って成長しているから、前の自分に対する見積もりからさらに上がっているんだよね。ちょっと変な書き方だな。例えば元が10あったとして、でも自分としては3ぐらいだと思ってた。これってのは元々自己評価が低いんだけど、こっちに来てからは元が50とか60ぐらいになったのにも関わらず、自分の見積もりは3のままなんで、その見積もりの低さと実際のギャップが物凄くなっているということね。だからリア二千とか哲学のプロフェッサーと喋るということが、前の自分の実存レベルで考えると奇跡のような話になるんだけど、でも実際はそうじゃないんだよってことなんだよね。もっと自信を持たなきゃなぁーって思った。今、俺が接している人達って凄い人達ばっかだもんな。


で、何を書こうとしていたのかというと、こいつのタトゥーの話なんだけど、そのビリーブとmake itを漢字でもいれようと思ってるんで、ふさわしい日本語を教えてくれっていうわけ。でさ、俺は聞かれたときに、なんとなぁーく「んービリーブ・・・望みを信じる・・・信望???んーびみょー」とか考えてたんだけど、考えれば考えるほどこれは由々しき事態だという風に感じたのはそれがタトゥーだからなんだよ。まぁ消せなくもないけど、んでも俺は凄い役割を今、担ってしまっているぞ!と改めて思ったわけ。よく日本語の入れ間違えで「すみません」とか「丁寧」とか「茶道」みたいな見当違いなタトゥーが入ってる外人ってのがいるけど、それこそ「信望」なんて入れてしまったら「茶道」と同じことだよね。ましてや話が長くなるけど、こいつは深い理由があってタトゥーを入れようとしているので、それについては簡単に恣意的には答えられないなと思ったんで「キープさせてくれ!んで熟考するから」っつってさ、その場では答えなかったんだけど、なんか先週みたいな感じだよね。先生への映画のオススメみたいな感じ・・・というよりかは明らかにそれよりか大事な役割を俺が担っているわけでさ、これって凄いことだよね。タトゥーの文字を俺が決めるんだから!!!!!!!!!!しかもそいつも俺を信用して聞いてきているわけだからさ、それがまた大変なんだな。本当に。だから物凄い宿題よ。これは。色々と調べなきゃいけない。Believe inhopeを直訳したところでダメなのは分かりきっているし、それはmake itでも同じね。直訳してもそれはニュアンスが違ってしまうので、その元の英語の意味に一番近い日本語を選ばなきゃいけない。こいつは今月の末にある一週間ちょいの春休みのときに入れるっていっててもう完全に入れる気なのよね。あとは漢字だけってことなのよ。どう思う?Believe in HopeとMake it Happen。四文字熟語じゃないけど、なんか風林火山的なさ、バシッ!!っと決まるワンランク上のタトゥーにふさわしい言葉って何か無いかな?俺はそいつの身体の一部を今、担ってるわけだから大変よ。ホント、適当に答えられないし、逆に分からないとも言えない。こいつは真剣だし、ましてや日本語が分かるやつなんてこいつにとって俺ぐらしかいないみたいだから、俺が頼みの綱なわけよ。いや、それやめて日本語なら「仁義」でしょうって言おうと思ったんだけど、こいつの哲学を尊重したかったんで、それは言わなかったんだよね。むしろタトゥーの核はこいつのコンセプトにあるわけで、漢字のかっこよさなんて表面的なものにあるわけではない。でさ、一つ候補があるんだけど、make it happenって「無頼」とかってどう?かなりニュアンスが近いし、漢字も男らしいと思うんだよね。とりあえずこんな感じで、いくつかの候補を挙げてこいつに聞いてみようと思うんだよね。無頼にしても無頼のニュアンスってのをちゃんとアクチュアルに説明して、んで納得したらそれにするっていう。まぁとりあえずビリーブは信望じゃないけどね。LoveとHateだったら「愛」と「憎」でバッチリだけど、これぐらい両方がバッチリ決まらないとダメよね。


パゾリーニ見ようと思ってたのに世があけちまった。最近、ウォール伝凄いね。長文だらけ。しかも毎日、まぁこれがスタンダードではないのでね。最近は恋のパワーがありますからね、だからでしょう。恐らく。明日怖いなぁー・・・楽しみというか怖い。また傷つくんだろうなぁー・・・。また彼女の口からぼぉーいふれんどって言葉を聞いたら猪木エンパイアに駆け込んでしまいそうだ。


ところで余談だけど、そのタトゥーの話の時にこいつに「hope」は日本語でなんて言うんだ?って聞かれたんで、それは「望み」って答えたんだけど、「望」ってだけでタトゥーを入れちゃったら、それは女の子の名前みたいな感じだから、日本語を解するやつがいたらタトゥー見て「それ彼女の名前?」とか聞かれて台無しだぜなんつったらお互い大受けだったね。でもこうやって勝手に勘違いしてタトゥー入れちゃうやつ多いんだろうなぁー。なぜかアメリカとかまぁ欧米でかもしれないけど、漢字ってかっこいいものとして人気があるからね。でもhopeを望にして入れちゃったらダメだよねぇー。

Diary of a Lonely Sailor

Diary of a Lonely Sailor

↑こういうのがある時代に育った俺らみたいな世代は最高ですね。そう思うと今の子供たちは不幸だな。今のテレビってラディカルさとは無縁の世界だもんな。ところでこの動画の後に一瞬入ってるCM最高ね。とんねるずの番組のすぐ後にダウンタウンのCMって・・・。