今更だけどDS欲しくなった。

mimisemi2010-02-11

なんかさ、DS欲しくなってきちゃって。なんでか?っていうとさ、DSってeducationalなソフトが豊富じゃん?まぁ一時代ぐらい乗り遅れてる感じだけどっつーか俺がね、一時期まぁ脳トレとか流行ったじゃん?で、日本のやつだけど中学入試用のソフトとかさ、その他の試験だのなんだのってそういうのが結構出てるのね。で、まぁ俺は一応定理上数学に目覚めたってことになってるじゃん?で、DSで数学の良いソフトないかなぁー?とか思ってさ、いや、こっちのソフトに限られるけどさ、そしたらUBI softっつー確かミストとか出してたところだったと思うんだけど、my teacherだったかな?私の先生シリーズってのがあってさ、まぁイギリス産なんだろうけど、フランス語とかスペイン語とかさ、こっちだとまぁアメリカってこともあってスペイン語圏の人用の英語ソフトとかもあるのね。で、特に目を引いたっつーか面白そう!って思ったのがSAT試験対策ってやつね。


SATって特殊部隊試験ってことじゃなくて、こっちの大学とか大学院とかで必要になるなんつーかまぁ学力試験みたいなやつなんだけど、ちょうどいいことにさ、英語と数学ってのが入ってるわけ。数学はなんだかんだで数学大国の日本としては例えば大学生とかがSAT受けるとちょー楽っつーのがまぁアメリカって数学が遅いからね、いや、日本が早過ぎるのか。日本って高校ぐらいでアメリカの大学でやる数学やってるでしょ?まぁズレてるのね。で、俺はそのズレに乗っかってるわけ。いつも書くけど俺って中学で登校拒否になって以来、数学さっぱりやってなかったから高校数学とか全然分からないんだよね。


高校は通信制のやつで終えたけど前にも書いたようにこの通信制のやつってドロップアウターの受け皿みたいなところでさ、まぁ誰でも卒業できるようになってるわけ。だから俺が通信制でやったのって恐らく中学レベルだったけどそれでも赤点何回も取って追試とかになってた気がするな。ありえねぇーぐらい数学ダメだったんだよね。俺。まぁアレルギーもあるんだろうけど。あ、んでさ、こないだの数学の授業でさ、また先生に憎まれ口叩かれるのが嫌だからすんげー慎重に問題やったよ。最後まで残ってたもん。みーんなとっくに終えちゃってさ、俺だけまだラボに残って計算やってる感じでさ、先生が「もういいから結果プリントアウトしなさい」なんて言うんだけど「もうちょっとで終わるんで・・・」とか言いつつさ、すんげー丁寧にやったのね。そしたら24問中22問正解でっつーか1st attemptで22問正解だったんで先生も驚いたみたいなんだけど、まぁこの残りの二問のミスってのがいかにも数学やってこなかったやつのミスみたいな感じでさ、アホみたいに初歩的なミスだったんだけどね。そもそもこういうレベルだと全問正解じゃないとダメなわけで・・・。


いや、でもあれなんだよね、みんなが早く終わってると焦るじゃん?でも俺みたいにおっちょこちょいなやつは自分の計算能力とか処理能力とか判断力を疑いきってちょー慎重に計算をやったほうがいいなって思ったわけね。それはADD的な症状への現実的な対処法だよね。リタリンとか以外薬は無いわけで、だから自分がリタリン飲んだようなつもりですんげー集中して早く終わらせようと思わないで、ちょっとでもおかしいな?と思ったら問題最初からやり直すぐらいの勢いで時間をかけて取り組んだほうがいいなと思ったわけね。


俺は計算は前にも書いたように実は早いけど数学の問題を普通に解こうと思うと絶対おっちょこちょいなケアレスミスが発生するわけ。ようは早いけど正確性に欠けるってことだね。前に正確性なんてどうでもいいって書いたけど何気にカントールも似たようなこと言っててさ「数学では問いを立てる技能のほうが問題を解く技能よりも価値がある」ってことなんだけど、まぁどうでもいいってのは言い過ぎだけどまぁ本質が計算にあるわけじゃないってことを前に言いたかったのね。計算も必要だけど必要なのは発想力とか独創力とか思考力なわけで。単純な代数でもさ、これがルールですって言われても「なんでそうなるの?」ってまぁMr.Yな俺としては思うわけ。Mr. Why?ってことなんだけど。


で、考え尽くすんだよね。そうなると意外と初歩数学でもなんで?って考えるとかなりムズイんだよ。ルールに沿ってやってれば楽だけどなぜそうなるのか?ってことを考えると凄く難しい。それこそ教科書とかって大体そういうのって解説されてないから自分で見つけなきゃいけないじゃん?こうなるとまぁ俺が普段思索でやってるようなことと一緒でさ、数学を日常的な何かに置き換えてみたりとかさ、山本ヴァーサだよね。日常的なことを数学に置き換えてみたりっていう。これがホワイトヘッドが言ってた抽象能力ってことだよね。


まぁいいや。まぁそんな感じでさ、まぁ俺は数学を楽しんでるね。凄く。計算をするときに機械的な処理をするのではなくビジュアル的に処理するっていうコツが最近分かってきたんで問題解いてるだけで楽しいんだよね。小説って読んでると文字を読んでるんだけど背後に映像が浮かぶわけじゃん?俺って小説読まないからこういうのは苦手なんだけど数学も一緒なんだよね。数式を見てその背後に映像を見るんだよね。左脳右脳っつー分け方に信憑性があるかはともかくとしてまぁよく言われる右脳左脳っていうパラダイムで言うと右脳で解くって感じだね。数学って左脳的なイメージがあるけど右脳なんだっていう。で、これはレベルの問題ではないんだなって思ったのね。初等数学だから全て暗記で良いってことじゃなくてさ、単純な問題でも「なぜ」と思うということとかさ、構造を理解するとかさ、本質を理解するとそれは自ずと映像的になると思うんだよね。まぁ俺はそうだったな。それは去年に例の先生の数学101を受けた時に感じたことだけど、あんなに数学がビジュアル的だとは思わなかったわけよ。ただそれは集合論みたいなのに限ったことでさ、他は違うんだろうなーだから嫌だなーと思ってたら代数でも全然ビジュアル的じゃん!っていう。これが凄く驚きだった。今までの俺の数学のパラダイムがまたさらに覆された感じだったね。


あと多分場数踏めば数式見ただけで例えばちょっとおかしいのだと感覚的に「なんか違うな・・・」って感じるようになると思うんだよね。心霊写真とかに違和感を感じて霊発見みたいなさ、例えがおぞましくてアレだけど数学的ミスっつーのもまぁ多分そういう心霊写真的なことなんだろうなと。もっともまぁ全部が全部そうじゃないけどね。何がなんだか分からないようなカオスから美しい解が生まれるっつーのも多いわけでまぁ全部が全部そうとは言えないけどさ、まぁでも言いたいこと分かるでしょ?


数覚って言葉を作ったのは小平邦彦だと思うんだけど、これってまぁ一種の才能ではあるけど、まぁでも数覚があったとしても最初から天才ってことはまぁエルディッシュとかガウスとかノイマンみたいなのは別として、なんつーかまぁ磨いていくもんなんだなって思ったね。で、ある程度のレベルまでは数覚って養えるんだなって凄く実感してるね。俺みたいな絵に書いたような文系が言うんだから間違いない。まぁ理系文系って分け方嫌いだけどね。まぁなんつーか理系音痴ってことなんだよ。俺。でも違うアプローチとか違うパラダイムで考えるとなんつーか文系的な感性で理系に挑戦できるってことだね。最近出てる数学系の本はこういうアプローチのが多いと思うね。所謂、文系のための数学みたいなやつね。


あ、んで話をちょっと戻すとあれね、これってググればよく言われてることだけどアメリカの大学でやる数学って全然基礎的なのね。まぁ大学にもよるんだろうけどまぁ俺の今後を見る限りでは当分高校数学が続きそうな感じだね。やってない俺としてはまぁちょうどいいよね。計算楽しいってことが分かったし全然苦じゃないどころか楽しみだなっていう。


あ、んでDSだったっけ?話を戻すとDSなんだけど、DSってあれなのね、FF3とか4とかをポリゴンにし直したようなリメイクみたいなのが出てるのね。ドラクエ4もそうか。こういう時代のRPGが好きな俺としてはたまらない感じだけど、思えばFFって3以外は大抵リメイクあるじゃん?1,2,4,5,6,ってまぁリメイクっつーかさ、スーファミになったりGBAになったりさ、その度に俺やってるからまたあえてDSでやるほどでもねぇーなって感じがするんだよね。そこまでして過去の名作にしがみつかなくても・・・・っていう。これって思い出補正が働き過ぎてるってことなのかな?あの頃は良かった・・・的な?でも7やってた頃なんて暗黒期だったけどなぁー。でも7って今でも大好きだからね。あ、まぁあれか、ポリゴンのRPGで凄く感動した!っていう当時のリアル生活との相関関係というよりかは、当時の俺の感動という名の思い出補正という感じかな?


まぁいいや。いやさ、DSって120ドルぐらいだから迷ってないで買っちゃえよ!って値段なんだけどさ、まぁ例のサイモンもあってか仕送りから毎月いくらかマイナスになるからさ、ようは被害分を仕送りからローンで返して行くみたいな、まぁもらってる俺が言うのも変だけど、まぁ毎月の仕送りが減ってるんだよね。元々もらってる額は今ぐらいの日本円に換算すると結構余裕ができる額だけどサイモンローンがあるからキツいんだよな。で、仮に俺がDS買って何やりたいか?ってまぁ恐らく今まで唯一と言ってもいいほどリメイク的なものが無かったFF3とさ、あとはまぁ言わずもがなのメガテンだよね。PSPでも出てるんでPSPも実は欲しいんだけど、メガテンやるためだけにハード買うっつーのもねぇー。そんぐらいメガテンが好きではあるんだけどさ、まぁPS2で出てるメガテン系は制覇したでしょ?だからまぁ次は来るべきPS3とあとはDSとかPSPなんだけどさ、あとサマナーの1の移植みたいなのが確かPSPで出てるよね?サマナーの1すげー好きなんだよね。戦闘バランスが悪くてやたら時間がかかるゲームなんでやり心地は悪いんだけど雰囲気がすげー良くてさ、まぁ好きなのね。俺のベストRPGの一つだし、ベストRPGシーンの一つがいつも書くようにあれね、最初の葛葉のタロットね。グールーだかをタロット化してアギラオだかで焼くんだよね。あれがかっこ良過ぎる。あそこだけアニメ化してほしいぐらいだわな。


そうなんだよね。DS買うっつってもやりたいのはFF3とメガテンとSATぐらいなわけ。特にこっちで発売されてるゲームってことになるとまぁいつも書くようだけどアメリカンマインドを体現したかのような単純でバカバカしいゲームが多いわけでさ、まぁアメリカ来たら一度ゲーム屋に行ってソフトの品揃えみて欲しいんだけど唖然とすると思うよ。クオリティの高い日本産のゲームみたいなのがむしろマイナーでメジャーなのはまぁポルノと一緒で洋ゲーなんだよね。まぁ洋から見たら洋物ってデフォルトでしょ?ゲーム然りってことね。


あ、んでまた数学に話を戻すとさ、最近感じるのはまぁ単純に知らない事への知識欲ってのもあるんだけど、数学をやる動機としてはまぁ哲学とか政治学とかより社会的に有用な可能性はあるっつーかまぁ後者の二つよりかはマシってこともあるけど、あとはなんつーか言語だよね。英文を読んで英語の本を読むために英語を勉強するのと一緒で数学も概念を理解する為にやる構造の基礎って感じがするね。まぁそういう意味だとやっぱ数学もロゴス形体だと思うんだけど。で、問題としてはその数学を駆使して何をやりたいのか?ってことだよね。今ってまぁなんつーか英語学校行ってるようなもんだよね。とりあえず英語ってことで英語を学んでるだけっつーのがそのまま数学にも当てはまる。


まぁ俺が英語学校に行ってたときは当然大学に入るためとかさ、そりゃーまぁアメリカでやってくんだから全ての基礎としての言語ってことだけど、まぁ数学もロゴスとしてはそうだけど、その先はどうすんの?ってことになるよね。とりあえず才能云々は置いておいてとりあえず言語を学ぶように数学をやろうってのはあるにしてもさ、その先が描けてないと見えてこないものってあるよね。英語を勉強するのに言語の才能とかって考えないじゃん?まぁ数学もそんぐらいの動機でいいと思うけど、やっぱり先を考えるとそれだけじゃ当然ダメだよね。まぁまだ一応時間はあるから色々と模索はできるし、とりあえずフィールドは数学が関わる何かっていう大枠は決まったわけで、あとはまぁ本当に具体的な模索だよね。


あ、んで忘れてたけど4大ってマイナーメジャーっつーのも取れるじゃん?副科ね。まぁこれは当然政治学だよね。前は政治学と副科社会学か哲学かだったけど、まぁ今は繰り上がって数学メジャーの副科政治学って感じだわな。で、まぁまた実際4大に入ったらまぁ様子を見れるからまたそこから色々と切り開いていくしかないよね。まぁトランスファーできたらの話だけどね。GPAが2.5以下になると結構キツいよね。あとDとかも結構あってこれが単位として認められなかったりすると余計キツいな。まぁそういうことは考えないようにしよう。考えてもシステム的なことだからどうにもならんし。


あ、んでDSに話を戻すとだな、まぁそんな感じだわ。そんな感じだわっていうことだけがDSというトピックに残されたものだったってことでDSに話が戻ってんでまぁそんな感じだわっていう終わりに繋がるっていう意味分からん?あ、んでDSなんだけどmy teacherじゃなくてmy coachだった。UBIソフトのやつね。あ、んで今ネット見たんだけどDSでメガテンって言ってたのはペルソナの亜流みたいなDevil Survivorのことだったんだけど、Strange Journeyってのが3月に出るみたいで、まぁ購入決定な感じだわ。Survivorは亜種だけどJourneyは本流でこれだけでも買う価値があるなってどんだけメガテン好きなんだ?っていう。


あといきなり話が変わって映画なんだけどさ、District 9っつーピータージャクソン関係のヤツあるじゃん?監督と主演があのファニーな若手なんだけどこいつすげーな。バッドテイストとかブレインデッドみたいなファニーでちょっとB級なグロさがありつつ政治的なSF映画として成り立ってるのがすげー。元々社会派のドキュメンタリーとか撮ってた人なんだよね?確か。あの英語の訛りが絶妙だ。まさかあんなことになるとは最初の主役からは想像できないところがまたいいね。中盤からファックファック言いまくるようになるのがいい。っつーかこれを知ったきっかけっつーのがYou Tubeで見た博士の異常な鼎談なんだけどさ、宇多丸が絶賛してたんだよね。あと宇多丸で言うとメルギブソンアポカリプトって映画を大絶賛してたけど、これも見たけど確かに映画としては面白いけど歴史観が本当にダメだね。キリスト教万歳な感じじゃん?あとWikiにもあるように町山さん曰く「裸のジャングル」って映画の丸パクリらしいしさ、まぁ面白ければなんでもいいのか?って話でまぁ面白さで言えば面白いけどさ、マヤってあんなに野蛮な感じではなかったんだよね。いや、嫌な予感はしてたんだよね。野蛮な文明は侵略しないと治らないみたいなメッセージが最初にあるじゃん?で、どうせなんかアメリカ的な何かが未開の地かなんかを侵略して和平化するような映画なんだろうとかって思ってたらそれがマヤ文明でさ、しかもスペインからのキリスト教徒の侵略のおかげでliberateされたみたいな感じになるじゃん?最後に。マヤが滅んだとも解釈できるけどクリスチャンが野蛮な民族を倒したとも解釈できるじゃん?


でもマヤが滅んだ理由って違うんだよねっつーか原因不明なんだよ。飢饉があったとか疫病が流行ったとか色々説はあったと思うけど、まぁこれだけは言えるのはね、マヤとかよりもっと野蛮なスペインからのキリスト教徒が侵略してきたのはインカ帝国でさ、あれは歴史でトップの大虐殺だったんだよね。キリスト教って歴史的にもダントツの大虐殺をしてるけどさ、まぁコロンブスとかね、スペイン軍のインカ侵略は数字的に凄くて1600万人の人々が何十万っていう単位に減ったらしいからね。で、インカ帝国は黄金とかいっぱい持ってたんだけど全部略奪されたからね。で、それを持って帰ったんで余計富のおかげでキリスト教が強くなったんじゃないか?って感じだよねっつーか南米が今でもキリスト教に支配されているのはモロにこのスペイン侵略の名残なんだよね。いまだに社会的にクリスチャンじゃないと不利なことが多いんで構造的にクリスチャンになるしかないっていう。最近では脱宗教化されてきたらしいとは言えまだまだ根強いんだよね。キリスト教の最後の砦とも言われるのが南米だからね。実際、こっちでも南米系のやつってクリスチャン多いし。


いや、でも実際の彼らの文明ってインカ帝国とかマヤ文明だったわけで。本当のアメリカンカルチャーと言えるのはネイティヴアメリカンカルチャーなのと一緒だね。南米もアメリカもヨーロッパの野蛮なキリスト教徒達の侵略によって先住民が殺されて築かれた文明だからね。キリスト教そのものに罪は無いけど、過去のクリスチャンは本当に罪深いやつらばっかだね。十字軍然り。で、現在のそのトップがアメリカってわけだ。イラク侵略はまぁスペインのインカ侵略とかコロンブスの大虐殺とかと同じだよね。何かとキリスト教に関わるものって侵略と虐殺があるんだよね。ジーザスも「ジーザズ!なんてこった!」って言ってるに違いないよ。


で、マヤに関して言えばね、確かまぁスペイン軍侵略で滅んだんじゃなかったと思うけどね、野蛮かどうか?ってのは微妙なところで確かに壁画とか見ると強烈なんだよね。太陽神であるケツァルクァトルだったかに生け贄を捧げるために生きた人間を生け贄にして、んでその心臓を台座に乗せてたっていうさ、その台座って写真見れば分かると思うけど、まぁ有名なやつなんだけど、でもあれって野蛮っつーよりかは文明が信じていた宗教なんだよね。日本だって生け贄っつーかどこだって昔は生け贄って発想があったわけでさ、マヤが取り立てて野蛮だったとは言えないよね。あとは名前忘れたけど池があってね、で、そこは確か処女を生け贄にする池だったんだけど、まぁ実際、人骨とか発見されてたりするんだけどさ、それもまぁ宗教的な理由からって考えると共通善のための生け贄だったわけでさ、まぁ生け贄になる側としてはたまったもんじゃなかったとは思うけど、んでも多分人々のためになるからみたいな発想があったと思うし、その生け贄ってのはみんなマヤ人だったと思うんだよね。


ようはマヤ文明に生きる人達で他の村から強制的に連れてきた関係ない人達ではなかったわけね。あとはあんなdiversityは無かったはず。マヤってあの辺一体全部マヤでさ、マヤ文明が栄えてたあたりにの森林とかにハンターとかが住んでるわけないわけ。だってみんなマヤ文明で生きてたわけだから。まぁ森林で言うとマヤ以前のあの厳つい顔のおっさんの石像とかあるけどさ、まぁあの辺一体全部一緒の文明だったんだよね。なのでマヤ文明が他の近隣の森林の集落みたいなところを襲って奴隷を連れてきたとかさ、そういう連中を生け贄にしてたとかって絶対無いわけね。


生け贄ってのはその文明の為の生け贄なんで他からさらってきたのを生け贄にしてもしょうがないわけ。村ならその村の処女とか人々じゃないといけないわけで。そうじゃないとその村のためにならないじゃん?その村の繁栄を祈っての生け贄ならその生け贄の出所は?ってことでそりゃーその村からじゃないと構図が成り立たないじゃん?その村からに生け贄なんで神も「その村からなんだな」って思ってその村の繁栄を助けるっつー発想でしょ?他から取ってくるってのは矛盾してるよね。


あとまぁマヤの残酷な面で言うとあれだね、球技場だね。球技場と名前はついてるけどあそこではどこかの野蛮な刑務所の囚人がやるようなさ、生首でサッカーしてたんだっけな?この辺は曖昧で忘れたけど、まぁ何らかの競技で負けたやつが首を切られてその首が生け贄となってそれでサッカーをした・・・って書くと野蛮だけど実は違うのはね、なんかの球技関係の競技で勝ったやつが名誉として生け贄になることが出来たんだよね。だから勝者は喜んで首を差し出したっていう。実際喜んでたかは分からないけど、でもまぁすげー能動的じゃん?嫌だったら負ければいいわけで。わざわざ苦労して勝ってんで生け贄になるってことなわけでさ、すげーそれは名誉なことだったんだよね。当然それはマヤ人っつーかマヤ文明で暮らしてた人達ね。あ、んで生け贄は毎日やってたのかな?ただまぁあんな大量に一回でやってなかったよね。信仰としてやってたわけで。あとまぁそれが文明だった証拠としてマヤってありえねぇーぐらい天文学が発達してたからね。プラネタリウムじゃなくて天体観測所みたいなところがあってさ、そこが凄いわけ。とにかく。よくもまぁ何の知識も無しにゼロからここまでやったよなっていう。ガリレオだのケプラーだのそういうの無しでやってたわけだからね。


そういう意味でまぁマヤ文明って発展した知的な文明だったわけ。少なくともアポカリプトで描かれているような野蛮な文明では無かったはず。まぁ今の観点から言うと狂ってることが多いけど、まぁそれは信仰だったわけで。その文明の発展を願って生け贄を捧げていた文明と金と名声のために侵略して金品を奪って大虐殺する文明とどっちが野蛮なのか?ってことだよね。インカからしたら「ななななななにすんだー!」って感じだっただろうに。あ、んでインカとマヤは全く別物ね。恐らくメルギブソンは右翼にありがちなおバカなんだろうな。悪いヤツじゃないんだけど素朴なバカって右翼に多いじゃん?小林よしのりとか朝生に出てる右翼とかってみんなそうじゃん?荒いっつーか知識人と言うにはほど遠過ぎる知性の持ち主が多いよね。それに比べて左翼はインテリが多いっつーのはまぁ基本的に左翼はマルクス理論を理解しなきゃいけないから右翼じゃ無理ってのは鈴木邦夫さんが言ってたことだけど、まぁ右翼がそう言うんだから間違いないよね。鈴木さんは当然バカじゃないけど右翼業界にいてまぁ思うんだろうね。右翼はバカでもなれるって。まぁ簡単だからね。愛国心とかって。2ちゃん右翼とかが典型的だけど。まぁもっとも近年だと左翼っつってもマルクス読んでないらしいけどねってまぁ俺に言わせれば日本の場合昔からそうだと思うし世界的にもそうだったと思うよね。読んでたのはリーダーとか知識人層だけでワーワー騒いでたやつらにイデオロギーなんて無かったと思うんだよね。まぁノリでラオウの葬儀に来ちゃったみたいな感じでデモ行っちゃうみたいな。


アポカリプトはそういう意味で非常にダメな映画だね。映画としてはすげー面白いけど誤った歴史観をエンターテイメントを通して与えるというのは良くない。あれってモロにさ、野蛮な文明は洗練された文明が侵略して和平化していいってイデオロギーじゃん?ってまぁさっき書いたけどさ、バカはあれ信じちゃうからね。「うん。まぁしょうがないよな」って思っちゃうよね?でも映画で描かれていたような文明なんて存在しなかったわけで。仮にマヤがそうだったとしてもマヤがそうだったからだといって侵略が正当化されるなんてことはないわけでさ、ああいう思考停止的なものの考え方を押し付けるような映画は本当によくないね。そういう意味でまぁDistrict 9は非常に示唆的で良い映画だね。アポカリプトとは対照的。まぁ映画としてはどっちも面白いけどね。


まぁいいや。そんな感じで今日はこの辺で。


PS


あれだ、書き忘れた。ちょっとしたことなんだけど書いておきたかったので。っつーのはさ、カントールとか谷山豊とかゲーデルみたいなのがさ、数学やり過ぎて頭がおかしくなって死んだ人達っつーイメージがあるっつーかそう解釈されるじゃん?でもこれって相当バカバカしい話でさ、数学ガールでミルカさんがゲーデル不完全性定理と理性の限界ということは全く関係無いことでさ、不完全性定理は数学的な定理なんであって意味論は無いっていうのは例えはXの二乗=-1に実数での解が存在しないということが別に理性の限界を示すわけではないって言ってたのと一緒でさ、例えばカントールみたいに無限みたいなmindがfucked upしそうなことを考えてたから精神を病むとかさ、ゲーデルもまぁある意味でカントールの直結の後継者じゃん?連続体仮説然り対角線論法然り。谷山も谷山・志村予想っつーフェルマーの最終定理を解く原型みたいな予想を作った一人でまぁその内容を聞くとカントールとかゲーデルと同類のややこしすぎる数学宇宙の話でさ、まぁ同じくmindがfucked upしそうな感じなんだけど、んでもこれが順序が逆でさ、mindがfucked upしそうなことを考えるやつはmindがfucked upしやすいってことなんだよね。


ようはそういうやつじゃないとそこまで緻密なことは考えられないってことね。それはナッシュだってそうじゃん?まぁナッシュは全然ややこしくないか。で、そういう緻密な考えが出来るやつは大抵精神が繊細なやつが多いわけでさ、まぁナッシュのビューティフルマインドは美化され過ぎにしても、例えばゲーデルとかも伝記読む限りではすんげー内向的な人だったわけ。所謂ヒッキーだね。プリンストンで唯一友達だったのはアインシュタインというのはゲーデルと同じレベルで喋れる人がアインシュタインしかいなかったとも言えるのかもしれないけどっつってもまぁオッペンハイマーとかいたからまぁそういうわけじゃないにしてもさ、あとはフレーゲなんかも凄まじく内向的だったっつーからね。それが問題になるぐらい内向的だった。で、彼らに共通してるサブジェクトは何か?っていうとそれが数学になるわけじゃん?しかも緻密な数学ね。メタ数学的な数学。そういうことを出来るマインドを持った人間は繊細過ぎて壊れやすいってのが実際のところで、彼らが論理学そのものを定義しようとしたから狂ったとかさ、無限について思索してたから狂ったとかさ、そうじゃないんだよね。数学が彼らの精神的な崩壊の原因となったように見えるのは単純に物事を繋げて見ているだけで、その実際の所と意味論との乖離という意味だとさっきのゲーデル不完全性定理に意味論を与えるということと同じぐらいナンセンスなのね。両者には全く関係が無い。


実際、カントールからゲーデルの系譜で言うところのまぁ後継者って多分チャイティンだと思うんだけど、チャイティンって別に狂ってないじゃん?モロにアグレッシヴなおっさんじゃん?あの人って繊細さに欠けると思うんだけどさっつーかまぁ優等生っつーか秀才タイプだと思うんだけどね、でも別にまぁ気が狂いそうなランダム性とかについて研究してるからって本人が精神的にダメになってるか?っていうと全然そんなことないでしょ?研究内容なんて全然その人の精神とは関係無いってことね。まぁオカルトとか研究してれば別だけど緻密なことをやってるからっつって狂う事は無いと思う。仮に狂ったとしたらそれは緻密な作業のせいではなくて、そんな緻密な作業を出来るほどもマインドを持ってる人ってのは繊細で壊れやすいからなんからの理由で精神的に病んでしまったんだろうってことだよね。カントールに関して言えば能力に見合わない三流大学での勤務とかあとはよく言われるようにクロネッカーを始めとする他の彼の当時はトンデモに見えた理論に対する辛辣な批判ってのもあったしさ、まぁ数学に関することではあるけど彼が研究しているということと彼の鬱とかは関係無いよね。それはゲーデルもそう。頭が良過ぎる人ってのはまぁ大体そんな感じなんだと思うよね。ウェーバーも精神的にダメになってんで精神病院じゃなかったと思うけど療養所みたいなところで生活できたから研究が進んだらしいからね。


サルトルのヤク中とかアル中とかだって彼の実存主義との関係は全く無いからね。ああいう性格だからあんなややこしい文体の本を書けるってことなわけで、まぁヒロポンガンガンやってタバコバンバン吸ってウィスキーガンガン飲んでそうだなってところじゃん?決して実存的葛藤に悩んでそういう風になってたわけじゃないよね。まぁそういう葛藤が無かったとは言わないけど、哲学が理由でアルコール漬けになったりヤク漬けになったりしてたってわけじゃないってことね。アルチュセールもそうね。あの人も頭が良過ぎて繊細であるが故の鬱と後年の妻殺害だよね。実際は面倒見のいい良い先生だったらしいからね。顔つきは狂ってる写真が多いけど。あとまぁドゥルーズは単純に肺病だからね。病苦を理由に自殺したってことでまぁ三沢知廉とかと一緒だよね。


あとまぁ芥川龍之介的な根拠が無い抽象的な不安を理由に自殺したって言う人だとさっき名前が出た谷山豊とかあとはまぁ学者じゃないけど藤村操とかだよね。思考力があるが故の自殺っつーのかな?まぁ実存的な自殺だよね。太宰もまぁそうか。太宰は和製キルケゴールだよね。まぁキルケゴールは哲学者の中で一番自殺しそうで自殺してない人だけどね。キルケゴールも良い例だよね。あんな性格だからあんな哲学やるわけで、ああいう哲学やってるんで性格がああいう風な感じになってるってわけじゃないんだよね。


ところで一番学者として惨めなのってまぁ一番惨めっつーか惨めな例としてはハーディーがいるね。数学界でリトルウッドと一緒にブイブイ言わせつつ良いスーツを着たりなんかして、なんつーか学者で名声と金があって頭が良いってアランブルームとかがそうだよね。でもああいうタイプってオリジナルな何かって作らないんだよねっつーのが秀才タイプだからだよね。で、ハーディーの場合、自分が一番だと信じてたのにさ、リーマン予想に関するハーディー・リトルウッド予想を立てて失敗するじゃん?まぁ失敗はしてないか。ただまぁ間違ってたっつーんでリーマン予想だかに逆切れしてたよね。「俺が間違ってたんじゃなくてリーマン予想自体が間違いなんだ」みたいな。で、挙げ句の果てに数学者の弁明だからね。最初に読んだ時はすげーかっこいい!って思ったけど今は惨めにしか思えないな。ハーディーは本当にただの秀才だなっていう。チャイティンも一緒だね。両者共にほどほど俗っぽいところがあるじゃん?で、すげー自信満々で自分が一番だと思ってるようなタイプね。ああいうタイプは絶対鬱にならないんだよな。逆切れしたりするぐらいだからね。その姿が非常に惨めなわけだ。まぁチャイティンは逆切れしたりはしないけどさ、でもまぁ自分と対等にやっていけるだけの人間が少なくて困ってるって感じの雰囲気があるよね。ホント、ハーディーとチャイティンには不思議な類似性を感じるねっつーか人間類型が同じなんだろうな。同じかまぁ近い種類かね。で、カントールゲーデルもすげー似てるわけ。


あ、まぁいいや。そんな感じで書きたい事は書いたので。


プリンストンだよりっつー奥さんにあてた手紙が凄い。当時のプリンストンの様子がビンビンに伝わってくるっつーか「ゲーデルという変わった男がいます。アインシュタインと歩きながら喋っているのをよく見かけます」みたいなさ、歴史的人物が普通に手紙の中に出てきてるのがいいね。オッペンハイマーは威厳のある喋り方をする人だとかなんだとか。それにしてもこの小平って人は天才を絵に書いたような人だな。決して秀才タイプじゃないところが本当に凄い。「いや、こうはこうなるからんじゃーこうなるだろうと思ってこうやったらできた」みたいな感じで論文書いちゃうのね。これこそが才能ってやつでしょう。文章が朴訥な感じなのが凄くいいね。天才と秀才の違いがよく分かるっつーのかな?岡潔なんかもそうだよね。天才タイプ。岡潔は人間類型的に見るとエルディッシュにそっくりな気がする。

SNDの新譜が出てたなんて知らなかったけどまぁ出てただけ良かったと思うべきなのかな?まぁSNDを生音系でやってみましたみたいな音だね。フワフワしてなくてバキバキしてるんだけどまぁ俺は数曲を除いて全然好きじゃない。数曲SNDらしいのがあってそれはいいんだけどダメなのが多過ぎるね。ただバスバスいってるだけどかさ、SND的な快楽が少ない気がするね。やっぱセカンドを上回るのはもう出ないのかな?まぁただ違いを考えるといいんだけどねっつーのはさ、SNDって方法論的に全部一緒じゃん?SNDサウンドってのがあってそれをどう出すか?って感じじゃん?で、ファーストから今作に至るまで全部違う感じでやってるんだよね。どれも他と音が被ってないって意味では本当に評価できるね。これもまぁSNDの一つなんだって評価できる。最悪なのって変に変わっちゃうことだよね。Photekでいえばいきなりダサイハウスやっちゃったみたいな。ああいうことやらないからまぁいいよね。安心はできるかな。