ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

深夜のっつーか寝る前の雑談。

mimisemi2010-03-12

あまりに生活が単調なのでっていうかさ、読書が趣味で学習が趣味って行き過ぎると趣味じゃなくなるんだよねっていうのはさ、それが人生の一部と化すじゃん?俺にとっての音楽が趣味じゃないように学問もまた趣味じゃないんだよな。まぁ趣味ぐらいのモチベーションでやってたけど生活化してしまったからもう趣味じゃなくなったよね。やることが当たり前のことでさ、まぁ生活の中心だよね。前はそれが音楽だったけど、今はまぁ学問全般になってるって感じだ。


そうなるとさ、エンターテイメントって無くなるよね。エンターテイメント的な要素がある本ってのもあるけどさ、全部フォーマットが「読書」ってことだとさ、特に自分で意識的にエンタメとして読んでる本とさ、学習として読んでる本って別に分けてるわけじゃないからね。書店で見つけて気になってちょっと中身見てみたら良さそうだっつーので買った本ってのが結果的に積み上がってるって感じでさ、差はないんだよね。


俺の中に少なくとも読書においてはhave toとかshouldって概念は無いんだよね。結果的にまぁ人生全般に言えることになるけど、俺はhave toが大嫌いな人間だからね。これほど嫌いなもんはない。好きなこともhave toになると途端にイヤになるからね。好きな事でもプログラミングされてて必ず定時にやらなきゃいけないとかさ、来週のこの時間はこれで埋まってますみたいなさ、そういうのが大嫌いなのね。だから予定ってのが大嫌いなんだな。イヤなことが予定に入ってたらこれ以上のイヤなことは無いよね。それでも人生ってのはそういうことをやらなくちゃいけないんだよってまた諭されそうだけどさ、そういうのに真っ向から「ノー!」って言う人生ってのもあってもいいんじゃない?ってことでまぁ俺は実践中だよね。どこまでwant toで生きられるか?っていう。


むしろwant toのみで生きたほうが効率が良いっつーか結果的にwant toっつー動機でやってるものに関してはいつもの俺の理論でさ、好きな事には人間は凄まじい能力を発揮できるってことなわけでさ、ようは得意なことしかやらないってことになるじゃん?ダウンタウンが自分の番組にしか出ないのと一緒だよね。誰かが仕切っててつまらないことになったらそれはダウンタウンがスベったってことになっちゃうから、ダウンタウンが基本的に指揮権を握れる番組なら自分たちのペースとか力量でやれるから安定するわけじゃん?それって得意な分野っつーか土台で勝負するってことだよね。たまにはアウェーでまぁ冒険するのもいいけど、基本的にまぁ得意な陣地っつーか有利な陣地で戦ったほうがいいよね。まぁ戦うって言い方アレだけど、孔明とかの策略ってそういうの多いじゃん?地形を利用した策略でさ、兵士が少なくても陣地とか地形によって凄く有利に戦える場所ってのに敵の大群を引き寄せると、逆に敵が大群であるってことが仇となって逆に不利になるみたいなさ、これってまぁそのまま人生に言えるよね。


元々のリソースとか能力の差とかはあれどさ、自分の地形作っちゃえばそれって最強じゃん?んじゃあその地形っつーか陣地っつーか陣形みたいなのを作るのって何か?っていうとまぁ俺から言わせればwant toだよね。want toで動いてればそういう常に自分に有利な陣形で生きていけるってことになるね。have toってのは「戦わねば!それでも!」っつって無駄死にするようなもんだからね。陣形を無視してマッチョに「侍なら!」みたいな妙な精神論で玉砕しちゃうみたいなね。食う為に生きるぐらいなら死んだ方がマシだ!っつー潔い侍スピリットは好きだけど、侍だから!っつって死に急ぐっつー妙なヒロイズムみたいなのはダメだね。だって死んだら終わりだからね。


だから一番いいのはこのアンチノミーみたいなのをアウフヘーベンさせちゃうことだよねっつーのが俺の実践してる生き方だよね。玉砕覚悟でwant toで生きて常に有利な陣形でのみ戦っていくってことね。どの道ダメだったらダメなものはダメだからさ、保守的にダメにならないように生きててダメになるのとさ、突っ込んでいってダメになるのもまぁどっちも結果で言えば一緒じゃん?だったら突っ込んで行ったほうがいいわけだよね。やらないよりはマシって自明のことじゃん?だから玉砕覚悟でwant toで生きるって一番合理的な生き方なんだよね。むしろ「まぁ俺はそこそこでいいから・・・」みたいな中途半端な気持ちで生きてるほうが今の世の中はリスクが高いわけで。


そこそこでやっていける安定性みたいなのが社会っつーか世界から無くなってるわけでさ、だからまぁみんな玉砕覚悟で突っ込んでいかないとダメだね。そういうやつじゃないと上手く生きていけないっつー世の中になってると思うね。保守が保守にならないっつーのかな?何かを守ろうとしても守るものが無いとか、守りに入るっていう守りの陣形が固められないっつーのかな?だからもう攻めしかないっていう。それは別に政治的な保守って意味じゃなくて生き方って意味での保守ね。だからまぁラディカルな生き方したほうが楽だってことだ。


保守ってのは何かと引き換えに安定を得るっつー生き方でさ、今はその安定が得られないわけでさ、だからまぁ攻めしかないって話だよね。知ってる?っつーか俺も最近知ったんだけどさ、アメリカの失業率が高いのってさ、一概に景気的な理由だけじゃなくてね、単純に例えばペーパーレスだとかさ、ネットでプロセスの完全化が可能だとかさ、ようはテクノロジーによって前に必要とされてたような人材のポジションが無くなってるってことなんだよね。銀河鉄道の夜に盲目の無線技師が出てきてたけど、ようはこういうことだよね。無線技師ってもう成立しない世の中だってことだよね。目先のことだけ考えてればビジネスモデルが作れそうなことって結構ありそうだけど今後の10年とか20年っつータームを考えていくと全然分からない!ってことになるよね。まぁ風俗とか金融業みたいなのは不変だろうけどさ、でもまぁそういう金が金を生むみたいな社会システムと直結したビジネスはともかくさ、ちょっとした便利屋的なビジネスとかってなかなか成立しないよねっつーのがまぁ自分で出来ちゃうってことが多くなってるじゃない?


カムイ伝に同じような話が出てくるよね。脱穀機みたいなのを発明したやつがさ、脱穀を仕事にしてた他の村人から反感を買うっていうさ、「俺らの仕事を取るな!」っていうさ、産業化の帰結ってこうなるよね。ある意味で100年前も前から分かりきってたことだよね。だから今の雇用率の低下とかってある意味で当たり前の現象なんだよね。人が単純に必要とされなくなったっていうすげー便利になってる世の中のその一方で人口は増え続けてるからさ、職が無くなる人ってのが多くなるのは当たり前なんだよね。よく言われるのはさ、アメリカってのは経済のために戦争をしてるっつーけどさ、これもまぁ雇用を作るって意味での戦争っつー解釈も出来るじゃん?それだけインダストリーとかさ、戦争によって必要とされるものが増えればさ、その産業が潤うじゃない?でもみーんな平和になっちゃってさ、そんなに忙しくならなくなるとさ、そりゃ仕事減るよね。極端な話、みんなまったりして暮らすことが出来るようなマインドセットをみんな持っちゃったら無くなる職っていっぱいあるよね。過剰なセキュリティとかさ、そもそも誰も強盗をしなかったら警備会社とかっていらなくなるわけでさ、ようはなんらかの悪があるからこそ栄えてるビジネスとかっていっぱいあるんだよね。それこそホッブズ的な自然状態っつー想定があるから成り立ってるビジネスとかっていっぱいある。


ただ仮にね、実際そんなことはないってことが仮になんらかの形で証明されたとするじゃん?でもビジネスやってる側としては「そんなことない!」って言うよね。っつーのはさ、そんなの無くてもいいんだよっつーのが分かっちゃったらビジネス続けられなくなるじゃん?だから「そうなんです!危険なんです!」って言い続けるしか無いんだよね。それを複合的に国家ぐるみでやったりするのがまぁ不安を煽る政治だよね。その帰結がまぁいつも戦争だよね。みんな怖いからとりあえず相手殲滅だ!って思うわけで。まぁただ別に俺は性善説に立つつもりはないよ。まぁ前はそうだったけど今はモロ性悪説に立ってるからさ、人間がいる限り警備会社とか戦争とか武器とかって無くならないと思うけどさ、ただまぁ無くしていけるって方法があったとしても、物騒な世の中っつー前提で成り立ってるビジネスをやってる側としては不都合な真実になるよね。それ言われたらビジネス崩壊しちゃうんだけどっていう。


まぁ同じパラダイム地球温暖化だよね。まぁこれに関しては知識が無いからなんとも言えないけどさ、でもあれは噓だとかさ、ただのエコビジネスを活性化させるビジネスモデルだっていう意見があってもなんとなく分かるのはさ、これってまぁ今書いた警備会社とかと一緒だからね。このままじゃヤヴァイですよ!ってことで成り立つ何かがあってさ、仮にそうじゃなかったらそれって成り立たなくなるじゃん?でももうそういうのやってるからさ、ヤヴァイですよ!って言いまくることに力を入れるってもう世論操作じゃん?地球温暖化っつーのをイデオロギーみたいに信じさせてビジネスを成り立たせてる連中がいるっていう事実があったとしても全然驚きじゃないよね。


だからまぁ科学的根拠がどうのっつーのは置いておいてもまぁそんなことがあってもおかしくないよねって言われてもまぁおかしくないねって言えるんだよね。まぁ俺の地球温暖化に対する考えはね、まぁ去年だかに取ってた天文学のクラスの先生が言ってたことにモロに影響を受けてるんだけど、ようは二酸化炭素がどうのとかっつーのはさ、人間が自然っつー途方も無いものに影響を及ぼせるパーセンテージって二桁行かないぐらいなんだよね。それこそ9割強が自然の流れで動かされているっていう中で人間が介入しているのが3パーセントとかだったらさ、その3パーセントのためにギャアギャア騒いだりさ、それこそ国家が血税使って何兆円も投入する必要があるのか?ってことになるよね。俺だったらまぁ3パーセントぐらいならどうでもいいって思うね。それこそもっと地球より気にしなきゃいけない社会の問題が山積みだろうっていう。まずは人間を救わなきゃダメでしょって話だよね。こういうことを言うと人間中心主義的なエゴイズムだ!とかさ、だからまぁエゴからエコへみたいなスローガンが掲げられるんだけど、エコこそまさしく人間主義的なんだよね。


そんなさ、9割強も自然にコントロールされてるっつー中で人間が頑張って地球を救うなんて思い上がりもいいところなんだよね。3パーセントぐらいの違いを出せるっていうところの何が地球を救うなの?っていう。俺の部屋にダニがいたとして、そのダニも命だ!っつーので救う為に何兆も国家が予算を投入してるみたいなもんだよね。ダニだらけならアレだけど別に普通にいるぐらいのダニの生命にそんな大金を投入するっつーのは気違い沙汰だよね。それよりかはもっとやらなきゃいけないことがあるでしょ?ってことなのよ。ダニの生命より人間の生命ってことね。これのどこが人間主義なんだ?って話じゃん?自明の事じゃん?これが逆だったら分かるよ。9割強人間が自然の流れに介入しちゃってて大変なことしてるなら何兆も投入するのはしょうがないと思うけど、逆だからね。3パーセントのために何兆も投入っておかしいよね。


エコやってる連中のマインドってこのパーセンテージの逆転があるよね。9割ぐらいもう人間が介入してるって思い込んでるじゃん?それって自分たちがいかにちっぽけな存在か?って認識してないっつー人間主義的な思い上がりなんだよね。地球を労るなんてバカなこと言うんじゃないよ!って話だよね。お前らに何が出来るんだ?って言いたい。あとまぁどんどんやり方とか変わるじゃん?これが労り方っつーかケアの方法だと思ってたら間違いでしたっていうようなのが多いじゃん?その間違ったケアに大金がつぎ込まれてたのにさ、違ってましたっつって全部無駄だったってわけじゃん?そんな仮説の段階みたいなもんにさ、人間の生きる人権とかを無視してまで大金をつぎ込むって狂ってるよね。人間だったらもっと人間らしく人間同士助け合って生きていけよ!って思っちゃう。それが完全に出来てから地球ぐらいでいいと思うね。まぁその3パーセントのケアね。


でも仮にそういう仮説とかで逆に雇用が出来るならオッケーじゃん!っつーような見方もあるよね。戦争がその国を豊かにするなら戦争万歳じゃん!っていうさ、アメリカなんてモロに戦争のおかげだもんね。でも雇用ってそういうことなんだよねー。放っておけば無かったりして食いっぱぐれる人が大勢出てくるから仮説でもなんでもそのパラダイムを利用して物語を流布させて擬制でもいいからビジネスを成り立たせて雇用を作っちゃおう!っていうさ、そういう擬制のおかげで成り立ってるビジネスっていっぱいあるよね。本当に必要なものだけって考えたらすげー仕事って少ないよね。凄まじい人が餓えることになるよね。それが恐ろしいことだから消費とかをやっぱ促さないとダメなのかな?って気はするよね。新しいI-Phoneとか出たら買う人が大勢居るってほうがバカバカしく見えても社会が成り立つ原因になっているっていう。俺みたいな生活みんなしてたらこの世は終わるよね。まぁ良い意味でだけどね。


でもこんな世の中だからストイックっつーか無駄に金を使わずに生きていこう!みたいな方法がさ、また俺とは違ったベクトルでね、単純に経済的な理由からそういう生活の手法っつーか送り方みたいなのが開発されてもおかしくないよねっつーかむしろそんなものは自然発生するでしょっつーさ、金が無いってのをみんなが味わっちゃえばみんな金使わなくなるのは当然だよね。そんだけ金が無いわけでさ、消費とかを促したいんだったらアヴェレージの人達がさ、何にお金を使ったらいいのか?って迷うぐらいお金が回らないとダメだよね。ようは富の偏在があると結局社会はダメになるってことだよね。庶民に金が回ってるっつーのが社会的にも人権的にも一番いいことなわけで。これってかなり自明なことだと思うんだよなー。


まぁそうは言っても資本主義ってそうなるように出来てるからしょうがないんだよね。むしろ資本主義的に弱肉強食だからこそ「強いやつしか勝ち残れない」っつってみんなが強くなることを望むしか無いみたいなタフな社会の方が文明も栄えるだろうっつーのがまぁ新自由主義的な考えだよね。まぁ結局でもこれしか無いよね。ただまぁ条件はいくつかあってさ、まぁ勝ち残れなくても餓えないっつーのとさ、あとは勝ち残るっつーかまぁ登っていく機会がいくらでもあるっつー社会ね。それさえ担保されてればさ、格差社会とか階級社会とかって結局、能力差っていう形で出てくるわけだからまぁ必然的な自然な人間の分布ってことになるよね。そこを左翼は覆い隠そうとするじゃん?人間はみな平等だっつーイデオロギーがあるから能力差とかを認めないんだけどさ、能力差なんて絶対あるじゃん?俺で言えばいつも言ってるけど俺より頭が良い人っていくらでも言えるからね。まぁ歴史上の人物が9割ぐらいだけど。


で、社会のニーズもあるじゃん?能力って言ってもさ、今はもう知性の差だよね。昔は筋力も社会的な能力だって見られてたっつーよりかは筋力があればなんとかなる!っていう社会だったかもしれないじゃんっつーかまぁ原始的な社会見ればそうだよね。狩りに出て行けるタフなやつらってのが食える社会じゃん?でも今って体力を必要とする職業って結局はまぁロボット的なもんばっかでさ、ギアの一部になるっていうことでしかないようなのばっかだからさ、ようはギアにそんなペイしないよね。だからまぁ人件費とかもまぁ人件費とは看做されずに材料費みたいなさ、道具代みたいな扱いになっちゃうんだよね。だからまぁあんな残酷なリストラとか出来るわけで。でもこういうのもまぁさっきから書いてるようにある意味でのまぁ資本市議的な予定調和なんだよね。まぁこうなることは予想されていたけどやっぱそうなってんじゃん!っていうことだよね。


で、根本的に社会システムが変わらない以上、自分が強くなって現状の社会に認められて食えるようになるような能力を得るか、あとは自分でやっていくしかないよね。そこでまぁ人と連帯するってのもありでさ、その一つのまぁある種のダメ連的なオートノミーが結構な数のブクマになったニートの話で出てきた人のことなんだけどね。まぁ俺に言わせればあのphaさんだったか、あの人は全然ニートじゃないしダメでもないんだよね。むしろ賢いからああいう賢明な振る舞いをすることが出来るわけで。むしろああやって賢く振る舞ってまったり生きるほうがさ、「あんたもこうしなさいよ!」って言っちゃうような、常に自分に納得してないようなさ、日本にありがちな足の引っぱり合いっつーか村人的な平等主義っていうかさ、まぁでもこれって生得的に人間にあるものだけどね。


身近な人でさ、まぁ俺の場合、学校でもいいんだけどさ、前から書いてるけど先生でまぁ生徒が自分より頭が良かったり知識があるってのを認めたがらない人が少なからずいるんだよね。それってまぁ身近に自分より秀でてるやつがいたらそいつのことを気に食わなくなるっていう心理と一緒だよね。で、よく言われるように本当に人の事を凄い!って言える人はその人にも自信があって、その人自信も凄いってことになるんだけどね。その人自身が何か持ってないと他人を素直に褒められないよね。だから人を批判してばっかのやつが何にも持ってないのってそういうことね。才能が無くて頭も中途半端で特出したものが何も無いっつーやつが自分を殺して頑張って生きてるっつー地獄の餓鬼の精神みたいなのを他人に強要するんだよね。だから「あんたもこうしなさい!」っつー精神になる。これこそが俺が言う本当のダメ人間ね。phaさんはその対極にいる人だよねってまぁ別に持ち上げるつもりはないけどね。


だから日本ってダメ人間が多い社会なのよ。だからあんな労働時間が長い割に生産性が低かったりさ、基本的な国民のレベルっつーか民度みたいなのが低かったりするんだよね。ヘヴィーでサディスティックな拘束衣みたいなリミテーションがデフォルトである社会だから潰される人が多いわけ。だから日本人がダメなんじゃなくてパンピーのドリームキラー的なダメ人間が多過ぎるってことね。そういうやつらが幅を利かせていて秀でた奴らを徹底的に潰すから、んだから結果的にダメ人間ばかりが蔓延る世の中になる。その点、アメリカだと特出してることは良いことだと看做されて、だからまぁギフテッド教育があったりさ、飛び級っつーシステムがあったりさ、単純に優秀なやつは奨学金を得られて良い大学に行けるとかさ、能力があるやつが勝手に上に行ける社会インフラが整ってるんだよねっていうかそれで持ってるようなもんだからね。それが魅力だから世界各国から優秀な人達が来るわけでさ、優秀なやつらからしたらアメリカほど暮らしやすい国は無いわけだよ。だって能力に対してちゃんとペイされる社会だからね。それが色んな優秀な連中がアメリカに来る理由の一つね。これはモロにアメリカが人間の個人差を認めてるって証拠なんだよ。ダメなやつはダメで優秀なやつは優秀で何が悪い?っつー考え方ね。


日本の場合、いつも書くけど根回しとかさ、付き合いとかさ、アフターファイヴにどれだけ上司の愚痴を聞けるかとかさ、そういうくだらない根回しみたいなのが多いじゃん?そういうので成り立ってるみたいなところがあるよね。一種の独特な業界っつーのかな?だから他の社会から来た奴らがアダプトできないのは日本が独特過ぎるからだよね。アメリカが多様な価値観があってもさ、いきなり他の文化的バックグラウンドを持ったやつらがやっていけるのってその判断基準が能力だからなんだよね。振る舞いではない。ちゃんと仕事して能力があればペイするっていうことだからさ、アフターファイヴとか関係無いわけ。これが普通だよね。日本がおかしいわけ。


日本はアフターファイヴのほうが仕事より重点が多かったりするじゃん?だからさ、昔はブイブイ言わせてたやつらがさ、いきなり価値基準が能力基準になるとダメになるやつが多いんだよね。ただの業界的な付き合いしかしてこなかったやつらってのが少なからずいるわけだっつーかその付き合いだけでやってきたみたいなやつらがいるじゃん?まぁそういうのはどんどん消えていってるからいいとは思うけどね。ただまぁいられちゃ困るね。仮にマインドセットがそういうダメな業界人みたいなのと同じやつらが来たとしても席は若いやつらに譲らないと。それをしないと長期的に見た時に本当に社会ってダメになるからね。若手が育たないって最悪じゃん?


その点お笑い業界って凄いなって思うのがさ、まぁね、トミーズ雅じゃないほうとかさ、後輩いじめが趣味みたいなダメなやつらもいるよ。でもそういうやつらって大抵つまらないじゃん?で、実力ある芸人って大抵若手のケアしてるよね。芸人の業界ってまぁ独特なヒエラルキーがあるけど、んでも兄さん達が若手の面倒を見るっていうさ、ある意味でまぁ日本的な共同体みたいなフレームワークが残ってる業界だよね。あれはいい意味での相互扶助的な業界だよね。まぁある程度の能力は必要とされるけどね。まぁ問題は吉本が支配し過ぎっていうまぁモノポリー的な状況はあるにせよさ、芸人社会の風潮ってまぁ良いところが見えるなとは思うね。まぁ実際見てないから分からないけどね。テレビに出てるのなんて美談ばっかだと思うから。


若手育成ってすんげー重要なんだよね。本当に重要。先輩が後輩潰すとかだからありえないわけ。むしろ先輩が後輩見いださないと。で、育てないと。それやらないと常に宝石みたいなのが失われてるってことになるからね。俺がドリームキラーを憎むのはここにあるのね。キラキラ輝いているかもしれないダイヤの原石みたいに泥を塗るような連中じゃん?ああいうのは本当に消えたほうがいいっていうか、そういうことをすると誰も相手にしなくなるってぐらいの村八分みたいなコモンセンスがあるといいと思うね。「あいつはドリームキラーだぜ!最悪!」っていうような軽蔑ね。そういう軽蔑をみんな持ってればそういうやつらがやっていけなくなって淘汰されるようになるじゃん?この自然淘汰のダイナミズムが必要だね。


で、これはまぁある意味でドリームキラーキラーだけどさ、キラー細胞の何が悪いの?って話じゃん?まぁもう名前は出さないけどさ、ドリームキラーとかってもうただの癌だよね。社会に巣食う癌。癌ってどう考えても良くないじゃん?あれも細胞の一種だから認めないと・・・って言えないよね?絶対悪だよね。それこそよくあるRPGの単純な世界征服が好きなラスボスぐらい議論の余地がないぐらい悪だよね。それを倒す勇者の何が悪い?って話じゃん?


魔王キラーもキラーだが、それは良いキラーなんであってさ、悪いものを殲滅させるってのの何がいけないの?って話なんだよね。いや、ウォール伝を通してさ、何かメッセージを伝えようとかって思わないけど、でもこれだけは俺も経験してて本当にイヤな思いをしてきたしさ、いや、最近の俺の例だけじゃなく過去でも色々あったし、そういうやつらってなぜか多いからさ、だから本当にドリームキラーだけはやめてほしいね。2000年以降のゲームとかにドリームキラーキラー的な雰囲気を感じるのは俺だけじゃないはずだね。夢はあるのか?って聞いたりさ、夢を持つ事だ大事なんだ!ってまぁそれだけ書けばJ-POPの歌詞みたいになっちゃうけど、世の中の風潮とかムードとかもあってか、なんつーか夢を持つことの素晴らしさみたいなのが何気に語られてるゲームってあるよね。あれって当たり前のことなんだけど、RPGみたいなのがあえて言わなきゃいけないぐらい世の中に夢が無いってことの証拠だよね。


まぁ夢を持つかはともかくとして、とにかくまぁ俺が言いたいのは他人の夢を壊すことだけは絶対しないでほしいと思うね。あんなの犯罪だよ。だって。精神的な暴力だよ。あんなの。「キミには無理だよ」とかさ、「相当頭が良くないとダメだよ」とかさ、そういうのって遠回しに「お前じゃ無理だ」とかさ「お前はそんなんじゃないぜ」って言ってるようなもんじゃん?でもそいつがそう思ったならやれるだけやってみろ!ってなんで言えないかね?友達でも親でも教師でも。やってみる!ってことに価値があるのはさ、一番最初に書いたwant to玉砕そのものでしょ?自分の能力なんて知らないし地頭とかも知らないけどとりあえずやってみたい!って思ったんだからやってみるっていうそれだけでいいじゃん!っていうさ、その目標に向かっている時の人間の能力って凄く発揮されると思うわけでさ、仮に夢が叶わなくても夢に向かって突き進んでる時の経験って絶対無駄にならないんだよ。むしろ得る事だらけでしょっていう。その経験がベースになってまた新たな地平線が見えてきたり開けたりするかもしれないわけでさ、とにかくそれに向かって突き進むってことは良いことなんだよね。それをさ、友達とか親とか教師みたいな、本来は「そんだけ言うならやってみろ!」って言ってあげてもいいような関係にある人達が「キミには無理」って言うなんて最低だよね。殺人レベルの残酷さだと思うんだよね。本当に。


ドリームキラーでやってきたやつらってのは言わばシリアルドリームキラーだよ。連続殺夢犯ね。シリアルキラーと同じぐらい罪深い連中だけど法的に裁かれないんだよね。だったら人々の手で裁いちゃいえばいいわけでさ、そういうやつらを軽蔑して最低なやつらだ!って縁切ればいいんだよ。そんなやつらと関係している事自体が害悪だし、それがデフォルトになればそういうやつらはさっきも書いたようにやっていけなくなるからさ、淘汰されるようになるよね。仮に抜けきらないドリームキラー精神があったとしても、人に対してドリームキリングをするっつーのは殺人並に酷いことだからモラル的にもっつーか保身的にやっちゃいけないって自覚せざるを得ないぐらいの社会的制裁があってもいいぐらい酷いことなんだっていう認識が必要だよね。ドリームキラーって大抵性格悪いけど、そういうやつらが心に思っててもまぁ言わないっていうね、そういう最低限のモラル的な常識が必要だよね。それを破るものってのはまぁ平気で人を殴ったり刺したりするやつらぐらい危険な連中だってことがコモンセンスになればいいんだよね。


シリアルキラーばっかいる社会って想像できる?怖くて外も出歩けないよね?引き蘢りの中にはそういう言葉の暴力を受けて外に出られなくなったってやつらも結構いるわけでさ、ドリームキラーもそうだけど、言葉の暴力って本当にダメね。なんで日本ってああいう陰湿なのがまかり通るのかな?こっちの生活に慣れてくると日本のありえなさが余計に際立つよね。こっちのイヤなやつって日本の嫌なやつに比べるとチンカスみたいなもんだからね。それでもイヤなやつがあんまいないっつー状況の中だと際立つからイヤだ!って感じられるんだけど、んでも全然マシだよねっつーのは俺が日本のイヤなやつを知ってるからね。だからこっちで日本のイヤなやつにあったりすると最悪の気分になるんだよね。俺の日本での暗黒期が蘇ってくるってのもあるし、日本的な少しの言葉とぴりぴりした空気で押し殺すみたいな、ああいうネガティヴな気のやり合いっつーのに出くわすと本当にイヤな気分になるね。日本のイヤなやつって気を出してるからイヤだね。その点こっちのイヤなやつらって関わらなければなんともないからね。でも日本的なイヤなやつらってあえてあっちから嫌がらせとかしてくるよね。ウォール伝で言えばあえて書き込みしてみたりとか。ああいうマインドのあり方が俺にはさっぱり理解できないんだよね。


ああいうやつらの存在価値も分からんし、なんで生きてるのか、なにが良くて生きてるのかさっぱり分からないんだよね。だから地獄的な亡者って現世にいくらでもいるんだよね。すでにもう地獄の使いみたいになってるやつらっているんだよね。そういうのをさ、まぁ宗教的なアレを出すとあれだけど、菩薩になってさ、まぁようは善に仕えるティピカルなイメージのなんでもいいんだけど、天使でも仏様でもさ、まぁ仏っつーとまぁ考え方が変わってくるけど、「悪霊退散!」って悪霊を成敗するとかさ、悪霊から身を守ることをするとかしてくれるとかっていう人になればいいんだよね。地獄からの使者ってもういるから、自分は天からの使者ではないけど、んでもインディーズの天界からの使者であってもいいわけだよね。天という比喩を出すと宗教的になっちゃうけど、まぁ俺が言いたいのは善であるということの普遍的な大切さね。善というのは絶対的な価値で相対的にはならないからね。人に善くあるというのは絶対的に善いわけでさ、まぁコンテキストによって何を善いとするのか?っていうことは変わるにしても、善くありたいという心は相対化されないんだよね。


その善さが安楽死させてあげるっつーまぁある種の殺人にも繋がればさ、あえてあまりに酷い勘違いをしてるから、優しさで本当にそいつのためを思って夢を壊してあげるとかさ、自分は神になるのだ!って信じてるやつがいて、んでも自分がそいつのことを本当に好きだったら「そうじゃないんだぜ」っていうのを分からせるためのまぁ思いやりっつーか友達としての助言ってのを与えるじゃん?それはある意味でドリームキラーだけど、んでもそれは善いドリームキラーだよね。悪意のあるドリームキラーではないから。そういう意味で善というのは絶対的で相対化されないってことね。善くあることというのは何事にも代え難い大切なことであるし、人間が人生の中で持っておかなきゃいけないヴァーチューの一つなんだよね。


今日みたいな相変わらず長ったらしいエントリーの流れを見てるといかにその善が政治的なものに関わっているか?ってのがよく分かるでしょ?プラトンとかが善というものを凄く重用視してたのもこういうところなんだよね。結局は善というのは政治的なものに帰結するわけよ。ただ別に政治的な動機がある必要は無くて、善くあることというのはそれだけで人間的にも政治的にも価値があるってことなのね。これこそがpublic contributionだと思うよ。前に働く事が社会のためになることだなんて馬鹿げてるって話をしたけど、社会のためになりたかったらまずは善くあることが重要だね。善い人間が善く生きてるってだけでもうそれだけでそれは凄い価値があることだよ。優しさとか思いやりって伝達するからね。


なんか牧師さんみたいな話をしてるようだけど、俺の場合、まぁ闘争的だけどね。俺は聖人でもなんでもないから悪とはいくらでも戦うのねっつーか許せないから全てを許すみたいなことは出来ないよ。それが出来たら聖人なんだろうけどそれは無理。で、悪と戦う時にはね、そいつの悪な部分とおかしい部分を分析的にズバッ!と指摘するだけで効果があるのね。口喧嘩なんてしないで感情を殺して客観的に分析すればそいつが本当のバカじゃない限り自分の愚かさっつーのに気がついたりすることもあるわけよ。そいつのロジックがおかしいとかね、そんなのは客観的事実として提示できるものだから提示しちゃえばいいのね。従ってないでおかしいな?とか思ったりしたことについては冷静に客観的にロジカルにズバッ!と言う。それが一番いいね。まぁ相手にしないってことが出来る人はまぁ相手にしないってのが一番いいけど、言われてなんかやっぱムカつくっていうのが押し殺せない人は相手のおかしいところを指摘するだけでそれはどんな悪口よりも効果があるわけね。それこそがまさしく図星ってなわけで、言葉で相手の心を射抜くってことだよね。


なんかねー、俺って流すって嫌なんだよね。無視できないのね。あとあまりになんつーか牧師さんムードになってきたから俗っぽい話もしようかと思って切り替えたっていうのもあるけどねっていうのは「優しさって伝達するからね」みたいなのでエントリーが終わっちゃったらそれは俺じゃないからね。俺の闘争的な部分が全然出てない。いや、俺が受け流させないっつーのを書きたかったっつーのもあるね。それは俺の未熟なところであるわけでさ、それを書かなかったらただの牧師さんだよね。いや、そんなことはないぜっていう。でもさ、ある程度社会でやっていくんだったらなんつーか必要とされるテクニックってあるじゃん?全部は受け流せないからさ、相手を打ち負かすしかないってときもあるでしょ?だからやっぱ華麗に論破ってスキルとしてはアリだと思うんだよね。攻撃は最大の防御とはよくいったもんで。仕方ないから戦うことになった少林寺の僧侶みたいな感じでいいと思うね。「口論はやめましょう」っつっても聞かなくて襲ってきたら自己防衛として弁論をするんだけど過去の伝説になった少林寺の僧侶ぐらい強くてただの悪漢みたいなやつには歯が立たなかったみたいなね、まぁそれでいいと思うね。襲われたら少林寺の僧侶ぐらい強くていいわけね。強いに越した事ない。


あーもう寝なきゃいけないのにすげー書いちまった。すんげー短いエントリーにする予定だったのに・・・。まぁいいや。ってことで今日はこの辺で、