ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

yokonaitoへの返信。

mimisemi2010-04-01

いや、たまたま書きたかったこととyokonaitoからもらった書き込みに対する返信が一致したんで、やりとりエントリー系な感じで。っていうかさ、鬱の人ってみんなそうだと思うんだけど、なんで寝起きっていうかさ、起きてから5時間ぐらいはずーっと調子悪いよね。よく言われるのが夕方から楽になるってことなんだけど、なんつーか人為的にコントロールできないものかと思ってさっていうのは起床後5時間がいつもすげー無駄に感じるんだよね。無駄ではないんだけど、なんか生産的じゃないっていうか。こういうのって明らかにbrain malfunctionだよね。何かが原因のサイコロジカルな鬱とかってよりかは完全に脳に原因があるっていう。本当に困ったもんだ。だからいつも書くようになんかと引き換えにこういうやっかいな数々の障害を抱えてるんだって思わないと自分が納得できないっていうね。今日は12時半ぐらいに起きてさ、まぁ今は春休みだからね、んで今、ほとんど夜の7時だけどようやく気分的にマシになってきたからね。ちょうどこれが5時間とか6時間なんだよね。


あ、んでまぁ本編のやりとりを貼りますです。昨日のエントリーへのコメントね。

yokonaito 2010/03/31 20:56


へろー!このエントリを見て決心がより固くなったよ


思ってみればおひさぁ〜なのかもしれないけど、ごくごく個人的なことをゲローってしようと思ってたら、ここんとこホットスポットだったみたいね…ウォール伝。


年末から4ヶ月くらいずっとなんか自分で決めてたのかなんなのか、知ってる人、知らない人問わず、とても沢山の人と、沢山やりとりすることにしてたのね、しゃべったり、メールしたりチャットみたいのだったり。飲んだりしてワイワイしゃべったりしてるのに、どうしてこんなに退屈な思いになるのかな?正直、究極に退屈だし、気持ち悪ーくなっちゃったよね。


しかし、人のねたみそねみとか、嫉妬とか自己顕示欲だとかっつーのかなぁ、ああゆーのも結局なんだかよくわからないな。毒気に当てられて疲れるね。無駄に。


今日で丁度三月が終わるよね。もう明日からの予定はいっぱいキャンセルしてもう、このなんだろ、試みみたいのはとりあえずやめることにするし、明日からはいつもの君ら(?)が知ってる私の生活に戻ることにするわ。


ごめんね勝手に友達のブログで声明出して(笑


じゃあごきげんよー!


いやね、すげー分かるよ。それ。


っつーのもね、エントリーに書こうと思ったんだけど、まぁここで書くけどさ、昨日ね、こっちの友人っつーかまぁクラスメートなんだけど、比較的色々と話せるやつがいてさ、んでまぁそいつの宿題でメトロポリタンミュージアムに行かなきゃいけないっつーんでまぁ付き合うことにしたんだけどさ、まぁ宿題の付き合いだから、まぁゆっくり見たりできないだろうなーとは思ってたんだけどね、なんつーかそいつにはさ、「あんま友達いないし作らない」とかって言ったことがあるからさ、「そんなこと言わないで色んな人と会ったほうがいいよ」みたいなことを言われつつさ、まぁ割とあっちから積極的に色々誘ってくれる感じっていうか、まぁそんな頻繁じゃないけどね、まぁそれはともかくメトロポリタンミュージアムに行ったんだな。


いや、実際行ったのは本当になんていうか最初にニューヨークに来た時以来だったかな?いや、忘れたけど、まぁ何年ぶりかなのは確かでさ、まぁ凄いよね。ルネッサンスの頃の宗教画やら像やらさ、エジプトやらなんやら、まぁ気が狂うぐらいのものがあってさ、まぁ本当に疲れるぐらい凄いんだけど、んでまぁ割と一瞬で回ってっつーか、そいつが帰らなきゃいけないっつーんで「早いなー」とか思いつつまぁ俺も疲れたからいいかーとか思ってね、んで帰ったんだけど、なんつーか凄く虚しいのね。


あれだけ凄いものを見てさ、んで一緒に行ったやつとは久々に俺としては長丁場の会話をしてさ、充実しているはずなのに虚しいのね。それはそいつとか美術館に原因があるんじゃなくて、ようはまぁある種の悟りがそうさせてるんだなってことだよね。悟りっていうと大げさだけどさ、いやね、凄いもんを見て感動したり驚くのは良いことだけどさ、でも結局それって「んで?」になるのよね。ニヒリズムとすげー近いけどさ、んでもそれ自体が目的のものってのにまぁもはや感動できないっていうかさ、それはどんだけ凄い映画とかゲームとか音楽ですらそうだからね。


感動してるけどそれを客観的に見ている自分がいるって時点でもう冷めてるわけ。で、恋愛も多分そうだろうなって思ってるんだけど、これは経験してないからなんとも言えないけど、んでもまぁ考えれば分かることだよね。恐らくそれはまぁよーこもあれだよね、ワイワイ喋ってる友達とかがつまらない人達ってことじゃなくてさ、それ自体が虚しいってことなんだと思うよね。


まぁもちろん仮にワイワイ騒いでる人達が未熟な人達っていうかまぁ嫉妬とか自己権威欲とか丸出しの人達だったらそりゃー疲れるけど、俺が言いたいのは仮にそうじゃなくてもまぁんでも退屈に感じると思うのね。


で、結局、よーこの場合、絵を描いている時とか絵に関わっている時ってのが結局、自分にとっても最高の時であるし、意味がある事であるし、それが生活の支えにもなっているし、基盤にもなっているし・・・っていう結局は表現に行き着くっていうさ、表現って究極的に能動的なことで主体的なことだからさ、それが最高のものになるっていうのはむしろ純粋な表現者なら当たり前のことなんだよね。


今の俺で言えばまぁ本を読んだりウォール伝書いたりすることが結局一番楽しいし、自分にとって意味があることだし、まぁこれ以上のことって無いんだよね。だから外に行ってもつまらないわけ。本屋とかはまぁ行けば楽しいけど、でも通い続けてれば買うの無くなるしね、読んでない本が山になったりするしさ、まぁ結局もう今の所買う必要ないってことで、んでさ、まぁ早めに美術館を出て解散になったからっつって、マンハッタンっつっても行くところが無いんだよね。それは趣味が無いとかってことじゃなくて、まぁ家に帰ってコーヒーとか紅茶でも飲みながら本を読んでるのが一番いいっていうことなんだよね。


これがまぁエントリーでも書いたような足るを知るってことに近いと思うんだけど、ようは俺とかよーこの場合、リミテーションとしての足るを知るじゃなくて、それが自分にとって足りることなんだなってことを自覚するってことだよね。だから仮に俺は金があってもまぁ同じような生活をすると思うのね。まぁ金持ちにはなりたいからさ、今のままでいいやとは絶対思わないけど、んでも金があったところでやりたいことが増えるわけじゃなくて、これが最高の生活なんだよね。まぁ俺で言えば高等遊民的な生活が。質素だけど知的で自由な生活ってのが最高に贅沢なのよね。


まぁ俺は金があればそこらで売ってるゲーム機全部買って話題になってるソフトとか全部やると思うけど、んでもその先に虚しさがあるのは見えてるからさ、んでもまぁ金があるってことで、その虚しさを感じるためにゲーム機買ったりっていうことも出来るんだけど、まぁ暇つぶしだよね。本当に。あとまぁ洋服いっぱい買うかな。んでもこういうのって俺の生活のコアの部分とは全然関係無いことだよね。だからまぁ金があっても一緒ってことなのよね。これがつまりは足るを知るに凄く近いというかなんというか。


人生ってのは虚しくないけど、楽しいもんだとかって言われてる娯楽とかさ、そう思わされてきたものってのがいかに虚しいか?ってことに気がつくわけよね。所与の娯楽は実際は空虚なものばかりだということね。結局は真摯に自分と向き合って表現をするなり、自分の知りたい事を知り尽くすなり、結局はそれが自分の人生である以上、自分と向き合うということが究極的な生き方になるんだよねっていうか、それでしか恐らく本質的な人生の充実感って得られないと思うね。まぁみんながみんなそうではないだろうけど、まぁ少なくとも俺にとってはそうだな。それってのはまぁソクラテスの言う魂の吟味だよね。


・・・・ってここまで書いて長くなったからエントリーに貼っちゃえ!って思ったんだけどさ、いや、本当に虚しいんだよねっていうのはネガティヴな意味じゃなくて本質的な意味でね。人生を知り尽くしたような老人が何にも興味を示さなくなるってさ、まぁある意味で知り尽くしたからっていうのもあるよね。歳もあるんだろうけどさ。知り尽くしたっていうと偉そうだけど、例えばなんつーかさ、若いやつがライブハウスとかクラブ行くじゃん?で、30過ぎたりすると行かなくなるってまぁ行ってる人もいるんだろうけどさ、まぁ年齢関係無いと思うけど、んでもまぁなんでもないなってのが分かるわけじゃん?別につまらないって意味じゃなくてね、騒ぐのに意味は無いっていうか、まぁ騒ぐのが目的だからいいんだけど、んでもまぁこれって一般的に言う大人になるっていうか賢くなるってことだよね。かといって別にクラブに行くことがバカってことでもないし、それはライブハウスとか然りなんだけどさ、ただなんつーか全部俺にとっては一緒だよねっていうのがさ、昔、死ぬほどレコード買ってたとかね、まぁクラブはそんなに行かなかったけど、まぁライブとかはたまに行ってたしさ、んでもそういうのやらなくなってるじゃん?それは興味が変わったっつーよりかはなんつーか成長っていうと変だけど、ある程度分かったってことだよね。大人が遊園地行って子供ほどは楽しめないのと一緒で。


まぁ楽しめる人はそれでいいと思うし、楽しめるってことが例レベルだとは思わないんだけどね、それ言うとエンターテイメント全般そうだもんね。考え過ぎると大体「人生って何?」ってなっちゃうからそれを誤摩化すために常にアクティビティにコミットしようとするっていう。でもそれって誤摩化しだよね。で、俺は誤摩化しがもうできなくなっちゃったって感じなんだと思うよね。本当に自分と向き合うことでしか人生の意義みたいなのを見いだせなくなってる。それはまぁ俺にとっては成長なんだけどね。全然ネガティヴとかでもなくて。これってある意味で真剣に生きてるってことだと思うけど、こういう人滅多にいないよねっていう。別にそういう生き方が高尚だとは言ってないよ。ただまぁあんまいないなっていうのはあるよね。


外界の刺激の虚しさってまぁ慣れはあるよね。本当に。でも慣れだけじゃない知的成熟ってのも大きくあるわけでさ、まぁそれを成熟とするのか後退とするのかは分からんけどさ、まぁあとはそれが分かってるからこそドラッグやりながら音楽しか楽しんで生きていける道が無いとかって分かってるからやってる人ってのもいるよね。クラブが無くなったら生きていく意味が無くなるとかね、まぁ人生ってそういうもんだから、だからまぁ何かを見いだしていかないといけないんだよね。楽しい何かとかコミットできる何かっつーのを。そうじゃないと人生って大抵がデフォルトでつまらないっつーか虚しいっていうか苦しいだけだからね。まぁ誤摩化しの音楽と真剣にコミットしてる音楽の差って何?って言われたら難しいけどね。でもまぁあんま考えないようにしようっつって適当にクラブ行って騒いでるのとさ、自分の人生と向き合って「これしかないな!」って思うのって違うよね。その差って見た目は違わないようでかなりデカイと思うわけ。それが恐らくまぁ真剣さってことなんだと思うけどね。そのために死ねるぐらいの覚悟ってまぁそれが無いと死ぬから出来る覚悟でもあるわけじゃん?どうでもいいものに対して死ぬ覚悟なんて出来ないよね。


まぁ死ぬ覚悟って言い方が良いかはともかくとして、なんつーかこれって真剣さ全般に言えることなんじゃないかな?って思ったのね。それが学問であれ表現であれなんであれさ、なんつーか表現者にとっては本当にそれが人生の軸なんじゃないか?って思うのね。それがあれば生きていけると言えるし、それが無いと生きていけないっていうね。極端だけどまぁのめり込むっていうかさ、ずーっとそればっか出来るってまぁそういうことだよね。それは覚悟というよりかはそれが人生っていうかなんていうか。


まぁそんな感じで今日はこの辺で。