ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ベーシック・インカムについて。その3。

mimisemi2010-04-17

引き続きベーシックインカムについてのことで色々とコメントをもらったので返信していきますです。


まずはsakanaさんのコメントから。

sakana 2010/04/16 15:07


返信ありがとう。


>暴力=空気ということについて


そうです。置き換えてもらっても全然大丈夫。より正確を期すなら空気というふわふわしたもののベースは、個人の肉体肉体から発せられる物理的な暴力というソリッドな物から成り立っているということ。そして、物理的な暴力は人類全体で見ても、個人として見ても、普遍的に担保された力であること。このへんが今回の僕が提示した議題のキーになると思います。


>BIが保証された社会において、そこまで実存的葛藤というのが能力差によって酷くなるとは思えません。例えばアキバのオタク


Ex.ヒッピー化ルサンチマン


むしろ肉体があるからこそエンジョイできる何か?というのを探す旅みたいなのが始まると思うんですね。このへんについて。そういう予測ができますか。なるほど。コラム全体を通してかなりしっくりきましたんで、細かいところを突っつく必要はなさそうです。それで本論なんですが、


>かなり長くなったのでまとめますが、僕はBIは肉体に関して物理レベルでのニーズに答えられるという生存権を保証するものであると考えるのと同時に精神面の健全さというのもBIによって担保されると考えています。


これの正当性…ではなく、これが正当であったとして、それが一体なんなのか、人間の幸福にどう寄与するのかに自分は興味があります。mimisemiさんが言うように「肉体性は有閑を通して肉体性を保持し続ける」として、それが果たして…。という問題です。


よもやま話なんですけど、自分は高校をドロップアップして、ブルーカラーをやっていた時期がありまして。当然、こんな小難しいことを考えることが趣味な人間には地獄のような日々で、そこから大学に進んだんですが、同僚たちはとても楽しそうでしたよ。上手く説明できないんですけど、なにが、って訳じゃなく毎日充実して生きているムードをひしひしと感じていました。それは、食うために稼ぐ労働をしているからなんじゃないかと思うんです。いや、根拠はありませんよ。でも、狭い人間関係で、給与も世間並みで、キャリアや本人の資質なんかとは無縁の環境で、彼らが自己実現を果たしているように見えるなら、そこには必ずなにかがあると思うんです。いや、なにもない。だからこそそれは素晴らしいのかもしれません。


BIの話に戻りますが、BIを導入して僕らのユートピアを創造したところで、彼らのような原始的な「生きるために生きる」、それ自体に実存がある人間にとっては非常に住みづらい世の中になるんじゃないかと想像します。何をやるにしても、生活のため、それ以外のために人生を過ごさなきゃならない。僕が生活のためだけに生きるのが地獄だと感じたように、生活のため以外のために生きなければいけないとすれば、彼らにもそれは地獄だろうと思うんです。


なんか、考えてるうちに持論を訂正せざるを得なくなってきちゃって申し訳ないんですが、暴力というのは、そういう状況に陥った時に、彼らが社会を転覆させるために使うツールであって、暴力による支配と言うのはあくまでもシステムだと思います。暴力をふるう、覇権を持つということが目的ではなく、「生活のために労働させろ」という実存から、そのシステムを導入しようというモチベーションが来ている。よくよく考えたら、労働権なんてのが憲法にあるのは妙な話です。これを陰謀論と結びつけて説明しようとする動きもありますが、もしかしたら市民の側から「奴隷」を実存的に望んでいるのかもしれない。いやそもそも「市民」と「奴隷」はニアリーイコールの可能性がある。そこにあるのは、能力のある者VS能力のない者という構図ではなく、能力という概念を肯定する者VS非能力という感覚を肯定する者という構図なんじゃないかと。


結論としてはすごく凡庸なものになるけど、なんとか上手く棲み分けができないものなのかなぁという感じですね。研究対象としては、間違いなく、選民思想に利用される危険な分野ではありますが。


なんかフォローしきれてないところがあったら、気軽にレスポンスください。ちなみに自分は本を全然読まないで勝手に考えてるので、アカデミックな視点で捉えると歯がゆく感じるかもしれません。きっと稚拙な論考だろうから。詩だと思って読んでもらえたら救われます。


基本的に僕の観点は生存権というベーシックなレベルで、例えば飢え死にするような人を出さないというシンプルなことです。今思えば僕の理論にかなりの飛躍がありますね。生存権の担保=有閑化とか想像的な生活に必ずしも繋がるわけではないわけで。ところでsakanaさんのブルーカラー経験ですが、それはなんとなく分かります。食うために稼ぐ労働をするからそれで充実するというのは分かります。でもそれは僕はイデオロギーだと思っているんですね。労働=美徳と考えるようなイデオロギーから来るような、まさしくマルクスが言っていた虚偽意識そのもので、まぁ労働者がそれで幸せなら良いのですが、全員が全員そうではないですよね。あと仮に食べるための労働を好きでやってる人は別にBIが導入されてからもそれは生きがいとしてやり続ければいいわけです。BIが導入されたから仕事を辞めるか辞めないかは任意なので、仕事が好きという人は全然辞める必要はありませんね。あくまで生存権の担保なので。


あとBIはそこまで極端なユートピアに繋がらない気がしてきました。まぁ飢え死にしなくて済むという意味で良い国家だとは思いますが、そこからユートピアが生まれるかどうかは国民次第ですよね。まさしく僕が昨日書いていたようなことは僕の脳内で繰り広げられていたユートピアでした。アメリカの60年代をイメージした感じですね。でもBIが導入されたからといって、あんな感じになるという保証は無いわけで、ただまぁ僕の考えとしては有閑とか生活の余裕というのが哲学とか芸術を生んだりするので、その可能性はあるかなと思っています。もちろん全員がアーティストになるとは思ってませんけどね。


sakanaさんが言う「生活のため以外のために生きていけなければいけないとすれば、彼らにもそれは地獄だろう」というのは分かります。だからこそsakanaさんが言うような「彼ら」は仕事を続ければいいわけです。BIが導入されたかといって解雇が始まるわけでもないですし、むしろ辞める人は多くなるので職のデマンドは増えるでしょう。まぁ辞めない人は辞めないで全然いいわけです。まぁなんといいますが例えば月額12万毎月国から振り込まれるようになったというぐらいの変化ですね。この12万で暮らしていけるから、自分の生きがいだった仕事辞めるかどうかっていうのは本人次第ですよね。で、まぁ仕事を続ければ12万が国から振り込まれつつ、従来通り給料も振り込まれるわけです。BIというのは反労働思想みたいな感じとの親和性があるので脱労働的な感じがしますが、実際はバリバリの資本主義の新自由主義的社会の中で行われる政策なのであって、基本的に仕事をしたいやつとか金を稼ぎたいやつは稼ぎ続けられるわけですね。なので従来的な労働との両立性は担保できます。


生活のための労働はできますよね。任意で。疲れ果てた人達は辞めればいいわけですし、仕事や労働に生きがいを見いだしている人達は続ければいいわけです。ただいきなりクビを切られてもホームレスにはならないという生活の保障があるので精神的に健全ということですね。生活の保障があるからリスクも取れるというようなことも出てきますね。


それにしてもsakanaさんの考察はオリジナリティがあると言いますか、良い意味で聞いた事や読んだ事が無い理論があって凄く興味深いです。「能力のある者VS能力のない者という構図ではなく、能力という概念を肯定する者VS非能力という感覚を肯定する者という構図なんじゃないかと。」とかは凄く面白いです。ただこれは政治単位で発生するものではなく、前にも書いた空気単位で起こるものですね。それは職場であったり学校であったり、まぁ簡単に言ってしまえば出る杭を打つという力学ですよね。それは別な言い方をすれば能力が無いものの実存の担保なわけで、それが空気という名のゲバルトと化すのも納得がいきます。


ところで本を読まないで勝手に考えられるってこれだけで才能ですよ。自分で考えられるなら下手に本を読んで影響を受けるよりオリジナルな論考を磨いたほうがいいかもしれませんね。

sakana 2010/04/16 16:27


ごめん今さらながらプロフィール読んだよ。こういうパーソナリティを持った人たちにとってはBIは福音だよね。現状では役に立たないってことでガンガン殺されてるから。BIの世界になったら隠れて生きなくてもいいんだろうなー。それで上手く利用してもらって、それ以外の人も楽しくなる、と。そうなれば最高にハッピーだよね。もし、人々が生活のための労働を奪われたとしても、さすがにここまでの絶望はしないかも。死ぬ心配はないんだもんね。ただ、母数が多いから総和で見るとかなりの負のエネルギーになって、それにより社会が作られてしまうかも。1人の身を裂く絶望より100人のなんとない不満が選ばれて。


この発言について気になったことがあるのですが、勘違いしていただきたくないのは、BIが僕のような人間達にとって福音だからということで僕が望んでいるということではなく、それが社会にとって良い事であるからという判断で僕はBIをサポートしているわけです。僕は物事を考える時に原則的には僕の実存とは切り離して社会の事や政治のことを考えているので、と、いいますか、実存とごっちゃにしてしまっては社会や政治は語れなくなれますよね。僕はそれは絶対しませんし、しているつもりはありません。あとこれは私的な事ですが、僕はアメリカで市民権を取ってこっちで働こうと思っているので、BIがどうのってのは僕の生活に関して言えば関係ありません。というのは僕がやっていくのはアメリカ社会なので。BIに関してはあくまでちょっと大げさに言うと社会思想的に語っています。なので全然僕の生活は関係ありません。まぁ僕のような人間にベネフィットがあるのは認めますけど、でもそれがサポートする理由ではないです。


あと最後にちょっとしつこくなっちゃいますけど、BIは労働権を奪いません。やりたい人は労働を任意で続けられます。今は任意でないことが問題なのと、仕事が人口の比率と合っていなくて無職になったりホームレスになる人が増えているからこそBIのような制度は有効なんですね。芸術や有閑云々はその後の話ですね。まずは人が死なない社会というのを目指すべきだと思うので、そういう意味で当然の人権の保障という意味で僕はBIをサポートしています。あ、で、別に僕はこの発言について気を悪くしたりはしてませんし、怒ってもいません。そう思われるのは理解できることなので。


・・・・というわけで次は月のヒカリさんからのコメントとその返信。


月ノヒカリ 2010/04/17 01:24

こんばんは。ベーシック・インカムは私も興味あるんですけど、自分は「BI最高!」とまでは言い切れないというか、不安材料が多い気がするのでコメント残します。


今って確かに、必要のない仕事が多すぎる。これは同感です。それでも「働かなければいけない」という圧力のせいで、不幸になってる人はたくさんいますよね。最低限の生活が保障されることで得られる安心は大きいです。


ただ、BIって本当に「最低限の生活」しか保証しないものですよね。だからこそ逆に、「最低限の生活」から抜け出せずに、奴隷状態に留まってしまう人が増えるのではないか、という懸念があります。


岡田斗司夫さんの語るBIの負の側面=「国民を奴隷化して安い賃金でこき使う」
http://otaking-ex.jp/special/free012.html


ひろゆきの「皆が嫌がるけど誰かがやらなきゃいけない仕事っていっぱいあるよね?」
http://www.asks.jp/users/hiro/66376.html
「毎月7万で暮らしている老人は介護者を雇えないですよね?」というのは鋭いツッコミだと。


それに対するホリエモンの答え
http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10466575188.html
「ボランティア精神の高い人が、低賃金で介護の仕事に従事してくれそう」というのは、あまりにも楽観的すぎる気がします……。


BI導入後の世界を想像するのが難しいというか、読み切れない部分が多いのですが……私は世の中が「クリエイティブになる」というよりは、むしろ「フラットになる」イメージを持ってしまいます。


あ、なんか上手くまとまりませんでした。スミマセン。「生活のために働く」必要がなくなると、人間のより本質的な面が表に出てくるはず。それが「クリエイティブ」なものかどうか?気になるところです。


「最低限の生活」から抜け出せずに奴隷状態に留まっている人達というのが今の社会で腐るほどいますよね。それが負のスパイラルに入っている派遣社員だとか日雇い労働者とかですよね。所謂、貧困層です。これこそまさに奴隷状態ですよね。で、BIが導入されればとりあえずこういった負のスパイラルからは抜けられるでしょう。僕は楽観的過ぎるかもしれませんが、BIが導入されれば再チャンスを掴める人達が圧倒的に増えると思います。それこそさきほど書いた負のスパイラルに入ってしまって抜け出せないような人達ですね。むしろ僕はBIによって労働者側がイニシアチブを取れるようになると思うんですが、ところで、オタキングの岡田さんの文章を見ましたが、これは初耳でした。「人件費を安くできるんですよ」ということがどういう根拠によって言われているのかが分からないのでなんとも言えないですね。これじゃあ一億総貧困社会になりますよね。そんなことがありえるんでしょうか?それじゃあBIの意味が無い気がしますね。今の社会のシステムありきで死なない社会を目指すためのBIなわけで、時給を下げて儲けを上げるためのBIではないですからね。あと時給150円とかじゃ誰も働かないですよね。人件費を抑えるという前にBIがある中で時給150円の仕事なんて日本人はしませんよね?イマイチ岡田さんの論点が分からなかったです。時給が150円とかになるという前提でのBIなんてとても導入されるとは思わないので。


ひろゆきさんのやつも見ましたが、必要とされる仕事の賃金は上がると考えるとして、その上がった分の賃金を老人が払うのか?というとそうではないと思うんですね。それじゃあシステムが回らなくなりますから、誰もやりたがらない仕事に関しては政府が補助金かなんかを出すべきでしょう。もしくは政府が負担するとか。そうすれば人がやりたくないような仕事でも高賃金が魅力でやる人は増えますよね?これは市場原理に任せてたら当然崩壊するのは眼に見えていますよね。だからこそ公的介入が必要です。あと介護に関して言えば介護士とかの待遇が悪過ぎなんですよね。需要があるからって言われて始めたのはいいけど、仕事のキツさと賃金がさっぱりあってないっていうことで辞める人が多いんですよね。これはこれでBIとか関係無しに直すべきところですよね。あれだけ社会から必要とされている仕事しているのに凄まじい低賃金なんてありえないですね。あとホリエモンの答えに関しては問題外ですね。僕は母親がケアマネージャーをやっているので色々と知っていますが、介護なんてボランティア精神だけで成り立つほど生易しい世界ではありません。BIが成り立った社会では必要とされる仕事については政府の介入が必要でしょうね。市場原理で回ればそれに超した事はありませんが、回らないときは公的介入が必要です。


ところで月ノヒカリさんが言う「フラットになる」イメージって凄く分かるんですけどね、でもそれはなんというか共産主義的なイメージですよね。でも実際は現状通りの能力主義で弱肉強食の資本主義による自由主義が続くのでフラットになるということはありえません。むしろ格差は今より開くようになるかもしれませんね。BIだけで生活する層と金を稼ぎまくる層と。でも能力による階級社会というのはしょうがないんです。資本主義とは切っても切り離せないものですからね。それを人権とか無視して自己責任とか言いながらそれを実行しているから飢え死にする人とかが出てくるわけです。それは酷過ぎるので生存権だけは保証しようぜっていう話ですね。宮台真司なんかもよく言ってますが、ヨーロッパを引き合いに出して彼はいいますよね。階級社会でも各階級なりのそれなりの幸せがあるわけで、みんな生活できていれば階級社会ってのは悪ではないんですよね。むしろそれは過去の共産国が失敗してきたように、能力とかを無視して全てをフラットにする悪しき平等主義というのはロクなものではありません。能力がある人間が稼げるようになるのは当然のこととして、だからといって無い人達が奴隷になるとか飢え死にするとかっていう不健全な社会ではなく、人間として生まれてきたなら最低限の人間らしい生活を送るという権利があるわけですよね。それを守ろうとするのがBIだと思うんです。


今の日本は能力が無ければ全部自己責任みたいな感じになってますよね。それはお前が悪いみたいな。これってただの選民思想ですよね。優秀なやつだけが勝ち残れる社会なんて最悪です。でもこの最悪な社会に生存権が担保されれば最悪ではなくなるんですね。というのが資本主義的な競争原理が働いたまま国民の最低限の生活の保障が担保されているという社会ですね。むしろBIは資本主義的社会を成り立たせる上で必須なんじゃないかと思います。


「生活のために働く」必要がなくなると、人間のより本質な面が表に出てくるというのは本当にその通りで、それを僕はまぁ楽観視し過ぎているんですよね。これをベースにユートピア社会みたいなのを夢見てしまいがちですが、まぁカオスにはならないでしょうね。生きるために刑務所入る人とか生きるために犯罪を犯す人とかが減るわけですから、まぁ最低でも今よりはマシな社会になると思います。ただそこで僕の連想するようなクリエイティブな社会が訪れるかは分かりませんが、これだけは言えるのは、飢え死にしない社会というのは良い社会ですってことです。200パーセントぐらい良くならなくても30パーセントでも良くなるならそっちを選んだほうがいいわけですよね。


今は最悪の奴隷状態なわけですよね。合法的な。でも奴隷状態というのは生存権を人質に取られていないと成立しないものだと思うので、BIが導入されれば今よりは絶対マシになると思います。でも月ノヒカリさんの懸念も理解できました。そういう発想は無かったのですが、岡田さんの話はともかくとしても、でもまぁ生活が保障されていれば抜け出せるチャンスは今よりかはできるので、抜け出そうと思う人は積極的に抜け出そうとすると思います。逆に最低限の生活で満足してしまう人もいるでしょうが、まぁそれはそれでしょうがないことだと思います。それも自由ですからね。生存権が保証されてこそ始めて人間は自由を感じられるようになると思います。今の僕がまさしくそうですけどね。まぁ永遠と親の脛かじりを続けるわけにもいかないので、だからまぁ今は自己投資中なんですけどね。で、僕で言えば仮に今ぐらいのギリギリの生活費の仕送りがずーっと続くと言われてもこの生活では満足しないので、今と同じような感じで色々と頑張ると思います。


で、最後は4/3in4さんからっていうか知り合いなんだけど。

4/3in4 2010/04/16 17:45


BIがあれば確実にインデペンデントな活動基盤が増えて、日本のあのサナトリウムみたいなアカデミアとアートワールドは崩壊するね。してほしいね。知れば知るほどマジで害悪だね。


ともあれ会社にいくとホントに暇がなくなるので、片手間になにかやろうとするにはよほど覚悟決めないといけないんだけど、多少リラックスしてやる方が文化としてはいいものできるじゃん?社会全体にクリエイティブなリソース(またはそれを育むための文化的好奇心)があるかもしれないのに、会社はそれを発揮する場所ではないし、余暇は会社によって封じられている。ツトム君みたいな仕事に時間をとられているあいだにアホ丸出しの論文とか仲良し同士のご挨拶だけで形成されてしまう「シーン」とかが生まれているかと思うとマジでいやになるね(ちなみに大企業になるほど仕事はぷりぷり化することを最近幅広く観測できた)。


こないだも都市社会学の最前線みたいな論文集眺めてたら「国際都市における消費行為ベースの文化創出の可能性」という趣旨の論文があったけど、要するに文化的自負心の強い女が一年間おしゃれな渋谷・代官山のカフェに通っただけの話なんだよね。で、とりあえず引用の山で、結論は「グローバリゼーションにはいい面も悪い面もあります」。書くほうも載せるほうも頭おかしいけど、なんでそんなのがまかり通るかというと関係者以外誰も読まないから。


まあ、たぶんBI以前に日本に必要なのは社会の寛容性かなあ。日本は「4年生大学卒業年度以外就職機会なし」という特殊な労働市場で、「ストレートな学校→会社への移行」以外のあらゆる経験は穢れでしかないという異常な処女信仰社会だから「就職失敗→とりあえず院」のコースがどんどん増えてるんだよね。で、当然論文もどんどんひどくなる。社会の非寛容性に対するシェルターと化してしまった大学院が粗悪な思索の量産装置になってるわけ。


アート系のキュレーターもそういう地盤から出てきているわけだから、いまだに水戸黄門の印籠みたいにポスコロとかデリダをひっぱりだすところから一歩も出てないんだよ。評論とかも大学院でかきあつめた知識の在庫処分セールみたいなもんだし。でもぜんぜんOK。誰も読まないから。


この「誰も読まない」っていうのが社会としてはホントに不幸だよね。作ってるほうもそれを知ってるからメディアに載る回数やキャリアに書ける「実績」を増やすことだけ考える。で、みな書きっぱなしで、フィードバックはない。それじゃ質が上がるわけないわけで、それを知ってるからこそ関係者以外はアートにも学術にも目を向けないわけで、大衆向けのスペクタクル生産が日々を彩っていくという。いい文化を創るためには最悪の環境でしょ。


まあいつも仲たがいするポイントなんだけど、オレは才能とか天才とかの生得性をまったく信じていないじゃん。で、(仮に)きわだった行為能力はさまざまな資本(お金、人間関係、空間/住居、知識[のパッケージとしての情報]など)の集積だとすれば、社会環境しだいでいわゆる「天才」も「才能」も増やせると思うんだよ。そっちがよく使ってる表現をすればmake it happenな環境があれば、それが生得的であれ構築的であれ、楽しい人の多い社会にはなるよね。


日本はおどろくほどmake it never happenな環境じゃん。だからそこから飛び出すなり、そこに潜伏するなりして、自分に必要な資本を蓄えるための環境を選択的に操作していくという行為はとても正しいと思うよ。だけどそうしたささやかな字j努力のための行為さえもがいまはハイリスクでなかなか実行されないから、そのためにもBI的な装置はあるといいよね。


いや、そうでしょ。そこは意見一緒だよね。俺は凄くそのね、4/3in4が言うようなサナトリウムみたいなアカデミアとアートワールドをぶっ壊したいってのがあるからね、すげー個人的な意見としてそれはあるね。BIによってあんなくだらないものが必要なくなって、みんな勝手に個々が学問なりアートやればいいわけで・・・・ってあ、実存丸出しになってるな。実存関係無いとか言っておきながら。まぁこれはBIを導入することで得られるかもしれない嬉しい利点だね。まぁこれがプライマリーな理由では無いけどさ、でもやっぱ学問とアートって個人がくだらない派閥とか気にしないで自由にやっていけるっていう場が必要なわけでさ、BIはその基盤みたいなのを提供するんじゃないかな?とは思うよね。まぁあくまでスタートだけどね。BI導入すればオッケーってわけじゃないから。まぁあと個人的に潰したいっつーのもあるけど、まぁ潰れた方がいいのは客観的な事実だと思うから、まぁ客観的事実と実存的願望が両立してるってことだね。この点で言えば。


多少リラックスしてやる方が文化としてはいいものが出来るって本当にその通りでさ、哲学に有閑が必要なのはそういう理由なのよ。じっくりと思索したり時間をかけて本を読んだりできる時間が無いと良い思索も良いものも書けなかったりするわけで。まぁ生存権が脅かされている状態じゃ金にもならないようなインド思想みたいなのの研究とかって出来ないよね。やってる人もいるんだろうけど。なんつーか俺と4/3in4はこういうところは本当に死ぬほど意見が合致するよね。俺もエントリーに書いた通り社会全体に潜在的なクリエイティブのリソースってのはあるのよ。それはあると断言していいと思う。ただ時間が無いだけっつーかさ、抑圧されてるっつーかさ、やる機会も余裕も無いんだよね。で、やるのに金がかかったり時間がかかったりするとなおさらだよね。出来るわけないっていう。だから音楽とかってさ、まぁ学者とかもそうだけど、モラトリアムからプロになったみたいなやつ多いじゃん?まぁ俺も似たようなもんでしかもプロになってないけどさ、労働とかに追われてたら出来ないんだよね。


あのさ、それにしてもね、4/3in4みたいなさ、俺とは違う社会人の意見って凄く重要だよ。仕事のぷりぷり化を観測できてるとかマジで良いデータだよね。まぁ一般化は出来ないけど、んでもそれってホリエモンとかさ、動画で白田さんとか子飼さんとかも散々言ってたことだから、まぁ恐らくそんなもんなんじゃないかなって思うよね。あとさ、そのね、4/3in4が読んだっつー論文だけどさ、そういうトリビアルなのってすげーくだらないよね。結局まぁその「ようするに」ってところを学術的なデータとか引用で固めて論文に仕立て上げるわけじゃん?ちょーくだらないよね。それは俺は数学にも感じるところであってっつーかまぁ学問全般なのかな。だから俺は何に関してもトリビアルなことに関しては興味ないんだよね。そんな論文書かなきゃいけないぐらいだったらアカデミアなんかに所属したくないわけで。


ブログで一行とか1エントリーで済むことを長い時間かけてさ、引用だの構成だのなんだのてバカバカしいような体裁作って発表するとかってアホの極みだよね。アカデミア全般が別に日本に限らず本質的な学術性という意味において無駄な所が多過ぎるから、ああいうのは無くなったほうがいいね。あとはまぁああいうのに依存しなくてもやりたいやつがやれるっていう場が必要だね。アカデミアにいないとそういうことが出来ないし食えないってことでそういうところとかさ、やり方とかにアダプトしなきゃいけなくなるじゃん?それがいかに創造性とかを奪ってるか?ってことだよね。例えばアカデミアなんて場所でラディカルな政治思想の論文なんて出るわけないよね。思想やってるくせに全然思想やってなくて思想研究しかしてないっていう。最近ヤヴァイんだよ。俺。マジでアカデミア全般に興味が無くなってきちゃって。佐藤優とかも獄中記で書いてたけどさ、博士号とかどうでもよくなってくるね。まさしく学問自体が目的化してなおかつ完全に自立して不便無くやっていけるとなると無駄に学校通ったり金払ったり先生に媚び売ったりしなくて済むわけでさ、まさしく自分でやってたほうが一番はかどるんだよね。こういう俺みたいなやつがアカデミアとかに所属しなくても学問やってける世の中っていうのになってほしいなとは思うよね。まぁ直接的な「俺」とは関係無いけどね。「俺」がBIの恩恵を受けたいってことじゃなくて、そういう社会が望ましいってことで。


大学院のことについてもさ、色々と本を読んだけどさ、なんかね、教授とかが薦めるらしいんだわな。「お前は行ったほうがいいよ」とかいって。まぁ就職も良いの無いし入れば?みたいな感じでさ、んで入った後にさ、マスターとか博士号終えてもさ、「いや、知らない」って感じなんだよね。その進学を薦めた教授とかが知らん顔っつーか。で、高学歴ワーキングプアみたいなのが大量発生してるっていう。アート系のキュレーターってまぁそういう最たるもんだよね。ああいうやつらってポスコロとかデリダとかさ、80年代の言葉の戯れのレトリックを自家薬籠中のものとして、それっぽい何かを書けないとやっていけないからさ、まぁそういうのを先に倣って詰め込むわけだし、まぁそこにオリジナリティなんて無いのは当然でさ、そりゃー知識の在庫処分セールにもなるよねっていう。


まぁポスコロとかデリダが完全にダメだとは言わないけどさ、ようは80年代の香山リカとかさ、栗本慎一郎のパンツをはいたサルとかさ、中沢新一みたいな感じなんだよね。ああいうのがなぜかいまだにお手本みたいになってるところもあってさ、んで書く事無いから、いかにレトリカルにそれっぽく見せるかに終始するっていう。それにはポスコロとかデリダとかポストモダンっつーものから概念とか言葉とか知識を拝借してくるのが一番いいんだよね。本当にくだらねぇーカルチャーだ。ちょっと言い過ぎかもしれないけど、今でも生きてて本を出してるアラン・バディウとかランシエールとかね、クリッチリーとかもそうだけど、ああいうポストモダンの生き残りみたいな左翼とかって基本的に一緒だね。まぁレベルは日本のそれとは違うけどくだらなさは一緒。結局まぁそれで言うとジジェクもそうだね。まぁあの人は面白いからいいけど思想として有用なことはさっぱり言ってないっつーか何も学べない。


Avital Ronellとかナオミ・クレインとか左翼系の女も本当にダメだね。思想が終わってるわけじゃなくて、思想を担ってる連中が終わってるんだよね。ニーチェが言うThe Last Manみたいな連中だらけっていうか。でもさ、俺がよく行くセントマークスブックストアってね、ダウンタウンにあるラディカルな感じの本屋でさ、現代思想とかいっぱい置いてあるんだけど、デリダ系の出版とかさ、ラカンとか凄いのね。ドゥルーズとか。で、肝心のカントとかプラトンとかライプニッツみたいなちゃんとした哲学みたいなのの品揃えがイマイチっていう。ニューヨーク知識人のレベルとかもたいしたことないなっつーのがあの本屋から分かるね。まぁ所謂、左翼系の知識人ってことだけども。本当に失望ばっかだよ。だからまぁ数学って最高なんだけどね。数学にはこういう失望はありえないからね。あ、んでポストモダンとかさ、フランス近代思想がダメだって最近俺は言う傾向にあるけど、んでもしつこいようだけど、ドゥルーズニーチェとかカントの哲学研究本は良いと思うし、あと別格なのは4/3in4の専門でもあるフーコーね。フーコーはフランス近代思想とかポスト構造主義みたいな枠組みで考えちゃダメだね。


あ、話が逸れた。まぁ俺が言いたかったのはね、まぁアメリカでも左翼業界みたいなのはそのね、4/3in4が言うような水戸黄門の印籠的な感じって変わらない感じがするなって気はするね。まぁアメリカっつーか今の思想全般そうかな。だから何気に思想を地でやってるのってアメリカのコミュニタリアンとか保守系の思想家だったりするんだよね。俺の保守への傾倒もこういう連中の影響がデカいね。ネオコンとかの連中の方が左翼のバカより下手するとちゃんと思想やってる場合もあるわけで。まぁネオコンにもよるけどね。ネオコンもバカ多いから。


いやさ、そのさ、大衆向けのスペクタクルって本当に言えてると思うよ。この辺の分析はまぁさっき散々ダメだっつったランシエールがしてるのか。そのさ、空虚なさ、実体のないような「実績」って何だろうね?Write or Dieだったかな?研究者とかって論文書かないとクビになるからさ、どうでもいいようなの書くんだけどさ、「実績」を増やすことが目的化したら学問なんて終わるよね。そういう意味で俺は最近すげー研究者になるのが嫌だなと思っていて。モロ向いてないなと。フリーライターっつーかフリーシンカーだからね。そんな空虚な実績だけを作る事に終始しなきゃいけない並の研究者になるぐらいだったら潔く諦めた方がいいかなって感じだよね。才能無い哲学者気取りの哲学学者も惨めだけど、数学学者もかなり惨めだなと。基本的にアカデミアでも才能の無さは本当に惨めな結果になるね。ただでも業績を基準にして能力を測ると必ずしもそれが能力ではなかったりするわけで。急かされて書いたようなどうでもいい論文を多く発表してるからってことで能力があるって認められてるやつとさ、滅多に書かないけどすげーの秘めてるやつっているじゃん?数学者で言えば高木貞治みたいなのは10年ぐらい何も業績残さないで長い間研究して出来上がったものってのがあってそれが珠玉のものなわけだよねってまぁ詳細知らないけどね。高木自身も言ってることだけど、アメリカみたいに論文を書かなきゃクビっつーシステムだったらこの研究は出来なかっただろうって言ってるんだけどさ、これって長期的に見たら「実績」を増やすだけのアカデミア産業よりよっぽどいいよね?これこそが研究者というものなんじゃないのか?っていう。


天才の生得性だけど、まぁ意見が違うならしょうがないとしても、まぁ言ってることは分かるよ。資本の良い集積があったところでナッシュとかノイマンみたいなやつらが出てくるか?っていうとそんなことは無いと思うけど、んでもまぁ才能が眠ってるっていうか、発揮するチャンスが無かったようなやつらが出てくる機会が増えるって意味では本当に増えると思うね。でもあくまで俺はそれは生得的なものが環境とか資本の集積から引き出されると思ってるので、凡人は凡人のままだからしょうがないとは思うけど、でもまぁ多く発見したりポテンシャルがあるやつらを開発できるって意味でそれは大いに同意だよね。むしろまぁそれは生得的であるか構築的であるかなんて関係無いところだよね。どっちにしろまぁそっちのほうが面白い人間が増えるでしょっていう。まぁちょっと意見を訂正すればまぁ俺は半々かな。イチローとかノイマンとかナッシュみたいなのは完全に生得的な才能だと思うけど、んでもまぁ4/3in4が言うような構築的な部分というのも大いに関わりがあるからさ、まぁ特別な天才はともかくとして、んでも際立った才能というのは増やす事は可能だろうね。別にノイマンレベルじゃなくていいわけで。


いや、なんかまぁね、俺も先は分からないよ。見通しが立たないからね。でもさ、そのね、4/3in4が言ってくれたような「自分に必要な資本を蓄えるための環境を選択的に操作していく」ってことってさ、これをやってるだけである意味で自己投資的でなおかつ生産的だよね。まぁ結果が出なければ客観的な説得は出来ないまでもさ、んでもそれってやっぱ生産的で将来に向けた行為じゃん?それをさ、まぁもう4/3in4が書いてるけど装置としてのBIだよね。Cultivationを許す装置としてのBI。才能インキュベーターとか能力インキュベーターと言ってもいいかもね。こんなの結果的に面白い人間とか優秀な人材が在野からガンガン出てくる可能性があるかもしれないってことで、すげー社会的で生産的だよね。まず俺は飢え死にしてるとかってのが許せないってのもあるけど、やっぱあともう一つは自己開発の余地がないっつーが本当に許せないね。現状のまま生存権を人質に取られたまま立てこもり事件を永遠と続けていないと生きていけないというこの環境が嫌。だからそういうのを打開するための装置としてもBIは生産的だよね。それはただ単に国民を食わせるという意味ではなくふ化させるって意味で生産的だと思うのね。


・・・・ってことで返信終了。色々と意見が飛び交って嬉しいね。またなんかあれば今まで書いてくれた人達も書いてなかった人達もベーシックインカムについてなんか意見を書いてみてくださいな。