ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

革命家/ステイツマンとしての孫正義。

mimisemi2010-04-23

孫正義LIVE2011の動画を見たんだけど感激してしまった。というのは孫さんのマインドセットは完全に革命家のそれと同じだからなんだよね。恐るべし!孫正義!金もいらない地位もいらない命すらもいらない維新のためにはってすげー危険じゃん?良い意味で危険だよね。そんなマインドセットだからこそ成せる維新ってのがある。そんなのを体現した男が孫正義だね。多分、世界一革命家っぽい人なんじゃないかな?この人。それに比べて自称革命家の俺は何だと。何なんだ俺はと。まぁ比較してもしょうがないけど、なんかあまりに自分の革命度の低さに打拉がれたね。俺は今も内面で明らかに無理そうに見える事をやろうとしているけど、まだまだ足りないなって思ったね。まだまだ想定内過ぎるっつーか計算で行けるっていうレベルのものが多いから、もっとやりたいけど無理そうなことをやろうと決意できたね。そこはもう自分の革命度を高くしていくしかないなっていう。


これって凄いよね?こういう実際、革命思想持って革命やっちゃったって人の言葉はどんな思想よりも威力があるっつーかさ、それこそ日和見革命主義者みたいなのが俺みたいなやつだとすれば、孫さんってのは実践的革命主義者だよね。机上の空論じゃ意味が無いから実際やるしかないっていう。そもそも革命ってのは実行するためにあるものだよね。革命思想然り。で、日和見革命主義って言葉の矛盾なんだよね。革命家が日和るってことはありえないわけよ。だって実行とセットなのが革命なんだから。


孫さんのスピーチを見て驚いたのはさ、実業家のマインドセットがたまたま革命家のそれと似ているというか共通するものがあるってことじゃなくて、孫さんのマインドセット自体が革命家のそれそのものってことだったんだよね。所謂、実業家が革命家の本とかを読んでインスパイアされて革命的思想を持って革命をやったっつーよりかは孫さんの場合、もう内在された革命性だよね。まぁもちろん坂本龍馬っつーキーパーソンはいるにしても、所謂、イデオロギーとしての革命じゃないじゃん?志としての革命だよね。そこがすげーなと思ったわけ。だからメッセージ性が革命思想書とかより強いわけね。革命性が生々しいっつーか、それは生きている革命そのものが革命を語っているからだよね。それはイデオロジカルなアジテーションでもなければさ、党派制に偏った政治思想でも経営思想でもなくてさ、社会にとっていかに革命というのが必要なのか?っていうのを孫さんがやってきたこととさ、孫さん自身が体現してるからだから革命が生きるんだよね。


こういう志を持った人のメッセージってのはね、あれなんだよね、孫さんぐらいね、やりたいことがあったりね、好きなことがあったりすれば誰もがそれにコミット可能ってことなんだよね。それはそりゃー物事にもよるけどさ、でも好きでやりたいからやるっていうそのパッションだよね。でもそのコミットメントは対象が無いとダメじゃない?やりたいこととか好きなことが無いとできないんだよね。逆を言えばそういうのがある人達は強いわけよ。あとはもうそれを極め尽くせばいいだけなんだから。何事でも極め尽くせば金なんていくらでも後からついてくるわけで。俺は孫さん的な革命メソッドを「極限的革命」って呼びたいね。常に自分が窮地に陥りそうになるっていうさ、いつでもヤヴァイっていうね、だからこそ環境的にも日和れないしさ、革命的なことをやっていくことでしかサバイヴできないっていうこのやり方だよね。安定性ってのが昔ほど無いような今の時代に孫さんみたいな極限的革命家ってのは良いロールモデルになると思うんだよね。


孫さんのスピーチで言えばNTTみたいなのが保守を体現したような感じじゃん?体制側だよね。自分だけ良ければいいって言うさ、国民の事を考えない政治をやってるような政府だよね。それをさ、あんたがやらないなら俺がやるよ!っつってさ、既成の概念じゃ無理ってことを民間の人間が政府的なことをやっちゃったってことだよね。これって革命そのものだよね。孫さんも言ってたようにさ、仮に革命が失敗してもドカーンとNTTっつー封建的な体制に巨大な石をぶつけたことで風穴みたいなのができてさ、んで仮に孫さんが死んでも後からその勢いに乗ってきてムーヴメントが起こるならそれは結果的に維新成功だってことなんだよね。


これは革命っつー理念が無いとできないことだよね。利益だけで考えれば孫さんって褒める意味で言うんだけど数値的には無駄な事いっぱいやってるわけじゃん?結果、それが全部成功に繋がってるんだけど、でも俺は孫さんがそこまで極端な策士だとは思わないのね。ようはその身を投げ出すような革命的なやり方も実際はスキームの中に入っていて、全ては計算し尽くされたことであるみたいなさ、そういうことじゃなくてさ、理念が実行できればそれでいいじゃないか!っていうね、その覚悟があるってことなんだよね。その覚悟があるからこそ他人にはできないようなことができたりするわけ。これぞまさしく革命なんだよね。いや、孫さんがナイーヴな革命家だって言ってるんじゃなくてね、孫さんが「博打だ」とか「大きな賭けだ」って言ってるのは恐らく本音なんだろうなってところね。パフォーマティブに「博打だ」って言ってるんじゃないってことね。本当にそうだったって意味でそこまでは全部計算済みではないっていうことね。


俺が言いたいのはさ、孫さんみたいな考え方って理想的なステイツマンなのよ。プラトンが言うようなステイツマンね。金とか自分の名誉とか利権とかどうでもいいと。まぁそんなもんバブルの時に経験した色々なこともあってさ、ある意味で空みたいになってるわけじゃん?買い物の快楽とかが無くなっちゃうっていうね、それは解脱っつーよりかはそう感じちゃうような経験をしたってことじゃん?んじゃあそんなニルヴァーナみたいな境地で何を自分がしたいのか?って言えばもう世の中に貢献したい!っていうそれだけなんだよね。人類のためにデカイことをやりたい!っていうそれが孫さんのモチベーションになってる。これって理想的なステイツマンそのものなんだよね。で、俺が思ったのはこういう理想的なステイツマン型は政治家には望めないのかなってことね。こういう在野から出てきて自分で組織を作ったりする人間にこそ望める才能というか、素質なのかなって思ったね。ようは民間企業とかが結果的に政治とか社会を良い方向に変えていっちゃうってことだよね。資本とアイデアさえあれば人々が望んでるけど政府がやらないようなことも民間企業とか個人ができるっていう時代なわけじゃん?


ベタな言い方になるけど社会がIT化するってのはそういうことだよね。ネット的な要素が政治にモロに影響してくるっていう時代だよね。そんな時代ではむしろ政府よりも在野にステイツマン的な人間がいて他の人間達を理想的な社会に率いていくような形があればそっちのほうが社会変革って意味で良いかもね。良いっつーかより現実的ってことだね。こうなると政治のリアルって変わってくるよね。直接民主主義的なものを率いていく民間のステイツマンみたいなのが出てくるかもしれないね。これは俺が普段から言っている賢人統治に一番近いね。本質的なステイツマンっつーか賢人みたいなのが在野にいてさ、んで色々発言したり色々なことやったりして市民からのサポートを受けて名実ともに影響力のある人物になるっていうさ、こういう人物から語られる政治的なことや社会的なことは抽象的な世論なんてものよりもよっぽど市民の声を代表するものになるっていうね、で、具体的な権利とかが行使できるようになれば直接民主主義的な間接民主主義による賢人統治が可能になるよね。


それは上からの統治というよりかは色んな場所にステイツマンがいて、そういう彼らが実質的な政治をやっていくってことだよね。そういう意味で分権的なのね。一つに権力が集中するってことが無いんで権力分立って意味でも凄くいいわけ。で、あくまで在野から出てきた人なので特定の政党とかと絡んでないって意味で地に足が着いてるじゃない?ようは権力的な腐敗も起こり辛いってことだよね。それは例えば孫さんで言えば孫さんが金儲けに走ったりしたらさ、最終的にはダメになるっつーかさ、理念が彼のビジネスを支えてると考えればさ、だからこそ数字的には不合理的なこともできるわけじゃん?ようは私利私欲に走ったら自動的に市民からのサポートが得られなくなって自滅していくってことだよね。それは俺が今書いている在野のステイツマンも一緒なのね。民間って意味で守られてないっつーか市民のサポートにより守られてるからサポートがなければダメになるっていうさ、そこが直接民主主義的な間接民主主義ってことなんだよね。ようはネットとかの集合知とかって言われるものを上手く束ねるっつーか上手く代弁するような民間代表としてのステイツマンね。だから「あいつ言ってることおかしいぞ!」ってことになれば一瞬でサポートを失うわけでさ、腐敗も何も無いっつーか、気に入らなかったらいくらでもサポートしないっていうことを市民が選んでそいつを除外できるっていうね、凄く直接民主主義的だよね。でも俺はあくまで直接民主主義を信じないのはさ、まぁいつも書いてる通りだよね。基本的には衆愚観を持ってる人間だからね。でもそれを調停する民間のステイツマンってのがいれば結果的にそれは形として分権的でアソシエーション的な賢人統治が可能になるってことね。


あ、んでね、大衆操作とかによりサポートなんてポピュリズム的に得られそうじゃないかっていうのは孫さんに当てはめて考えればいいんだよね。ようは孫さんがポピュリズム的な手法を使って大衆を操作して支持を得られるか?ってことね。で、それはネットサービスとかっていう意味において操作不可能じゃん?結果的にベネフィットを得られてるのは市民ってことで顧客満足度みたいなのまで操作できないじゃん?それと一緒だよね。そういう意味で何かを提供するっていう側がポピュリズム的操作を使って顧客満足度を操作するってのは無理ってことね。まぁ実際は無理じゃないっつーかまぁアパレルとかはモロに操作だけどさ、ネットサービスみたいなのは無理じゃん?民間のステイツマン的役割もネットサービス的な感じでモロに顧客満足度みたいなのがサービスそのもので出ると思うから民意を反映しやすいんだよね。操作っつー悪質なもんが介在できないっつーかさ、孫さんで言えばベストを尽くすことでしか顧客を得られないわけじゃん?で、民間のステイツマンも同じってことね。だからまぁ構造的に腐敗とかできないって感じなのね。


アパレルがなんで操作可能か?ってあれは明らかだよね。corporate propagandaみたいなもんでさ、映画とかで俳優が来てた服とかさ、セレブ愛用!みたいな情報流せばいくらでも大衆は操作できるじゃん?むしろ大衆の満足をそこに集中させるって感じだよね。だから本質的にセンスが良いものなんて作らなくてもよくなってさ、いかに有名人御用達とかにするか?ってことが目的化するんだよね。だからまぁ象徴的なのがブランドのマークじゃん?アイコンだよね。シャネルだろうが猿だろうが差はロゴなだけなのにその差が何万もするっていう苫米地用語で言えば完全に情報空間レベルでお金が動いてるってことだよね。セレブ愛用!とか誰々が映画で使ってたアレ!みたいな情報レベルでアパレルっつー物理的なものの価値が決まるんだよね。洋服って意味で言えば全員ユニクロとかでもいいんだけど、みんな差作りかさ、操作された満足度とかを埋めるために必死で凄い金を使うわけよね。情報レベルのものに。まぁ俺は基本的に全員ユニクロでいいとは思わないけどね、でもまぁアパレル系って本当に虚構で成り立ってるよね。本当に。完全にイメージの世界っつーかなんつーか。


それに比べてネットサービスとか政治的サービスみたいなのはイメージだけじゃ成り立たないじゃん?イメージだけで操作できるような代物じゃなくて消費者側がその使用感っつーモロに物理的で即物的なものによって満足度を測るわけじゃん?それがベースになって満足度が決まるんでリアルがベースとなってる満足度なんだよね。より満足度が具体的っていうのかな?アパレルとかは凄まじく抽象的だよね。スニーカーの形が一緒でさ、そこにナイキのマークがあるのかさ、星のマークがあるのか猿のマークがあるのかさ、違いってロゴだけじゃん?でもそのロゴの違いってのが凄まじい違いを生み出すわけじゃん?だから抽象的だよね。違いは。形はほとんど同じなんだから。まぁ全部が全部そうだとは言わないけどね。でもこのスニーカーの似たり寄ったりな感じって大抵のアパレルで一緒だよね。逆を言えばそこだけでしか買えないようなexclusiveなデザインのがあれば買うじゃん?っつーか俺は買うよね。それが俺にとっては例えば如実に表れるのがメガネなわけでさ、「お!」って思えるデザインのメガネなんて滅多に無いわけ。でも滅多に無いからこそあったら金に糸目をつけずに買うよね。それはもうそれ自体が俺にとっての価値なわけで。そう思って買ったら意外と世の中でも流行ってたとかってのがあると冷めるってことはいつも書いてることだけどね、でもメガネって美術品に近いよね。まぁアクセサリーが美術品的なのと一緒の理由で。


あ、んで孫さんに話を戻すとさ、ああいうなんつーか実業家っつーかビジネスマンみたいな人のスピーチをガッツリ見たのって始めてかもしれないんだけどさ、話を聞いてると孫さんは常に先を見てる人だなってのがよく分かるよね。まぁビジネスでは基本なのかもしれないけどさ、需要が生まれそうなところに先に開拓地みたいなのを作っておくとかさ、ようは参入の早さだよね。これってなんかDJに似てるよね?DJって客よりも常に先を見てるじゃん?ようはフロアではDJのみが先の流れを知ってるわけじゃん?だからフロアを支配できるっていう。ただかける曲がニーズに合ってないとダメなんでそれはフロアと客を見ながら選曲するわけじゃん?この先を見る感じだよね。visionaryとでも言うのかな?


それにしても孫さんが「アカデミア」を作ろうと思ってるなんてさ、まさしくプラトン的なステイツマンが開くアカデミアってことでアカデミアの語源となったプラトンアカデメイアそのものじゃん!って感じがするよね。「デジタル情報革命の志を持たない者、この門をくぐるべからず。」っていいね。俺の勝手な解釈だとね、孫さんがなんでプラトンアカデメイアを出してきたか?ってやっぱそれは理念あるものを育てる場としてのアカデメイアということでポイントはこの「理念」だと思うのね。つまりはイデアだよね。それは幾何学的実在としてのイデアっていうオントロジーとしてのイデアではなくて、人間が持てる理想としてのイデアだよね。そのイデアを持ちながら人間を率いることができるようなリーダーを育成する場って凄くいいじゃん!って感じだよね。


俺は本当にそういう意味で革命家としての孫さんとステイツマンとしての孫さんを見た気がするね。革命後は誰が統治するのか?みたいな政治学アポリアも簡単に一人で解消してるのが凄いよね。まぁ孫さんがやっているのは政治ではないけど、でも革命をした後に場所作りを自分がリードしながらやってるっつーのが凄いよね。所謂、一発屋じゃないってことね。革命を起こすって一発屋的になりがちっつーかさ、既成概念とかシステムを壊したはいいけど後が無いみたいなさ、でも孫さんってビジョンありきで革命をやってるんだよね。つまりは理念がある革命だよね。そこに一見親和性が無さそうなさ、革命的スピリットっていうのとね、プラトンイデアの両立を見るんだよね。なんつーかむしろステイツマンとして必要なのは主にこの二つの魂のあり方に依るんじゃないか?とか思ったり。所謂まぁ革命家だからっつって唯物論的史観を持ってるから観念論とは両立しないとかそういうくだらないレベルっつーか孫さんの言葉で言えばちまい感じのレベルの話じゃないってことだよね。


「金を残すより、名誉を残すより、人を残したい。人に志を残したい。」って素晴らしい理念だね。俺が前から書いてるステイツマンを体現したかのような人物が孫正義という人なんだなってのがよく分かった気がするね。「ステイツマンって誰?」「エリートって結局なんなの?」っていう良い質問に今後は簡単に答えられるようになったな。


PS


良いスピーチ関連ということで。


http://www.youtube.com/watch?v=qQDBaTIjY3s&feature=related


http://www.youtube.com/watch?v=ShoOOS2GrWU&feature=related