ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

まぁまた回想的な感じで。

mimisemi2010-06-28

ダレルっていうアメリカンネームを持つ香港の友達からメールがあってさ、「どうしてんの?会わない?」みたいな感じで。で、もう時間無いじゃん?っつーか、俺が連絡すれば良かったんだけど、あんまそういうこと考える余裕が無かったっつーと変だけど、パッキングのことしか頭に無かったからね。で、明日っつーかまぁ今日は寝ずにテキストを売りにいく予定だったんだけど、ダレルから「帰るなら明日会わない?」みたいなメールがあってさ、んで会う事になりそうなんだけど、ダレル曰く、俺はアメリカでのベストフレンドだったらしくて、色々と話し込めるやつってのはあんまりいなかったらしい。


いや、ダレルとは政治やら経済やら社会の話とか色々話してたんだけどさ、やっぱまぁデフォでああいう話ができるやつってまぁあんま見つからないよねっていうかまぁ特にコミカレだとね。まぁ彼は頭が良いから成績も良いしさ、4大に転入するらしいんだけど、別にまぁそんなに生徒の違いは無いよね。別に4大に行ったからって話せる友達ができるわけじゃないだろうっていう。まぁ俺にとってもそうだったってことはまぁ大抵の場合、相手にとってもそうなんだよね。あんまこういう話普段できないよねっていう物同士が話してる場合、大抵の場合、両方とも「滅多に話せないことを喋りあえてるな」って思ってたりするわけで。


あとある意味で衝撃的だったのがさっていうかまぁこれも「やっぱりか」なんだけど、特に俺が帰るってことになるとこっちにいる理由みたいなのが無くなるらしいんだよね。まぁ別に学校でやることなんて変わらないしさ、そんなに話せるやつもいないし。彼の場合、まだ来て2年ちょいだけど、まぁもうそんな風に感じてるんだなっていう。


せっかくアメリカに来てるのに俺しか話し相手がいないっつーのもアレだけど、まぁ逆を言えば彼にとって俺が話せるやつなんだよね。他で見つからないやつってことで。で、俺も同じように感じてたわけで。まぁベストフレンドというほど付き合いが深い感じはしないんだけど、まぁ滅多にいない感じの友達って意味ではやっぱレアなんだよね。


これってすげー気になる所だよね。学校の質が上がれば話せるやつもでてくるのか?っていうことなんだよね。コミカレだから話せるようなやつが見つからないのかさ、元々そんなやつなんてあんまいないのかさ、分からないよね。ただあんまり俺は相関関係はないなと思ってるね。昔とかだったら別だろうけど、今なんてまぁどこも大学なんて大衆化してるだろうから、まぁ大体一緒だよね。金があるか無いかぐらいの差だろう。日本でもまぁ同じだと思うけどね。ハーバードみたいになれば話は違うんだろうけど。あとはこっちの一流大学の場合、他国からとかまぁアメリカからでもネームバリューとか名門ってことで、例えば社会人学生みたいなのもいると思うんだよね。


そういう連中ってのはまぁそりゃーhigh school mindではないからさ、まぁ話せるっていう可能性はあるかもしれないよね。でもなんかまぁ学友探すために大学行くっつーのもなんかおかしいんだけどね。やっぱりなんつーか今回の留学で思ったのはさ、まぁ俺は凄く良かったと思うし、何の後悔も無いどころか、凄まじくかけがえの無いものを得たなっていう実感があるからいいんだけど、今後としてはさ、仮にアメリカに来るなら憧れとかさ、「行きたい!」みたいな衝動じゃなくて、客観的なベネフィットとかを考えた上でアメリカに行ったほうがいいっつーのを合理的な決定として下したほうがいいってことなんだよね。リアルに数字でとかさ、生活とか雇用ってことを考えるとアメリカのほうがいいからってことで行くっていうまぁリアルな理由だよね。憧れとか「一旗揚げてやる!」みたいなのってまぁ非合理的だからさ、まぁ過去の俺がそうだったわけだけど、まぁそれによっても得られるものがあるから一概に無駄だとは言えないんだけど、まぁ俺の場合は今後はそうなるだろうなってことだよね。


だから前にも書いたけど、変な話、仮に日本にいたほうが俺にとって合理的っていうか物事が上手くいきそうなら別にそれを蹴ってまでアメリカに行く必要はないんだよね。アメリカに行くとすれば日本にいるよりも可能性があるとか、行ったほうが合理的っていうことで行くってことだよね。で、まぁやっぱり今回みたいな「経験」って意味だと俺はフランスに行きたいんだよね。まぁ就職に結びつかないだろうっていうネックはあるんだけど、また知らない場で何かを1からやるって意味だとそっちのほうが得られるものが多いだろうし、まぁ楽しいだろうしね。まぁ数年で飽きるとは思うんだけど。これは憧れっていうよりかは、行ってみたい都市に学校という理由で長期滞在をしたいっていう場所がフランスぐらいしかないってことなんだよね。英語圏でもニュージーランドとかカナダとかオーストラリアなら全然行きたいと思わないんだよね。まぁ条件が良さそうなところが見つかれば贅沢言ってられないから行くとは思うけど。


まぁどこの都市も大体一緒だろうっていう意味でね、まぁ別に固有性なんて無いだろうって意味で期待は無いからさ、そういう意味で特に「ニューヨークじゃないとダメ!」みたいなこともないし「日本はダメ!」みたいなことも無いんだよね。別にあえて選びたい場所なんてもう無いなっていう。前にも書いたけど、そういう意味でまぁ海外幻想みたいなのが無くなったっていうのは本当にあるよね。姜尚中の「在日」っていう本を読んでもさ、姜さんってすんげー孤独だったわけじゃん?ドイツで。まぁ俺も似たようなもんだよね。あそこまでデプレッシヴではないにしても、まぁほとんど本を読んでたって意味で一緒だよね。あと大学院でも知ってることばっかやってるからつまらなくて出席しなくなったみたいなのもまぁすげー示唆的だよね。ある程度自分でやっちゃったりするとセミナーレベルで学べることなんてあんまり多くはないんだよね。まぁ数学とかになるとまた違うんだろうけど。


大抵は活字を読んでいるって意味で場所って関係あるの?ってことだよね。ニューヨークの風景とかも大抵は見慣れたもんだから、例えば何かでロンドンとかパリの風景とかみても「うわぁー!」とは思わないんだよね。似たような街並は特にニューヨークだと場所によってはビクトリアっぽいみたいなさ、あとはパリっぽいとかイタリアっぽいみたいなのがあるじゃん?まぁ移民の街だからね。だから雰囲気がなんとなく分かるんだよね。人種にしても色々いるからさ、大抵の人種にはもう会ってるかもしれないんだよね。まぁ大抵っていう言い方はあれだけど、北欧系にしてもイタリア系にしてもイギリス系にしても中東系にしてもアジア系にしても南米系にしても、まぁほとんど世界って言えるぐらいの多様な人種と会ってきたよね。それはクラスメートだったみたいなレベルじゃなくて結構話したって意味でね。だから今回の俺の留学ってやっぱすげー経験って意味で凄いんだよね。特にニューヨークだったから人種の坩堝だから色んな奴らと出会えたっていう。これが田舎とかだと別なんだけど、もうアメリカの田舎は懲りたからまず行かないよね。アメリカの田舎には。


まぁヨーロッパとかでも都市以外は大体似たようなもんだと思うけどね。前に書いた「モンド」のイメージと一緒で、頭で思い描くような他国のエキサイティングな都市のイメージなんてまぁ無いわけだよね。パリなんて特に危険な街だよね。パリ症候群なんてのがあるぐらいで。ニューヨーク症候群が無いって意味だとパリは期待値と実際のギャップがデカ過ぎる街なんだろうなって思うよね。だからそういう意味で別に観光で一回ぐらい行けばいいかな?って気もするんだよね。それでまぁ行くか行かないか決めるっていう。まぁそんな金銭的余裕があるのか?って話だけど。ただやっぱ大変だけど今回みたいな経験をもう一回してみたいってのはあるよね。全て1からっていう。そこで葛藤したりよい意味で苦労したりっていうことだよね。で、こういう中でまぁ言語も覚えるわけじゃん?これがまぁ生きた言語ってことだと思うんだけど。


いやでもね、日本も大学という意味だと楽しみなんだよね。散々批判してるけどさ、実際の所どうなのよ?ってのがなんとなく分かるっていうか俺にとってはブラックボックスだからさ、実際見てみたいってのがあるんだよね。そういう意味で日本に帰るっていうのも大学に通うという意味では楽しみなんだよね。日本の大学ってどんな感じなんだろう?っていう意味で。まぁ一個の大学に行ったからって一般化はできないけどさ、でもなんつーか言葉では言い表せないなんつーかそこの学校の学生でいるということから得られる経験っつーとアレだけど観察みたいなのがあるんだよね。そういう意味で俺は今の大学で得られたものが多いわけだよね。特にエリート校とかじゃないからordinaryなアメリカンの感じがつかめるっていうかね、ordinaryなアメリカンプラスordinaryなAmerican studentって意味でも。


あとなんでフランスか?っていうとやっぱ語学だよね。なんで?っていうことは別としてフランス語はマスターしたいってのが前からあるからさ、まぁクラスドロップしておいて言うのもなんだけど、なんつーか生活の中に根ざした語学学習って習慣になってるんだよね。特にやっぱアメリカに来たばっかの2年間は本当に語学に熱心だった気がするのね。本から単語を拾ってくるみたいな。でも今ってそういうことしなくても日本語ほどではないにしても本は読めるようになってるしさ、そこまで難しくないやつならスラスラ読めるし、あとはまぁリスニングとかにしても映画とかなら全然問題無いからなんか語学に熱中してないんだよね。ある程度英語に慣れてしまったから語学感みたいなのが生活の中から抜けちゃってるんだよね。それは最近気がついたことなんだが。だからまぁその英語に代わる何かが欲しいのかもしれないよね。まぁそういう意味で俺はとりあえずフランス語と中国語はマスターするつもりだけどね。両方ともかじってるって意味でやれるっていう確信があるんだよね。まぁなんつーか両方とも構文は英語とかとほとんど一緒だからあとはもう語彙だけって感じなんだよね。


フランス語で言えば英語と似てる単語とかあるからある程度はアドバンテージがあるし、中国語に関しては言うまでもないよね。まぁだからといって両者共に楽というわけではないんだが、全く知らない言語を1からやるという感じではないよね。それこそヘブライ語とかをやるのとはわけが違うよね。そういう意味で現実的なんだよね。なんかあとまぁ脳が刺激されるっつーのかな?わからない言語を必死で理解しようとするっていう頭の動きね。それが俺は好きなのかもしれないね。これもある種のまぁ言語系における知的刺激なんだと思うし。


ただモチベーションを維持するのが難しいっていうと変だけどさ、英語の場合、アメリカでやっていこう!っていうサバイバル感があったわけじゃん?で、言語においてサバイバル感って凄く重要だと思うんだよね。研ぎすまされた学習になるっていうかなんていうか。だからそういう意味でとりあえずフランスの大学院に行くみたいな目標を措定してフランス語に取り組むってのはいいかもしれないんだよね。それは単純になんつーか語学やりたいって意味でフランスなのかもしれないね。別に数学やるのなんてどこでもいいわけで。


まぁとりあえず選択肢が多いことに超した事はないよね。アメリカは当然のチョイスとしてあるというのは強いよね。その上で「フランスも」ってことになるわけだから。サバイブのために英語もフランス語も研ぎすませておく必要があるみたいなのを勝手に思い込んでやるってのは結果的に語学学習に貢献するからまぁなんつーか概念装置としていいんだよね。そうすると頭も必死になってやろうとするっていうかなんていうか。まぁ当然英語は忘れないようにまぁ洋書とかは読み続けるけどね。まぁ読みたくなくても読むことになるからまぁ実質的に忘れられないんだけどね。まぁスピーキングが心配なんだけど、でもまぁ今も全然喋ってないからな。


まぁそんな感じだね。ボヘミアン気質としてまぁ色んな所に行きたいってのはあるよね。それはなんつーか自分のアドバンテージとか将来とかってことじゃないなんつーか自分の気質っつーか自分がやりたい事ってことだよね。だからまぁ必ずしも合理的ではないんだが、そこにまぁ合理性も組み込んでいこうかなっていう設計だよね。


まぁいいや。今日はそんな感じで。