ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

はじめてのお留守番。一日目。

mimisemi2010-08-06

書いてなかったと思うんだけどさ、これから五日間さ、親戚の家でnecoのsewaをすることになってさ、いや、五日間ぐらい家を空けるんでってことでかなり広い家なんだけど、猫二匹と俺と広い家で五日間って感じで、まぁ今後はそんな感じですわ。今後っつーかまぁ向こう五日間ね。まぁ状況的にニューヨークの地下に似てるよね。あれがグレードアップしたプラス猫二匹みたいな。


ネットもすげー速いし、ジョージ接続だしってことでウォール伝がはかどるのか否かって感じやね。まぁヴェツに最近はかどってないっつーか単に書く事が無いだけなんだけどね。まぁただ更新が楽だよね。実家に比べヴェれヴァ。いや、あんま関係無いと思ったけどね。最近は。別にネットに繋がろうが繋がるまいがまぁあんま更新にはかんけぇーねぇーなっていう。まぁそんなにドラマティックなことがこの五日間で起こるとは思えないけどね、まぁ一応、イベントモノってことで今後五日間はふつーの日記みたいな感じで更新していくわ。


食料とかも五日間やっていくにはちょっと少ない感じなんだけど、でもあっちに比べたら「少ない」なんてことは無いわけでさ、だからまぁ特にハングリー感があるわけでもなく、まぁ衣食住完璧な感じですよね。家がうちと違って広くてさ、夜が怖そうだから、まぁその臨場感をアップさせるために明日だかにBSでやる怪談を見ようかなぁーとか思ったり思わなかったり。


それにしてもさ、抗鬱剤変えたんだよね。帰国してからもなんか一緒だとつまんねぇーなぁーってことで「なんか無いんですか?」みたいな感じでなんとなく先生に聞いたら「こんなのがありますけど・・・」みたいな感じでまぁんじゃ「トライしてみます」みたいな流れで。俺はまぁずーっとトレドミンだったんだけどさ、まぁ同じ系列なんだけどサインバルタってやつなんだけどね、今年の4月に認可されて保険適用になったやつなんだけどっつーかアメリカとかではとっくに使われてるんだけど、まぁこっちのほうがいい気がするっつーよりかはあれだよね、インポが治る感じだよね。


まぁ治るっつーか抗鬱剤の副作用で立たなくなるわけだが、サインバルタにしてからはマシになったっつーかまぁ無くなったとは言えないのかな?そもそもずーっと飲んでるから分からないんだけど、性欲減退ってよく言われるけどさ、抗鬱剤の地獄は違くてさ、性欲はあるんだけど立たないとかさ、感度ゼロみたいな、まぁそういうことだよね。それが無くなるとは言えないのかもしれないけど、まぁマシな気はするかな。


まぁインポ基準で抗鬱剤を評価するのもアレなんだけど。ただまぁ眠くなる気がする。ただでも調子はマシっつーか、気分的にマシな気がするかなぁー。まぁ基本的に俺って四六時中カフェイン飲んでるから眠さとかはどの道吹っ飛ばすから関係ないんだけどね。「どうですか?」って先生に言われてさ、あ、こないだ行った時ね、「で、割といいです」っつったらさ、先生が診ている患者さん達の間でも割と評価が高いみたいなんだよねって全員が内心「インポが治りました」って思ってたらウケるなぁーとか思いつつ。なんか前評判とかも一般的に高かったらしいんだよね。まぁ重度の鬱とかじゃない限り軽度な場合まぁいいみたいね。俺は20mgを二錠にしてもらってるんだけど。トレドミンよりもまぁ一般的には強いって言われてるらしいけど、まぁあんま強い強くないは分からないかな。ただなんか分からんけどサインバルタにしてから注意力が散漫になるのがマシになってきた気がする。本とかも集中して読めるっていうか、タスクを比較的ちゃんとこなせる感じね。


それにしても読書ペースが凄いんだよね。まぁ日本の本ってグロい分量のやつが少ないからすぐ読めるんだけどさ、最近はもう二週間で10冊以上読んだかな。先月末から今ぐらいまでにもう40冊近く買ったんだけど、半分以上読み終えちゃった感じだよね。ベーシックインカムの新書やら前に書いたハイエクの新書やら小室直樹三島由紀夫のやつやら数学の本やら色々だけど、まぁあとでアフィっておくわ。なんかでもさ、数学の本って前にも書いたけどなんつーかただ証明が書いてあるだけのやつってなんのために存在するのか分からないんだよね。証明とか定理なんてさ、それこそ数学アーカイヴみたいなのにアーカイヴ化されてるわけでしょ?こんなことが分かってますみたいな。研究本とかも分かるんだけどさ、だったら数式だけじゃなくてなんかもっと文章で書いたりしないのかな?っていうさ、まぁいつも言うようだけど、まぁ数学やってる人達にとって文章なんていらないのかもしれないけどさ、ただなんかさ、仮に俺が書くんだとしたらむしろ文章だけで説明するよねぇーみたいなのは思うわよね。


なんつーかまぁ置き換えだよね。ジェットコースターがどうのとかさ、振り子がどうのとかっていうような、まぁそういう視覚的な感じっつーの?逆に俺って数学を視覚的にしか捉えられないんだよね。だから絵が見えないとさっぱり分からんのよね。そういう意味で数学的な処理能力が優れているか?っていうとまぁ全然違うと思うね。優れていないとは言いたくないし、まぁそんなの慣れだとは思うんだけど、でもなんかすげー元々得意なやついるじゃん?そういう感じではないよね。ただ掴んじゃえば忘れることがないっていう。それにしてもまぁ数学って本当になんつーか最初から難しいなっていう。完全に理解しようと思ったらさ、はっきりいってまぁ前にも書いたけど一般教養じゃ無理だよね。なんか最初から専門的っつーかなんつーか。そういう基礎が結局、高度なものにも繋がっていくからさ、だからある時から分からなくなるってことは無いはずなんだよね。個々を理解してれば結局は全部分かるはずなんだよね。だから分からないって人がいたらまぁその数学の分かってない部分ってのがあるからだろうね。なんか前も同じようなことを書いた気がするなぁ。


加藤和也フェルマーのやつはそういう意味でいいんだよね。ドライじゃなくてなんか加藤和也人間性が本に出てるっていうか。本人が書いたと思われる絵とか可愛いし。ああいう感じの本がもっとあればいいのになぁーって思うんだよね。「以上の事によりこれらは明白である」とかさ、こういう言い回しが凄く嫌いなのよ。俺。いや、数学の論文だったらしょうがないんだけどさ、なんかファシストっぽいっつーのかな?ファシストの演説っぽい感じがするんだよね。何の反論も受け付けない!みたいな高圧的な感じっつーの?だから猫言葉とかでもいいわけだよ。「こういう風になるにゃ」みたいな。今はまぁnecoのsewaをしてるからneco語なんだけども。


いやさ、全然ね、よその人がダメなんだよね。親戚の猫。でもさ、今はもう慣れて横にいるんだよね。犬みたいに人なつこくないんだけど、慣れてくる感じみたいなのが絶妙にいいね。なんかフレンドシップみたいな感じで。で、写真とかをアップしようと思ったけどさ、そもそもウォール伝自体がまぁ俺は一応秘密でやってるつもりだからさ、なんかしらの俺のアイデンティティみたいなのを出すようなのがあると嫌なのよね。なんかの拍子にバレそうで。もうバレてるのかもしれないけど。すげー見られるの嫌なんだよね。まぁそもそも実名とか出してるからバレバレではあるんだがね、ただ親戚とか両親が俺の名前で検索かけたりはしないだろうからさ、だからまぁバレてない気はするんだけど。まぁとにかくタブーだね。俺も一切言わないし。


それにしても猫可愛いにゃー。ちょー癒される。たまらんな。俺がベタベタしようとすると逃げるんだけど、んでも近くにいるんだよね。それが可愛い。ってことでまぁ一日はこんな感じでいいかね。なんか今日は眠いんだよなぁー。サインバルタの副作用か?ところで新薬といえば宇宙っぽいNaSSAってのがあるよね。サインバルタはなんか音響系っぽいのに対してNaSSAはすげー宇宙っぽいな。まぁ音響でも宇宙でもいいんけどまぁとりあえず猫は可愛いなと。俺も飼いたいなぁ。マジで。


それにしても大学どうしようかな?全然受験態勢じゃないんだよね。いや、例えば都内とか行くじゃない?電車で。ああいうのが毎日続くんだぁーと思うと通学が面倒だなぁーとかって思って。まぁ朝からとかじゃないだろうからいいんだろうけどね、それって選べるのかな?まぁ通学は良い読書になるからいいんだけどね。本しか無いからすげー集中できるっていう。なんか自分の中ですげー矛盾があるのね。大学出てもまぁあんま意味ないだろうっていう前提がある割にでもなんか大学に行けば数学を体系的にみっちり学べるかもしれない!みたいなパッシヴな気持ちがあるんだよね。まぁアメリカの大学院に行くなら当然の選択なんだけどさ、でもなんか岡潔の本とか読んでてさ、むしろ学歴とか大学院みたいなのにしがみつくってだせぇーよなぁーとかは思うんだよね。数学やるなら岡潔みたいに学歴とかどうでもいいみたいな感じでやれないと恐らくダメな気がするな。んまぁなんでダメなのか?って相変わらず具体的に書ける理由は無いんだけども。


唐突だけどまぁ今日はこの辺で。俺のマックからアップするんで久々に画像がありますです。



加藤和也のやつってこれね。途中まで読んでまだ読み終えてないんだけど、筆者の学生時代のエピソードとかさ、そういうのもちょこっと載っててそれがすげーいい感じなのよね。なんか雰囲気が仰々しくないっつーのかな?殺伐としてないっていうかなんていうか温かい感じがするんだよね。それがいいわけ。



ベーシックインカム系の本って何気に読んだ事なくてさ、これが始めてだったんだけど、意外と歴史が長いっつーのは知ってたけどマジで長いんだねぇーっていうかさ、社会思想としてもそれこそネグリやらなんやら似たようなのはいっぱいあったとかさ、イギリスとかで過去に運動があったとかさ、なんつーかそういうBAに関する歴史的な知識が得られて良かったなぁーって感じかしらね。



小室節炸裂なのがいいね。まぁ三島由紀夫論っていっぱいあるんだろうけどなんつーか俺にとっては取っ付きやすかったかな。読み慣れた小室直樹の本っつーのもあったし、あとは仏教とか唯識の話とかも出てきてさ、色々と知ってる俺にとってはすげー分かりやすかったねってまだ読んでる途中だけども。226事件と空の倫理とかなかなかいい感じ。分析にその学者節みたいなのが出るのって本当に魅力的だよね。だから小室直樹の本はどれも面白いわけだ。



俺ってもう二年前ぐらいから民主主義論みたいなのに半ばオブセッシヴになってるけど、結局まぁなんつーかチャーチルが言ってたようなさ、民主主義ってのは最悪の統治形体だけど、これ以上マシなのがないからしょーがねぇーっていうさ、まぁ結局そういうことなんだよね。そういう認識って大事よね。民主主義が最高なんだ!なんて思うのは誤謬もいいところなわけで。資本主義と一緒でオルタナティヴが無いから消極的に取っている方法の一つに過ぎないんだっていうことだよね。



日本の本だとそんなにポランニーの入門書とか研究本って無いらしいね。いや、それにしてもここまでポランニーが経済学とかにまで精通してたとは知らなかったな。まさしく碩学って感じだよね。



本当に遠山啓は良い数学エッセイを書く人だよね。エッセイにより過ぎずに学術的なエッセンスがエッセイに入りつつ味わい深くなってるっつーのがさすがだなって思うのね。そういう意味だと森毅も良い数学エッセイストなんだよね。いや、俺が言いたいのはさ、これも前に書いたと思うけど、数学っていう学問と和の面白い調和なんだよね。それこそハーディーじゃないけどさ、そもそもの数学に美を見いだすみたいな美的感覚って和のテイストに近いものがあると思うんだよね。和風の美っつーのかな?だから数学と和に妙な調和を感じてしまうんだよね。俺は。特に岡潔が数学に対して情操とかさ、情緒っていうものを出してくると妙にしっくり来るのがつまりは和のテイストってことだと思うんだよね。


PS


小室センセ絶賛の三島由紀夫の『暁の寺』より「唯識論入門として、これほど簡にして要を得たものを知らない」とのことです。あ、今日貼った「三島由紀夫が復活する」で書いてあることなんだけどね、まぁその三島の部分を引用するですよ。

世界を存在せしめるために,かくて阿頼耶識は永遠に流れている。
世界はどうあっても存在しなければならないからだ!
しかし,なぜ?


なぜなら,迷界としての世界が存在することによって,はじめて悟りへの機縁が齎らされるからである。


世界が存在しなければならぬ,ということは,かくて,究極の道徳的要請であったのだ。それが,なぜ世界は存在する必要があるのだ,という問に対する,阿頼耶識の側から最終の答である。


もし迷界としての世界の実有が,究極の道徳的要請であるならば,一切諸法を生ずる阿頼耶識こそ,その道徳的要請の源なのであるが,そのとき,阿頼耶識と世界は,すなわち,阿頼耶識と染汚法の形づくる迷界は,相互に依拠していると云わなければならない。


なぜなら,阿頼耶識がなければ世界は存在しないが,世界が存在しなければ阿頼耶識は自ら主体となって輪廻転生をする場を持たず,従って悟達への道は永久に閉ざされることになるからである。


最高の道徳的要請によって,阿頼耶識と世界は相互に依為し,世界の存在の必要性に,阿頼耶識も亦,依拠しているのであった。


しかも現在の一刹那だけが実有であり,一刹那の実有を保証する最終の根拠が阿頼耶識であるならば,同時に,世界の一切を顕現させている阿頼耶識は,時間の軸と空間の軸の交わる一点に存在するのである。
 
ここに唯識論独特の同時更互因果の理が生ずる,と本多は辛うじて理解した。


ってことなんだけど「世界の一切を顕現させている阿頼耶識は,時間の軸と空間の軸の交わる一点に存在するのである」ってとこが特にいいね。この軸って概念を導入してるのが凄くいい。あってるか分からんけど、ハルヒで言うと分かりやすいんだが、「世界の存在性の必要性にハルヒもまた依拠している」っていうパラドキシカルなオントロジーだよね。「識」から世界を見た時に世界の存在性というのはつまりはこういう相互的なオントロジーでしか語れないっていうことね。