ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

物理専攻の場合ってこんな感じかしら?

仮に大学で物理やるってことになった場合、どうなるんだろうか?って考えてさ、色々調べてみたらなんとなく色々と分かったことがあるんだけどさ、いや、本当に大学に行くかはともかくとしてもまぁ仮に物理を専攻したらどうなるの?って思ってさ、んで調べてみたら面白そうでもあるしなんつーか明らかに将来的にまぁ年齢的なことはおいておいてもまぁ潰しが効くっていうかさ、学んだ事が無駄にならない感っつーか所謂理系としてやっていける感じがあるっていうイメージがあるんだけどさ、まぁそんなの個人の能力の問題なんだけどね、まぁそれはともかくさ、あれなんだよね、実験ってのがあるらしくてさ、それこそなんつーのかな?分からんけどゴーグルみたいなのをしながら何かがスパークしてたりするのかな?とか思ってさ、そういえばハイゼンベルグだったと思うんだけどさ、実験には苦手だったみたいなエピソードがあったと思うけどそういうことかぁーって何となく納得しちゃったね。で、その実験した事に対してレポートを書かされるとかさ、結構バカバカしそうで嫌だなっていうのが俺の印象だわな。


そんなもん今時別にネットで見れるしさ、いや、他の分野とかだったら違うんだろうけど物理なんて別に映像いくらでもあるだろって思うんだよね。なんで実験なんて分かりきった現象に対してやらなきゃいけないのか?ってさ、まぁそれは学生としてなんだろうけど俺みたいややつが耐えられそうにないなっていう。実験してみて「うわー面白れぇー!」なんて感じるレベルのものなんて無いと思うんだよね。そんなもん物理好きなやつなら自分でググったりしてとっくに見てると思うしさ、まぁそれで言うと大学って独学できる人には本当に必要ないと思うんだけどさ、まぁ生物学とか薬学とか医学とかまぁあとは技術系とかは違うと思うけど知識系で言えばそれこそネットがある今では本当に大学の機能が分からなくなってるよね。


大学にアーカイブがあるとかそこでしか読めない論文とか話とかさ、そういう時代はとっくに終わったよね。お望みならばYaleなりMITなりハーバードの講義がYou Tubeで見れる時代だからね。特に英語が出来るやつなんてEラーニング系の教材が整い過ぎだから大学いらずだろうね。それでもまぁ茂木さんが言ってたことなんだけどさ、それは言えてるけどでも独学者の独善的な態度とかね、「大学で勉強する輩なんてシュトレーバーだ!」みたいに言っちゃうみたいなさ、学問を通じて人と接しながら学ぶっていうことも重要だと思うんだけど、それがないから独善的になりやすいってのはあるよね。それは凄く言えるなと。


それでもまぁ周りが馬鹿ばっかだったら全然意味ないんだけどね。そういう意味でまぁどの道ちゃんとしたところに行かないと猿みたいなやつらがいるだけだから何にもならないんだよね。でもなんか国立にしてもさ、センター試験とかあれってパニック障害ある人とかどうしてんのかな?って前にも書いたけどさ、別室で受けられるような処置がとられてるのかな?なんか試験が始まるときに空襲のサイレンみたいなのがなるらしいね。なんだそりゃ?っていう。こんな少子化が進んでいて大学が赤字の時代にセンター試験なんているのかな?まぁとりあえず東大を受けてみるみたいな輩が増えるのを阻止するのには機能するかもしれないけどマーチぐらいのレベルの国立の足切りなんて実質的に意味ないと思うんだよね。


まぁ詳しい事はあんま分からんからあれなんだけどさ、まぁ俺が仮に本気で受けるとしたらまぁ然るべき処置は取ってもらわないとありえないよね。まぁコミカレ入る前にCBTをデカい会場でウケたことがあるけどさ、まぁよくやってたよな。あんなの。薬飲みまくってたよね。あの時は。よくこなせたなって自分でも感心するよね。それこそセンター試験なんてトフルのIBTみたいな感じでいいんじゃね?って思うんだけどね。まぁ物理的にセンター試験は無理だな。安定剤とか飲んで何教科も受けられないよね。英語だけとかならオッケーかもしれないけど色んなジャンルは無理だよねっつーか公民とか色々あるじゃん?歴史とかやらなきゃいけないんだっけ?よく分からんのだけどねって調べればいいんだけど。


私立ならなんかまだ便宜を図ってくれそうな気がするんだよね。自分の所でやってる学力テストだから別室とかは便宜で用意してくれそうな気がするっつーかそういう場合は申し出てくださいって書いてある大学とかもあるしさ、そういう意味で受けるならやっぱ私立しかないなって思うんだよね。んでもそうなるとまぁ学費のことがあるから無理だなっていう。まぁ俺なりに色々考えてるんだよねぇー。ニートでいいやーなんて思ってるわけないし、ニートでいれるほど家は裕福じゃなくなったんだよね。昔なら可能だったかもしれないけど今は無理だよね。


だからやっぱどの道すぐとは言わないけど死なないぐらいの収入を接客業とかじゃないある程度の頭脳労働とかで得られるぐらいの何かってのを持ってなきゃいけないわけでさ、例えば塾の先生とかも調べたんだけどほぼデフォで大卒だよね。条件が。当然俺は少なくともその辺の大卒のやつより英語を喋れるだろうし何よりまぁネイティブ感覚を持ってるよね。そりゃまぁ5年近くいたんだからそりゃそうだよなっていう。んでもあんま関係無いんだろうね。そういうの。うわーでも英語の先生とかリアルやなぁー!塾の先生とか。まぁ食えないよりはマシだけどさ、でもどうせやるならカリスマ講師とかになって一瞬で稼いで伝説の予備校教師みたいになって一瞬で引退したいわ。まぁ冗談ですけどね。


塾の先生には失礼だけど日陰感が半端じゃないよね。まぁ別に俺は学問で名を上げようとかって野望は無いし好きな事をやれればいいから別に無理なく食えれば何でもいいのかもしれないけどさ、なんかでもね、今はどうか分からないけどさ、大学の先生は楽だっつーじゃん?週3ぐらい教えてれば良くてさ、んで基本的にまぁ研究をするってことで時間が設けられてるんで労働時間がそんなに長くないっていうさ、これやっぱ最高だよね。三日やれば辞められないだっけ?坊主と大学教授だったかな?実際どうなのか分からないけどね。まぁ楽しようとしているというよりかはリアルに俺の精神の事とかも含めてさ、過酷なスケジュールを極める実験で時間が埋め尽くされるとか無理だしさ、まぁそういうの通らないと先生とかにはなれないんだろうけどさ、先生になりたい!っつーよりかはなんつーか学問の知識が活かせつつ過密なスケジュールじゃなくてもやっていける場所だよねってまぁ今の日本にそんなところはありません!で終わりそうだけども。


でも年齢制限とか無ければトライはしてみたいよね。年齢制限あったらまぁ無理だけどね。40過ぎとかでも職が得られるならむしろ今ぐらいから始めてないともう遅くなるよね。その辺のことがイマイチ分からないし、まぁやたら「難しい」っていうことしか聞かないからさ、なんか現実的じゃないんだよね。途中まで行けても難民的なポスドクになるだとかなんだとか、そういうのがリアルで怖いよね。普通の大学生のレベルとかを見てれば別に全然俺でもやれないことはないだろうって思えるけど、ただやっぱ元々募集が少ないっつーか、凄まじい競争率がある中ってそれこそ分からないけどさ、なんか上位何人とかしかなれないようなのだとそんなのに最初から挑戦する気が起こらないよね。


俺は競争が凄く嫌いっつーのもあるんだけど、自然にやれるぐらいじゃないとやれないだろうなって気がしていてさ、それこそ努力とかを必要とするものだったらまず無理だよね。だから何の苦がなく自然にやれるようなものを探してるんだけどさ、まぁとりあえず文系だと哲学ぐらいしか能が無いし、哲学学者なんて逆に嫌だから哲学を実践したりやる側でいたいって意味で哲学は無いよね。学問としての哲学ってのには本当に興味が無い。実践以外は興味無いねっつーか興味が無くなってきてる。逆に実践を軸にすれば興味は尽きることないよね。だから一生できる。んでも職業にはならないっていうさ、んでも数学とか物理はそこで実益もありそうな気がしているんだけど、まぁ凄く過酷っつーか競争が凄そうな世界で吐き気がするんだよね。ある意味で一番向いてなさそうな職種かもしれんっていう。


んでも理系だとある程度の院とかにでもいけば狂ったように凄いやつを垣間みて刺激を受けるかもしれんし良い意味で諦められるかもしれないし、そこがまぁ理系で大学に行くことの利点だなって思えるんだよね。超人みたいなやつに出会えて刺激されるのでも絶望するのでもそういうやつと一緒にやっていけて刺激を受けて自分もやれるとか、あとはまぁ超ネガティブに「ははは。無理だこりゃ」って思えるのかさ、まぁでも俺的に言えば両方利点だよね。少なくとも今みたいに誰ともほぼ会わないみたいな状況よりかは物理にせよ数学にせよ学友なり先生と話せる場があったほうが精神的にも良いに決まってるよね。まぁでもそこは大学に期待し過ぎなのかもしれないけど、でもまぁ何千人って学生がいる中でちょっとぐらいガチでやってるやつなんてまぁ見つけようと思えば見つかるとは思うよね。


まぁそれだけが目的だったら別にモグリとかでも大学行けばいいとは思うんだけど、なんかそれだと逆に自分で本を読んでたほうがいいっつーモードになっちゃうんだよな。コミカレ行ってたときってやっぱさ、授業がどれだけ無駄でもまぁ出席はしたみたいなさ、一応前に進んでる感があるっていうのは今との違いだよね。まぁ学問的に見れば交通の時間とか無駄な授業の時間とかも全部学問に費やせばいいわけだから今の環境のほうが良いに決まってるんだけど、んでもあまりにも引き蘢り過ぎるし社会的なキャリアと関連が無さ過ぎるっていうかそろそろ年齢的にもう決めないといけない時期だなって言うのを凄く感じるんだよね。


年齢的にもうすでに無理かもしれないんだけど別にそれは無駄な年齢差別がある日本だけの話でさ、他を見れば違うかもしれないし、それはやっていく中で分かる事もあると思うんだよね。アメリカにいた頃にまぁあの場にいるからこそ分かることっていうかさ、やっぱあの中で最終的に数学を専攻にするって決めたっていう流れまでは良かったと思うんだよね。全部が無駄になってないしさ、哲学とか政治学を諦めたってことでもないしさ、全ての意味で前向きに数学を選べたわけでさ、で、その流れの中に今まだ自分はいるんだよね。もうあれから半年以上経ってるから全く感じられなくなってきてるけど、んでも別に数学について単純に知りたいから色々と読んだり見たりしてるし、その延長で物理もあるんだけど、ただやっぱなんか数学って講義形式になると異様に面白くて分かりやすくなるんだよね。


あれはなんなんだろうか?文系とかだと自分で文献に当たったほうがよっぽど効率が良さそうな気がするけど数学って何かさ、講義の質はどうであれ講義っつー形式がもたらす分かりやすさって凄いよね。なんかやっぱ単純に楽しいよね。哲学で言えば直で哲学者が書いたものに当たるのがダイレクトで良いに決まっているしさ、相当凄い先生とかじゃない限り既知なことを永遠とゆっくり聞かされるだけだろうしさ、それこそ自分でやれるやつこそが極められるのが哲学だと思うんだけど、数学に限らず理系ってなんかやっぱ色々あれど積み上げってのがやっぱ重要で、そういう意味でやっぱ演習とかも重要だし、なんかそんな中で発生するコミュニケーションとかね、人とのやりとりとか理系の場っていうもの自体がもたらすのはなんつーかイメージ的に文系のそれとは違う気がするね。凄くまぁ文系よりかは必要性を感じる。そういう意味で大学の意味がまだ文系に比べてあるような気がするんだよね。


こないだもある大学の講義をネットで見ててさ、まぁ日本の大学なんだけどね、まぁ全部見れるわけじゃないんだけどたまたままぁ見れるやつがあってさ、んで「これ解ける人がいますか?」っつってさ、先生が解くということに誘導しつつもこれには新しいパラダイムが必要なんですみたいなサジェスチョンを最終的に行うみたいなさ、1番と2番は既知の数学で解けるけど3番は今からコースでやる講義の内容じゃないと解けないみたいなね、んでも1番と2番を面白い解き方で解いてる生徒とかがいてそれが面白いんだよね。


「あーそういうやり方もあったか!」って先生すらも思えるような解法がパッと生徒から出てきたりして面白い。・・・・んーでもやっぱ期待し過ぎかなぁー。コミカレで数学に目覚めたっつー体験が後をひいてるんだよね。あの快感が忘れられない!っていうさ、いつも書くけど数Aぐらいのレベルのやつを単位にならない数学のコースでやってたけどまぁ面白かったんだよね!っていつも書くようだけどさ、logとかslopeって概念とかね、あのコースがあったからデカルト座標の凄さを味わえたんだよね。無知が故のタブララーサに知識が刻まれる快感っつーのかな?そういうのがまぁ脳髄に響いてたよね。


なんかさ、んでね、結構まぁあるけどさ、数学科を学部で出て院で物理学やるとかさ、その逆もまたあるじゃん?ようはある程度接してからやりたい事が見つかるとか分かるとかね、そういうのってやっぱあると思うんだよね。それこそ小学一年のレベルの数学を補修コースで受けてたゆとりとかってレベルじゃない基礎学力ゼロの俺がさ、何よりも数学を苦手としていた俺が数学をここまで好きになれたっつーのやっぱなんやかんやでリベラルアーツのおかげなんだよね。


いや、例のまぁ目覚めるきっかけになったMath101なんだけどね、やっぱまぁカントールだよね。集合論群論だよね。あと組み合わせ論とかもやったけど無知ながらもあれがすぐに確率論に結びつくのは分かったから、だからまぁ先生から「凄まじい数学的ポテンシャルを感じる!」とかって言われてたんだよね。だからセンスはあるんだなって自覚したわけだけどっつーかこの原体験を忘れちゃいけないよね。逆を言えばこの原体験から外れるようでは恐らくまぁそれは幻想だったかさ、まぁその程度のものでしかなかったってことだよね。んでも今は少しコースから外れたってことで諦めようとしていてさ、そこが俺的に凄く持った無いよね。当初はとりあえずしょうがないから日本の大学を出て、んで院でアメリカに戻るかフランスに留学するとかさ、そんなことまで考えてたわけでさ、そう思うと今みたいな引き蘢り生活してるとなんつーかビッグなことを考えられなくなってるよね。すげーリアルになるよね。だからやっぱ塾の先生とか夜間警備員みたいな発想が出てきちゃうんだと思う。


一時期自己啓発的に夢を諦めるな!って散々書いてた俺のコンセプトと本当に大きく外れちゃうよね。今の俺は結構諦めつつあるってのを実感してるよね。それはなんでなのか?ってやっぱりまぁ良い意味で色々と現実を知ったからだよね。知らないときはいくらでも夢を思い描けるけど、んでも今は色々と調べた結果、相当アカデミックでやっていくのは難しいってのがリアルに分かったわけでさ、昔の俺ならそれでもやるんだ!って思ってただろうけど、今の俺では自分に自信が無くなってきててなんかやれる気がしなくなってるんだよね。これがなんつーかコースを外れちゃうことの怖さだよね。あのノリを維持しつつやっていれば良かったのになぁーとか思いつつも、でもあのノリでやっていても思い知らされるときが来ただろうし、そういう意味でだからまぁ帰国が原因ではないんだよね。現実を知ったのが原因なわけで。


そういう意味だとまぁ何も考えてなかった大学生が惰性で院まで行っちゃった後ぐらいに現実を知ったぐらいの現実感が学部すらも行ってない俺にはあるからまぁ強みと言えば強みだよね。そういう現実性に立脚して厳しくても学部からやるっていう選択ができなくもない。逆を言えばそれはもう院生で対して能力もなくて終わりだーっていうような現実感じゃなくて、現実の厳しさを知っていて、でもまだそこに飛び込んでない自分がいるわけだから、まだ諦めるのは早いっていう意味での希望はあるよね。でもその一方で数学でも物理でも学問の性質上凄く挫折というのが怖くもある。超人に会いたいとも思うけど打ちのめされた時のショック感ってのは強烈だろうなとさ、まぁやってみてからでいいとは思うんだけどね、なんかまぁ俺って頭は悪くないけど理系で求められる一流の能力って半端じゃないじゃん?それってもうすでに最初からやれる人決まってるんじゃないの?って思えなくもないんだよね。


そういう意味だと物理学って凄まじい努力をすれば報われるような感じがあるよね。それこそ理科大とかでみっちりやればそれこそ実力がつくっていうさ、まぁこれは強化人間的な感じだけどね。んでも俺はそのみっちり感とか努力感に耐えられないだろうからさ、まずなんつーかブラック大学みたいな過酷さでやっていける自信はないから、そういう意味で物理ってキツそうだなって気がするんだよね。だったら数学のアプローチから数理物理学みたいな感じで切り込めればいいんじゃね?って色々勝手に思ったりするけどね。んでもそうなると理論物理学とかになってまぁ結構食えないジャンルではあるらしいんだよね。


あとまぁ凄まじいんだよね。計算量が。そういう意味だとやっぱなんかやたら力学だとかなんだとかの計算をするっていう物理学は好きじゃなくてさ、学問としては好きなんだけど計算が凄く嫌いなんだよね。だからそういう意味で計算は大変でも「うわー!こうやって解けるんだぁ!」っていうエレガントな解法がある数学ってのに今の所消去法で言えば俺は向いてる気がする。泥臭い計算に耐えられないという意味で。まぁ数学に泥臭い計算が無いとは言わないけどさ、んでもなんかハーディーが言うさ、汚らしいようなエレガントじゃない解法はお天道様を拝めないんだ!みたいなちょっと微妙にっつーかかなり違うと思うけどね、なんかハーディ的な一貫して数学に美を求めるようなハーディ主義というのが凄く俺の体質にあっていてさ、まぁかなり芸術よりの数学っつーのかな?苫米地さんが数学は芸術とか音楽に似ているって言っていたけどそれは本当にそうだと思うね。


細かい打ち込みよりもシンプルだけどエレガントみたいなね、それこそドビュッシーみたいな旋律の美みたいなのが純粋数学のフィールドの中のいくつかにはあるよね。応用数学とかになるとすんげー泥臭くなるイメージがあるよね。ハーディーのA Course of Pure Mathematicsでさ、「この本は数学者のためのものであって、エンジニアだのなんだのっていう、第一の感心が数学に無いもののためのものではない」みたいなことを序文で書いててさ、排他的で貴族的ではあるけど、でもなんか凄くハーディーの英国紳士的な純粋数学至上主義って嫌いじゃないんだよね。まぁ別に他を排除する必要はないけど、でもまぁハーディの言うことには共感できるっていうさ、これってまぁある種の数学思想でしょ?だからなんか俺も数式とか自分で扱えるようになって綺麗な式とか自分で書いてみたいんだよね。それこを綺麗な絵を書くとか音楽を作るみたいなのと同じ感じで。


こういうのって「何を馬鹿なことを言ってるんだ!」って言う人多そうだよね。すげー別れそう。よく数学系のエピソードで見るのは純粋数学者と応用数学者の仲が悪いみたいなことね。実際そうなのかは分からないんだけけど。ちなみにチューリングも数学やり始めたころはこのハーディのA Course of Pure Mathematicsをやってたみたい。んまぁでもこの本のさ、Centenary Editionの表紙がハーディでかっこいいんだけど、んでもすげー昔の本だし、今ではもっと分かりやすく書いてる本があるから、今これで初歩的な微積分を学んだりするメリットはあんまり無いと思うね。基本的に高木貞治の数学書とかと同じ類のものだよね。まぁ格調高いテキストではあるけど、別に今ではもっと分かりやすいのがあるから、別に大昔に書かれた数学書で数学を勉強する必要もないよねっていう。


あとアレ、勝手にハンガーストライキっつーか人体実験なんだけど相変わらず二食が続いておりますよ。夜はまぁ少なめに食べて、夜中はご飯と納豆みたいな。んでも寝る前ぐらいにさすがにすげー腹が減るよね。


まぁ今日はそんな感じで。あ、そういえば数学ガールの新作出たんだよねぇ!欲しくてしょうがないんだけどさ、未読の本が手元に多過ぎるからそれを読んでから買おうと思って。こんな状況で買っても落ち着かないからね。数学ガールをアニメ化して理論的なことを説明するようなミルカさんの講義形式になっているEラーニング教材とか普通にあってもいいと思うんだけどね。声優とかも売れっ子を当てればオタクも買うだろうし。これは普通にアリだと思う。ツンデレ数学講義みたいなね、数学ガール以外のトピックでも高校数学の全てが網羅されたりしてたらアニオタで数学またやり直したいとかって思ってる人が絶対見るよね。アニメ見てるだけで数学の講義が見れるって最高じゃね?作画を凄く良くして人気声優を使えば余裕でアリだと思う。


ゲーム化よりもよりリアリスティックな提案だと思わない?数学的な部分はもう原作でバッチリ押さえられてるんだからさ、まぁあとはそれをEラーニング教材用にアレンジしつつ、でも個々のエピソードはあくまでアニメのエピソード的な感じで講義がメインなんだけどアニメ的なストーリーのエピソードもあるみたいな。いや、リアルにこれはありだよね。もしドラとかアニメ化されてるけど、数学教育って意味で言えば数学ガールのEラーニング用アニメって本当に必要だと思うね。それこそ教育テレビとかで流してほしいって思うよね。


まぁそんな感じで今日はこの辺で。



ASAPな感じで近々買うけどね。とりあえず参考にアフィっておきます。