ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

精神的に詰んでいる感じで。

あーもうダメだ・・・。俺の趣味であり心の支えでもあったYou Tubeのチャンネルが破壊されそう。いや、また来たのよ。著作権侵害の通達が。また例によってダブステップで作者本人からのクレームだったんだよね。前にも書いたけど変な言い方になるけど大ネタとかで来るのはなぜか納得できるんだよね。あーメジャーから来たかぁー的な。でもすげーマイナーなやつで本人から来るってかなり意外なんだよなー。だから別にマイナーメジャー関係無いんだよね。パフュームの時にやっぱ大ネタはダメかぁーと思ってさ、マイナーネタなら大丈夫だろとか勝手に思ってたけど全然違うってことがよく分かりましたね。


なんかあれだよね、1年も持たなかったってことになるのか。なんかやっぱりショックだわー。本当に。調べてみるとアカウント停止になった人とかってやっぱ大抵ヘコむみたいね。いや、ただの違法動画のアップロードならまだしも自分でドラム叩いてるとかさ、でもバックで何かの曲をかけてるからそれが侵害になるだとかなんだとかさ、それこそチャンネル登録者が300人以上いてアクセスも100万近いみたいな化け物チャンネルが平気で潰れたりしてるんだよね。なんかこれってどうなのかなぁー?別になんかの曲をかけてドラム叩くぐらいいいじゃん!って思うんだけどってまぁそれはみんな言ってることだよね。なんかでもこういうのって名もなき人達の表現方法の潰しとしか思えないんだよな。


いや、それが著しくセールスに影響しちゃうような著作権の侵害の仕方ならまだしも好きな曲のドラムを叩いてるぐらいいいじゃんね?って思っちゃうわけよ。色々と調べてみると2009年ぐらいにもボカロ狩りみたいなのがあったらしいんだよね。まぁ俺はボカロに何の思い入れもないけど、なんかさ、表現方法を奪うなよ!って感じがするんだよね。既成曲をアレンジしてボカロに歌わせるみたいなことにすんげー長けてる人とかいるわけでさ、そういう人達の表現方法を著作権侵害の名の下に狩るっていうのはどうかと思うよね。何のための音楽なの?って気がしてくるんだよ。


まぁいいか。もうこれについては。どの道まぁYou Tube依存してるとダメだなってのがよく分かったね。ましてやああいうところにホメオスタシスの一部を置いちゃうのは凄く危険だわ。そんなにまぁ依存しているつもりはなかったんだけどああやって通告が来るとなんか自分にダメージを受けたような感じがしちゃうんだよね。前にも書いたけどまぁその築き上げてきた感ってのがやっぱり出てきちゃってて。でもそうなるとマジで趣味なくなるよな。息抜きという意味もあって楽しかったのになぁーって感じだよね。


なんかそうなるとさ、いや、狸さんとのやりとりもあったけどまぁすげー葛藤してるわけよ。色んな意味で。そんな中での貴重な息抜きだったのにそれが無くなるとなるともうなんだかどうしていいか分からないじゃん?で、最近さ、まぁ個人的な事情の話だけど、店の開店までには起きてないといけないんだけどさ、元々朝が弱いのと薬飲んでるのもあってなかなか起きられない時があるんだよね。で、やっぱそれがすげー問題になっちゃってて。


で、まぁだから前見たいにっつーか初期みたいに夜型に時間を戻して、んで夜はずーっと起きてて朝に家に帰って寝るってスタイルを取るしかないなってことになるんだけど、そうなるともう店の個室で14時間ぐらい毎日過ごすことになるからさ、結構まぁー凄いよね。勉強するには最適なんだけど。だからもうこれしかないなと思ってさ、どの道、放っておいても悩んでるわけだから、こういう場に身を置いてストイックに何かに没頭するしか心の癒しができないなと思って。結局時間があってもさ、マッシュアップとかウォール伝書いてるときはいいけどさ、まぁとにかくマッシュアップっつーのが無くなったわけだし、他にやることもないわけでしょ?店の手伝い以外は。だったらもう勉強しかないじゃん?勉強って言い方アレだけど。


だからもう心を無にしてっていうとアレだけど、どの道もう道はないんだから没頭するしかないなって感じだよね。むしろ良い機会なんじゃないかと。もう必然的にそれをやるしかなくなっている状況にあるっていうような感じね。まぁパソコン持ってくるとついネットとかやっちゃうから何か書きたい時以外は基本店にはパソコンは持って行かないでずーっと勉強だなーって感じだよね。かといっても思考停止的になってもいけないんだけどさ、でも色々と考えるとまた悩んじゃってどうにもならなくなるっていう悪いスパイラルもあるから、そこはバランスは必要なんだけどね、んでもなんかさ、結局は虚しさとの戦いなのか?的なことも感じるよね。


それを誤摩化すために何かに没頭するんじゃないか?みたいな、前に俺が書いたような実存的問題からの逃避だよね。何かに没頭するということでその問題から逃げるっていう。まぁ現実逃避として数学をやっているつもりはないけど、でもやっぱ読書もそうだけど現実逃避って面はなくもないよね。少なくとも能動的にやっている時はそれをやっている時に楽しいわけだからなんつーかまぁゲームやってる時と同じ感覚だよね。で、今の俺はもうゲームぐらいしかやることがないからそれに没頭しようっていうさ、店にゲーム機持っていって毎晩何十時間もゲームやろうって言ってるようなもんだよね。


でもそうやって没頭してきた事も別に身を結ぶとは限らないっていうさ、その不安だよね。あるいは虚しさかな。これやっていてどうなるんだろう?って思う時はあるからね。別にさ、これをマスターして先生になる!とかね、そんな分かりやすい目標が無くてもとりあえずマスターする!ってことで動機は十分だと思うし、狸さんとのやりとりにもあったように最終的には成果として何かを書かなければいけないっていうさ、そこは隔絶された中でやるっつーよりかは何かを書くっていうことが目標の一つとしてあるわけだからさ、そこはまぁいいんだよね。


でもまぁーさ、いつも書くようにあれだよね、才能があるか無いかだよね。無かった場合の悲惨さといったらどうすりゃいいのか分からないもんね。そりゃ自分はある程度まではやっていけばいくっていう確信は当然あるけど、そんな程度じゃダメなんだよね。それこそその辺の大学生とか大学院生とかと同じなわけで、そんなんじゃ全然意味がない。結局卓越するためには何かが必要なんだよね。で、しかもそれは努力だけでどうにもなるものではないっていう。残酷な世界だよなぁー。本当に。


先に進んで壁にブチ当たるのが怖いんだよね。多分。自分に自信がないから。でもある程度やらないことには分からないからやるしかないっていう。だからその速度をあげて見極めを早くするっていうほうが効率的だよね。ダラダラやるよりかはガッツリやってダメだったらダメで諦めるっつーかまぁダメってことを認めるっていうかなんていうか。でもそんぐらい自分に厳しくないとどの道やれないよね。だからやっぱ俺はまだまだ甘いんだろうな。それがコミットメントの浅さということで出てしまっている。


今回のこの夜型モードをミネルバモードとかミネルバ作戦とでも名付けようかなと思って。あ、ミネルバの梟って意味ね。まぁ本しか無い部屋で過ごすわけだから読むしか無いっていう。まぁ佐藤優の獄中記と同じ原理だけど、時間があると無駄なことを杞憂したりしがちな俺としては逆にこのミネルバモードのほうがいいかもしれないんだよね。余計な事を考えずとりあえずもう没頭するっていう。そうなるとマッシュアップとかないほうが逆にいいからまぁ今回は良い機会だったと解釈すればそれまでになるんだけどね。なんかあと良い意味で気が狂えば楽だと思うんだよね。それこそ病的にそればかりやってしまうぐらいになれば逆にコミットメントなんて考えなくてもよくなるわけだし。変に理性があるから苦しむんだよな。完全に狂えば絶対楽なはずなんだよ。なんかでもさ、我ながら書いてて思うんだけど宗教っつーかカルトと構図は一緒だよね(笑)


それこそオウムとかさ、ドクトリンが数学なだけで生活様式とかほとんど一緒っていう。「修行するぞ」ってのが「数学するぞ」になってるだけっていうね、凄く不気味で気持ち悪い感じがするよね。でもようはそれってオウムもそうだけど解脱のために修行出来てるんだ!っていう自己満足がいいわけでしょ?それがあるから絶望的な現世でも生きていられるっていう。だからようは俺もそういうようなのが必要ってことなんだよね。


でも哲学ってのは本当に基盤にあって、んでも宗教的な感じでコミット出来るものってのが欲しくてそれが数学って気がしなくもない。別に修行者って仏教者が書いた本とかを必ずしも知的刺激と共に読んでいるわけではないのと一緒で、数学やる人もまた同じっていうね。まぁ俺は知的刺激あるけどね、でも気が向かないときのほうがむしろ多いのよ。んでもそういう時にどうしていいか分からなくなったり不安になったり鬱っぽくなるから、だからそういう時間も修行してたほうがいいんだよねってそれこそ宗教的に思い込むしかないんだよなー。


ようは人生通してそれがあればとりあえずオッケーっていうものが欲しいんだと思うんだよね。それが数学であってほしい!っていう願いっていうか。でも一生楽しめればいいってことじゃなくてそれは高い目標を持ってやるってことになるんだよね。だからアマチュア的に続けるつもりはないってことになるんだけど。だってホントに自分でやってるだけじゃ自己満足だもんね。やっぱそれは嫌なんだよね。


なんかでもさっき書いた事で言うと「狂えば楽」ってまぁ自我を崩壊させるってことだからまぁ究極的に言えば自己満足なんだけど、でもそれは付随する事っていうのかな?やっていくうちに自我が無くなれば凄くいいなって思うわけでしょ?もうマジで辛いんだよ。本当に。だから楽になりたいってのはあるよね。本当に。いや、なんでこんなことを思うか?って今更だけど森達也のAとA2を見たのよ。で、ありのままのオウム信者ってのを見た時に本当に俺と変わらないなぁーって思ったわけね。まぁ俺は理系バカじゃないからあんな教義に騙されないし、そこがまぁリテラシーレベルの違いではあるんだけど、でも俺みたいな超越的な何かを求めたり日常性に耐えられなかったりする人間としては情弱だったらああいうのにコロッといくだろうなぁーって思っちゃったよね。


体を竹刀みたいなので叩きながらなんか読み上げてるじゃん?あれと俺が数学の本なり哲学の本を読んでるのとどういう違いがあるんだ?っていう。まぁ内容の違いはあるよ。俺は自分で考えてるし自分で考えてるからこそ大変なことが多いわけだけど、でもスタイル的には同じだよね。もうひたすら修行って生活を送りたいわけじゃん?他の事が辛過ぎるから。だからなんかその構図がオウムっつーかカルト的な宗教とほとんど一緒だなって思ったのね。


いや、もっと楽しい生き方があるよ!とかって言われても無いじゃん?オウム信者にとって現世がデタラメなのと一緒でまぁ俺にとってもそれは同じだからね。何かだから妙な親近感を湧いちゃったのね。別にオウムを肯定するつもりは全くないし普通の人を狙ったテロとか言語道断だけど、なんかでも彼らの迷ってる感じってまぁなんかすげー似てるなぁーって思ったんだよね。俺がコミットするものに対して「これしかないんだ」って思うのと同じで彼らも「尊師しかないんだ」って考えるのと同じっていうかなんていうか。


だからなんか自我の救いとかコミットすることで迷いが消えるとかっていうそういうものを数学に求めている時点でもうそれはほとんど宗教だよね。まぁ自分の場合それが客観的に分かってるからいいんだけどね。だから全然危なくないし埋没していてもそれは常に客観目線があるし、まぁそこはオウム信者ほど単純じゃないわけよ。なんかでもああいうオウムとかって理系のエリートとか多いらしいけど、なんか本当に教養不足って感じがするよね。数学だけは出来たんだろうなーっていうさ、宗教的な知識とかさ、論理にしてもすげーおかしいじゃん?でもそれと理系の成績って関係無いんだよね。いや、一般的にって意味じゃなくて彼らにしてみたらってことね。だからまぁあれも一種のバカだよね。頭の良いバカっていうか、でもまぁそれは俺が普段からディスってる理系バカと同じなのよ。


それだけ出来てても教養不足じゃポンコツだと思うんだよね。なのにそういうやつに限って哲学とかをやけに批判するってのが余計に気に食わないんだよね。人文系のことも知ってて批判してるならいいんだけど単純な教養不足からっつーか無知から批判してるって本当にアホだよね。なんかそういうのってまぁ凄くオウム的だなって思うのね。理系の成績だけ良くても何にもならないっていう。


でも俺は実存的にオウム的なんだよなぁー(笑)結局は弱さなんだと思うよね。自分一人で実存に向き合っているように見えてやっぱり疲れるから「何か」が欲しい。そういう構造で宗教とかにのめり込む人がいるわけじゃん?で、俺にとっての数学ってある種の救いなんだと思うよね。哲学の場合、問題がダイレクトだからようは哲学やるってことがもうそのまま実存なり現実に向き合うってことになるからさ、だからまぁ別にやろうとしなくてもそれはやっちゃうわけだけど、数学の場合、実存的葛藤ってのが無いじゃん?ただその代わり自分が「選ばれしもの」じゃないと救済されないっていうさ、それが言わば俺の言ってる才能ってことなんだよね。


激しい修行をやろうが救済されない人はいるわけだから。まぁそこまで卓越してなくてもいいけど数学をまともにやれるぐらいの感覚とか知性ってのは凄くあってほしいなって思うんだよね。それこそ全然やってこなかったジャンルだから見当もつかないんだよね。まぁ概念的な思考は得意っていうか鍛えられてきたってのもあるから恐らくいけるだろうとは思うけど、それだけのゴリ押しってだけじゃやっぱ無理だろうって思う所もあったりして。


でも無理かも?なんて不安ベースでやっててもしょうがないからさ、やるしかないんだけどね。前にも書いたけどある程度やらないと分からないからね。んでもまぁ辛いなぁー。本当に。楽しくはないね。なんか最近色んな意味で精神的に余裕がなくなってるんだよね。精神的に詰んでる感じがしてきてずーっと調子悪いし寝付き悪いし。薬が普段のも寝る前のやつもほぼマックスなんだよね。薬がマックスのほうのマックス・コーエンかよ!っていう。数学のほうであってほしいよなぁー。まぁあんな幻覚とか見たいとは思わないけど。


なんかさ、数学ってシビアなんよ。とりあえず文字追ってればいいってことがないからさ、頭がボーっとしてる時とかダメなのよ。文字とかは結構読めたりするじゃん?でも数学ってホントダメね。やれるときとやれないときがある。まぁでも慣れてくるとあれなんだよね、数式ばっかの本のほうが読みやすくなるんだよね。恐ろしいデータ量の内容が凝縮されてるじゃん?だからまぁ数式読めるときは活字の本よりかは楽だよね。ただまぁその肝心の数式が難し過ぎる場合はどうにもならんけどね。


まぁそんな感じですわ。こうやって悩んでると書く事は増えるからウォール伝的にはいいんだけどねぇ。んじゃまた。