ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

いやーまた久しぶり。

やっぱ不安定だなぁー。何かにフォーカスしてないと空しさに飲み込まれそうになる。でもこういうときってその空しさなり憂鬱さをごまかすためにも何かに集中するからそれはそれでいいんだよね。逆にハッピーなときが一番何もしないっつーか娯楽ばっかになるもんな。あとあれなんだよね、あんま更新しないのは書くことが無いからなんだよね。今はメインが数学と経済学で考えるっつーよりかは基礎的なことを詰め込むっていう段階なんで思考とかが介在する余地が無い感じなんだよね。思考するのはある程度のまとまったデータが頭に入ってからじゃん?っつってもあれだよね、結構な量だよね。マクロとミクロを一通りやるだけで結構な分量っつーかようはあれってもう完全にお勉強だから一回読めばいいわけじゃないじゃん?概念的な理解ではなく事実の記憶って感じじゃん?で、それを積み重ねていって経済学的な思考力が身についてくるんだよね。これは本当に基礎が重要な学問だわな。数学も物理も結局はそうなんだよね。基礎がいらないのは哲学ぐらいかもな。俺って最初が哲学だから基礎から勉強するみたいなことって数学が初めてだったんだよね。


で、今は経済学なんだよね。ちなみに社会学もギデンズのを読もうと思ってるけどこれは知ってることが多いから楽だと思う。経済学は知らないことが多いんだよね。大まかなことしか分からなくてディティールが細かくなるとそんなにすぐ理解できるわけじゃないんで反復が必要になるんだよね。もうひたすらそれだから何か書くとかそんな感じではないよね。あとあんま楽しくないのもあってまぁ余計に鬱っぽくなるんだとは思うけどね。


でも経済学と社会学は絶対知ってたほうがいいからね。後に絶対に役に立つし視野が広がるわけだ。まぁようは今の俺ってもう知識が頭打ちなのよ。だから分野を広げていくしかない。でも俺のコアにあるのはやっぱり政治とか社会だから社会学とか経済学なんてむしろ必須なんだよね。やらないほうがおかしいぐらいなんだけど。でもまぁそんなわけでつまらなくても我慢してやらないと駄目だなって感じだね。


あとあれ、アーノルドの古典力学のやつが届いたんだけど予想通りめちゃめちゃいいね。これが一番楽しいわ。今は。なんかさ、大雑把に言うと数学的方法ってようは何かを一まとめにして写像したりなんつーかまぁ基本morphismなんだよね。何かと何かが対応してこうなっているっていう極めて集合論的というか圏論的というか、ようは物理っつってもさ、それこそ三角関数じゃないけど意味を考えてもしょうがないのが多いじゃん?これはもうそうなっていてそういう事実なんですっていう数式が多いからなかなか頭に入らないんだよね。でも数学的な記述だと根本的な概念とか大枠の抽象的な概念ってのがコアになるんで、俺みたいにそういうのが得意な人にとってはやっぱりこれだよね。基本的に数学っつーまぁ物理もそうなんだろうけど、数学が展開されるスペースってあるじゃん?それが頭の中に展開できてるともう楽なんだよね。これはもう普段から考えて慣れるしかないんだよね。でも慣れると一気に分かるようになるんだよね。


で、数式もようは数学というよりかは色んなモジュールが組み合わさってできている概念の記号の体系みたいなゲシュタルトっぽい理解になるんだよね。考え方が何分の一だからどうのっつー計算的なものではなく概念的なものになるんだよね。だから数というよりかはこれは逆であっちの場合はベクトルのなんたらで・・・っていうそんな感じになるんだよね。だからホントに思うのは計算が苦手でも数学はやれる可能性があるってことだよね。俺は計算が死ぬほど嫌いなんだけどでも概念的に考えることは好きなんで、そういう意味での数学に覚醒したわけじゃん?まぁリベラルアーツで取った数学の基礎コースがきっかけっていつも書くけどさ、もう本当に集合論を最初に知ったときの感動っつったら無かったもんな。そりゃーメジャー変えるよな。実は数学ってこうだったのか!っつー驚きが凄かった。だからまぁいまだに練習問題なんて一問もやったことが無くて、ひたすら読んで考えるっていうまぁ基本的に哲学みたいなやり方をしてるよね。俺的にはこれが一番だからこれでいいんだと思う。万人にとっていいわけじゃないのは明らかだけど。


あ、んであれなんだよね、ある天才少年のted taikの動画があるんだけどさ、すげー良いことを言っててstop learning!ってことなんだよね。何かを学んだらあとは本を読むのとか新しいことを頭に入れることはやめてそれについてひたすら考えろ!っていうそういう話。もっともな話なんだがRPGとかで言うところの知性だのステータスのパラメーターが何たら以上じゃないとできない芸当なんでパンピーにそれを薦めても駄目なんだよね。まぁそれが天才たる所以なんだけど。自分が当たり前のようにできててなおかつそのほうが学習にとって凄く良い結果をもたらすってことが分かってるから「こうやるんだよ!」って言いたくなっちゃう。でも実際は「君だからそれができるんでしょ」ってことになっちゃうんだよね。まぁこの子も普通の人と接すればそれが分かるようになると思うんだけどね。でもずーっとエリートコースでべらぼうに頭が良い人としか接しないって場合もあるからそういう場合は庶民の感覚が一生分からないだろうね。まぁ庶民と縁が無いならそれでいいんだけど。なんかでもこんな子が日本にいたら徹底的にルサンチマンの塊みたいな忌まわしき凡人たちから徹底的に批判されるよね。まぁこういう子もいるんだろうけど日本の村社会的なメンタリティのおかげで才能が開花できなかったりあとは海外いっちゃったりとかそんな感じになるんだよね。



で、いきなり話は戻るけど庶民的な感覚が必要な学問ってあって、社会系って最たるものだと思うんだよね。理論だけ学んでも一般人のメンタリティとか性格とか傾向が分かってないと何にもならないんだよね。で、前に書いたように強烈な右翼っつーかようは絶対的な能力主義みたいなのを唱えるようになっちゃうんだよね。まぁでもそれは効率から言ったら当たり前の帰結なんだけど、それだと相当アウトですよねっていう、そこからのバランスを考えるってのが重要な仕事だよね。理論だけ頭に入れて最善の効率を目指すってこれなら誰でもできるんだよね。でもこれだけじゃ全然駄目でさ、ケインズだったか忘れたけど、一流の経済学者になるのは特別な才能を必要とはしないが、哲学・数学・社会学といったような色んな分野での才能を少しずつ必要とするみたいなことを言っててさ、本当にこれですよね。数学だけできてても何にもならんし、理論ができてても庶民の感覚とか理論とかではない曖昧な人間の心とかさ、そういうのが分からないと駄目なんだよね。そういうのがちょっとずついるんだよね。ウィザードリーで言うところのロードみたいな色んなパラメーターの平均的な高さを必要とする上級職みたいな感じだよね。ただその代わり数学や物理で必要とされるようなべらぼうな才能ってのは必要とされないんだよね。だからまぁ数学とか物理で挫折した人が経済学に流れたりするケースが多いんだよね。恐らく。でもまぁ数学と物理だけやってても人文系のセンスが無けりゃ全然駄目だから所謂ただの理系みたいな人が経済学だけやっても何もならないよね。


だからまぁ俺にぴったりだと思うってことが言いたいだけなんですけどね(笑)でもまぁ極めるつもりはなくて基礎知識だけだよね。極めたいのはもっぱら数学なので。まぁそんな数学が経済学をやる上で役に立ってるんだけど、んでも俺が好きな数学の分野は人文系のものとは全然関係ないようなもんでまぁ断絶はあるよね。哲学って万能だから全部地続きなんだよね。哲学はそれだけじゃ何もならないかもしれないけど何かの分野をはじめるにあたっての基盤みたいな意味ですげー万能なんだよね。だからまぁフランスなんかでは高校で哲学を教えたりしてるんだよね。まぁ日本も見習えなんて言いませんけどね。まずもっとそれ以前にやらなきゃいけないことだらけだからね。


まぁそんな感じですかね。んじゃまた。