ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

刃の位相。

三日坊主で終わるかもしれなかった居合いなんだが自分が思ってる以上に入れ込んでるようでっていうか潜在的に相当やりたかったみたいで毎日やってるんだけどその結果、肘と手首をやっちゃいましたねっていうかやったというほどではないんだけど軽い炎症を起こしていて腫れてるのね。いや、そんな腕をやるほどスポーツなんてやったことないからさ、いや、そりゃそうなるよなぁーとか思いつつも手を伸ばすと痛いというのは致命的なんだよね。昔の武術家とかありえないぐらい重い木刀を500回振ってたとかさ、そんな話ザラにあるじゃないですか?いや、どうやってたんだろうな?と思って。使ってれば強くなるもんなのかな?


んでもやっぱ下手糞だからだよね。力の入れ方とか刀の抜き方とか上手くないから変な負担が手にかかっちゃってそれで痛めてるってのはあるよね。それでもまぁ上手く抜いたところでやっぱり肘と手首には負担がかかるんだよね。だからもうこれはそれこそアスリートが使ってるようなサポーターとか使わないと今みたいなペースの練習は駄目かもしれんってことになってますわ。とりあえず腫れが引くまで何かで代用するしかないと思って、んだから鞘引きの練習をしてるんだよね。それでも右手は使うけど抜ききるわけじゃないから肘には負担はかからないわけで。あとはやっぱ体の動きとか居合い腰とか刀を抜いたり振るだけが練習じゃないからその辺は腕のことも考えてバランスを考えないと腕壊しちゃうなと思って。


あとなんか本当に最近やってて思うのは力むことのベネフィットが全然無いということね。力を入れるって言っても実は鞘引きをする左手が一番力んでるぐらいのバランスでいいのかもなとか思ってますよね。右はあくまで刀を出すのと刀の重さを利用してスイングするっていう感じだな。力を入れて振るってのはあんま効果的じゃないなと。叩き斬るんじゃなくて速いスイングで斬るってことだよね。リスカで言うところのカッターの刃を手首に当てて引ききるっていうこの感じやね。その引ききる速さなんだよね。それが「パッ!」と速いとそれだけ斬れるってことなんだよな。イメージ的に斬る対象の斬れる部分がdisplacementされる感じね。12345...っていうところの3のところを斬りたい。で、斬ると12刃45になるって感じね(笑)分かりづらいか。ダルマ落としだね。ようは。あれって打つのが下手だと横に行く力が分散しちゃって全部倒れちゃうじゃん?上手いこと完全に横に行く力で「ポン!」と叩くと上手いこといくわけじゃん?それですね。


なんかあれなんだよね、トポロジーやね。基本的に。刀の刃が斬る物体に位相される感じね。でも位相される場所にすでに物体は存在しているんだけどそこの場所に刀が来るからそこが無くなっちゃうんだよね。それがつまり斬れるってことなんだなと。で、その刃が位相されるのは一瞬でまぁ一瞬でdisplacementが起こるわけだね。んでも刀が位相された場所にあったものは刃の位相によって無くなってしまったからようはそこで切断ということが起こるってことだよね。アニメとか時代劇とかであるようなあれよ、切られた人が数歩歩いてから胴が臓物を飛び散らせながら崩れ去ったみたいなさ、これだよね。ダルマ落としの原理で刃の位相が早ければありえない話でもないんだよね。問題はそこまで刃筋が通ってるのか?っていうのと凄まじく切れる刀じゃないと駄目ってことなんだけどね。超人的なテクニックと凄まじく切れる刀ならありえそうな話だよね。あのあれだ、寄生獣とかで多いじゃん?スパッ!と切れてちょっと間があってから崩れ落ちるっていう。


で、理想で言えば抜き打ちでそのぐらい切りたいわけだよね。で、これをやりたいなら力というよりかは鞘引きと鞘走りですよ。もうこれに尽きる。抜くという動作はせずに鞘に刀を入れたままそのまま切っちゃうっていう感じか。抜くという動作をするとそこに力が加わるから無駄になるんだよね。上手い抜刀って抜くっていう動作をしてないんだよね。鞘走りと鞘引きでそのまま切りつけてるっていう感じがある。ボタンを押したら「シャッ!」と刀が出るような、そういう機械的な感じっつーのかな。抜くっていう動作は人間的なんだよね。でもボタンを押したら飛び出るナイフみたいなのって機械的で残酷で怖いじゃん?力が加わってるっていうよりかはそういうメカニズムでナイフが飛び出してくるっていう感じだよね。だからまぁ力は入れないほうがいいって結論に達したわけですね。面白いことにこの場合、ある程度刀が長いほうがいいんだよね。短いやつだと腕で抜く感じになるし刀全体の重さを利用して遠心力で振るみたいなことが出来なくなるじゃん?小太刀とかで遠心力利用の切りつけって無理じゃん?短い刀然りなんだよね。だからなんか長すぎると思ってた2尺7寸の刀がジャストフィットじゃねーか!って気がしてきてなんか嬉しいんだよね。


刃先に重りがついてるようなイメージね。それを利用して振るっていうことなんだよね。だから力は要らなくて手首の使い方とか体の使い方になるんだよね。上手く行くときは全然力んでないのに刀が生きてるかのように「ヒュッ!」と動くんだよね。自分で斬るというよりかは刀自体を斬らせる手伝いをするという感じかな。だから主体は刀なんだよね。自分じゃないわけ。自分に行き過ぎると本当に無駄な力が入るし大抵上手くいかないんだよね。


そういうわけでなんつーか自分の体のextensionという感覚だよね。道具を使ってるんじゃなくて自分の体の一部を使ってるんだっていう感じ。ただ神経が通ってないだけで実際は体の一部みたいなもんなんだよね。分かりやすいところで言えばキャプテン翼がよく言う「ボールは友達」っていうあの感じか。キャプテン翼って常にボールでなんかやってるじゃん?あれですよね。ジャロン・ラニアーが言うところのホムンクルス性なんだよね。それがバーチャルなものであれ道具であれずーっと使い続けると脳がそれを体の一部みたいに感じるようになってまるで自分の体を動かすようにそれを使えるようになるっていう。結局はまぁ脳から指令が行って体が動いてるわけだから道具も同じだよね。それがあたかも脳から直に刀に指令が行ったかのようになればいいんだよね。でもまぁ慣れってそういうことですよね。テニスの選手のラケット捌きとか野球選手のバット裁きとか共通してるよね。基本的に腕というよりかは体じゃん?重要なのは。イチローなんてのはそういう意味でやっぱり恐ろしいよなぁーと思うね。んでもやっぱイチローって子供の頃からめちゃめちゃ練習しまくってたわけで、スポーツにしても武道にしても達人ってやっぱ尋常じゃない練習量ってのがあるよね。身体的なものだからそれが顕著なんだよね。


まぁそれで言うと数学もそうなんだよなぁー。数学の具体的なことに関して考えてる間ってのがスポーツや武道で言うところの練習をしてるってことだよね。決して読んでいる時ではない。アラン・コンヌがマジで数学やりたいならまず数学書を閉じて数学について考えろって言ってたけどこれだよね。数学においてはこの考えるってことがようは具体的な動作ってことなんだよね。体を動かすっていうことか。まぁ頭を使うってことだよね。で、俺がいつも思うのは練習問題なんかやってても全然それは頭を使ったということにはならないんだよね。良問は別としても大半はパズルでしょ。計算ってそういう意味で本当に意味ないんだよな。計算が速いということが数学的能力とほとんど関係ないっていうのもそういうことでしょう。計算が苦手でも考える力とか抽象的に何かを考えたり抽象化という作業が得意な人なら数学は得意なはずなんだよね。


っつーかそろそろいいや。腹減ったから。んじゃまた。