ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

似非居合いのトラウマが・・・。

居合いについて色々と調べてるわけじゃない?で、色々と悪い意味で衝撃的なのを見てしまったりして、すげーショックを受けてるんだよね。「我流」と称して居合いをやっているんだけど内容が衝撃的で・・・っていうような類の・・・。それが本当に凄まじく衝撃的でさ、本人は色々と分かってるつもりなんだけど全く分かってないのね。で、その分かってないのレベルが尋常じゃなくて・・・。でもちょっと待てよと思ってさ、結局、程度の差はあれちゃんとした動きが出来てないって意味ではトンデモ我流も一人居合いも同じじゃねーかってことなんだよね。その「ちゃんとしてない」というのを指摘してくれるわけじゃないから結局は分からないじゃん?まぁ動きがそれっぽくても全然本質が伴ってないんじゃあそのショックな我流と変わりねぇーじゃん!と思ってさ、しかもいい年こいたやつがやってるんだから哀れだよね。なんつーか下手な自己満足の世界を極めた人のを見たってことなのよ。


それが衝撃的で気持ち悪くなってしまったわけ。でも「俺はそんなやつとは違ってもっとちゃんとやってる」なんて何の根拠を持ってそういえるのか?ってことになるじゃん?かといっても別に道場に通ってるってことが必須条件だとは思わないけどさ、いや、ようは体の動きとか体捌きで、それで言えばだってブレイクダンスとかだってまぁ見よう見まねで練習するわけでしょ?ブレイクダンスの道場があってそこに入って師匠にきっちりと型を教えてもらわないとブレイクダンスできるようにならないってことじゃないじゃん?いや、ようは体を使うものってことでさ、超絶的なロボットダンスをする人とかブレイクダンサーとかって師が居たのか?ってそんなに重要じゃないじゃん?


いや、問題はその身体的なものってのを独学でどこまでやれるのか?ってことだよね。いつも俺ってすぐこういう限界の話になるよな(笑)あと身体性に関して俺はプロじゃないんで何を持ってやれてるかやれてないのか?ってのを決めるのか、その判断ができないじゃん?まぁそれを言い出したら数学もそうなんだけど、数学はなんとかなっちゃいましたよねっていうかあれは概念だから。んでも概念と身体のレベルって違うじゃん?概念で分かってても身体表現が出来てないことだってあるじゃん?っつーか普通はそんなすぐに出来るようになるわけがないんだよね。だからまぁ研究のやりがいがあるとは思ってるんだけど、んでもそのネットに蔓延る恐るべき我流の方達の居合いを見てると恐ろしくなってきちゃって・・・。こんな生き恥を晒すぐらいならやめたほうがいいなって思ったりしちゃったんだよね。いや、そりゃ動画なんて上げませんよ。人の前でやるなんてことは絶対しませんよ。でもそれは見せる見せないではなくてどんなことをやってるのか?ってことで結局は素人臭い我流剣法ならそれって駄目じゃないですか?うん。俺は駄目って分かってるよね。だからしっかりやってるっつってもその「しっかり」の判断基準がないじゃない?だからネットの我流剣士とどう違うの?って思うとすげー気分が悪くなってきて・・・。


ダンサーで言うと日本人でケント・モリっているじゃん?なんかの番組で見た記憶だとマイケルが好きすぎて小さい頃からひたすら真似してたみたいな感じで特にダンススクールに通ってたとかそういうことじゃないらしいんだよね。だからまぁようは独学じゃないですか?んでもなんかその動きのキレとかさ、スピンの早さとかなんとかそういうのもようは自分で判断するわけでしょ?で、自分で動画で撮ってどこが駄目なのか?って見直したりなんかして。んでもなんでどこが駄目か?って分かるのか?ってことじゃん?まぁそれが素質と言えば素質なんだけど、いや、例が天才ダンサーみたいなんで恐縮なんだけど、ようはこういった身体的なものを独学でやるにはどうすればいいのか?っていう話なんだよね。気分が悪くなるようなネット剣士にならないためには?っていうかまぁネット剣士にならないために頑張る!なんてことではないんだけどさ、まぁそんなのどうでもいいんだけどただすげー強烈な世界なんですよ。いや、武道なんてあんま調べたことなかったから色々と調べるとすんげー恥ずかしいアマチュアの世界ってのがあってさ、もう恐ろしくなっちゃって・・・。もうショックが大きいんだよね。


で、格闘技なんかと違って試合とか出来るわけじゃないから判断基準とかもないじゃない?だから自称武道家とかいっぱいいるんだよね。なんかもうそれがみっともないのなんのっつーか情けなさ過ぎてさ、で、独学で勝手に自己満足でやってるって話じゃ俺も同じじゃないですか?武道って色んな意味で危ない世界だなっていう(笑)「俺はあんなに酷くはないよ・・・」っつって「んじゃあ見せてよ」っつっても「見せるほどのものじゃない」っつったら見るのは自分しかいないわけだから結局は独我的な世界じゃん?まぁだからこそ型を学ぶってことが重要になってくるんだろうなってのは分かったけど、それにしてもさ、なんか怖いんだよね。まぁ目はめちゃめちゃ肥えてますよ。で、自分のやってるのを録画したこともあるけどまぁネット剣士ほど逸脱したもんじゃないよね。んでもその「逸脱したもんじゃない」っていう自分の判断があてにならないってことなのよ。で、「俺は出来てる」って思い込んでる人ってよくもまぁこんな動きで!っていうような感じなんですよ。なんかだからもう所詮素人のお稽古事だなと思ったんだよね。


んでも俺はすげーちゃんとやりたいのよ。そういう意思だけはある。だから変な風にならないように気をつけて研究してるわけだけど、まぁこれまたそのね、ちゃんとしてるかしてないか?なんて分からないじゃん?ってことになるわけよ。ビデオとかを見ながらやってるっつったってそんなもん分からないじゃん?面と向かって教えたってちゃんと伝わらないらしいからね。そんなもんを自分でやるってどうなのよ?って話なのよね。「楽しいからいいじゃん!」ってことなのかさ、いや、それだったらネット剣士でもいいのよ。模造刀を使った健康体操ということでいいでしょう。別に効能はあるんだからいいじゃん!ってことになる。んでも俺はそうじゃないわけだ。だからまぁさ、出来てると思っててもそれをずーっとやってて後になってすげー悪い癖がついてるみたいなことにもなってさ、ようはリスクだらけなんだってことに今更気がついたんだよね。体を使うということとか普段は意識しないことを意識するようになるとかっていうのは凄くいいんだけど、居合いそのもので考えるとリスクだらけだなっていう。まぁでもそれも「ちゃんとできている」っていうものを何とするか?で、ようはそれが型なのかさっつっても型しか判断しようがないよね。実戦とかやらないわけだから。だから論証不可能なものをやろうとしてるみたいなことになるわけだよね。


強さを競うものではないからんだからこそ見た目が重要になったりして、だからまぁ制定居合いみたいなのがデフォになっちゃうんだよね。んでも武道としての居合いとは?なんつってもそもそも実践できないから判断できないもんね。あと試し切りとかだと居合いっつーよりかは抜刀してからの斬り方とか独特の力の入れ方みたいになっちゃっててなんかこれも違うんだよね。あとさ、ようは見よう見まねでやるってフェイクが上手くなるってことだけかもしれないよね。それらしく演奏するピアニストとか腐るほどいるじゃん?スキルの不在をそれっぽくフェイクすることで誤魔化すみたいなさ、なんかそういう世界だよね。フェイクなんてやらない!なんつってもフェイクっぽい動きになってるかもしれないわけで、それは誰かが判断して指摘しないと自分じゃ分からなかったりするわけじゃない?まぁんでもそれ言い出すと居合いにしたって身体表現全般にしたってダンサーにしたって道場に通おうがスクールに通おうが駄目なやつは駄目ってことになりますよね。だから決められた振り付けさえこなせばオッケーみたいな世界でやってればとりあえずオッケーってことになる。まぁ楽器とか技術系全般そうなのかな。いや、ちゃんとしてる人はちゃんとしてるんだよ。ただまぁフェイクばっかりだなってことじゃないですか?


なんかいやーな気分になってきたなぁー。一番いいのは遠出してでもちゃんとした道場に通うってことなんだけど俺はこういう気質なんで武道とかのああいう礼儀とか作法の世界とか超苦手なんですよ。気難しい先生が「最近の若いやつは本当に礼儀がなってない!」なんつって怒るのとかああいう世界が本当に苦手なんだよね。もう超絶的に苦手。まぁそこはやっぱ根本リベラルですからね。俺。縦社会とか超苦手だし参加強制の祝賀会だとかなんだとか、なんか武道の独特の世界あるじゃん?ホント、駄目なのね。それも含めて武道なんだ!なんて言われればそりゃ反論しますよ。何かの技をいただくのには最低でも3年素振りしなきゃいけない・・・みたいな世界あるじゃん?まぁそんなのは今は存在しないにしても、なんかそういう世界感あるじゃない?そこまで極端じゃないにしてもああいう類のは本当に非合理的で馬鹿げてると思うんでやっぱそれは駄目よ。それが武道だなんつったらただの精神論じゃないですか?なんか独特の蛸壺の世界っつーのかな?焼き鳥とかうなぎとかにしてもなんか日本ってあるじゃん?焼き何年なんたら何十年みたいな世界感。


まぁかといっても全てを裁断してマニュアル化して合理化すればいいというわけではないんだけどさ、ただなんか技をやたら直伝のみにするみたいな縛りをかけてるとかさ、こう思うんですけど・・・みたいなことを言うのはご法度だ!みたいな世界とかさ、いや、質問しちゃいけないみたいな世界感もあるじゃん?弟子たるものは師匠から受け取るものをただひたすらこなすべし!みたいなさ、んでまぁ色々と意見を言うのはもっと後のことだ!みたいなさ、でも別に普通に学習のプロセスで「こう来た場合はこうしたほうが速いと思うんですが、あえてこれをやる理由とは?」みたいな疑問って絶対出てくるじゃん?で、そういうのだと新入り風情が何を言うか!みたいな感じなわけじゃん?あとはもう「そういう風に伝わっているから」みたいな原理主義の世界ですよね。原理主義ってのは俺がもっとも忌み嫌うものの一つでさ、これもまぁある意味で武道独特の世界だよね。先人への敬意がどうだとか分かるけどさ、単純に今は情報量が増えてるし、こんな想定の場合はどうなるのか?とかさ、いや、昔以上に色々と考えられるようになってるわけじゃん?それでもなんか頑なに直伝直伝っつってるのがどうも肌に合わないなーって感じなんだよね。だから俺は直伝の世界は無理ですよね。肌が合わなさ過ぎて。


まぁでも本格的にやるってもう他に手はないですよね。ビデオとか教材集めたって動きを注意してくれる人がいないのは変わりないわけだからさ、まぁ教材集めとか研究とかやれることはやり尽くすつもりだけど、まぁとりあえず限界みたいな話はやりつくした後でいいのかな。もうちょっとやった後で悩めばいいことだよねっつってもそうでもないのか。ようは自分でやるっていう弊害の話をしてるわけだから。


あーもう駄目だ。話が堂々巡りだ。まぁもちろん辞めないけどね、ただまぁネット剣士の動画がトラウマになっちゃってまぁすげーヘビーなダメージを食らってますよね。モチベーションが下がったというわけではなくて踏み外すととんでもないことになるな!っていうことなんだよね。だからまぁもっと緊張感を持ってやらないと駄目だなと。まぁこれって自分の世界を作るっていうことの危ない部分なんだよね。良い気づきではあるよね。下手するとどうしようもない独りよがりな世界に閉じこもるということになりかねないってことだよね。なんかこれに関しては意識的に常に考えていかないと駄目だなって思いましたね。思えば数学って直伝だもんね。縦社会とか作法とか人間関係とかがなくて直に達人から教えてもらえるんだもんね。だからまぁ武道よりかは独学でやりやすいでしょう。


まぁそんな感じで今日はこの辺で。