ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

居合いの合理性。

相変わらず居合いメインな日々なんだが、もはや右腕はもう使わなくなったね。いや、居合いにおいて重要なのは速さというよりかは本当に動きなんだよな。全く動いていないように見える状態から一切何も察知されずに左手で鯉口を切ったら後はもう斬るだけっていうさ、右腕で抜こうとするとまず右肩が動くよね。あと力を入れるんで力を入れる前の独特の動きが入っちゃう。fast drawの世界ではこんなもんはもう命取りなわけだ。だからいかにアクションゼロからすぐ抜刀に移れるのか?ってことになる。だからこれの場合、実際の抜刀の速度というよりかは全く気がついてなかったけどもう刀が出てたみたいな認識のズレを生み出すってことだよね。なんかある意味でテーブルマジックとかの動きの消し方とか一瞬の動作ってのと似てると思う。あとは身体表現とかの動きね。普通はそこに行くまでの動きが入るのに一気に動きそのものに入っちゃてそれの連続になるんで異様なダンスになったり人知を超えた体の使い方ってことになるんだよね。なんかだから俺の興味としては身体全般ってことになってるね。だからもうダンスとか舞踏とかも興味がいってるっつってもそれは踊るんじゃなくてどう体が使われているのか?っていう体捌きを鑑賞するっていう感じね。


いや、抜刀に関して言えばさ、どれだけ抜刀が早くても動きの拍子が読まれたら意味無いもんね。あともっと細かいところで恐らく今、動こうとする人特有の目の動きとか微妙な体の動きとかってのがあるんだと思う。それを無にするんだよね。だから一般的な「動き」とはされないような動きでまさかの抜刀をするってことなんだよね。これによって体感速度というのが凄まじく速くなるわけだ。ようは抜くと思ってないところでいきなり刀が出てきているからめちゃめちゃ速く感じるわけだ。即物的な動きがめちゃめちゃ速かったとしても体に力を入れるような動きでは体が動いた時点からストップウォッチが始まっちゃう感じなんだよね。でも体を動かさないという意味だとストップウォッチが始まるのが遅いわけだ。「ん?これは動きだな」と認識できるところからストップウォッチを開始するとすると拍子が入っちゃう動きのほうが明らかに時間がかかるわけだ。無拍子というか、無動作の抜刀の場合、鯉口が動いたというところから観測が始まるからもうそこから抜刀は始まるわけでスタート地点がもう違うんだよね。右腕を動かしたり力を入れて抜くということは肩の動きとかっていうもうそっからの動き全部で抜刀だから実際は鯉口を切って抜刀をするのは右腕を動かして力で抜くほうが速くても鯉口に触った時点をスタート地点とする抜刀には到底叶わないわけだよね。


生卵を割ってパカッと落とす時間を計りたいっつーんで、生卵を割る時点から時間を計るのとすでに割れた卵をパカッと開いた時点から時間を計るのとでは明らかに開くだけのほうが時間は短いじゃん?あれだよね、有名な拳銃の早撃ちの動画あるじゃん?貼るけども。



普通は早撃ちと言えども抜いてから撃鉄を下げるんだけどこの場合、抜く動作と撃鉄を下げる動作が同じになってるんだよね。だから結果的に超絶的な早撃ちが可能になっているという。居合い然りなんだよな。抜く動作と斬りつける動作が同じの場合のみ速いんだよね。抜く動作から右腕の力でスイングするという動作があるとそのスイングする動作ってのが余計になっちゃって遅くなるんだよね。抜きつけの威力は上がるかもしれないけど、とりあえず刀を出して斬りつけたほうが勝ちとするなら速いのが最強ってことになるよね。最初の太刀ですでに絶命させるぐらいの威力のものを出すべきなのか否か?ってのは色々と意見が分かれると思うんだけど、まぁようは居合っているという状態から考えれば威力というよりかはまず抜刀することが先決だと思うんだよね。


前は威力が無いと意味が無いと考えてたけど振る強さと速さを両立させるのは無理なんだよね。速さを追求するためにはやっぱり抜刀して右腕で振るんじゃなくて右腕が抜刀というときにすでに切りつけているっていうこれじゃないと無理だよねっつーか実際に居合いのイメージってこれじゃん?鯉口に手がいったと思ったらもう刀が抜かれていたっていう。右では柄にかけた瞬間に抜刀だからあたかもそれが鯉口を切った後同時に切りつけているように見えるわけだ。でも実際は左手と左半身と体捌きで抜いているってことだよね。まぁでもあとはあれだよね、斬りつけの威力なのか速さなのか?ってところになるんだよね。勢いよく抜こうとすればもうその勢いよく抜こうとする動作に速さの限界がある。でも抜くと同時に斬りつけだと右腕の勢いはつかないけど明らかに速いわけだ。まぁこればかりは真剣で試し切りをしてみないと分からないよね。速さ寄りの動きと威力寄りの動きを比べてみるってことだよね。まぁその前にこの両者ともに最高の抜刀が出来ないと比べようが無いからめちゃめちゃ上手くならないと話にならないのは言うまでもないね。


まぁあとはやっぱ色々と考えてもTPOだと思うね。気がついてない敵を切りつける場合は最初の太刀で絶命させるぐらい威力がある抜き付けをしたほうがいいし、もうすでに向き合っていてこっちはまだ抜いていないというときは速さを優先したほうがいい。ただどの道、2つ目の太刀を確実に絶命させるために絶対いれるのであれば最初の太刀の威力というのはそんなに問題じゃないかもしれないんだよね。もしくは俺が前に書いたように2つ目の太刀とは言わず残心が必要ないぐらいに確実に絶命させるんだったら倒れかけている敵をさらにまた切りつけるとか切り付けられてるからもう動けないというのを利用して顔面を突くとかね、この一連の動作が居合いなわけじゃん?抜いた後はそいつを絶命させるまで動き続けるわけだからね。だからそれも含めた居合いならば威力の総和という意味では最初の太刀の威力が高かろうが低かろうが威力の総和の最低限というのは人間を絶命させるほどの威力なわけだから変な話、斬りつけた後もさらに斬りつけるんだったら一つ一つの威力なんてそんなに重要じゃなくなるよね。


どの道、威力の総和の最低限は必ず絶命させるほどのものなんだから。まぁでも普通に考えたらそうだと思うんだよね。残心なんつってゆっくり納刀するのは分かるけど相手が小太刀を懐に隠し持っててそれを投げてくるかもしれないし、まぁそれは単純に銃の撃ち合いで考えれば残心するよりもやくざ映画みたいに蜂の巣にしたほうがいいわけだよね。銃撃戦なんかでも絶対に何発かは胸とか後はどこだったか忘れたけどそこに食らったら絶対死ぬっていう場所に必ず打ち込むっつってたもんね。アメリカの海軍が言ってたことだけど。ちなみにFPSでよくあるヘッドショットなんてのはありえないんだそうだ。あんなよく動くようなパーツの狭いところに打ち込むなんてまずありえないらしくて、それこそ眉間にヒットぐらい確実なものは胸なんだってさ。ようは肺に穴が開いたら死ぬじゃん?これはようは総和で考えれば最低レベルで絶命なんだから最初にヒットした部分が即死させるような場所じゃなくてもどこにあたろうが念のために胸にいくつか打ち込むという前提があるんだったらfatalなもんはその動きを止めた後の胸に対する銃弾だもんね。


最初の一発で決める必要が無くて何発も撃つ必要があるんだったら44マグナムで即死の一発を決める必要は無いもんね。あとはデザートイーグル的なもんで1発の致命傷を狙うとかあんまり合理的じゃないよな。それだったらサブマシンガンとかハンドガンでもオートマの速いやつを何発も打ち込んだほうがいいもんね。あとは理論的に言えば居合いってのはアーミーが突入のときに使う場合もあるとされるsawed-off shotgunでしょう。命中するというよりかはどっかの扉を開けた途端に発砲すれば扉のあたりにいたやつらは何かしらのダメージを追ってるでしょうっていうさ、その後に何人も兵士が入って止めをさすっつー前提があるわけだから別にその突入時のsawed-off shotgunの一発で必ず絶命させている必要はないんだよね。必要なのは扉を開けた途端にその狭い空間を一気に弾幕で覆うみたいなことじゃん?それがガードにもなるし攻撃にもなるっていう。まぁあとはショットガン同士の殺し合いってのがあったとして、両者ともにお互いが目に入る範囲で弾を入れて発射しなきゃいけないっつーんだったら速く弾を入れてとりあえず発射して相手に命中させたもん勝ちですよね。撃たれれば何も出来ないわけだから弾を再装填して撃つぐらいの余裕はあるだろう。まぁ結果的に最初の一発で即死でもとりあえずもう一発ぐらい撃っておくでしょう。何も出来ないっつったって生きてたら怖いじゃん?手榴弾で自爆するかもしれないわけだし。


だから居合いの理合がどこにあるか?だよね。切り付けで相手を動かせなくして止めの一発を切り下ろすっつーのがまぁよく書いてあることだけど、でも心理的に殺し合いをしてるわけだから一発で絶命させたいって思うよね?普通は。そんなときにスピードなんて気にしてられるのか?ってことだよね。そこをスピードにかける人は徹底的にスピードにこだわるっていうもはやもう個々のファイティングスタイル次第ってことだよね。そういうときだからこそ体は強張ってて強く振っちゃいがちだけど体を柔らかくして速い切り付けを行うというのが一番合理的なんだって言うのを信じてればそれを信じて普段からトレーニングってことになるよね。まぁだからいざというときにも力まない速い抜刀が出来ないと全く意味が無いんだよね。普段はスピード重視で稽古してるのにいざというときに時間がかかる右腕で思いっきり切りつけるようなことがあってはいけないわけだよね。スピードが第一だとする考えならそんな風になっちゃったら普段の稽古が全く意味が無いものになっちゃうってことだよね。


あとはまぁやっぱりどこを斬るのか?ってことだよね。喉元を上手く切るなんて至難の業だからやっぱり顔面だと思うんだよね。刀の抜きつけの角度からいっても顔は一番狙いやすいでしょう。顔を切られてまだ刀で応戦しようとする人なんていないでしょう。やっぱり狙うのは眉間とか目に近いあたりがいいんじゃないかな?って思うんだけどね。制定居合いのこめかみを切るってのはさっぱり意味が分からんよね。あとはやっぱり返し刀でしょうっつーか二の太刀だよね。んーでもやっぱり前にも書いたように致命傷は突きが一番なんじゃないかな?って思うけどね。顔面を思いっきり刀で突かれたら誰も生きてないでしょう。まぁ後は実際に歴史も証明してるような袈裟斬りだよね。切れやすい部分だし切られたら終わりな部分だもんね。だからまぁどこが切れやすいのか?ってのをよく分かってないと駄目だよね。むやみに斬りつけても全然駄目でしょう。


んでも必ずこれって書いてあることだけど幕末ぐらいになると剣なんつっても竹刀稽古がメインで竹刀剣術ばっかりで真剣勝負なんてしたことない人たちばっかだったからいざ真剣を使おうとなると自分の手を切っちゃったり刀を折っちゃったり切る場所間違えてたりしてちゃんと切れる人なんて実際は全然いなかったらしいね。んでもそんなことを言い出すと真剣勝負が無い剣術なんて基本は道場剣術だってことになるよね。んでもまぁ真剣勝負なんてありえないわけだから、やっぱりそのなんつーかな、動きに関してはこれ以外に速い動きはありませんみたいな最適化された動きとあとは想定だよね。やっぱり。っつってもまぁそもそも刀で敵を迎え撃つなんてことはありえないわけだから想定なんつーそのものが意味が無いっつっちゃうとまぁそうなんだけど、でもそれは前にも書いたように想定っつーのは現代的であってもいいんじゃないかなって思うよね。日本刀vs日本刀とかじゃなくて相手が懐に拳銃を持ってるとかようはなんつーか何が言いたいのか?っていうと絶対的な型としての速さというのを持っているのであれば相手が何を持っていようがこっちが刀で反撃する限りはその動きには変わりは無いってことになるよね。だから想定を現代的にしても絶対的な速さを持つ型ってのは型自体の動きは変わらなくて、ようはそれの応用になるんだよね。その最適化された動きで色々とやりましょうってことになる。


んでもそうなるとますます速さが重要になるよね。相手が拳銃をこっちに向けていてそれで右腕で強く斬りつけるなんてありえないわけだから。やっぱり体を使って最速の抜刀ってことになるだろう。拳銃に刀で応戦するなんて馬鹿げてると思われるかもしれないけど、まぁそんぐらい無茶な状況にあるってことだよね。そこでどういう抜き方をするのか?ってことなわけだから速さが優先されるに決まってるよね。んでもなんかそう思うとあれなんだよね、護身術とかのナイフとかも気になってくるんだよね。腰に取り付けているナイフを一瞬で取り出して斬りつけるみたいな動きはどうなってるんだ?っていう。まぁポケットとかでもいいんだけど。結局、速い切り付けの道理ってそうだよね。ナイフにしたって強く斬りつけるよりも一瞬で出して斬りつけるってことが重要になるでしょう。止めは後で刺すわけだから。最初の一発が致命傷である必要性ってのは無いよね。


だからなんかさ、暗殺術とかとリンクしてくるよねっつーか実際にあれなんだよね、幕末四大人斬り河上彦斎中村半次郎って両者共に居合いっつーか抜刀術の達人だったんだよね。特に河上彦斎に関しては有名だよね。なんかちょっとこれはロマンなんだよな。実用的な居合いということで実際の暗殺とか襲撃に使われていた抜刀術とはどんなものだったのか?っていうさ、やっぱそこだよね。武道の心とかどうでもよくて俺が気になるのは実践性なんだよね。先制攻撃なのにも関わらず抜刀せずにあえて居合いで斬りつけるってことにどういうメリットがあったのか?ってことだよね。だからなんかやっぱり速かったんだろうってことになるんだよね。あとは河上彦斎の逆袈裟斬りみたいなのだと実際に鞘に納めてたほうがやりやすいからね。


下からの斬りつけってのはやりづらいからこれは居合いでやったほうがいいんだよね。あとはまぁあれか、ヒットマン的なステルス性だよね。抜いてないから分からないわけで警戒のしようがないっていう。そこで無拍子にいきなり斬りつけてくるわけだから暗殺術的だよね。まぁ映画とかでもよくあるような傘をさすと見せかけて右手で銃を持ってて撃つとかさ、動きを消すとか見せないって必然的に暗殺術っぽくなるよね。んでも実際にこれは暗殺に限らず動きが見えないからようは太刀筋が予測できないとかどう動くのか分からないってことで心理的なメリットもあるよね。実際に新陰流の構えなんかでも相手から見て太刀を見えなくするって構えがあるからね。なんかこういうのを知ると古流の底知れない合理性と実践性というのに感動するんだよね。いや、実際に命をかけてたからセオリーが実用的なのは当たり前なんだけど、なんかそういう前提のものがやりたいよね。ミスれば死ぬからミスが許されないし少しの動きの無駄も許されないっていう凄まじい極限状態っていうさ、そこから考えられる最適な動きだよね。あとはまぁ拍子を作らずにいきなり斬りつけるっていう動作だよね。この「いきなり」ってのが人間から見た体感としての速さに繋がるんだよな。これは右腕で抜こうとしたら絶対不可能なんだよね。右腕を動かしたら絶対肩が動いちゃうから。無拍子というのは体を使わないと絶対無理ですね。実際に合気道とかシステマの動きなんかも体捌きメインだもんね。腕の速さみたいなのは無いもんね。


なんかまぁそんな感じで今日はこの辺で。