ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

あまロスになりました。

あまちゃんロス症候群だったんだな。俺。あまちゃんを見つついつか最終回が来るという儚さを感じていたっつーのは一般的な現象だったらしい。こないだ書いた感情移入っつーのも格別俺が感情移入してたんじゃなくて一般的にみんなすげー感情移入して見てたドラマだったんだなぁーと。いや、知らなかったんよ。好きなゲームが終わったとかそういうレベルじゃないでしょう。これは。あと格別自分の生活が地味だからあまちゃんを見た後に心の穴が空いたようになるわけでもなくてみんなそうなんだね。いや、そういうドラマなんだな。これは。凄いことだな。ホントに。どうなんだろうね?サザエさんみたいに永遠に続くっていうのを凄く欲するよね。特に何が起こるわけでもなく日常を描いてるだけでもう十分!っていう。心のホームドラマだね。これは。で、能年ちゃんがあまロスになってるらしいんだよね。まぁそりゃそうだろうなぁー。演奏して燃え尽きたチャーリー・パーカーみたいなもんでしょう。本当に。でも素材がチャーリー・パーカーなんだからそれで終わらすのは勿体ないよねぇ。ホントに。


あれだな、ロス症候群が起こったものとして色々と考えてみるとやっぱり日常地立てのものばかりだよねっていうかやっぱりけいおん!でしょう。格別アニメが好きなわけじゃないしリアルタイムで見ていたわけじゃないんだけど全部見た後の喪失感が半端じゃなかったな。ホントに。あまちゃんけいおん!以来の喪失感があるな。恐らくあれなんだよね、日常系のドラマって認識的になんつーか自分の生活圏にそれが入ってきて存在しているって感じるんだよね。最近、半沢も見たんだけどあれってまぁ完全になんつーかあれじゃん?こっちが見てる感じじゃん?っつーかまぁ一般的にドラマも映画もそんな感じだと思うんだけど、でもこういう日常系のやつってそこに入る感じがするからね。だから終わると一個の世界が無くなったように感じられるっていう。まぁでもあれなんだよね、朝ドラを通して見たってことが無かったからね。マジで。でもあれだよな、能年ちゃんが完全に現実世界でのリアルアイドルになっちゃったよね。その辺のアイドルと比べると日本のVシネ俳優とハリウッドスターぐらいの差があるんだけど。本人大変だろうな。マジで。「能年ちゃんもあまロスに!」ってのが「頑張れ!能年ちゃん!」って応援したくなる!っていうそれこそ劇中で語られてるようなアイドル戦略だったらすげーなって思うんだけどね。まぁでも完全に魅了されたね。国民のほとんどが魅了されたアイドルじゃないアイドル的存在って広末以来じゃないの?凄い3次元って余裕で2次元を超えるよね。うん。


あまロス後の生活を考えなきゃな。マジで。いや、最終回の週まだ見てないんだよっつーか終わるのが怖くて見れないんだよねぇー。まぁでもあれだ、見ないことには始まらないから見るしか無いな。ってことで見よう。


んじゃまた。