ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

意識の拡張。

Steamの秋セールで色々なもんが色々と安くなってたんで一気に大人買いをしてしまったっつーかOriginでもセールやっててさ、20本ぐらい買っちゃったかもしれん。いや、あとアマゾンで4つほど買ったんでまぁ合計が20ぐらいかな?ってところなんだけど、これがまたさ、値引き率が6割とかだったりすんのよね。まぁ大体値段は下がるんだけどいつか買おうと思っててスルーしてたゲームが今回色々と変えたんで良かった!・・・と思ったんだけどSaints Row 4なんだけどさ、これってPCの処理速度が遅いと物理的にクリア不可能になるクエストがあるんだよねっつーか思えば前作もどっかから落ちるシーンであったよなぁーとかって思い出したわけですね。で、一時的にサイズを320とかにするとオッケーになるんだけどさ、いや、っつーかあれなんだよね、根本的にさ、Macbook ProのBootcampでゲームやってるって元々相当無理してるんだよね。基本的にゲームはLowクオリティにしてパフォーマンス重視にしてるんだけどさ、詰まったときとかに攻略動画見るじゃない?Saints Row 4のシップから脱出するクエストなんだけどさ、同じゲームと思えないぐらい画質が良いんだよね。いや、上がってる動画のやつね。いや、普通これなのか!って思ったら自分って凄まじくクオリティを最低にまで落としてゲームやってんだーって思うとなんかゲームに失礼っつーかここまで劣化させてんのか!って呆然としちゃったんだよね。


まぁDMCとか重すぎたしやれなさそうなソフトも無理やりやってきたんだけどもう限界かなと。Skyrimにハマりだしてからゲーム用のPCを買おうと思ってたけどまぁーやれてるしいいかーと思ってたんだけど、あれなんですよ、俺を決断させたのはズバリArma3ですね。今回買ったんだけどこれはやっぱちゃんとした環境でやりたいなーと思って。あとあれなんだよね、FPS系って動作が重いと単純にこっちのDPSとか下がるじゃん?ようはマシンガンとかの発射が遅くなる割に世界自体は同じように動いてるんでバランスがおかしくなるんだよね。Saints Rowはそれでクリア不可能になってたりするわけよ。ってことはすげーハードモードでやってるってことだよねっつーか320でやると戦闘とかめっちゃ楽なんだよね。動きと武器の発射が速い!


ただまぁあれじゃないっすか?別にオンラインとかやらないからいいかなぁーって思ってたんだけど、もうなんかね、本格的なゲーマーに再覚醒した感じなんだよね。SkyrimからSteamに入るようになってSteamでゲームをやるのが当たり前になっちゃった。前はやるソフトなんてそう多くはないだろうって思ってたんだけどなんかもうズボズボなんですよね。Steamで何本買ったか分からないぐらい。んだからまぁPC買ったんですよね。もちろんローンで。かなり暫くの間高い本は買えなくなるけどそもそも読んでない数学書が山のようにあるんでまず読んでないやつを読破だろうって思ってまぁなんつーかこれ以上数学書を買わないようにするための金銭的規制みたいなのをかけるって意味でもあるんですよね。やたら興味が出てきて読みたい本は増えるんだけど普通の本みたいに早く読めるわけじゃないから興味が出たら買うっつーのをやってると追いつかなくなるんだよね。で、結果的に読んでない本が山積みになっちゃうっていう。


だからまぁちょうどいい機会かなーと思って。っつってもまぁ極端なんだよなー。買ったのがAlienwareの14のプラチナなんだよね。最初はスタンダードにしたんだけど結局、なんつーかまたいつかは動作が追いつかなくなってまたPCを買うことになると思うと今余裕ぐらいのを買っておかないと駄目だなぁーと思ってプラチナにしちゃったね。オーダーサポートに二回も変更をしてもらっちゃったんだけど。金額は言うまでも無い。1年ローンぐらいの覚悟でしょう。んでも1年ぐらい数学書買い規制かければさすがに本も読み終わるだろうと思って。だから来年の目標はとりあえず手元の未読の数学書を読破することなんだよね。いや、チューリングの辞典みたいな本も買ったはいいけど全然読んでないんだよね(笑)異様に分厚い本ばかりが俺の周りに置かれることになってて、こんな状況でもまだ数学書を買おうとするってどうかしてるなーと思ってさ、かといっても馬鹿みたいに高いゲーム用のノートパソコンを買うのもまた極端なんだけどもさ、ただまぁあれですよね、俺ってヴァーチャル派じゃないですか?


今年の始めぐらいに「結局、主観が世界じゃん」って思うようになってからゲームに対する考え方が変わったっつーのはまぁ一連のエントリーで書いたけどさ、そのヴァーチャルの世界を無理してMacbook ProのBootcampで起動してるってどうなのよ?ってところなんですよね。すげー俺にとって大事なものじゃないか!っていうかそれしかないじゃないですか?数学というイデアの世界とゲームっていうヴァーチャルの世界ね。いや、それって現実逃避じゃん!って言われても現実の世界では一応自分なりの役割を果たしているからちょっとは色々と買えるようになってるわけだし、まぁ端的に言えば一応仕事してるってことだよね。365日態勢で。そういうなかでまぁイデアの世界とヴァーチャルの世界を行き来してるわけだ。で、俺にとっては現実の世界が占める割合がどんどん減ってきているってことだよね。なんつーかより攻殻機動隊のキムみたいになってるんだけど。


客観的につまらなそうでも主観ではすげー色んな世界を見てるってことじゃん?でも世界を見ることってのは実際の世界じゃないと世界を見るとは言えないなんてなんで言えるんだ?って話でしょ。ニューヨークに4年半も居た俺だから説得力があるよね。メトロポリタン美術館とか行くと感覚がおかしくなるんだよ。エジプトとかの現地に行かなきゃ見れないようなのが普通に展示してあるんだもん。完全に認識が壊されるよね。ある意味、頭が混乱している感じ。で、ようは世界を作るのは現前性ってことじゃん?プレゼンスの強さだよね。カナダに旅行に行ってきましたっていうのと完全にゲームの世界にどっぷりでしたっていうのと主観的にはどちらもまぁ言わば経験なんであって経験しているものがヴァーチャルかリアルか?なんてのは全然重要じゃない。っつってもあれですよ、くだらないモバゲーとか日本だけで世間的に流行ってるサルがやるようなゲームはゲームと認めないですよ。ホントに日本人の国民レベルが疑われるようなゲームが流行っててさすがに外人も「日本は駄目な国になった」って言いたくもなっちゃうでしょうっていう。ゲームは完全にもう海外のものですよね。


俺がやってるのもまぁ一昔前のPS2のゲームとかは別にするとまぁSteamとかで買ってるのってまぁそりゃ大抵海外のゲームですよね。なんかもう格が違うんだよね。ディティールとか作りこみが。だからまぁ前から書いてるけど日本はアニメとかのサブカル路線ならまだまだ戦えるってところなんだよね。で、それとゲームが最高な組み合わせになったっつーのがペルソナ4だってのもまぁ当時から書いてたと思う。で、状況はより進んだって感じだよね。世界的にヒットするようなゲームは海外ゲームばっかじゃん?それはよく言われるように洋ゲー信者が言うことだみたいなことじゃなくて実際にそうなってるわけじゃん?あとまぁ特にArma3みたいなディティールが凄い作りこまれてて労力も必要とするようなゲームはライトユーザーはやらないから余計にまぁガラパゴス化してるんだよね。Arma3とかSkyrimとかを絶賛して日本で流行ってるようなゲームの大半がクソって言うことって明らかに客観的そうなっちゃったじゃん?信者の意見だった頃とは全然違うんだよね。


あとなんかさ、あれなんだよね、日本的なサブカルの特権であるキャラみたいなのもさ、まぁ英語でやってるから余計そうなんだろうけどボダラン2にしてもSaints Rowにしてもキャラが馴染みのキャラになるんだよねっつーか洋ゲーのキャラなんかに親しみを覚えたりしないじゃん?んでもそれこそけいおん!並の生活に浸透してる感じっつーのかな?あまちゃん的なものが日常的に存在するっていうまぁ前にあまちゃんは生活世界の拡張に思えるからロスが起こったりするんだって書いたけど、生活世界にまで感じられるって凄いことだよね。普通はそういうのってやっぱり日本のアニメだったりゲームだったりしたわけじゃん?んでも洋ゲーも凄いなんつーかキャラ化が進んでるっつーかさ、一部の洋物好きが好む世界とかじゃなくて、普通に親しみやすい世界として成立しちゃってるんだよね。だからなんか余計に一つの世界として成立している感があるというかなんというか、でも歴史的に見ればこういうのって日本がダントツトップだったんだよね。あきらかに洋ゲーなんて色んな意味で劣ってたもんね。それこそDoomの主人公のおっさんとかに誰が感情移入できるのか?っていう。んでももう15年以上も経って変わりましたね。本当に。俺が熱心なゲーマーに再覚醒させたのも一方で日本的なゲームの衰退がある中での洋ゲーの黄金期を経験してるからだよね。っつってもやっぱりごく最近のことなんだよね。2007年以降ぐらいの話だから。相変わらずCODなんかも4が一番良いとされるし、このあたりからだよね。


いや、あとさ、まぁそういうわけで生活圏にゲームが侵入してくるってなるとさ、それでまぁ俺は真剣にスナイパー好きになっちゃったりなんかして去年はマジでスナイパースクールに通おうとしてたぐらいなんだけど相変わらずスナイパー好きなんだよね。何が好きか?って色々あるんだけどまぁあれって物理じゃん?物理法則と数式とone shot on killっていう一瞬の間に全てを込めるっていう日本の武道にも共通するようなところがあるからだよね。居合いも同じだもんね。この生きるか死ぬか?っていう世界が好きなんだと思う。スナイパーもそうじゃん?ロングレンジで決めるのがかっこいい!っつーのはただのFPS視点だけども俺はやっぱりそういう世界感っつーのかな?リアルな侍の感覚ってそうじゃん?普通に生活しててもいきなり一触即発の状況に追い込まれて凄い精神力を必要とするような動きを必要とされて失敗したら死ぬっていうさ、これだよね。この臨場感だよね。そういう意味で自分がなんで居合いとスナイパーに魅了されるのか?って理由が分かったような気がしたんだよねっつってもまぁ理由はこれだけじゃないんだけどさ、まぁ居合いもスナイパーも独特の世界だからね。独特の論理とか方法とかがあってそれは普通に生活してれば全く知らなくてもいいような知識とかなんだけどまぁ凄く刺激されるんだよね。そういうのに。


で、先月ぐらいにThe Ultimate Sniperって本を買って読んでるんだよね。ガチのスナイパー向けの教科書なんだけど情報量が凄いんだよね。一般書じゃないから。で、これが楽しいんだな。別にスナイパーにならなくても技術とか世界感は感じられるって意味でスナイパースクールに入学できないような人間としては最適の本なんですよね。基本的にだから馬鹿みたいだけどマジなんだよね。居合いにしても何でそんなに熱を入れるのか?ってぐらい馬鹿なように見えるけど自分の中ではその生と死の瞬間の世界っていうさ、臨場感のある世界があるんだよね。で、それはスナイパーも同じなんだよね。両方暗殺向けの技術であることも何かを意味してるのかも?(笑)


結局まぁなんつーか根本には日常に耐えられないっつーのがあるよね。刺激に飢えていてそれが無いと精神的に駄目になっちゃうっていう。だからまぁ常に刺激を必要とするからイデアの世界の刺激とかヴァーチャルな世界の刺激とか生と死の瞬間の世界とかってのに没入しちゃうと思うんだよね。んだからまぁあれなんだよね、それ自体が完全に世界を形成しているようなものじゃないと駄目でさ、ゲームでもただのお使いゲーとか駄目なのよ。んでもヒットしてる洋ゲーに共通してるのはそれ自体で凄い世界感を形成しているっていうのとあとはそれこそ映画でやるような物語の見せ方を下手な映画なんかよりもよっぽど上手いやり方で見せているっていうさ、いや、前にDMCで書いたけどあんなのって日本人じゃ絶対作れないじゃん?DMC4がその典型だよね。


良いゲームだけど知性を疑うようなシナリオっていう。あとは「世界」みたいなのが絡むと日本系のって一気に駄目なんだよね。政治的なディティールとか描けないから一気に世界系になっちゃう。DMCとかってモロに政治的じゃん?で、またその演出方法が凄い優れてるっつってもまぁ欧米の世界ではありふれた演出なんだけども、ただなんかもうさ、日本のって情に訴えるか変な恋愛ぐらいしかないじゃん?あとまぁ世界系ね。エヴァの劇場版とか見ても結局、実際の中身ってこうだったんだよなーってことが凄く分かるよね。本当に内容が無いんだもんね。ディティールで描かなきゃいけないことを意味深に見せて実際は何も無いっていうさ、で、このあれなんだよな、日本人が不得意とするリアルな政治とか軍事の世界みたいなのをバリバリやってるのがやっぱり攻殻機動隊なのよ。だからこそ世界中で人気があるんだよね。でもまぁこういうグローバル系はもう駄目なんじゃないかと思ってるよね。攻殻機動隊ぐらいしか浮かばないもんね。


かといってもグローバル系とかリアル系と日常系って対比されるものじゃないんだよね。ある意味、極端なガラパゴスというか超ローカルを極めた上でよく出来ているのがけいおん!とかの日常系のアニメじゃん?あとはもうそれこそ色んな意味で独特の世界を形成しているものね。で、もうゲームは完全に駄目なのよ。でもやっぱりアニメは日本が世界一だし世界一じゃないといけないと思う。日本が世界一のものって他にあんま無いもんね。いや、ローカルで言えばあまちゃんなんかもまぁ超ローカルを極めたものとして秀逸なんだけどさ、ああいうのはやっぱり代替性がないじゃない?アメリカのドラマで置き換わるもんじゃないわけで。それがまぁ独自性だよね。そこはやっぱりあるよね。でもさっき書いたようにボダランみたいなゲームだと日常がそこに流れていてキャラもおなじみの面々的な世界がそこにもあるんだよね。普通はそういうのってやっぱりなんかしらの日本的なものじゃないとありえなかったんだけど洋ゲーの世界でそんなことがありえたのか!っていう驚きがあるよね。まぁんでもあれだよね、アメリカのカルチャーについて知ってたりとかまぁ俺ってやっぱり半分アメリカ人みたいなもんだからまぁそういう経験は大きいだろうね。だって20代の半分はアメリカで過ごしたってことなわけだし、欧米的なものを日常に感じられる感覚ってやっぱりそういう経験なのかなーとは思ったよね。そういうのが色々と重なって今のゲーマーに再覚醒した俺がいるんだなと。


んでもメディアズボズボじゃないとそれこそ個々がピンポイントで世界感を作るとか見出してそこに浸るみたいなことが可能なわけじゃん?昔はテレビしかなかったからメディア=世界だったけど今は完全に崩れてるよねっつってもまぁそりゃお笑いの番組とかバラエティは大好きなんでそりゃ見ますよ。昔は芸人になりたかったぐらいなので。まぁでもあれもすげーピンポイントなお笑い業界っつー世界じゃん?それも俺はピンポイントで見てるんだよね。それはアメリカに居た頃にもようは動画サイトとかがもうあったから可能になってたわけで。んだからまぁアメリカに居ようがダウンタウンの顔を4年半見なかったなんてことはまずありえないわけだよね。ずーっとガキの使いとか見てたし。


なんかいいたいこと分かるでしょ?物理世界と物理的な距離とかに制約されない世界像のあり方っつーのかな?まさしくまぁユクスキュルの環世界なんだけどさ、こういう世界がリアルになるとさ、たまに外出るっつーかまぁ病院に行くときに電車に乗ったりするけど本当に物理世界は狭くて制約だらけだなぁー!って思うよね。つまらなさが半端じゃない。だから可愛い子とか抜ける子を探すってことのみが楽しいことになるよね。こればかりはヴァーチャルでは代替不可能だから。2次元にも恋が出来る人たちはそういう制約が無いからまさしく物理世界に制約されない精神世界を形成している人たちってことでまぁある意味凄いんだよね。差と言えば俺は数学とか哲学を通じて世界がどんどん拡張されていくっていう感じでオタクはまぁその媒体がアニメだったり二次元の世界だったりするわけじゃん?まぁ上品と下品ぐらいの差なんだけど、でもオタクの世界も認められるようになってスタイリッシュギークみたいな似非ギークが増えてるぐらいだからね、ボダランのDLC4にもそれがモチーフになってるクエストあるじゃん?トルグのやつで。何らかのオタクって言えば「へぇー!」ってなるんで「自称オタク」が増えたってことだよね。まぁ当のオタク達は昔からそれを見抜いていてしかも日和見かガチかがすぐ判断できるっていうさ、まぁそりゃそうだよね。俺もそうだから。


んだから「自称ゲーマー」がすんげー許せないんだよね。クソみたいなライトなゲームとかソーシャル系のゲームやっててゲーマーです!って言うなよ!っていう。いや、あれなんだよね、ゲーマーの鏡は淡路恵子ドラクエなんだよね。っつっても淡路恵子はリアル世界で苦労が絶えない人だったんで最後の拠り所がドラクエしかなかったと思えなくもないんだが、逆を言えばリアルが凄まじくクソだったり苦痛だったりしても別の世界へのアクセスを持ってればリアルな世界の世界感に自分の世界像が支配されることなく存在し続けることが出来るってことだよね。だからもうこういう世界感だとそれがリアルかヴァーチャルか?なんて関係ないわけよ。


だからまぁそういう意味であれなんだよね、葉っぱって一つの世界じゃん?こっちの知覚が変わることでonenessみたいなのを感じるような、それこそイデアの世界が広がるんだよね。なんでそれがイデアのように思えるのか?って人間に対する作用が同じだから同じような世界を見るんだよね。そういう意味でやっぱり知覚が世界を形成しているわけだよね。ただまぁめちゃめちゃ平和な世界ですからね。ホントに。シャブの場合、物理世界の見え方をハイパーにするみたいな感じだけど葉っぱの場合、別の世界を見るってことだよねっつってもLSDとかだとやっぱりマズいんですよ。もちろんシャブも駄目ですよ。やっぱり後遺症が凄まじいから駄目でしょう。んでもあの世界は良いんだ!っつっても日常的に誰でも葉っぱを吸っているようなアメリカのような国でもああいう世界とかトリップの世界とかトリップの感覚が嫌いって人はいるからね。だからそこが世界の棲み分けってことなんだよね。人々が自分の世界を選択して形成しているわけだ。それこそまさしく環世界以外の何ものでもないでしょう。


日本の場合、本来は文化的にははぐれ物とかにも割と寛大だったような世界があったのにも関わらず戦後ってのは本当にアレですよね、一つの世界を押し付けるっていう本当にそれによって統治をしようっていうことじゃないですか?かといっても誰がそれをやってるとかは特に無くてなんとなくそうなんだよね。裏ボスみたいなのがいるわけじゃない。subjectivizeって言葉が正しいよね。「これだ」「これが現実だ」という世界を勝手にリアルと決め付けて他者にもその枠組みを無理やり強いるやり方ですよね。だから本来、当たり前のことを言ってるような俺みたいなもんはモロにアウトローになりますよね(笑)キチガイっぽいけど話の内容を聞いてみると実際はかなりまともなことを言っているっていう。だから色んな人に伝わってると思うんだよね。「あー分かってる人にはちゃんと伝わってんじゃん!」っつー実感があるからやっぱり書きたくもなるんだよねぇー。もうこれが生き甲斐っつーかリアルでの唯一の生き甲斐ですよね。まぁでもネットじゃヴァーチャル世界じゃん?なんて言う人もいるだろうけどまぁこの場合、人と人とのコミュニケーションの媒体なわけだから、面と向かっていようがネットだろうが関係ないよねっていうかむしろリアル世界で誰にこういうことを話せばいいの?って話でしょ。だから脳内で起こっていることをこれに色々と写すことでそれに反応する人たちも出てくるっていうさ、これこそ真のコミュニケーションじゃん!って思うんですよね。


そう思うとそれ以外は無駄とは言わないけど喋ること無いよね。喋ることは全部書いてるんだけど実際に話したところで誰が聞くの?って内容を普通に会話するより多くの人とコミュニケーションが出来てるんだもんね。まぁ言わば自分の脳内を開示することでね。そういう情報自体の相互作用なんじゃないか?っていう気がしてきてるんだよね。情報自体の実体性が実は凄いぞと。そもそも実体とは何だ?ってことでまぁ色々な経験を経てそれを決めているのはただの主観性だってことに落ち着いたらまぁ結局、実体性みたいなものを担保するのはそのプレゼンスの強さってことになるわけじゃん?そうなるとあれなんだよね、俺がこうやって色々と書いていることのプレゼンスって強いんだよね。それはコミュニケーションしてるからだよね。日常的などうでもいい会話とかしないからね。だからまぁそれは端的に言えば自分自体の存在よりも情報空間における自分の存在のほうが強いわけだよね。っつっても実際の誰がそれを発しているのか?っていう物理世界での物理性はあまり必要とされないっていうさ、芸能人のブログとか逆じゃん?芸能人で超有名ってのがあってその物理性を元にアクセスが殺到しているっていう。でも本来の情報にアクセスが殺到するっていうのだとそれが誰によるものか?ってのはあまり重要じゃないんだよね。その情報自体に価値があるわけでしょ?だからやっぱり価値ってことになるんですよ。ヴァーチューですよね。


マッシュアップなんかもそうじゃん?誰の?っつーよりかはこういう組み合わせですっていうそれだけじゃん?誰なんだ?ってのはあんまり気にならない。つまりはピュアな情報だよね。んでも音楽って実際は逆でロックとかアイドルなんかが典型だけど物理世界でのカリスマ性とか容姿とかっつーものに延長に音楽があるんだよね。あの人が発している音楽だからっていう物理空間による情報が先行しちゃってるんだよね。まぁカリスマってそういうことが出来る人のことを言うわけだけど、このカリスマモデルの真似事って色々と出来たんだけど今は無理だもんね。本当のカリスマしかカリスマになれないもんね。で、あと多いのがレジェンド系だよね。昔の伝説的ロックバンドの再結成とかさ、日本で言うとまぁYMOとかそうじゃん?別に駄目なんじゃないんだけど。ただもう圧倒的な物理世界での情報の支配が前提となっている音楽ってことだよね。で、俺が前に色々と書いたけど誰でもない音の究極系がノイズってことなんだけどさ、まぁ昔はラップトップでやってたけど今はっつーかもう滅多にやってないけど例のギターノイズですよね。別に俺が出している音とか関係ないじゃん?もうそういう音ですっていうそこだもんね。でもその背景には高柳昌行みたいな凄まじく求道的な音への追及があるんだよね。そういう意味だとブーレーズとかクセナキスとかケージなんかもエクストリームって意味では同じなんだよね。あと阿部薫ね。


一回マジのアンプで音を出したい!って思ってるんだけどっていつも書くけど出不精過ぎてスタジオにすら行けないんだよね(笑)一回もアンプで音を出したことがないって何なの?って話だよね。まぁ実質的な音はガレージバンドのリグで出ているわけだけどアンプってそういうもんじゃないじゃん?もっとアナログなものだから。でもノイズって目的が無いとなかなかやる意味が見出せないよね。やっぱりそこで誰かに見せるとか聞かせるっていうものが無いと全然駄目なわけで、そういう意味であんまりモチベーションが出ないんだと思うんだよね。しかもやりつくされた音だし(笑)大友さんもパクリだと言われれば大友さんも言わば高柳昌行のある種のフォロワー的なところから出発したっつーのもあるわけでさ、いや、今はフォロワーじゃないんだけどね、ただまぁこういうノイズ界とかアヴァンギャルド界みたいなのもレジェンドがいっぱいいるもんね。ギターで言うとラリーズとか灰野さんとかね。なんか結局、自分がギターノイズを追求しようと思っても昔の人たちの試行錯誤を追体験するだけなんだよね。それが虚しくてしょうがないわ。だからもう実際に浴びるようにアンプで音を出すぐらいしかないわけだよね。まぁこれでいいと思うんだけど。やっぱこれが音楽だと思うんだよね。


「やっぱこれが音楽だと思うんだよね」ってなんかサンレコとかのインタビュー記事みたいでいいな(笑)そんなわけで気が済んだんでそろそろ終わるわ。んじゃまた。