ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

今後はDJ路線?。その19。

では続きを。


あ、んでとりあえず場の話をしたいんだけどさ、そのメールくれた友人っつーのは俺なんかよりよっぽど普段からクラブ行ってる人なんだけどやっぱり俺と同じでクラブっつー環境で目覚めた音楽ってのがあるわけよ。家で聴いてたらなんとも思わなかったかもしれないけどクラブで聴いたから凄い体験になって好きになったっていうさ、場がもたらすきっかけってのがあるんだよね。特殊な場ってのが。でもさ、凄くドライな見方をするとっていうかちょっと前まで俺もそんな考えに陥ってたけど別にデータで見れば両方同じじゃん?ってことになるんだよね。だったらそのミックスなり音声ファイルを家で聴けばいいじゃないか!とか爆音を再現すればいいじゃないか!とかさ、まぁそんなにびっくりマークつけるほどのことでもないんだけど(笑)


そういうんじゃないんだよね。祭りにおける太鼓とか神楽だよね。別にクラブに儀式的な意味合いはないにせよやっぱり場抜きでそれだけ聴くっつーのもさ、あとまぁそれで聴いた気になってるっつーのがなんかアレだよね。まぁこれってあれなのか、レコードができたときに「そんなのができたら演奏に人が来なくなるじゃないか!」っつってミュージシャンとかラジオ局から色々と声が上がったみたいな話と構造は一緒だよね。でもまぁレコードで生演奏を代替するなんてのは無理な話でレコードはライブの脅威にはならなかったわけだけどさ、んで今みたいに音源が簡単に手に入っちゃうって中でじゃあミュージシャンが何をすればいいの?っていうとまぁ世界的にもライブで稼ぐっていう風になってるじゃん?そこがまぁライブっつー臨場感なのか演奏している人間っていう視覚的な要素なのか分からないけどっつーかまぁそういう複合的なもんだよね。で、あれの代替は無理じゃん?


だからみんな行くんだよね。まぁ代替が無理だからって理由ではないにしろさ、あとまぁアイドルグループなんかだと全部口パクみたいなのでも本人達のプレゼンスってのを見に行くわけでしょ?で、それってようは単純に視覚情報ってことでもないんだよな。それで言えばLive DVDとかあるわけじゃん?やっぱそこに現前しているっていうことだよね。その現前の媒体を作るのが音楽っていうさ、音楽を聴きに来てるとは言えと実際は場とかアイドルのメンバーとか音響システムとか盛り上がるライブ会場とかさ、それがあるから行くんだよね。まぁそれで言うとロックとかパンクとかは全然そんな機械の話なんて問題にならないと思うんだけどね。でもDJってなるとどうなんだろうか?って思うわけよ。いや、現場に行くことは大事だしクラブ体験をしてこそのダンスミュージックだって押し付けはしないけどまぁそう思うけどでも場だけならクラブに行けば経験できるじゃん?そこで誰がかけていたか?ってのは問題になるんだろうか?って話なんだよね。


いや、ネットで済むじゃなくてクラブに行け!っつってもまぁそれは色んな意味で正解にしてもDJが人力である必要性とはまた別だもんね。それこそパリスヒルトンのDJじゃないけどさ、他のプロが作ったミックス流してるだけだったりするわけじゃん?んでもこれは逆説的にただの再生ボタンを押すっていうだけのライブなのにパリスヒルトンだから成り立っているんだよね。全部の音がオケのアイドルグループ然り。ライブの意味ないじゃん?っつってもそれは音楽的にそうでもパリスヒルトンやアイドルグループってのがそこにいて歌ってたりDJをやっているように見せかけているってことが重要なわけでしょ?言わば擬似ライブなんだけどでもまぁそこは機能的に見れば盛り上がればいいってことなんでパリスヒルトンが実際にそこでミックスしてるかどうか?なんて関係ないって人もいるわけだよね。だから成り立つわけだ。


EDMのスターDJとか基本全部この構図だよね。みんなカリスマなんだよね。あと事前録音を公言してる人もいるし。そうなるとますますDJって何なの?ってことになるんだよね。結局はアイドルとかスターみたいなものなのか?っていうさ、でもやっぱそういう要素はあるよね。いや、なんか全てが自動化とかシミュレートできるってことになると逆にそのプレゼンスってのが重要になるよね。でも選曲で勝負するはずのDJが存在感で勝負ってのもどうなのかなー?って思うんだけどね。体育会系みたいなノリの場だったら腕っ節の強さかもしれないし(笑)


だからまぁ凄く話が美学とかになってくるわけ。それ自体がそれ自体として成立しているというよりかは鑑賞者という主観性が入った中でそれが成立しているっていうさ、もちろんでも客観的な美もあれば見出されるような主観的な美ってのもあるんだけど、まぁそれも含めて美とは何なのか?っていうことなんだよね。これは別に美だけに限らず似たような構造がDJにもいえるんだよな。なんで特にDJなのか?っていうと演奏者未満機械以上だからなんだと思うんだよね。ロックとかアイドルとかの場合、人間のプレゼンスあってのものだしまぁライブパフォーマンスってそういうことじゃん?ヒップホップとかもそうだよね。まぁだからライブが成り立つ音楽って良いよねって思うよね。もちろんライブの質を高めるのはやる側の試練なわけで成立するから楽だねってことじゃないんだよね。成立させるのが大変なわけで。


いや、だからそんなのを考えてて書いたと思うけど美学の本とか読んでるんだよね。あと久松真一の「禅と美術」とか松岡正剛ってのも前に読んでるって書いたけどまぁまさにDJってことをめぐって色々とこれだけで考えることが増えてるってことなんだよね。まぁ考えるのが好きだから考えつくそうと思うんだけど。あと長く楽しめるようにじっくりやるっていうね。結局まぁ今のところはジレンマがあるってことだよね。視覚的なものとかショービズ的な要素があればいいんだけどDJだけって考えるとじゃあめちゃめちゃ選曲の良い自動DJとどう差別化を図るのか?っていうさ、あ、まぁ差別化は簡単か。まぁ人力でやる必要性だよね。それも自動が当たり前になっちゃうとDJなんてのは古典芸能みたいになっちゃうかもしれないからねっつってもショービズ的なのは当然残るとして。んでも逆を言えばショービズ的なのしか残らないっていうところでもあるんだよね。結局機械との違いはカリスマ性とか「あいつが回している!」っていう現前性だったりするわけで。


まぁそれでもクラブってのが生活の中に根付いてるとまた別だよね。でも根付いてない文化だと前の俺みたいに「ネットで見れるからいいや」で済ますやつって余計に増えちゃうんだよね。ようは引きこもりを助長させるってことなのよ。それは引きこもりがちな俺が言うんだから間違いない(笑)俺のさっきのフェスっつーか廃墟でお祭りみたいなのって日本の引きこもりの元祖のアマテラスの天岩戸的な要素もあるのよ。別にネットで済んじゃえば外に出る必要も無いやっつーのと対人関係でいやな思いをしたから引きこもるっていうさ、で、天岩戸の話だと他の神々がアマテラスを外に出そうってことでフェスやるんだよね。で、芸能の神の姉ちゃんが裸踊りっつーかまぁすんげーエロいダンスとかをしたわけ。まぁようはめちゃめちゃ盛り上がってたってことだよね。で、アマテラスは「なんか盛り上がってんなぁー」と思ってちょっと見てみようってことで覗き見をしたときにタヂカラオが「おっしゃー捕まえた!」っつって外に出したんだよね(笑)日本最古の引きこもりにまつわる話にして日本最古の引きこもり対策でもあったという。


でもこれって重要なんだよなーってまぁ俺が勝手にここだけ強調してフェスに繋げるっつー話なんだけどでも「ネットで済む」ってやっぱ合理性から引きこもり化を進めるんだよね。でもやっぱライブでしょう!っていうさ、ここだよね。別にライブやったからって引きこもりが外に出るとは思えないけどまぁでもだったらライブみたいな機会を増やして逆に自己顕示欲だけは人一倍あるみたいな引きこもりが「俺もやる!」っつって出るぐらいチャンスがあったほうがいいよね。ネット配信ってそれがないじゃん?結局ネットは広すぎるし家にいれば他の選択肢もあるから例えばそいつのライブ配信にしても選択としてあえてそいつのライブ配信を見るかゲームやるかとか有名DJのミックス聞くかとか映画を見るかとかさ、競争してまず勝てないんだよね。


あえてそれを見るという選択に結びつかない。っつってもまぁ無駄に場があっても低クオリティなもんをダダ漏れにするライブとかあってもまぁあんま意味ないから微妙っつっちゃー微妙だよね。でもまぁ俺なんかがノイズバンドのサポートメンバーで都内のライブハウスとかに出てたぐらいのときなんてそんなやつ腐るほどいたからなぁ。無駄にバンドやってるやつが多かったっていうイメージがあるんだよな。やっぱ配信の場所がそこにしか無かったからね。


今って別に配信だけだったら自分でできるからさ、だからまぁイマイチ盛り上がらないっつーか、俺みたいに極端に何でもネットで済むぐらいに考えてるやつが考え抜いた末に思ったのが場だなってことなんだよってことは声を大にしていいたいですわ。なんかやっぱそこで他のバンドとかお客さんとの接点が生まれるとかさ、それはまぁネットならSNSとかがあるっつってもあれって直の接点とは別もんであれはあれで独立してるものなんだよね。だからあれで出会いの可能性みたいなものが代替できるか?というとそんなことはないよね。むしろあんなもんゾーニングされて同じようなものとか同じような見方とかしないような似たもの同士ばっかりが集まることになるわけじゃん?ランダムな出会いがないよね。楽屋で大物に出会ったとかさ(笑)知り合いにいたからね。


まぁ別に親密になったわけではないんだけど。あとまぁ有名なDJ/プロデューサーがやっているイベントに行ってその人が普通にラウンジでゆっくりしてるときに話しかけて盛り上がって知り合いになったとかね、こういうのだよね。やっぱり。まぁそりゃ普通そうでしょって話なんだけど何でもネットで済むと思ってる俺みたいなやつが言うってことが違うところなのよ(笑)それこそ頭を電脳化できればいいみたいに考えてるやつが場の重要性に気がつくわけでさ、でもそれは極端な方向で考えたからこそ場の重要性ってのが際立って見えるんだよね。勝手にそれがemergeしてくるっつーのかな?


まぁそれこそ男女の出会いなんてこれじゃないですか?前にも書いたけどクラブが肉市場になればいいとは思わないけど人が外に出なくても済むようになるって怖いことなんだよね。今のところの俺の感じだと自分だけで勝手に済ませたり自己完結していることで見逃していたり出会えてなかったりするものが腐るほどある可能性があるってことだよね。もちろんまぁ外に出たり人と話すことのわずらわしさと天秤にかけたときにまぁ自分だけでいいかなって人が多いってのも分かるんだけどさ、でもやっぱダンスミュージックみたいに場と音響設備がないと成立しないものってのもあるわけでさ、で、それはそれがブロードキャストされてるのを聞くのとその場で聞くのとでは全然違うんだよね。


データ的に見れば一緒だけどそもそも人間がそれを聞くという行為に出るときにはそれを入力として自分に入れるわけでさ、だからこそ「どう入れるのか?」っていうのが重要になるんだよね。まぁこれはあれだよね、ネット時代のデータが常にフローな状態 VS 本屋とかクラブとかレコード屋で何かと出会うみたいなことでまぁあれだよね、別に音楽に限らないことだよね。でもまぁーねぇー、クラブってやっぱ特別だよね。ボディミュージックみたいなものではないものも爆音によって異化する場だからそれを体験するのと体験しないのとでは全然違うわけで。


ってことで続きます。