ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

今後はDJ路線?。その27。

では続きを。


あとあれだよね、どっかでやるのを想定した場合、DDJ-SX2なんだよね。持ち運びが大変だけどこっちのほうが音が良いわけだし。で、ホームユースならDDJ-SRで十分なんだけどさ、まぁこれって分かれ目だよね。どっかでやるつもりなのか家でやるだけなのかっていう。携帯性で言うとDJミキサーを持つのか背負うのかっていう(笑)「持つ」だけなのか「背負う」のかってまさにコミットメントの深さですよね。まぁでも背負えるとチャリで駅まで行けるからなぁ。ガラガラ運んでたときは母に駅まで送ってもらってたし(笑)で、帰りはガラガラ運びながら駅から家まで歩きなんですよね。もうこの一連の労働力を考えると本当に好きじゃないとやってらんないよね。いや、まぁそれ言い出すとライブとかもそうなんだよね。機材の運搬ってすげー面倒なのよね。まぁでも背負うってのはギターとか考えれば全然楽なのか。ギターの場合、んでさらにエフェクターとかあるわけだもんね。まぁでもあれか、今はPCでいいのか。Garage Bandにほとんど入ってるもんな。コンパクトエフェクター類は配線とかすげー面倒だしな。あと電池高いし。


まぁでもやっぱレコードのガラガラってのが一番だよね。階段とかすげー面倒だし。しかも車じゃないと50枚が限度だもんな。あとあれ、針持参じゃないですか?まぁそれはいいとしてタンテが縦置きとかになってたりするとやりづらいんだよね。あとベスタだと使い心地が違うとかさ、まぁそういうのが無いのはいいよね。完全にうちでやってる環境でやれるっつーのはいいね。まぁガラガラ運ばなくていいんだからミキサーぐらい背負えよってことでまぁやっぱDDJ-SX2かなぁー。あとあれね、なんか色々とトラブルあるみたいね。とりあえずPCDJあればできるようになっちゃったからなんちゃってDJが大量に増えて現場でヘマをやらかすみたいなのが多くなってるんだってね。なんかこういうのも含めたことですよね。まぁでもこれも含めてやっぱ一人って一番いいんだよね。他のDJとトラブルが起きないってのはいいよね。まぁあとあれだね、やっぱCDRかCDは緊急用で必須みたいね。交代のときにCDJを使いつつそのときにPCDJのセッティングをするとかさ、TPOなんだよね。やっぱいかにすぐに出してすぐ音を出せるか?ってのがポイントになるね。万が一でもCDがあればとりあえずなんとかなるっていう。まぁーでもやっぱあれだな、人間関係面倒だから一人だな。誰からも文句言われないし。


まぁそうなるともうハコ探しだな。マジで。でも一人ってことになるとずーっとジャズ・レアグルーヴってわけにもいかないからバリエーションが必要になるなぁ。イメージ的に最初はジャズ・レアグルーヴでだんだんラリーレヴァン風になっていくのがいいかなぁって思ってるんだけどね。まぁダンクラとかソウルとかファンクとかR&Bとかね。で、まぁまだ時間があったらエレクトロとかフュージョンもかけつつアフターアワーズになっていくみたいな?いやーあれだわな、ダンクラとかソウルってプロパーじゃないからやっぱ勉強しないとダメだな。ハウスとかドラムンベースは違うかなぁーって気がしてるんだよね。やっぱそこは生音か電子音入ってもエレクトロとかフュージョンぐらいっていう。まぁ基本俺がラリーレヴァンになるって話だからまずはラリーレヴァンの模倣からですよね。自分のDJ半分で残りはラリーレヴァン風って感じでやろうと思ってんのね。まぁあとハウスやるんだったらまぁやっぱ初期か90年代前半までのクラシックスオンリーとかね。まぁこれだったらまぁラリーレヴァンの範疇だからね。イベントの名前は「一人ラリーレヴァン会」でいいんじゃないかと。あとは「ウォール伝、クラブバージョン。」とかね。電脳世界の現実世界の拡張っていうコンセプトだから「ウォール伝、クラブバージョン。」っていう名前は必須だね。うん。まぁコンセプトは完璧だと思うわ。


っつーかここがまたいつもの情報の話で面白いんだけどさ、やるっつー心積もりでいるとマインドセットが変わるじゃん?好きなジャズとかレアグルーヴばっかかけてないでバリエーション出すためにも色々とやったことないものもやる必要があるってことで色々と他にも手を出すってことになるしさ、あとまぁやっぱソウルとかファンクかけられるDJになりたいってのもあるしさ、あとまぁクラブ関係の情報収集だよね。現場でDJやってるもしくはやってた人のブログとかツイッターとか片っ端からチェックだよね。別にそれで分かったつもりになるんじゃなくて家でできる限りの情報収集をするんだよね。これもまぁアンテナじゃないですか?ようは主体が何をするのか?ということでその主体が得る情報というのが決まるっていうさ、まぁアンテナが拡張されるっつーのかな?見えなかった世界が見えてくるってまぁそういうことだよね。


それは例えば数学をやることで数理系のことが分かるようになるんでそういう関係のことが理解できるようになるとか業界関係の話題を読むとかさ、具体的な物理現象とか理論から業界っつーリアル社会のことまでとりあえず数学ってだけでとにかく世界は広がるよね。だからやっぱとりあえず無茶でも何でもやってみようとするってことが大事なんだと思うんですよね。俺で言えばアメリカに行ってリベラルアーツやった後、卒業間近で数学にメジャー変更とか無茶もいいところじゃん?でもやっちゃってるからね。そういうのに比べれば一人会をやるなんて全然ハードル低いよね。やっぱそれは経験がモノを言うよね。過去に無茶なことをやってると色々とやることのハードルが下がるよね。留学ってまぁプロセス面倒だしあっち行ってからも学校へのアプライとか引越しとかさ、まぁ一応自分でやってたんだよね。だからそういうのから見ると別に普通にできるだろうなっていう自信ができるよね。別にただ問題は箱代でしょ?って話になる。


やっぱ色々やることのメリットってこれだよね。それだけで別に何になって無くてもやったことによる経験って蓄積されるからね。あとまぁあれだね、やったところで別に何もならない的なネガティブな感じじゃなくてその時点でやりたかったらとりあえずやるってことをヴァーチューにすることだよね。そりゃやっぱ俺は色々と経験したいわけでさ、今の生活ってその経験が限られちゃってて広がりようがないからね。だからかなり面倒でも自分でなんとかしていかないと永遠と変わらないからね。まぁあとあれなんだよね、たまには外に出て何かやりたいんだけど昼間は嫌だから夜がいいっつーんだとまぁやっぱオールナイトイベントが最適なんだよね。夜に都内への登り電車なんでめっちゃ空いてるし帰りは始発の下りだから空いてるしまぁ通勤は楽だよね。


でもまぁ散々書いたけどさ、みんな金無い時間無いっつってさ、んでそれでもあえて金を出してまで音楽を聞きにいくってさ、基本的になんつーのかな?金をセーブしたほうがいいし忙しいから空いた時間は趣味か体を休めることに費やしたほうが良いってことになるとまぁわざわざイベントとかいかないよね。まぁやりたい!ってのはいいんだけどやっぱり客観的に考えると俺の一人会にわざわざ来るメリットが他者にとってあるのか?ってことだよね。まぁ別にイベント全般そうなんだけどさ、なんかでもそれって考えないと意味無いよね。やりたい!だけだと衝動的に色々とやって無駄な時間費やして終わりそうだからっつってもまぁそれでまた色々と考えちゃうとやる必要がなくなっちゃって結局動かないままってことになっちゃうんだよね。まぁやっぱ色々と調べても一回10万ぐらいはかかりそうなのよね。でもまぁリハビリ代として考えれば別にそんなに高くないなとも思うし。


あ、んでさ、最近楽園追放っつーアニメ映画見たんだけどいやーこれが良かったのなんのって!まさに俺の最近の主題そのままなんすよ。俺は電脳化したほうがいいっつー考え方がある反面、現時点ではそれは無理だから物理界で楽しくやっていく方法を模索するしかないっていう必要性があるにしてもね、でもやっぱあの例えば映画に出てきたような音楽が好きっつー感覚とかさ、まさにあれなんだよね。俺が最近ジャズとかファンクみたいな人間臭いものに取り付かれてるのって全部電脳化でいいじゃん!っつー思考からの現実界再発見なんだよね。一時期マジでこういう考え方になってたわけだからね。音楽なんつっても色んな音の集積だっていうさ、あと曲調とかパターンとか決まりつくしてるっていうさ、まぁ全部デジタル風に考えるとそうなるけど音楽のコアってそこじゃないじゃん?たまたまライブ録音で出たグルーヴ感とかさ、昔の当時の機材と録音状況の空気感とかさ、それもまぁ別にデジタルで再現可能だとしてもやっぱ本物って違うじゃないですか?


特にやっぱ黒人的なものだよね。物凄く過剰ってことだったりね。ドラム強く叩き過ぎ!とかソウル入りすぎてボーカルうるさくなってるとかさ、ああいう感じってのに物凄く惹かれるんだよね。そりゃ掘ってた頃も当然ブラックミュージックは好きだったけど今のはまぁある意味メタ的なんだよね。一旦全部電脳化でいいじゃんっつー考え方に埋没した結果、すげー全てがつまらなくなったのとまぁあと逆にまぁゲームは面白くなったんだけどさ、生きてる意味ってのがなくなっちゃったんだよね。で、楽園追放に出てくる自我を持った人工知能いるじゃん?あのロボットのオントロジーだよね。存在意義というか存在するということ自体が行為と一体化してるっていうか行為を通して存在意義というのが常に生まれ続けているっていうさ、だからやっぱ行為って大事なんですよね。情報を入れるだけじゃなくて何かをやるってことで存在って確立されるんだよねって前にも書いたけど。


まぁでもあれですよね、これも前にも書いたけどマズロー的な考え方で言うなら知的欲求を満たすみたいなレベルから段階が上がったってことなんだけどさ、でもこれってまぁ必然的だよね。あとまぁ知的欲求を満たすということは時間と能動性とパワーがあれば可能だからさ、まぁある意味達成されてるじゃん?テクノロジーが進歩すればもっと便利になって色々分かるようになるわけでそれが分かりきってるからただの必然性なんだよね。欲求というよりかはもう所与のものになっちゃってる。だから欲求が満たされないってことになると思うんだよね。だから今の俺の欲求ってのは電脳世界じゃなくてリアル世界ならではの場を介在させた何かってのを強く求めてるんだよね。あとまぁアウラ的なものに惹かれてるっつーのもあるかもしれないけどね。


あとまぁ一連のを色々と書いていてレイヴっていう概念がすげー重要になってるね。音楽ムーヴメントとか特定の音楽がどうのってことじゃなくてハレの場の重要性だよね。っつーか今の俺に足りないものはこれなわけじゃん?だから何かやりたいってのはあるんだけど普通のイベントやっても意味無くてさ、だからやっぱいかにハレの場を作るか?ってことなんだよね。いや、色々とレイヴについての本とか読んでるんだけどやっぱ過去のゴアとかセカンドサマーオブラブとかってダークサイドはあったんだけど根本はやっぱり閉塞感だったんだなって思うんだよね。あ、ローラン・ガルニエの自伝なんかも読んだんだけど。やっぱり程度の問題だけどドラッグは必要だよね。まぁやらない人がいてもいいんだけど基本的に場がドラッグ無しだと成り立たないっつーのはあるよね。特にアシッドハウスとかサイケトランスなんてそもそも音楽自体がそういうもんっつーかトリップしてるとああいう音がすげー効いてくるわけじゃん?で、そういうのがノーフューチャーな貧しい人たちのハレの場として生まれてんで商業化してクソになっていったっつーのがまぁ知識としては知ってたけどやっぱり色々と読んでみるとこの初期の感じってすげー大事なんだよね。もちろんドラッグ規制とかレイヴ規制があるからあんな風にはできないにせよ、でもやっぱ閉塞感とかノーフューチャー感ってあるわけじゃん?


なんつーかこの閉塞感って特に底辺の人たちじゃなくても普通にあるわけじゃん?っつーかざっくり書くと貧富の二極化が進むにつれてレイヴ的なものの必要性ってのは自ずと明らかになると思うんだよね。でもレイヴにしろフェスにしろ商業化されたものがデフォになってるからやっぱなんかイベント感あるじゃん?っつーか普通の人が行くからね。ああいうの。そうじゃなくて初期のレイヴとかパラダイスガラージみたいな絶望しかないような人たちが我を忘れてトリップできるような場っていうさ、そういうのが必要だなって思うんだよね。で、これってポイントは絶望ってのは特に今においては金銭に限らないってことなんだよね。金あって生活に余裕あっても絶望に駆られてる人っているわけでさ、なんかやっぱそういう意味でレイヴとかって過去のものだけど参照されるべきものなんだよね。


なんつーかあれなんだよな、レイヴ世代っつーとアレだけど80年代中盤から90年代前半ぐらいの人たちってまぁそりゃ客とかクリエイターとかDJも含めてなんだけどもう爺さんみたいなレベルの歳になってるんだよね。で、90年代後半ぐらいまでは行ったことはなくてもそういうドラッグとかも含めた初期のレイヴの雰囲気って知ってる人が多かったしまぁ普通そういう音楽聴いてるなら知ってるでしょって感じだったけど今って完全に断絶してるよねっつーか当たり前なんだけどね。音源がアーカイヴ化されるとそれだけになっちゃうじゃん?当時の空気感とかそれが生まれた背景みたいなコンテキストの重要性ってのが無くなりがちだよね。まぁ欧米なんかだと基本やっぱまぁそんなにヘビーじゃないにせよ軽いドラッグってやっぱり当たり前にあるから断絶はないと思うんだけどやっぱドラッグが無いとかやるのがほぼ無理みたいな国ってそれ自体がダメなものって感じになっちゃうからそりゃやっぱ忘れ去られるよね。


で、音楽だけ残るからなんかすげー変な伝達の仕方になっちゃうっつーのかな?まぁでも世界的にそうなんだとは思うんだけどね。でもあのスターダストってあったじゃん?あんなのがクラブヒットしてたんだもんなぁ。今ってつるんとしてるよね。ドラッギーでもドープでもなくひたすら軽いっていう。まぁスターダストに関してはあんな歌詞のものがアンセムになってたなんて凄いよなってことね。まぁあれがドープだったかはともかくとしてでもまぁ90年代ってやっぱドラッグ抜けしててもドラッグ感残ってたんだなって思うよね。今のつるんとした感じに慣れると凄くそう思うわ。


ってことでまだ続くんで。んじゃまた。っつーか最近このスタイルでやってて思うんだけどなんで毎回ブログみたいなもんなのにも関わらず1エントリーを一つのものとして書かなきゃいけないのか?って思えてきたよね。「とりあえずここまで書いたんで続きはまた明日ね」とかでとりあえずその分だけアップとかでも全然いいじゃん!って思ったんだよね。っつーかなんつーのかな?一つのものとしてまとめるっていう感じが凄く古臭く感じるよね。そりゃ昔の本とか雑誌とか論文っつー媒体自体から必要とされる形式なんであってそれ以外だったら別に「こうあるべき」って形は無いよね。なんでしかも最後にちょっとまとめた感じで1エントリーとしなきゃいけないのか?ってことだもんなぁ。そう。最近DJにも目を向けてて思ったのは時代はもうすげーなんつーか色んな意味で昔とは違うのに凄く強固な「こうであった」っていうものが規定する形式ってのがあるんだよね。


そんなの別に守るかどうか?なんて任意なのになんか自然に守ったり「こうじゃなきゃ」って思っちゃうんだよね。これ自体の自明性って全く無いよね。まぁ合理性とか必要性があるならともかくとして。それで言うと日にちとかもさ、これもイデオロギーだよね。なんつーの?時間とかのサイクルっつーのかな?俺はこれが合わないから慢性的に不眠っつーか入眠がすげー困難なんだよなぁーって思うんだよね。それに合わせようとするから大量の薬を必要とするんだよね。眠くなったら寝ればいいんだったらこれほど楽なことはないのに。まぁ社会のサイクルに抗うわけにはいかないんだけどまぁでもホント、ただの決まりだよなぁーって思うよね。夜寝なきゃいけないってのも自明性無いもんね。夜出勤の人とか居てもいいわけで。それが夜勤っつーよりかはそういう時間帯の人の活動時間ってことでいいじゃんって思うんだよね。


そうそう。いつも思うんだわな。色々と便利になってきて可能になってることが多いのにも関わらず古臭い決まりみたいなもんで新しいものってのが活用されてなかったり可能性が奪われてたりするんだよね。まぁやっぱ過渡期だからかな。まぁ実際に古い人ってのがまた生きてるし社会の中枢に居たりするからね。でもまぁ俺みたいな感覚ってそのうちデフォになると思うんだよね。あとすでにそれがデフォなんだけど社会はそうなってないんでまぁ折り合いが大変・・・みたいな人も結構いると思うんだよね。まぁだからあれなのよね、今はまぁ微妙に古くてダメでもまぁ色々と変わる可能性はあるから色々とやれそうなことは下準備をしておくっつーかさ、やりたいことがあればやりまくっていつでも動けます!みたいな状態にしておくってのが大事なんだよね。革命で言えばまぁ常に訓練してるようなもんだよね。やっぱ知識とか思想とかスキルとかってそういうもんだよね。日々cultivateするっていう。今それがあんまり活用できていないってのは全然問題じゃないんだよね。まぁレベルが低すぎて活用できないんじゃ話にならないからそれはやっぱかなり高レベルであることは必要条件なんだけど。


ってことでんじゃまた。