ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

だいぶ空いたけど。

だいぶ空いたけどさ、インプットの時期になってるんですよね。今。ドゥルーズを色々と読んでいくうちに大著過ぎて読むのが面倒で読んでなかったやつなんかも読んでみようかなーとか思ってアルチュセールの「資本論を読む」とかあとまぁ別に大著ではないんだけど中途半端に終わってたローティーをコンプリートしようとかあとドゥルーズを読んでてやっぱり気になるのがラカンだよね。当然原著は読んだこと無いっつーかエクリの下巻だか抜粋みたいなのが安く売っててそれは持ってると思うんだけど読んでないんだよね。


で、エクリのコンプリート版ってのを買って読んでるんだけど驚いたことにそれほど難解じゃないんですよ。っつーかもっとめちゃめちゃだと思ってたのにすげー色々と考えて分析して書いてるんだなって関心しちゃったぐらいなのよ。多分まぁ全部あれよね、俺の知識がアップデートされてるから理解できるようになってるんだよね。あとまぁ面倒で読んでなかった頃の英語の読解力より今のほうが当然アップデートされてるからより読みやすくなってるっておかげでまぁ色々読めるんだなと思ってさ、だからまぁなんかドゥルーズをきっかけにまた哲学に行ってる感じかな。まぁあくまで暇つぶしですけどね。読んでないから読んでおくかぐらいの感じなんだけど意外と面白いから結構楽しみになってるんだよね。で、エクリを読んだ後にジジェクの一連の著書なんかも通読したら面白いんじゃないか?とか思ってやろうと思ってるね。


だからまぁインプットに入りますってことですね。だからあんま更新しないと思うんで。あとラカンなんだけど相当数学的な概念応用してるよね。まぁ大学初年度ぐらいまでのベーシックな数学なんだけどでもまぁ数学分かってるとそんなに別に難しいことを言ってるわけじゃないんだなってのが分かるんだよねっていうか多分、理論物理学とか純粋数学の極北みたいなの経験してれば大抵のもんはそんなに難しいと思わなくなるね。そう思うとハードコアな純粋数学理論物理学で相当頭が鍛えられたんだなとは思いましたよ。永遠と量子力学とか場の理論の数学が永遠と何百ページも続くみたいなのに比べるとどんなに難解な哲学もまぁ別に読めるよねって感じになるよね。あ、俺はやっぱ純粋数学っつーか特に抽象度が高いシンプルなやつはいいんだけどやっぱ理論物理学とか大変だよね。元々やっぱあんまり合わないっつーのはあるんだろうね。だからなるべく圏論とかトポロジー的に持ってきて理解しようとするっていうさ、まぁなんか色々とやってないことはあるから時間かけてマイペースにこなしていくしかないなって気がしてるね。やっぱ気が向いたらやるっつー基本じゃないと続かないわな。辛くなるから。だからまぁこれでいいんじゃないかと。


あ、んでアルチュセールにせよドゥルーズにせよラカンの影響って物凄いのよね。だからなんかまぁある種の元ネタみたいな感じで読んでる感もあるんだよね。でもまぁラカンって俺の印象だとヴィトゲンシュタイン並に言語的なものに敏感っつーかさ、ヴィトゲンシュタイン型だと思うんだよね。あとやっぱり英米とかの哲学じゃできないような何かと何かにある隙間とか生まれる空間とか不在が表すものとかやっぱ独特のもんがあって面白いなって思うよね。ラカン関係の本は色々と読んできたからそりゃ予備知識はあるんだけどさ、でもまぁエクリを読むなんてねぇー。すげーよ。800ページぐらいギッシリですよ。でも面白いからもう100ページぐらい読んじゃったから結構すぐ終わりそうなんだけど、あんまり雑に読まないで精読しようって思ってるんだよね。人間が環境の中で存在するとはどういうことなのか?っていう凄く根源的なことに関する示唆的なものが結構あるんだよね。いや、内容自体はそういうものじゃなくても結果的にそういうことに関して示唆的だなって思えるようなものがかなりあるってことね。


そんな中でローティーなんかも読んでるからバランス良いよねっつーか多分哲学の完全制覇をしようとしてるんだと思うんだよね。大体読んだけどそりゃ読んでないのもあるから読むって感じで特に関心があるものを読んでる感じなんだけど。デリダはどうなんだろうな。あんまデリダは読んでて面白くないからあんま興味ないんだけどね。ラカンが意外と面白いってのは大発見だったな。エクリってやたら難しいってイメージがあったけどそうでもないんだよね。あとちゃんと本人による解説とかフォローとかも載ってるからそんなに難しくないんだよね。まぁようは色々と基礎知識があると読めるってことだね。あとまぁラカンのって実際にやられてるけど色々と大きく解釈すればなんでもラカンで語れるみたいなところはあるよね。ジジェクとかモロにそうだしあとヤニス・スタヴラカキスの「ラカンと政治的なもの」だよね。一応読んだ気はするけどそもそもやっぱラカン知らないとキツイよね。俺はムフとかラクラウとかは読んでたからそういうコンテキストでいけるのかな?って思ったけどやっぱある程度ラカン知らないとダメだよね。だからまぁエクリ読んだ後にこれも再読しようかなって思って。


まぁ別にすげー実りのある読書ではないですよ。凄くプラクティカルなものを読むわけじゃなくて過去にあんま理解できなかったか、あとはまぁ解説書の類で分かったような気になってたものに関してちゃんと理解してみようかなって思うような精神的なゆとりというよりかは暇があるってことだよね。なんかやっぱ自分の中にプロジェクトって持ってないとダメじゃん?で、とりあえず一連の今挙げたようなもんは全部理解してやろうって感じになってるね。理解してそれでどうするの?とかってのはあんま気にせずに。まぁ楽しいからね。独特なのは結構楽しいんだよね。ドゥルーズが結構面白いと思えるのもやっぱすんげークセがあって独特なんだからだと思うんだよね。だからこそただの哲学論文と違って妙な面白みってのがある。あと味わいね。


なんか今年はすげー調子いいな。マジで。音楽も完全に頭が再開してる感じだし哲学もまた違った意味で面白くなってきてるしさ、結構いい感じだよね。あとまぁコスパいいよね。読むのに時間かかるからあんま金かからないんだよね(笑)なんかでもさ、ローティってなんか好きなのはアメリカ独特の冷めた感じっつーのかな?大陸系って言葉は冷たかったりしても根本的にアツいんだよね。凄く哲学ってことに価値を見出してるし知の基盤だって思ってたりするんだけど、ローティとかってそれをメタ的に見て「まぁこれはこうだよねー。まぁこれとあれは似てるけどようはこういうことでしょー」みたいな感じで頭が良すぎる優等生みたいな人が冷めた感じで色々書いてる感じでさ、でもなぜかデューイをすげー評価してたりして、なんかそういうところがやっぱアメリカっぽいなーって思ったりなんかしてさ、でもなんかローティの絶望って好きなんだよね。「まぁこんな感じなのよねぇー」って言っちゃうあの感じ。


まぁでも俺はアツい哲学が分析と考察で無に帰るようなことは無いと思ってるけどね。結局まぁ哲学ってattitudeだからね。それで言うとジャズも一緒なんだよね。ジャズも音楽っつーよりかはattitudeなんだよね。なんかそういう意味で哲学とジャズってすげー近いっつーか似てるって思うんだよね。まぁでもやっぱ思想って楽しいよね。頭が恐ろしく良い人が全身全霊で書いてるもんなんだからつまらないわけがない。あ、まぁ一概にそうとも言えないんだけどさ、でもまぁ例えば今挙げたラカンとかドゥルーズとか毛色は一気に違うけどローティとか形式とか気にしないで自由に書いてる感じなんだよね。論文調じゃないからこそ直の本人たちの考えってのに触れられる感じがたまらないのよね。逆にまぁ論文調の哲学論文ってホントにつまらないんだよね。やっぱり哲学学者が書いたもんじゃなくて哲学者が自分の言葉で書いたやつってのが面白いよね。


ってことでまぁインプットに戻るんで。んじゃまたね。