ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

では色々とクラッシュ後に考えていたことを。

ハードディスククラッシュ後に色々と思ったことについての一つでAIについて色々と思ったことがあるんだけどさ、soundcloudとかyoutubeでもそうだったんだけどロボット型みたいなのが「あなたの何々っつートラックは最高でした!もっと広く認知されるべきだと思うのでこのサイトを見てみてください」なんつってまぁ再生数を増やします的なのが必ず来るんだけど面白いのがさ、人間が選んでるのかAIが選んでるのか画像のライブラリーがあるのかなんなのか思わずフォローしたくなるような見た目の白人女性だったりするんだよね。実際にそれで間違えてフォローバックしちゃう人がいたりしてさ、あとまぁブログとかへの書き込みとかもあるよね。「すごく印象的な記事でした」とかいうスパム的なのが。


Googleとかアマゾンのサジェストとかもさることながらまぁなんつーか本当にそういうAI的なものを意識せざるを得ない感じになってるよね。SFとかの話じゃなくてどちらかというとネガティブな方面でずいぶんとこういうAI的なのが使われてるよねっていうかあとまぁそれ言い出すとウィルスとかも全部そうだもんね。まぁんで思ったのがさ、先進国での出生率の低下とAIの進化って相関してるように思えちゃうよね。別にこれは両者が関係あるわけじゃなくてたまたまテクノロジーが発展してAIとかが発達してきてるっつーのと先進国が行き詰って消費型の資本主義を維持できなくなってるのと労働力がそこまで必要とされなくなってたりそれこそ機械とかアルゴリズムで処理可能なものはコストの面から考えてもソフトウェア管理になるってことで過去に成立してた職業とかが成立しなくなってるわけじゃん?


いや、これって色んなところでそうだよね。まずまぁいつも書いてるけどネットで見れる講義だよね。一流大学の基礎的なコースのレクチャーはいくらでもネットで見れるようになってる。まぁそれでも別に学校が不要になるわけじゃないんだけど学校なんてせいぜい行く価値と言えば学歴っつー箔をつけるだけなわけで変なところいってもプラスにならないどころかマイナスにすらもなりうるってことでわけのわからない大学に行かないほうがいいとかさ、まぁあと純粋に知識って意味だとそれこそコストから考えてもネットで講義見るのが一番良いってことになるよね。ましてや大学なんてちゃんとしたところでも別に教授が授業上手いとは限らないわけでだからまぁそれこそロックスター的な講義をするような教授とかまぁ明快さって意味ですげー再生数を誇りそうなものとかさ、そういう感じのがネットにアップされてるじゃん?


で、まぁこれって本当にくそみたいな講義をする授業ってのが文字通りいらなくなるってことだよね。せいぜいそれでも大学に行く価値は学歴ってのがあるけど2流とか3流じゃ全然意味ないじゃん?だからまぁはっきりいって学校自体が意味ないんだよね。なんかまぁ凄く過去のものになってるよね。あとまぁそれで言うと同じようなところでRocksmithみたいなゲームよね。まぁギターの弾き方講座とかってそれこそyoutubeとかでいくらでも見れるけど自分で音を出しながら「音が出てないからもう一回」的なコレスポンデンスありきでやれるとかって何気に凄いことだよね。だからといってギター教室が必要なくなるか?っていうとそうではないんだけどでもまぁぶっちゃけいらないよね。一番とっかかりの最初の部分ってのをあそこまでソフトで練習できるってことになるとマジで教室とかいらなくなるよね。これもまぁあれだよね、ソフトウェア的なものとか情報的なものが職を奪っているっていう例だよね。奪っているというよりかは便利になってるってことなんだけどでもまぁくいっぱぐれるギター講師とかが出てくるわけじゃん?


まぁだから本当に労働力が必要なくなってるんだよね。で、その必要なくなってるからこそ職がなくて失業率が高くなるんだけどそれと同時にこういうソフトウェア的なものとかAI的なものが進歩してるって自然淘汰だと思うんだよね。ようは無駄に子供作っても食えるかわからないし職が保証されない世の中なんでまぁ当然みんな保守的になって子供作らなくなるじゃん?これがなんかまぁ結果的に人口調整になってるっつーかさ、もちろん技術の進化がそのまま職を奪っているということにはならないんだけどでもまぁ少なからず関係性はあるわけじゃん?


で、人間は?っていうとこれは日本に限らず引きこもりってのが増えててネットを介してコミュニケーションしたりとか自撮りを撮影して写真サイトにアップするとか「今日のコーデはこれです!」とか言ってひたすらオブセッシヴに写真をアップロードしまくるとかまぁ病的な承認欲求ですよね。でも面白いのがそれが特定の誰かとか自分の周りではなく抽象的な不特定多数のネットっていう場に拡散させるっていうような非人格的な要素っつーのかな?具体的に生々しく生身の人間が「かわいい!」とかってコメントするっつーよりかはだれかわからないアノニマスなIDが「いいね!」って言うだけじゃん?もちろんその相手ってのは人間だから満足するんだろうし研究によると「いいね!」されるとアドレナリンだかドーパミンだか買い物するときとか人から褒められたときとかに感じられる快楽物質が分泌されるからだからあんなにオブセッシヴになるらしいんだよね。ようは快楽ジャンキーだよね。オナニーと同じ。


で、面白いのがどっから金出てんの?ってぐらい新しい洋服だのなんだのってのを買って「買いました」っつってコーデとかをアップしまくってる自撮り女ね。あれってまぁ承認欲求とかある種の自身の無さの表れとか心理学的に言えばネガティヴな欠落ばっかりなんだけど本人は本当に快楽ジャンキーなんだと思うんだよねっつーのがようは買い物自体が快楽を生み出すじゃん?で、それを着るなり買いました!っつってアップすると「いいね!」がつくっつーのがあってそれと買うという行為が繋がってるんだよね。だからあんな競うように色々と買うんだろうなって思って本当に惨めだなって思いますよね。


本当に認められてる人とか承認されてる人ってあんな外に出さないもんね。ましてや「だれだれに何を褒められた!」みたいな私的なことをいちいちツイートしたりブログに書いたりしないでしょう。それはもうその人に褒められたとか認められたということでネットなんかを介さなくても個人の環世界で完結してるからまぁ健全っつっちゃー健全だしまぁそもそもそういうもんだよね。だから恐らく健全であればあるほど無駄に発信しないってことになるよね。まぁでも別にああいうのは快楽の形態としてあっていいしそれはそれでいいんだけどさ、まぁ終わらない自己承認ゲームなんて末路は悲惨だから絶対やめたほうがいいとは思うんだけどまぁそれはともかくね、これもまぁさっき環世界って言葉出したけど情報の産物じゃないですか?ネットとかSNSとかインスタみたいなのがあるから成立している承認欲求ゲームなんだよね。


でもそれは恐らくリアルでは満たされない欲求ってのを抽象的なネットっていう場で作為的に作った自分の都合の良い一部分だけを見せて承認させるっていうさ、いや、これって振る舞いがAIと似てますよね?っていうさ、ようは「見てくれー!見てくれー!」っていう叫びじゃん?で、ウィルスとかスパム的なのもプログラム的に「見てくれー!見てくれー!」ってプログラムされてるからさ、だからまぁ最初に書いたような思わずフォローバックしちゃうような見た目の女性の画像をそのIDの主かのように見せるっつーfakeをするわけじゃん?


結局そのattentionを集めたいっていう意味で情報だけ見るとAIも人間もそんなに変わらないんだよね。むしろあんな写真サイトなんて個人が誰かもわからないし何考えてるかも何やってる人なのかも分からないわけじゃん?でもまぁ着飾った自分とかあとまぁよく炎上するとされている「自分の顔が嫌い過ぎて辛いー」とかいって自撮りをアップする女とかさ、ああいう自意識過剰な感じと承認欲求と求める場ってのが見事に情報化されている世界ってのと合致してるんだよね。そういう環世界の産物なんだよな。そう思うと感慨深いものがあるよね。本当に。で、そうやって不特定多数にアノニマスな状態で発信して認められたい!っていう欲求を満たすっていうのって家庭を持つとか子供を作るみたいなそういう家庭的なベクトルと真逆じゃないですか?


むしろ前に音楽の話で書いたようにそういう自分の断片的な情報を拡散するってのがある種の散種なんだとすれば生殖活動をしたい!っていう欲求とか認められたい!っていう欲求とかっていう人間の本能的な欲求ってのをネットを介することで満たすっていう感じになってるんだよね。その結果といっていいかわからないけどまぁそれである程度満たせるとなると別にあえて家庭持つとかさ、特定の彼氏持つとかってよりかは常に「私を見て!」っていうのを発信し続けながらいろんなところに唾かけてるほうが生殖欲求満たせるからね。凄くそのベクトルが家庭的な女性ってのと真逆じゃん?反社会的といってもいいぐらい真逆だよね。


でもそれでいいんだと思うんだわ。そういうのを知って男もより恋愛に消極的になったりあとまぁ恋愛ってそもそもこういう情報化の時代だとリスクでしかないからね。その割に得られるものも少ないから男は男でまた独特の方法で欲求を満たすわけだけどそれが趣味であったりさ、あと恋愛とかにしても二次元かあとはアイドルとかさ、で、あとまぁ当然性に関してはAVとかネットで手に入るいろんなものだよね。これもまぁ自分で事足りてるってことで家庭的なベクトルと反してるけど面白いのがそれがかなり合理的な生き方ってことなんだよね。所得も増えないしなるべく金かからないように生活しようってことになると無駄要素を無くしていくっていうことになるからそういう風な感じのまぁ一般的に言うのとは違う意味でのミニマリストになるよね。で、まぁ当然家庭を持つとか子供を持つなんて不安定要素とリスクを増やすだけだから上手くいってる人以外まずまともなら持とうと思わないじゃん?それは先進国どこでもそうだからね。晩婚化が進んでるっていうけどそんなのあたりまえなんだよな。


もちろんその一方でSNS的なものがつながりを作って実際の生身での出会いとかのきっかけを作るってこともあるんだけどまぁこれは文化に依存するよね。日本の場合、異様なぐらい匿名文化でアメリカとかの場合、顔出しとかあたりまえとかさ、本名でやるとかyoutubeで顔出しでブロードキャストするとかさ、別にどっちがいい悪いとかじゃなくてSNS的な機能ってのはその文化に依存するよね。まぁそれも環世界って意味だと当然なんだよな。まぁすべてを機能に還元して機能主義的に考えるってのはちょっと思考停止過ぎる気がしなくもないけど、ただ思ったのは労働力が必要とされてないってのと子供を持つなんてことが昔に比べて相当敷居が上がってるっつーのもそれこそ育児に金がかかりすぎるとか職が保証されてないとか学費が単純に昔と比べて上がり過ぎてるとかさ、そういういろんな要素が人口をこれ以上増やさないように機能してるかのように見えなくもないよね。


凄くそれが自然の抑制力になってるんだよね。まぁ実際に人口が増えすぎても困るし増えてもどうせ食えない人ばっかだから増えないほうがいいんだよね。そういうあんま人が多くない世界とか社会ってのを前提に社会を考えたり社会設計していったほうがいいんだよね。恐らくそれが自然の流れだからね。今まではどこでも高度成長期だったわけだから人口が増えるのも当たり前だし労働力が必要とされてるから産めよ増やせよってことになるよね。単純に頭数増やして稼ぎ頭を増やしたほうがいいっつー発想になる。でも今はパイが縮小してるから産めよ増やせよにならないのはあたりまえだよね。理知的であればあるほど子供を作ろうとは思わなくなるでしょう。


とまぁそういうことなんですよね。まぁ自撮りをアップするとか音楽を発表するとかブログを書くってことの根源的な欲求が承認欲求とは限らないんだけどでもまぁ散種って意味だとやっぱそうなんだと思うんだよね。別にちやほやされたいわけじゃないけどとりあえずアップロードしたいってブラックメタルなんかでもアングラで人知れずやってるっていう割にリリースしたりするわけじゃん?究極的に言えば最強のアンダーグラウンドってなにも発表しないっていうことだと思うんだけどまぁやっぱ発表するんだよね。これってやっぱ自分の情報の断片をどっかに残しておきたいっていう欲求なんだよね。だから記録として残すっていうことが自然な欲求として生まれるんだよね。


もちろんそれが生殖への欲求の代替になってるとは言えないんだけどでも仮に全くネットとかがない時代ってのを考えたらやっぱり悶々とするよねっていうか音も文章も発表できないわけでさ、だからまぁデモテープとか原稿どっかに送るってことになるんだけどそれでもまぁ世に出せるとは限らないからっつって別にだからムラムラして子供を作るってことになるわけではないんだけどただまぁでもそういう時代に比べると今はそういう自分の遺伝子コードの断片的な情報をアップロードできるってことになってるから攻殻機動隊的なさ、AIが情報の海に戻って存在し続けるっていう攻殻機動隊に限らないモチーフってあるじゃん?あれがすでに人間において始まってるんだよねって別に今ってわけじゃなくてネットが普及してからそうなんだよね。


だから別に彼女いない友達いないでもなんかやってれば発表の場があったり少数の中で認められたりしててリアルでは惨めに見えるけど情報空間だと意外とそうでもなかったりするわけじゃん?もちろんその名前とかIDってのも知ってる人じゃないと知らないようなものにしてもまぁでもそれって別にどんな分野でもそうだからね。女の自撮りとかファッションのコーデの発信とかってまぁ華やかに見えるけどまぁ基本的にあんまり華やかとは思われない男の同人活動とかと同じだよね。ある種の承認欲求と表現したいとか記録を残したい!っていうそれこそミームを残すみたいなことをネットを介してやってるわけだからね。んでも面白いのがそれができる人はまぁ外見とかの場合、劣化したら終わりだしファッションとかにしても経済力が続かないとそんなペースでアップロードできないわけだけどさ、まぁでもなんかしらのもんを一次配信できる人ってそういう意味で強いよね。それは社会的強者という意味ではないし社会的に見れば全然ルーザーなのかもしれないけどでも情報空間において一次発信できる何かを持っているっていうこと自体がある意味生存競争においては強みになってるよね。


いや、むしろそれがあるからこそ仮にリアルがどんだけクソでも情報空間で強者だったりそこそこ有名だったりすると人間の生存って意味で実存的な意味においての強みってのが出てくるよね。逆にリアルで強者でも何も持ってない人っているしそういう人がとりあえず金とか資産とかあらゆるものを手にしたけどだんだんむなしくなるみたいなさ、そういうのってあるわけじゃん?で、別に「これをやりました!」って具体的に言えるようなものがあるわけでもなくただまぁ金儲けとか労働だけをしてきたっていうと遺伝情報って意味だと何も残ってないもんね。だからこそ「何かを残したい」とかイケイケだった映画監督とかが晩年になって「後世に残るようなものを作りたい」とか思うようになって妙に詩的なものを作るようになったりだとかさ、これもまぁ結局は遺伝子の断片を残したいっていう欲求から来るものなんだよね。そういう意味だとお金とか資産ってただのデータみたいなもんだもんね。それがあっても別にデータの豊富さで実存が満たされたり承認欲求が満たされるわけでもないからね。まぁあと富を追いかければ承認されるとかって思ってたけど実際は金目当てのやつばっかが寄ってきてすさまじい虚しさを感じるとかさ、基本的にvoid的なものと常に隣り合わせなんだよね。だから別にぶっちゃけブラックメタルとかやってなくても基本的にみんな闇とかvoidから逃れたかったり飲み込まれたくないんだよね。だから必死に何かを残そうとするんだよね。まぁそれは人間としては健気なのかもしれないなって逆に愛おしくなってきたけどね。


凄くそれは思ったのよ。データがクラッシュしたときにとりあえず誰にも聞かれなくてもクラウド化せねば!ってすぐ思ったからね(笑)承認なんてどうでもいいとか言いながら一応残しておきたいとか誰でもアクセスしておける状態にしておきたいっていう欲求はあるんだよね。それも抽象化しちゃえばサウンドクラウドとか一般的なSNSとか全般がそもそも人間のその「残しておきたい」っていう欲求をかなえてくれるものだからあんな需要が生まれるんだよね。本当に理に適ってるサービスなんだと思うわ。それが良いか悪いかは別としてまぁオーガニズムの一部なんだよね。で、それがまぁ今書いてきたように恐らく人口減少とか減少するということを促すというよりかは人口減少する世界にあたかも移行するかのような振る舞いを見せてるってことだよね。それでいうとさ、ミストチームっつーかオリジナルのミストチームかは分からないけどミストの新作がクラウドファンドで資金を得て開発できて発売することになってるじゃん?


で、あれがヘッドマウントディスプレイに対応してるってことでデフォでもバーチャルリアリティの没入間満載なのがヘッドマウントディスプレイ対応でより没入間が半端じゃなくなるよなって考えてだけでワクワクするんだけどでも見た目ってメガテン2のギメルの千年王国みたいなもんだよね。「本当に良い世界です」っていってて実際はバーチャルリアリティっていうさ、まぁあれの場合、それをメインの場にしてるから倫理的な実存的な問題が発生するわけでまぁそういうモチーフはfalloutでも出てくるけどさ、でもまぁそのバーチャルの割合が増えるって単純に家事とか育児をしなくなるっていうと乱暴だけど時間の過ごし方が生殖とか育児とかじゃなくて自分のQOL増進ってことになるんだよね。まぁ当然その弊害もあるし家庭を持たないでそういう世界に没頭するとか創作に没頭するとかならいいけど子供作っておいてそれに没頭して育児放棄とかはそりゃ問題外ですよ。でもまぁそんな風になるんだったら最初から作らないほうがいいってことでだから育児できる人だけ子供を作ったほうがいいですよねってことになるよね。


でもいつも書くようにバーチャルっつってもそれって本人がどこにリアルを置くか?というオントロジーの問題だからバーチャルの世界に入り浸るだとかね、今時さすがにネットをバーチャルの世界なんて言う人は減ってきたとは思うけどまぁでもネットの情報世界に没頭するとかさ、そっちにリアルを感じてる人もいるわけでしょ?steamなんかでも四六時中オンラインの人とかいっぱいいるからね。で、別にそれを咎められないし別にリアルを疎かにしてるということに必ずしも繋がらないよね。リアルで金を稼いでバーチャルの世界の解像度を上げるための色んなガジェットに金を費やす人とかもいるだろうしでもこれって一昔前のオーディオマニアと変わらないんだよね。音楽はリアルでバーチャルの世界はリアルじゃないって言えないもんね。音楽もいわばバーチャルっつーかないものをあるようにしたり物語化したり世界観を作ったりするっつーバーチャルなもんだよね。必ずしも全部が全部そうじゃないけどそういう面はあるよね。


で、あらゆる面においてそういったバーチャル的なものがインフラ化してるんだよね。実質的に音楽はほぼ垂れ流しでタダで聞けるとかさ、映画とかにしてもそうじゃん?ワンクリックで見れるもんね。タダかどうかは別だけどただでもコストが昔ほどかからないのとあと実際に家で見たほうが臨場感が味わえるって感じてる人が多いわけだしさ、いろんな面で凄く主観化してるよね。もちろんこれも良い部分と悪い部分があって一概に言えないのとまぁようは音楽と自分の間に空間ってのがあることの重要性だよね。煩い音楽かけてると親に注意されるとかノイズって意味だと「静かにしなさい!」っていう音が聞いてる音楽に交じって入ってくるとかっていう間だよね。スピリチュアルに言えば音がそこで響いているという物理現象そのものを聞いているということにもなるけどさ、でもまぁやっぱ本当にそれはそうだよねっていうかでもこれも結局実質的な環境の変化なんだよねっていうか適応なんだよね。単純にルームシェアとかしてたら音楽を爆音でかけられないしあとまぁそりゃヘッドフォン的な外の世界から自分を隔離することができるような装置があった場合、何かといえばそれに逃避をしたり物理空間で都合の悪いことっていうか例えば中学生が親と進路のことで喧嘩してんでもまぁ家にいるしかないから部屋でヘッドフォンで音楽聞くとかさ、まぁそういう生活の世界と直に繋がってるよね。


で、音楽にとっても人間にとってもそこの場で音を響かせるっていう場の空間が少なくなってるんだよね。それはもう単純にクレーマーが多くて何かといえば煩いって言ってくるやつが多いとかさ、まぁ俺で言えばあれですよ、NY時代にいかに爆音でヘッドフォンで音楽を聴いてるか?ってのをブームボックスを鳴らしながら歩く連中のごとく音を出すっていうさ、まぁ地下鉄が単純に煩いってのはあるんだけどまぁ日本に帰ってきてからまずありえないっつーか普通の感覚でヘッドフォンで聞いてて注意されたからね。「えー!」って感じたと同時に「帰ってきてしまったんだなー」っていう実感があったりなんかして。んでもこういう制約とかももろに環世界的なものに影響するじゃん?まぁようはアメリカと比べて日本はあらゆる意味で音楽を流しづらいっていうさ、家が密集してるし単純に家が狭いということもあるしだからこそより世界の個人化とか主観化が進むんだよね。これは一概にウォークマンが悪いとかって言えないよね。そういう文化なわけだから。で、俺は前はそれが凄く嫌だったけど今は完全に没頭してて完全に没入するっていうのも悪くないし別に音がそこで鳴らされている必然性も感じなかったりもするし何よりこのおかげで何かを作るのに場の制約がないもんね。ギターにしてもAmplifiがあればやれるしさ、まぁ完全にヘッドフォンの世界ではあるんだけどこれはこれで助かるんだよね。


っていうようなね、具体的にどれがどれというわけではないんだけど日常の何気ない制約とか文化とか常識ってのが環世界を形成するじゃん?で、それが音楽の聴き方とかバーチャルへの向かい方とかネットという情報空間に自分の重きを置くっていうような考え方とかってのが相関しあって結果的に「今はこうなっている」とは言えないような常に動いている動的な人間の生活及び生活圏ってのを生み出してるんだよね。あ、んで何も食ってなかったんでうどん食いながら水曜日のダウンタウン見てたんだけどSNSでその人の居場所わかる説ってあるじゃん?あれとかマジでサイバーパンクの世界だよね。波田陽区が固有名詞があるうどん屋でうどん食ってやっぱここのうどんは旨い!ってツイートすることでその時間に五反田にいたってことが分かってんでその後五反田に向ったらまたツイートがあってファミレスでネタ書いてるっつー画像を元に「ジョナサン」ってのが書いてあったからそのうどん屋から遠くない五反田のジョナサンにいるだろうってことが分かって実際にそれで本人発見っていうサイバーパンクアルゴリズムが個人の居場所をデータから特定するみたいなのと同じプロセスだよね。


まぁ情報処理とかってそういうもんなんだけどこれが面白いのはさ、特にCIAがどうのとかそういうんじゃなくましてや波田陽区っていうサイバーパンクとは縁もないような人の生活圏が何気にサイバーパンク化してるってことなんだよね。これが俺の言いたい本人の動向とか意図とかは別に勝手に世界が形成されてそこに結果的に埋め込まれていたり囲われてたりするっていうことなんだよね。そういう大枠での人口減少とAIと生活圏の変化とかリアルの置き場って話になるんだけどね。で、それがバイオロジカルな遺伝とか生殖っていう情報レベルにまで影響しているってことは確実にこのデータ化しているインフラってのが人間のDNAそのものに影響を及ぼしているだろうってのは想像に難くないよね。


これが前に書いた現に俺がブラックメタル始めましたっつって本当にやれちゃうっていうこの情報インフラなんだよね。やれているし発表できているということ自体がもうこの情報インフラの産物なわけで。まぁだからこそアングラ中のアングラみたいなのも情報としては同じになるんだよね。言わば並列化だよね。どうでもいいポップスの情報がある中ででもブラックメタルについて調べてたら海外のばっかにせよブラックメタルの情報ばっか入ってくるわけだよね。自分のPCってのがあたかもブラックメタル情報専門端末のなったかのようになる。まぁこれがまさに情報の指向性だよね。ノイズが入らずに求める情報が入ってくる。ただこの並列化とかノイズが入らないということ自体にも弊害がいろいろあってこれはさっき書いた音と自分との間に似てる話でもあるんだよね。


あ、そろそろ作業に戻りたくなってきたから今日は終わるけどまぁハードディスクのクラッシュで色々と思ったことがあるってのはまだまだあるんでまぁ気が向いたらまた書くんでよろしくね。あ、んでまだ終わらないんだけどね(笑)俺の世代とか特にジェイソンと言えば洋画劇場でやってるのを家族と一緒に見てお決まりのセックスシーンで場が凍り付くというようなさ、この場の凍り付いた感じとかそこでの家族との会話っつーかまぁ会話がなくなるのか逆に(笑)まぁなんかロードショー名物みたいなところはあるじゃん?で、その間がなくなるってことがようは個人が個人で映画を見るっていうことになるんだよね。それがようは映画っつーバーチャルの世界をより個人が個人化して見るってことでバーチャル化が進むんだよね。


でもまぁそれってバーチャルの領域だったものが現実世界に侵食してきているというよりかはバーチャルな世界のものをよりハイレゾでノイズ無しに見れるようになったという利便性なんだよね。まぁその結果、リアルの場所を変える人も相当増えてきたのとでもやっぱりそこで見逃せないのがリアルがオワコンであるということだよね。ここまで現実がクソだとやるせないけどでもそれと補うかの如くバーチャル技術とかバーチャルの世界はどんどん反映していってるしアクセスが容易になってるよね。これって救いだと思うんだよね。前から書いてるけどギメルの世界ですよ。別に個人が望めばそっちの世界をメインにしてもいいし別に価値観を既成の今までの社会とかに当てはめる必要もないからね。そうなると本当にリアルの世界ってどう体を養うか?っていうどう養分を得るのか?とか最低限のインフラを得るのか?っていう場になるよね。別にそこに何かを求めたりしないしそれで正しいんだと思うんだよね。実際に何もないからね。


でもね、これが創造性とか何かを作るとか形態はどうあれ情報の一次発信をするというような生成の行為に繋がればいいと思うし凄くリアルだと思うんだよね。それはリアルが空しいからなんではなくてリアルは普遍的に空しいということが分かってるし世界的に特に先進国の人たちはそれに気が付いてるからそれに気がついた上でのライフスタイルを模索してたりするわけじゃん?その結果としてミニマリストってのもあったりするよね。まぁあれは成功者が引き算としてやるものなんだけどでもまぁ特にリアルに何も求めないというような精神的ミニマリストってのも生存の方法としてはありだと思うし有効で合理的だと思うんだけどね。内面的な上昇ってのは常に必要だけど環境的な上昇ってのを永遠に求め続けるのは苦痛でしかないよね。だから所与のものでどう生きていくか?っていうような方法論を模索するほうがよっぽどいいと思うんだよね。


で、まぁその結果として所与のものから何かを作り出すとか何かをやるっていう生成という行為に結び付けばそれは凄くいいよねってことになるんだよね。だから今後の世界って職業よりもその人が何をやってるか?ってのが重要になってくると思うんだよね。あと食える職業が少なくなるのと産業構造とか金の流れ自体が変わるから労働観みたいなのも変わってくるしその結果、職業ということ自体の記号的な意味合いってのがかなり薄れると思うんだよね。で、より何をやってる人なのか?ってのが重要視されるっていうね、だからまぁ別に急かすつもりはないけどなんかやってたほうが絶対いいと思うのよね。そういう人間の「活動」という部分がよりエッセンシャルなものとして機能するようになると思うし、それはあらゆるもののやることのコストが低下しているということからも明らかだと思うのね。


あとまぁそういう価値観だよね。なんでも職業で価値観を決めるみたいなそういうもんを古いもんとして扱うっていう新しい感覚だよね。そういう「職業」みたいなものにおける価値観が支配するような考え方ってのを自然に崩していく感じだよね。それによってより人間性とかその人がなんなのか?ってのが重要になるじゃん?職業って一種の免罪符みたいなもんだからね。とりあえずそれって言っておけばほかのこともなぜか正当化されたり妥当だと判断されたりするじゃん?そういう物凄い根拠のない認知バイアスを生み出してるものなんだよね。だからまぁ職業って記号的な意味でも権威的だったりするし権威的な目的で奪い合いがあったりとかあとまぁ肩書だよね。職業が利権化するっていうのも金のほかにやっぱり権力ってのがあるよね。あとそれに就いているということであらゆることが許されるみたいな免罪符だよね。だからこそ個々の活動なんじゃない?って思うんだよね。


個々が意義のある活動をするってことだよね。職業ってのはそれを支えるための経済基盤を与えるものだったりするっていう二次的なもんでメインはやっぱり活動だよね。別にそれはなんでもいいんだけどね。音楽活動でも家庭を持つということでも育児でも娯楽でもいいんだけどまずやっぱそれがメインに来ないとね。理想的な要求を満たしてくれる職種ってのもあるにはあるけど滅多にないのとあとまぁそういうのでは食えなくなってきてたり過去には成立してたけど今では成立しなくなってるみたいなのが増えているからこそ余計にそういう金銭的なイニシアチブとは独立した純粋に内発ベースでやるっていうプリミティブな活動だよね。それは「何をやっています」って既成の概念で説明できるものじゃなくてもいいんだよね。別にそれやってるならやってるで大いに結構なわけだから。そんなの勝手に作っちゃえばいいしどんどんそういうの作っていけばいいと思うんだよね。それが既成の流れと違ってても勝手にやるということがあらゆる意味でやりやすくなってるからあえて既成の流れに合わせる必要性もなくなってきてると思うんだよね。


あとメインストリームと呼ばれるようなものが実質的に形骸化しててストリーム自体が分散してるじゃん?まぁこれが本来の自然な姿だよね。だからこそ個々は色々と勝手に思うことをやりやすくなってるんだよね。あとまぁそうなってくると問題なのはモチベーションの維持とリアルで忙しくなりすぎて活動の時間がなくなってしまうというようなことを極力無くすというようなバランスだよね。あと評価されなかったり支持されなくても勝手にやり続けるっていうDIYマインドだよね。ここがあれなんだよな「いいね!」とかアクセス数とかってのを気にしだすと泥沼になるどころか結果的にやることが苦痛になったりつまらなくなったりするからあくまでやることってのをベースにそれに付随してSNSとかも使うってことだよね。間違ってもSNS的なものをメインにしちゃいけないよね。それやりだすとまぁ最初に書いた自撮り女の承認欲求地獄みたいなスパイラルにハマって地獄しかないから何もいいことはないってことだよね。


まぁでもなかなか難しいけどね。確固たるものを持ってないと続けられないし不安だから評価されたいわけなんだけどでもそこを自分が確立されてないと承認欲求地獄にハマっちゃうんだよね。だから最初に確立するべきはそのメインとする活動なんだよね。あ、んで別にそれって必ずしもネットを介在させる必要もないし勝手に自分でやれればそれでいいんだよね。そう思うと奇抜という意味ではなくエッジーであったほうが明らかに有利なんでアウトサイダーとかマイノリティの時代が来てる感じがするよねっていうか少なくとも音楽とか性関係のを見る限り過去にアングラだったりマイノリティだったものが並列化されてノーマルなものとアブノーマルなものと特にそこまで過剰に分けられることもなく存在してるからね。まぁ均等化ってことか。別にアウトサイダーとかマイノリティが強くなるって意味じゃなくて情報が分散することで過剰に例えばメインストリームみたいなものばかりに注意がいかなくなるってことだよね。


というよりもメインストリームとか既存のストリームとかを基準にして考えるということ自体が誤りという気がしてきてるんだよね。それ自体がすでに類似と差異みたいなので物事を判断してるわけでコンテキストを無視するというわけではないんだけど何かをやるにあたっては別に既存のものなんて意識しなくていいしまさに勝手にやればいいってことなんだよね。まぁ簡単に言えば好きなことを好きなようにやれ!ってことですね(笑)まぁだからこそ相対化されるってことであえてがっちがちの80'sな音やるとか形式ってのがフォーマライズされた後にある程度のノーマライズがあってそこからパーソナライズされるみたいな感じだよね。まぁぶっちゃけリミックスってことになるけどでももっとメタ的な形式のことだよね。


それを解体するとかアレンジするとか破壊するとかではなくて元々はそれ自体がシーンを形成してきたとか一種のカルチャーだったようなものを個人化するっていうことだよね。なんだろうね、ビッグワードで言えばビッグデータ時代のパーソナライゼーションみたいな感じかな。まぁでもあたりまえなんだよね。ビッグデータがあって個人があって・・・ってことになると関係性はそりゃ個々がデータをつまみ食いして個人化するってことになるもんね。まさに俺なんか昔からそれだもんなって思ったんですね。今も変わらずなんだけども。ただでもそれを記述するということはもはや求められていないしアーカイヴ化された時代ってのはそういうのは形骸化するかあとは物凄く質の高いまとめ方とか記述をしないとデータ的な価値がないんだよね。


だからそこでただのデータとか過去のものの断片みたいなのに付加価値をつけるのってやっぱり個人化ってことだと思うんだよね。って今書いてて思ったけどこれってハイデガーが色々と考えた末に行き着いた解釈学ってやつでは?って思ったね。んでもそこでただの個人とデータってことじゃなくてクレイジージャーニーに出てきたお告げで石を切り抜いて寺院を作り続けてる変な爺さん的なよくわからない超越性と内在性が介在しているっていうような異質なものだよね。まぁある種モンド的と言ってもいいかもしれないんだけど。このモンドの感覚ってすげー大事だなって思っててさ、SABPMとかに関しても改めて深く聞いてるっつーかコンセプトとか存在しない概念を既存の概念の組み合わせである種ねつ造するってどういうことなのかな?っていうね、まぁんで結局やっぱりバーチャルってことに行き着くんだけどね。


あ、もうさすがに終わるわ。また色々書くからよろしく。んじゃまた。