バカの右傾化。

曲アップしたんでよろしくー。


https://soundcloud.com/mimisemi


いやー悩んでますね。凄く。まずポジティブになれないってのはまぁ良いとして、音を作っててもイマイチ満足できないんだよね。できたときは嬉しいしよりなんつーか自分が作りたい音を的確に作れるようになってるんだけどそもそも音自体が何かに似ちゃうってのはあたりまえにせよさ、いや、前にもさんざん書いたけど別にまぁそこまで独自のものを作ろうと思ってるわけじゃなくてブラックメタルとは言えないような、でも俺はブラックメタルのつもりでやっているっていう抽象的なブラックメタルみたいなのがやれればいいと思ってるんだけど、ただまぁ何かを作るうえでさ、まぁ俺はサンプルベースでしか曲を作れないけどこの満足できない感ってのはサンプルを使ってるから自分のものって感じがしないのか?とか思ってじゃあサンプルを使わないで作ってみようって微塵も思わないにせよ仮に思ったとしてもじゃあギター入れてみるべっつって蝉ギターっぽいシャリシャリの音にして単音をトレモロで適当に弾いたやつを録音してみるべっつって録音してもまぁそれって基本的にサンプルと一緒だよね。ようはまぁブラックメタルギターってのを自分でやってるだけでそれ自体はオリジナルではないし自分のでもないからどっかからサンプル取ってくるのと同じなんだよね。それは前にバッハの音とバッハ風の音って話でさんざん書いたけどね。


あとまぁリズムってまぁリズムは使わないけど仮にリズムなんつってもブラストビートを持ってきたところでそれもまぁメタルのもんだしさ、あとまぁブラストビートにする時点で曲が固定化するしって意味でまぁちゃんとした音楽っぽいやつを作るつもりは微塵もないんだよね。なのにも関わらず非音楽的な要素を使っているのにも関わらず別にそれはなんでもないんだよねってまぁようはやりつくされてるんだよねっていうかそれは10年以上も前にフィールド系の音を作ってて直面したことと同じなんだよなー。別にこんなのリュックフェラーリとかがやってるし俺がやる必然性無いよねっていうね、まぁそれでも作りたかったらそれでいいんだけどさ、でもまぁ満たされないよね。まぁ何かを真似したわけじゃないにせよ結果が何かの既存のものに似ちゃうってのはあらゆるものがやりつくされてるポストモダンの悪夢なんだけど別にそれを乗り越えようとは思わないんだよね。乗り越えたところでまたそれも形式化して既存のものになるっていうまぁsaturationってやつですよね。


そうそう。そんな別に野望を持ってるわけでもないし大作を作ろうと思ってるわけじゃなくて本当に原寸大でただ作りたいものを作るっていうだけなんだけどでもまぁやっぱ自分で言うのもアレだけどやってくうちにレベルが上がってくるんだよね。そうなってくると前だったら満足してたようなものでも満足できなくなってたりそれで色々と考えると何が正解なのか分からなくなったりさ、すげー混乱するよね。まぁ模倣じゃないからそうなるってことだからそれは良い悩みではあるんだけどまぁでも結局考えた末にとりあえずできたものも俺の知らないやつで「これの真似だね」って言われれば否定できないものってのが腐るほどあるわけだよね。だからまぁ本当にテクスチャにこだわるしかなくてまぁそれはこだわってるからいいんだけどどうやったら満足できるのか本当に分からなくなってるね。


あとまぁあれだよな、基本的にまぁ日々空しいからなんか作ったり勉強したりして強度を得るってことなんだけどさ、それもルーティン化してくると目標みたいなのがなくなってくるよね。いや、基本的にやっぱりなりたい自分とか理想の自分ってのは持ってないとダメだね。まぁ別にそんなの無くても日々問題なく生活できればいいじゃん!っていう生き方はそれはそれでいいけどそれだと俺の場合精神的に死ぬから常に向上してないとすげーイライラするんだよね。だからどんどん理想の自分ってのを自分が押しつぶされるぐらい肥大させていくしかないよね。ぶっちゃけ達成可能なぐらいの目標だと達成できちゃうしそれだとまた虚しさに捕らわれるからだから簡単に達成可能ではないなりたい自分とかあとは達成したい何かとか欲望を持つってことだよね。それが明確にあると日々やっていくべきことってのが定まってきて無駄に色々と非生産的なことを考えてる暇なんてなくなるからまぁやっぱこれでいいんだなとは思うんだけどね、まぁ人間とか世界とかには失望してるけど自分には失望してないわけじゃん?っていうか変えられるのって自分だけだからね。他の人とか世界ってのは努力したところでどうにもならないわけでだから自己改革しかないんだよね。だからそういう意味で世の中を見て悲観的になるってのもおかしな話でさ、いや、それは悲観的というよりかはニュートラルって意味でそれでいいんだよね。厭世的になるのも当たり前っつっちゃー当たり前だしね。


結局だから自分に厳しくあることでしか強度を確保できないんだよね。そこそこできたら自分を褒めてあげる的な感じでやってるとぬるま湯でどんどん精神が鈍くなって退廃していくんだよね。結局だからそういう意味でストイックさって快楽の追及の結果なんだよね。それで得られる至上の快楽を得たいからストイックになるわけで。結局つまらないのって自分がつまらないからだよね。世の中とかは関係ないんだよな。外に何か求めてるからつまらなくなったりするわけだし、自己承認欲求なんかも前に書いたように地獄のスパイラルになるわけじゃん?そうじゃなくて承認させるっつーのは自分に承認させるんだよね。他人じゃないんだよな。そこが他人になると一気に表層的な薄っぺらいものになるからね。


結局そういう積み重ねなんだと思うんだよね。それで例えば数年後にちょっとした形でそれが結実するとか色々とやってきたおかげで出会えたものとかやれるようになったものとかが増えていくっていうことで人生が豊かになっていくってことだよね。それにはやっぱり待ってるだけじゃダメでそういうのに出会えたり結実するような偶発性を作っておかないといけないんだよね。だから色んなところで言われているように色々なことをやってみるってのが大事になるんだよね。あと出会いだなんだっつってそれって別に社交的になるとか人と接するようにするっていうことじゃないからね。なんかようはそれってゲームで言うところのフラグなんだよな。運とかっていうけど結局基本的な能力値とかスキルとかが無いとどうにもならないよね。


だからなんつーのかね、今の俺の世界観としてはオワコンシリーズのパラダイムは確固としてあって、んで闇に目覚めつつもやっぱりなんだかんだでベタな自己啓発的なメソッドってのは有効だしそれを活用して偶発性を高めるしかないってことになるよね。それは自分が何かやれる!と確信するとかそういうことではなくてやりたいことをやれるような人間になるっていうあたりまえのことなんだよね。それでしか満足できないわけだからね。だから結局今の俺の心に穴が開いたような感じっつーのもだいぶ前に大きな目標を失ったってのはあるにせよそこから基本的にどんな風な人間になりたいのか?っていうのが無くなってきてたんだよね。だからディレクションを失ってるんだろうってことなわけでさ、まぁそんなことを気づかせてくれたのもサタンのおかげなんですよ(笑)いや、冗談抜きでね。


なんつーかね、神はいない!とかって思いつつも導かれてる感じってのはあってそれがいろんな偶然の産物であったりまぁあとセンサービンビンだから何かあったら逃さないとか食らいつくっつー貪欲さとハングリーさがあるからってのがあるにせよやっぱりなんか大きな力を感じるんだよね。それを俺は抽象的にサタンって思ってるっていうことなんだよね。俗流のサタニズムとは違う近年いろんな国で見られるような個人的な宗教としてのサタニズムね。世界的にそういう俗流のものとは違う意味で開眼した人が増えているってことはやっぱりなんかあるんだと思うんだよね。まぁ俺もそれのone of themなんだなって思ったしね。


あ、でも別に自分が選ばれた人間とかじゃないですよっていうか選ばれた人間とするのが既存の宗教のクソなところじゃないですか?そうじゃなくてサタンの徒としてサタン的なものが力を貸してくれるぐらいの何かを持つようにするっていうことだよね。だからそれにはパワーがいるし本当の意味での厭世主義とかニヒリズムからはパワーは出てこないからね。そこがなんつーか闇の力ってやつなんだよね。まぁ結局ポジティブなんですよね。凄く世界観は暗いっていうだけで(笑)いや、でもそれも暗いのかな?とも思うけどね。現実主義すぎるからこそ退廃的になってしまうっていうだけだと思うんだよね。頭の中がお花畑のやつらってのはそういうのを見なかったり見ないようにしたりそもそも考えたりすらしないっていう結果のお花畑なんであってさ、まぁ現実は戦場じゃないですか?


まぁそういう意味で今の自分に満足できないってのは良いことなんだなとは思ってますよね。向上心があるからこそ悩むわけでそれは辛いものではあるけど全く問題意識も無くただ日々を過ごすだけということほどの悲劇はないと思うからそういう意味で自分の悩み全般ってのは例外はいくつかあるにしても大体はまぁ向上心から来るものなんだよね。まぁ分析するとそうなりましたって話なんだけども。まぁ昔よりかは良くなったけどこういうところがイマイチなんだよなーとかダメ出ししたらキリないじゃん?完全に向いてないこととかをやろうとしたりできるようにしたりするのではなくてやれそうなこととか向いていることででもなんかやっぱイマイチだなーって思ってて満足できないってところをより磨いていくっていう自分磨きですよね。光が外から指すのではなくて内側からあふれ出てくる感じだよね。まぁ闇の光ですけども(笑)


ただまぁなんかそういう意味でdivineなんだよね。凄く。holyというかね。でも別にそれは必ずしも一般的にholyとされているものとは限らないわけだよね。でも多分宗教的じゃない人でもそういうholyなもんって必ずどっかで持ってたり介在してたりすると思うんだよね。それをどう定義づけするか?っていう話なだけでそれは絶対あるんだよね。でも別に神の導きとかそういうものじゃなくて内発的なものが何かに反射して振動するっていうような感じだよね。まぁイメージ的にはやっぱ気が一番近いかな。だから気功もしっくり来るんだろうなって思うよね。祈りによって何かを得るっていう受動的な感じがその辺にある宗教って本当にクソじゃないですか?で、本当のサタニズムって内発性なんだよね。まぁあと特に神に祈るとかではない認識のstateを上げるっていう意味だと道教とか仏教も同じだよね。


基本的にまぁなんかを崇めてそれにひたすら祈りを捧げるっていうそれほどクソなことはないってことだよね。だからまぁサタニズムっつっても儀式とかやって祈りを捧げることで力を得ようとするとかそういうのはやっぱりファックだよね。そうじゃなくて自分がcultivateしてるものが超越的なものの波動に合ってくるっていうチューニングの話ですよね。そのために自分を磨くわけでお祈りすればいいってわけじゃないんだよな。その祈り的な受動性が大嫌いなんだよね。ああいう宗教のパラダイムって言わば世界系なんだよね。何気に世界系って宗教がオリジンでさ、で、ダメな世界系のアニメとか映画とかってのも全部すっ飛ばして神と自分だったり自分と彼女とこの世界だったりするじゃん?西洋の宗教とかも何気にほとんどこれだよね。細部の概念の抽象性というか厳密性に凄く欠けるっていうかさ、考え方を経済化するための方便だよね。で、それで個人がハッピーになればそれでいいんだけど果たしてそれでいいのか?って話だからね。


んだからまぁそういう意味であれなんだよな、ニーチェそのままになっちゃうけど神は死んだっつーかいるわけなくてんでまぁ自分が超人になるしかないっていうことなんだよね。それがまぁようは端的にディオニュソス的ということなんだよね。まぁただ本当に危惧してるのがヨーロッパでのナチズムの台頭で絶対バカなやつらがニーチェを悪用してるだろうし曲解してるに違いないしまぁ別にナチズムの全部のベースがニーチェじゃないにしてもニーチェを持ち出してくるってのはようはイスラム過激派におけるムハンマドみたいなもんなんだよね。明らかな曲解だしムスリムの10パーセントにも満たないようなものなんだよね。過激派ってのは。まぁでもそれもまた脳筋みたいな民族主義の右翼がそれを一般化してムスリムは排除するべきだ!とかって言い出してるしさ、いや、過激派なんてマイノリティなのにそれをマジョリティっつーか全員潜在的な過激派だって考えるその低能さに呆れるわけだけどそういうものの悪循環なんだよね。そこに思想が介在するとっつーかバカに思想ってのはキチガイに刃物と同じぐらい危ないんだよね。俺みたいにちゃんと真摯に真面目にやっててそれで超人的な志向をするってのはいいんだけど何もかもすっ飛ばして超訳ニーチェ的にそこの一節だけ取り出してきてニーチェがどうのって言うのとか本当にヤバいよね。


哲学ってのは人畜無害なものじゃなくて鋭い刃みたいなものだからこそ扱いを間違えるとえらいことになるわけだよね。そういう意味でちゃんとした思想を持つこととか過激でもいいけどあまりにも浅はかな思想に対しては意義を申し立てるとかね、ナチズム的な思想を持った連中が持ち出してくるニーチェがいかに恣意的で間違ったものなのか?ってのを言えるっていうことだよね。それはちゃんとした理解がないと無理なわけでさ、それはイスラム過激派も一緒なんだよね。イスラム教とイスラム過激派の思想両方を知ってんで過激派のどこが問題なのか?とか逆にそれは理解したら共感できちゃう部分もあるだろうから変な説得力を持たせてしまっている世界の情勢ってどうなの?っていうことにもなるじゃん?そういう意味でのグローバルな視座を得るための思想ってすげー必要とされてるなって思ったね。ようは哲学研究みたいなそういうんじゃなくて世界と今後の世界の動向を読み解けるような思想の理解だよねっつってもまぁ何もかもが思想によるものではなくてそれは経済であったり政治だったりするわけで思想だけで全部分かろうとするなんてとんでもないんだけどただまぁ観点ですよね。


ニーチェにしろイスラムにせよそういう思想ってのがあって現在はこういう理解がされてるとか曲解があってエクストリームなものが台頭してきてるとかね、まぁイスラム過激派ってのは変な言い方をするともともとあるものだから恒常的に問題になるのはしょうがないとして本当にヤバいのはヨーロッパ危機によるヨーロッパ諸国の右傾化だよね。少数でもヘゲモニーを持っちゃうと「ナチズム」っていうシニフィアンによってヨーロッパ諸国のマイノリティなナチス主義的な連中が連帯するようになったらなかなかヤバいよね。それで力を合わせてイスラムを駆逐しよう!とかってなると変な話、これはヒトラームハンマドとの闘いなのだ!とかって言い出すやつも出てくるでしょう。そこでロンギヌスの槍だとかさ、オカルト的なコンテキストがあるじゃん?ナチズムって。で、B層みたいなやつらが大量にそれに動員されていくっていうかさ、分かりやすい単純な思想と象徴的なオカルティズムってのがあるとバカは大量にそれに流れていくからね。それは日本のダメな右翼も同じなんだけどね。だからこそ真正右翼は頑張らなきゃいけないし思想を磨かなきゃいけないわけだよね。


これってまぁ思想全般の問題なんだよね。真正右翼はバカ右翼との違いを見せつけないといけないっつーかまぁ見せつけなくてもいいけど確固たる違いってのを持ってないといけないじゃん?っていうか似非右翼が右翼を名乗るなんてとんでもない!っつって襲撃するぐらいでもいいと思うんだけど武闘派右翼はだいぶ減ったしまぁ今はそういう時代じゃないにせよまぁでも本当は襲撃したい!ってぐらいの気骨がほしいですよね。そのぐらい思想に生きてないと右翼名乗っちゃいけないですよ。で、これはサタニズムも同じだしニーチェ主義と言っていいかどうか分からないけど真正のニーチェの徒にとって恣意的にピックアップされて悪用されるニーチェっていう現象に目を瞑っていられないわけでしょ?まぁサタニズムにせよニーチェにせよぶっちゃけ選民思想はありますよ。でもそれは白人至上主義的なアメリカの田舎者が考えるような選民主義とは違うものなんだよね。まぁそんな考え持ってるなんてとんでもない!って人から見れば一緒なのかもしれないけどまぁ全然違うわけですよ。


あ、んでアメリカって俺の経験から言っても間違いないけど都市部のインテリ以外は全員バカの田舎者で成り立ってるのがアメリカですよね。だからトランプとかが支持を得たりするんだけどああいうB層特有の右傾化ってのがまぁようはヨーロッパでも見られるし世界がこういう状況だとああいう輩が人気を博すようになるってことなんですよね。だからこそまぁそういうやつらの思想の乱用とかってのには本当に気を付けないといけないよね。そんぐらい思想って強いもんだからね。


っつーかまぁ曲の告知をしようと思っただけなんだけど思ったより長くなったけどまぁとりあえずこの辺で。んじゃまた。