ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

深みの外出。その9。

Scholar of The First Sinがセールで1700円になってたんでアプデとかDLCとかやり尽くしてるけどリマスター版買うような感覚で買ったら予想以上に面白くて見事にハマってしまってまたヤバい生活に戻っちゃったんだよね(笑)もうグラフィックヤバいよっていうかこないだダクソ2やってたからそれこそ本当にダクソ3並のグラフィックとあと見通しのよさね。これもダクソ3っぽい遠くまで見える感じってのがあってなおかつ敵の配置が違ったり武器の手に入る時期が微妙に違うものもあったりとかして全然新バージョンとしてやれるんだよね。


んだからまぁダメだなーと思いつつデーモンの大槌を使う脳筋プレイをしつつ途中技量に変えてまた脳筋に戻したりして、んで煙の騎士に大苦戦してっつーかどうやって倒してたっけ?とか思いつつハマり倒している自分に気が付いてやめたんですよね(笑)ダクソ特有のドキドキ感とかって本当にヤバくておそらくパチンコ中毒の人と同じような意味でのドキドキ中毒になっちゃうんだよね。こうなるともうほかの一切のことがつまらなく思えてきてさ、それって錯覚なんだけどね、で、ふと我に返って今のミッションはナンパじゃないか!っつってまぁ別にゲームやってようがナンパはするけど普段からそれにフォーカスして生活してるのとゲームばっかしてるのとではマインドセットが違うんだよね。


で、まぁ本当にゲーム的な意味でのアドレナリン出る感じとか報酬で喜ぶ感じとかああいうのに向かうと結局孤独に陥るからそれはちゃんとしたそこそこのリアルがあってこそのバーチャルじゃないとダメだよなって思ったんですよねって当たり前なんだけどさ、そのドキドキ感をゲームで得るのはもったいないってことだよね。それはナンパで得たほうがいいし自分のアドレナリンジャンキー的な要素ってのを自分磨きと実益に繋げていかないと俺は廃人になっちゃうよね。いや、なんか論理がバーチャルよりリアルを大事にする人そのものになってきたけど(笑)ようやくリアルの重要さが分かってきたってことなのかな。観念の世界に生きててそれが突き抜けすぎてリアルに戻ってきたのかもしれないよね。あとまぁ最悪のサイクルだからね。読書とゲームだけって本当に観念オンリーだもんね。そういうのが人格に及ぼす影響といったら凄まじいものがあるよね。


あとリアルをほったらかしにしてるとツケが回ってくるからね。やるゲームが無くなった途端にリアルの虚しさに苛まされてすんごい気持ちが落ち込むっていうさ、それって継続可能なリアルを構築してないからだよね。逆にまぁそのリアルの要素の一つとしてゲームがあるならそれはいいんだよね。ただもうゲームか読書か?になるとヤバいよ。本当に。でもまぁこれはテーマになりつつあるな?なぜリアルは大事なのか?っていうことだよね。それに向き合わないといけないんだよね。だからこそなんかしらの意味で逃避できるような便利なものがあったらそういうのはなるべく避けるか一時的な娯楽として消費するってことにするんだよね。当たり前すぎるけどさ、でも観念的でいると常になんか考えてるからリアルのことなんかあんま考えないんだよね。


あ、まぁそんな感じで続きですっつーか書いてる途中のやつにこのことについても書くかな。


つまんねー病ってのが性欲が阻害されているから起こるってのはまぁ最近書いてるリビドー=生の原動力という基本概念に依拠したものではあるんだけどね。逆にムラムラしてると性だけではないほかの欲望ってのもprovokeされてるかもしれないってことだよね。まぁ別に性欲が戻ったからっつってナンパできるようになるとか女性に積極的になるというわけではなくてそこは依然として女性にいかにアプローチするか?という問題は残るんだけどただまぁ「セックスなんてどうでもいいや」ってことにはならないかもしれないよね。そもそもそういうところの感情みたいなのが薬で去勢されているっていうこと自体がそもそもデフォじゃないわけで。


そんな中で「彼女もいないしクソみたいな人生だなー」ってぼやいているということ自体がもうメンタルセットみたいなのに影響を及ぼしちゃうんだよね。まぁ性欲万能主義ではないけどね、でもまぁ結局俺が言いたいのは欲望するということが生きるということの原動力になるなら性欲もまた然りなわけでそれが阻害されているというのは生きる原動力になりうるものが薬によって阻害されてるってことになるよね。


もちろん鬱って症状自体が生きる原動力が無いどころか死のうとしたりもするから薬を必要とするわけなんだけどずーっと薬を飲んで生きるってのは性欲が抑えられたまま生きるっていうことなわけでそれ自体の影響ってのをどう考えるのか?っていうことだよね。性欲がなくなって便利だっていう人はそれでいいと思うけど俺はここ最近性のことを意識するようになって本当に気になり始めたんだよね。まぁようはすげーシリアスに捉えるようになったっていうことだよね。だってさ、ムラムラするから外に出よう!とかって思うかもしれないわけじゃん?まぁ仮にだけどね(笑)だとしたらその時点でそもそもムラムラしなかった場合はずーっと引きこもったままでムラムラしたらどっか行ってるかもしれないんだよね。風俗店でもなんでもいいんだけどまぁそれ自体で全然人生って違ってくるよね。性欲があるかないか?の違いってまぁめちゃめちゃデカいっすよね。


そういう有無というのを風俗に行くか行かないか?とかとりあえずナンパしたくなるみたいな原動力になるかどうかっつーよりかは重要なのはもともと人間ってのは性欲があるようにできているからそれが去勢されているということ自体が自然状態から考えて異常ということになるんだよね。だから鬱は良くなっても自然な状態じゃないからそういう自然な状態ではないということに体自体が拒絶反応を起こすっていうか居座りの悪さみたいなのを感じるんだと思うんだよね。それがまぁさっき書いた無意識に感じている抑圧だよね。根源的にあるはずの欲求が薬によって去勢されているということで起こる抑圧というのを無意識はそれを感じていて凄くストレスに感じているということだよね。でもそれは無意識における抑圧だから明らかな嫌なやつの陰口みたいなそういう現前性しかないようなストレスとは全く別物でまぁもっと抽象的な観念的なストレスなんだけどね。


あ、んで書いてなかったけど俺が飲んでるのはサインバルタってやつなんだけど射精障害もあってさ、いき辛くてなおかつ出づらくて変に詰まってるような気持ち悪い感じと射精感ゼロみたいな状態ってのが続くんだよね。性欲はあるのにちんちんがそうなってるってのは凄く不快なんだけどまぁそれが当たり前になると別になんとも思わなくなるんだけどこれはまぁ実際にセックスするとなったときは大問題だしそもそも普段の射精にしても詰まったような感じがする不快な射精ってのが多いってのがダメだよねっつーかこんなの飲んでたらダメだ!ってシリアスに思いましたね(笑)リビドーとか男であるということを大事なこととして考えるとちんちんの機能を奪い去るものなんて鬱が良くなっても願い下げた!って思うね。まぁだからマジで変えます。


そもそも立たないということが与える相手の女性への心理的ダメージってのは相当なもんでしょうっていうかまぁそりゃ相手によるけど「私じゃダメなんだ」ってショックを受けるような女性だったらそんなのマジでダメだよね。ちんちんによって相手を傷つけるみたいなことになるじゃん?あとまぁ本人にしても立たなかったっていう記憶がトラウマ化して性交渉自体を避けるようになったり女性すらも避けるようになったりっていうか「立たなかったらどうしよう?」っていう恐怖感ってのが植えつけられることになっちゃうよね。


なんかまぁフロイト臭くなっちゃうんだけどやっぱりまぁなんつーかそのファルスの強さってのが男としての強さっていう自信に繋がることだったりしてっていうかまぁそのさっき書いた中年クライシスに陥った人とか中年になった人が自分のmasculinityを確認するためにセックスに走るようになるとか筋トレしだすっていうのも言わば生存のための方法だよね。それによって自分の男しての強さを再確認するか増強したり誇示することでそれが自尊心になるっていうさ、まぁ別にそんな男であるってことを自尊心にする必要はないんだけどただまぁそれが生物的な宿命というかそれが自尊心に繋がっちゃってるんだよね。構造的に。


だからこそまぁ極端な話、シリアルキラーとかでたまにいるけどチカチーロなんかがそうだけどちんちんの小ささと勃起不全ってのが病むきっかけになって人殺しに繋がるっていうまぁ勃起不全が人殺しに繋がるというのはその時点でクレイジーなんだけどまぁでも実存的に見ると男としての存在というのを否定されたような気になっちゃうっていうかまぁチカチーロは神から去勢されたって思っていたらしいけど俺がさっき抗うつ剤のことで言いたかったのってこれなんだよね。鬱とか躁鬱とかで薬を飲んでいるっていうことから来る薬の副作用で性的不能になっているっていうのが結果的に原因はそもそも鬱とか躁鬱にあってまぁ鬱でも勃起不全とかになるけど薬を飲んで鬱が若干良くなったり若干コントロールできていても性的不全は変わらないというところからくるフラストレーションだよね。逆になんつーか元々自分は「絶倫なのだ!」なんて感じることがなかったから逆にシモの強さに自信を持てるというのはどういう感覚をもたらすのだろう?ということに興味がいってるよね。


だからまぁなんか別にフロイトとかに傾倒するつもりはないけどそういう性的なものと人格っていうのの関係性というかいかに精神に影響を及ぼすのか?ってのが気になりだして借りてきた本とかどうでもよくなっちゃってるんだよねっていうかそういう本読みたくなっちゃって(笑)「これが知りたい!」ってことになると本当にそれだけになっちゃうんだよね。すげー極端。


まぁそれはともかく今回書いてて「そうなんでは?」とかって思ったことが学術的にどう研究されてるか?とかどういう言説があるのか?ってのは非常に気になるところですよね。あとやっぱ客観的に語ったり考えることはあっても自分を性的不能だと仮定してその不能者という当事者になるっていう感覚は無かったからさ、まぁようは男としての性愛における当事者っていう主体性はなかったわけだよね。


で、ここ最近ナンパを通じてっていうか街に出てみてそういうことの重要性を凄く知ったんだよね。自分は自信は無くないけど例えば女性に対してシャイになったり自信が持てないっつーのもどのくらいの割合でそれが性的不能ということが影響してるのか?ってのが気になるよね。っつーかたった二日外に出てナンパをしただけでこういうフィードバックが来て色々考えられるって最高に生産的だよなって思ったよね(笑)まぁ今までが出なさすぎなのとまったくやったことがなかったことをやったわけだから初回のみ色々と思うことが大量に出てくるってのがあるだけで毎回こうなるわけじゃないんだけどただまぁ考え尽くしたいよね。で、「これどうなんだろう?」って思ったことに関しては徹底的にディグり倒したいよね。


ってことでまだ続きます。んじゃまた。