ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

図書館行ってきたよ。

図書館行ってきたんだけどヤバいな。関心が神経学とか精神医学に行きつつフロイトとかラカンもやる感じなんだけどそれだけで満ち足り過ぎていてナンパしよう!という気にならんのだよね(笑)図書館行くと早く帰って読みたい!って感じになっちゃうからそれどころじゃないんだけどまぁそれはそれでいいかなと。あとあれなんだよね、神経学となるともっとディティールの細かい神経解剖学とかになるんだよね。医学って大雑把に言ったけどまぁコンセプトとしては哲学っぽい悪い意味で観念的な類の心理学とかそれこそ精神分析とかに偏らずに医学全般に精通しつつあくまで医学として精神医学をやるっていうところでただそれとは関係なくはないけど思想とあと歴史として精神分析とかフロイトとかラカンもやるって感じだよねっていうかラカンはただのマイブームなんだけども。


まぁでも実践もそりゃやっていくけどもっとプラクティカルにならないとなとは思ってるんですよ。っつーのも夜型だから外出してる時間ってのがほぼ例外なく寝起きと寝起きからの8時間ぐらいなんで家に帰って来てから調子良くなるみたいな本末転倒な感じなんですよね。日内変動というやつでまぁしょうがないんだけどクソみたいな気分でさすがに女の子に声を掛けようとも思わずに帰って来てから「あー声掛ければよかったー」とかって思ったりっていうか今回は無かったけどまぁこの辺もリアルなプロブレムですよね。まぁでもあれなんだよな、眼鏡とか服とかと同じで「お!」って思ったものは覚えてるし頭から離れないよね。だから声を掛けずに本当に後悔している子ってのも覚えてるけどまぁ相当少ないよね。二人しかいないからな。マジで。あ、三人か(笑)


ただこれもラグがあるんだよね。見たときとかは「お」って思ってるけど「あ、しまった!逃した!」って思うのに時間がかかるのね。後で思い返してみてありゃ優良物件だったな!っていう感じになるからfirst impressionからfirstを抜いたimpressionになったときに効いてくる良さってのがあるよね。まぁでも基本的にスタンスとしては無駄な時間過ごしたくないしロクでもないやつとは接したくないっていう基本クズは大嫌いっていうスタンスとかは変わらないよね。あとまぁやりたいことがあると機会費用みたいなのが生まれるからね。妥協して声をかけて仮になんかあってもそんなでもない子と無駄にやり取りがあってもその時間を読書に割きたいわけだしこんだけ読むのがあったら時間がいくらあっても足りないんだよね。もう本当に毎日一瞬で過ぎていく割に全然読書が進まない感じがするからね。まぁ実際は相当な分量読んでるとは思うんだけど。


そういう意味でまぁやっぱ恋愛より読書だよね。あとまぁ基本やっぱ知識欲のほうが強いんだよねっていうかそれがギンギンなときは別に恋愛なんてしなくてもいいっつーかどうでもいいっつーか(笑)まぁでも恋愛ってことにawarenessが配られた結果、今の路線とか世界観とか知りたいことが増えたっていうことだからまぁやっぱ感謝しなきゃいけないっつーかこの流れはいいしやっぱ恋愛を軸にするのは合ってるんだろうなって思うから「ひたすら読書だ!」みたいな感じになり過ぎないようにはしたいですよね。まぁ恋愛っつーかまぁ欲望ってことだよね。で、それを哲学がどう扱ってきたか?っていうのは当然のことながら心理学とかフロイトとかも含めてどう考えられてきたか?っていうこととあと現代の脳科学とかの分野でどんな感じになってるのか?っていうまぁ本当にこの「欲望」っていうのは凄いネタを見つけたと思ってるんだよね。これだけで遺伝学とかにも繋がるしね。


まぁだからこのサブジェクトに没頭しつつ没頭し過ぎてすぐ終わっちゃったりするよりかは時間をかけてじっくりやったほうがいいから実践とかショッピング(笑)なんかもしつつやっていきたいと思いますよね。まぁこれで回していければ精神的なクライシスに陥らずにやってけそうなんだよね。ほどほどの外出と運動と・・・って感じで精神衛生上良いしね。まぁでも本当に歩くって良いことだよね。じっとしてるだけじゃ浮かばないようなことが浮かんだり別に特定のことではないんだけどとりあえず街を適当に歩くだけでもその場ですぐそのリアクションが来るわけじゃないんだけど時間経ってフィードバックが来たりするからね。過去の哲学者でよく散歩してた人が多かったっつーのも頷けるよね。


やっぱなんつーか実践+街歩き+ショッピング+図書館っつー絶妙なバランスだよね(笑)色々なものに配分することで程よく馴化せずにほどほどの強度を保ったまま飽和せずに回していけるんだよね。あとまぁニューアイテムがあるとそれを身に着けたいがために外に出たくなるからニューアイテムを買うのってのが何気にすげー引きこもり防止になってていいなって思ったりしてるよね(笑)あとまぁ予備訓練みたいな感じで店員さんと談笑するとかね。無駄に話すようにしたり変な間が開かないように会話を埋めたりっていうことを意識的にやるってのが何気に実践に繋がってるからね。


まぁあと言うまでもなく俺はKYだけどKYでもウザがられない程度に話すんだよね。そういう意味であえて空気を読むっていうのはようはナンパっつー目的があるから一般的な空気感とかに慣れるとか一応それも合わせられますみたいな訓練をしておくってのはありだよね。何気にレジで金払ってるときとかの雑談とかもよく考えると高度だよね。全く接点がないし相手が誰かも分からないけどその店に来て何か買ったっていうことで生まれる時間と空間ってのを会話で埋めるってのは凄い高度なコミュニケーション技術だよね。そういうところも分析的に考えると楽しくてしょうがないんだよね。ああいう言い方とかはパフォーマティヴでここは探りでここは半分冗談かな?とかさ、何気ない会話の中にも凄まじいネタが散らばってたりするんだよね。いや、帰国後ずーっと引きこもってたからほかの人と会話するってことが無いから本当に久々の会話なんですよね(笑)


まぁでもなんかやっぱ洋服屋はしごするとSOHOで洋服屋はしごしてた頃の絶頂期の自分を思い出すからなんかその行動自体がパワーを生み出すよね(笑)散財が激しくなるのが難点だけどまぁそれも含めた図書館通いってことだしね。まぁただ今はデートとかラブホに金回せるほどの余裕はないわ。まぁ準備期間ということで。結局なんかさ、こうやって行動しているってこと自体ですでに良いんだよね。で、ブニュエルブルジョワジーみたいに永遠と飯にありつけないっていうそのシュールさがありつつも飯にありつけないというストーリー自体が運動体として成り立ってて一個の映画になっちゃってるってまさに行動のランガージュですよね。まぁとりあえずそのモード手に入れたら飽和するまでやれるからね。


数学モードの時とかもそれで5年以上やっていけたしほかに何かクソなことがあっても数学やれれば幸せだったし凄まじい強度だったからもうそれはそれとして完全なる強度っていう過去になってるんだよね。それは永遠に続かないけどその時は最高だったしモロに今色々とやることに役立ってるし辞めたつもりはないからまた何かあればやるしね。で、今はまたそれでちょっと自分のオリエンテーションと生活のサイクルみたいなのが割と設計通りにうまくいってる感じで飽きるまで続けられそうだからね。


ただまぁ一番すぐ飽和するのはショッピングだよね。欲しいのを大体手に入れちゃって欲しいのが無くなるとかまぁすでにそうなりつつあるけどまぁそこをまたよりこだわりだすとかってのも楽しいしまぁいいんだけどね。まぁでも本当に滅多に気に入るやつなんてないんだよね。だからこそめちゃめちゃ気に入ったら買うんだよね。そりゃ。そういうめちゃめちゃ気に入るものを常に探してるってこれもまぁ俗流対象a的な感じで楽しいけどね。


でもまぁ引き寄せの法則じゃないけど「こういう感じのが欲しいんだよなー」ってイメージしてると手に入れてる自分がいるんだよね。スピリチュアルになっちゃうけどまぁマジでそれはあるよね。まぁでも色々と買ってて思うのはこういうのを続けてれば満足するっていう度合いがどんどん高くなっていって本当に満足するものじゃないと着ないのが目に見えてるから逆に無駄な衝動買いとかが無くなるだろうって思うよね。明らかに今持ってるあれに劣ってるとかただのバリエーションだなーとかいらないのばっかになるからね。色々と持ってると。そんな中で「こんなのがあったのか!」ってのがあるとその時の感動といったら凄いもんがあるからね。何気にこれはめちゃめちゃ消費してるようで実は凄く主体的でなおかつ経済的だよね。


それはやっぱり「こういうのが流行ってますよー」とか「今年はこれ!」みたいなああいうくだらない感じのもんじゃなくて自分の中にイメージがあってそれに合うもの以外は受け付けないっていうある意味で確固たる主体性を持ってるってことだから踊らされる消費とは程遠いんだよね。それこそこういうところは俺の音楽とか読書とか考えることと同じく病的なまでにこだわるようにしたほうが色々と深まるし楽しいと思うんだよね。今も新しく買ったもの縛りでコーデやってたりして楽しいからね。


アメリカ時代の鉄板とかに逃げずに色々とまた模索していけるしあとまぁ加齢とともに似合わなくなるのも出てくるだろうしっつってもまぁ今のところ大丈夫だけどそういうところの兼ね合いとか機能性とかを考えるとかってのも本当に楽しいよね。で、無駄に金をかければいいというわけではなく経済性を極めるっていうね、いかに合理的に欲しいものを手に入れて身に着けるか?っていうこれも一種のゲームになって楽しいんだよね。こういうところは自分でもさすがだと思うわ。欲望することに関してはやっぱプロフェッショナルだよね(笑)


まぁでもこういうのも「欲望せねば!」って思ったっていうところからの連鎖だよね。で、空虚なものを求めたり消費することによる快楽を得るということではなくて一連のゲームを楽しむっていうコンセプトがあると消費に逃げるとか色んなものを消費でごまかすみたいな悪循環に陥らないからね。むしろそういうのは悪だとすることで安易な消費をしなくなるから何気に経済的なんだよね。本当に無駄なのを買わないからね。まぁでもあれなんだよな、思ったのがさ、図書館とかでも「面白そうだな」と思う本はあってもオーディオブックで売ってそうなやつとかそんぐらいメジャーなやつだとゲームやりながらオーディオブックで聴けばいいやーとかって思って借りなかったりするんだけどこういうのも本当にテクノロジーのおかげですよね。いや、本当にそれなんだよな。あとまぁ本にしても昔はいちいち本出さなきゃいけなかったんだろうけどこういうレベルのもんならオンライン講義とかオンラインで読めるとかそれこそ今から見たらウィキレベルの本とかが腐るほどあるから意外に有用な本って少ないよね。


それは少なくなったんじゃなくてただの百科事典的なものだったらネットで事足りちゃうから必要なくなってるってことだよね。で、結局そういうのも昔は買うしかなかったんだけど今はネットで見れたり読めちゃうって意味でそういうのに金かけてた人ってその分浮くよね。その分ほかに使えるってことだもんね。俺もまぁ昔は全部レコードに使ってたしんでレコード買わなくなったら次は本になっていってんで今は色んな意味であえて買ったり借りる必要が無くなってる本とかが多いってのもあるしあとまぁ部屋に収まりきらなくなったからなるべく買わないかオーディオブックとか電子形式にするとかってことにするようになってまぁ相当浮いてるんだよねっつーかいまさら思ったのは本を買うのは当たり前だったけど買うほどのものって実はめちゃめちゃ少ないし本当にあるだけで聴かないレコードと同じで無駄に場所取るだけなんだよね。本って。


まぁそれでも好きは好きで相変わらず買っちゃってるんだけどっつーかジャックラカン伝とかあるじゃん?あれって邦訳がゴミレベルってのもあるんだけど分量が凄まじくてあんだけのものだと一冊読むのに時間がかかり過ぎちゃって分量あり過ぎるやつは買うってことになるよね。前にも書いたけどさすがにやっぱラカンのセミネールはまぁ本当に気に入ったってのもあって全部英語で揃えたいなって思ったしそのほうが図書館の回転早くなるからね。ガンガン読んで返しに行ってんでまた借りてってのをすげーハイペースでできるようになる。特に基礎レベルのものはそうだよね。すぐできちゃうしもう分かっちゃったら入門書とかいらなくなるのも多いし返さなきゃいけないノルマがあるから読むことに強制力が出てくるしっつーか読まずに返すのはご法度っていう縛りをつけると凄まじい強制力になるんだなってのを実感してるのよね(笑)買うと積読になりがちでいつか読めばいいやっつってずーっと読まなかったりするけど図書館の本は返さなきゃいけないからね。


だから経済性というよりかはあらゆる意味での効率だよね。超高速にやりたい!と思いつつ遠回りしてじっくりやりたい!っていう矛盾した気持ちもあるからそういうのを色々試せるよね。まぁただ本当に医学書とか楽しくて死にそうだよね。まだ借りてないけど神経解剖学とか楽しそうで死にそうだよね。買うってなると高かったり気楽に読めないけど借りれば絵本感覚で読めるからね(笑)まぁただこれも本当に例えば本当に脳についてのこととかだったらネット探せばあるし精神医学とかにしても色んな症例が辞典的に載ってるのとかマジでウィキとかで済むよねっていうのが多くてまぁ本当にそういう意味でオワコンになってる本多いよね。悪い意味じゃなくてね。そう思うと本じゃなきゃいけない必然性ってなんだろう?って思うよね。膨大な本を前にすると余計にね。


なんか長くなったから今日はこれでいいか。んじゃまた続きは今度ね。