ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

またコラムです。その2。

図書館日で実践に短時間ではあったけど原宿行ってきたけど居たんですよね。「お!」と思った子が。でも彼氏と一緒でした。んでまぁ原宿の帰りに図書館行ったんだけど浴衣姿のカップルとかが駅とかにわんさかしてたんだけどみなとみらいだかで花火があったんですよね。で、その花火を図書館5階の哲学コーナーから見るっていうこのブルース。なんかでもリア充っぽく彼女と花火見に行ったよ!っていうよりかはこっちのほうが自分に似合ってるとかって思ったんだよね。結局まぁやっぱ本かよ!っていうね。まぁでも自分らしいと言えば自分らしいよね。っつーのもリア充へのルサンチマンなんかなくてぶっちゃけ女性もどうでも良くて本読みたい!っていう知識欲が性欲とか恋愛欲みたいなのに勝ってるっていうか快楽の主軸がやっぱ知識欲なんだよね。それをすげー感じましたね。まぁでもガチの人ってみんなそうだよね。「俺にはこれしかない!」みたいな実際はリア充に憧れてるけど俺はこれで名を上げるんだ!みたいな野望に燃えているとかじゃなくて素でそっちのほうが楽しいからそれ選ぶっていう自然選択なんだよね。


あ、んでその本なんだけどもね、まぁ理由を書くと長くなるんだけどカール・シュミット関係の本とかを読んでるんだけどっていうか生物学とか神経科学はどうなったの?って話だけどミックスしてる感じね。色々と関心が分散しててどれも読みたいからどれも借りてる感じ。んでまぁ偏ると飽きるから色んなジャンルのを横断してたほうが持続力があっていいよね。っつーかまぁ政治学とか社会学とか読みたい本だらけだよね。まぁある種この辺は元々のプロパーだから当たり前っつっちゃー当たり前なんだけどね。古巣というかなんというか。まぁ時間かければいいんじゃないですかね。いくら時間があっても足りない!眼精疲労で目の上の眉毛のあたりが慢性的に痛い!とかね、まぁこれはこれで幸せだよなーって閉館間際の夜の図書館で思ったんですよねー。「ドーンドーン」っつー遠くで鳴る花火の音が響き渡りつつほぼ人がいなくなった館内をウロウロするっていうなんか本当に俺らしいよなーって思っちゃってさ、まぁそりゃそれ言い出せばナンパなんつーガラじゃないし女の子と花火見てるとかってのが不気味なぐらいの本の虫ですからね、でもまぁそれをっつーか図書館ウロウロをリア充と感じたらアレっていうかまぁ実際は相当満たされているんだけどまぁ一応持ちたい向上心だよね。まぁ本読むってことにフォーカスすれば恋愛なんて時間の無駄で多くの時間を読書に費やしたほうがいいっつっちゃーいいんだけどまぁあんま世界観狭くなり過ぎないように!っていうのとまぁ散々やる宣言したんだから有言実行でしょ!ってことだよね。


でもまぁハロウィーンに渋谷に行ってナンパしてみようかなーとかってふざけて書いてたけどもう8月でリアルに結構近くなってるよね(笑)図書館通いが楽しいからそれでいいかーってことになるとそれはそれでありきたりでつまらんからもっと俺の中にある秩序をかき乱していかないといけないっすよねーって思いますよね。なんかでも仮にヤッたとしてイった後とかに読み途中の本のことを思い出したりとか多分今の俺だと仮にヤッてもそうなるだろうなって思うんだよね。マジで。読書欲が半端じゃなくてさ、あと日本の美学とか本居宣長とかについても調べててっつーかこれは買ってるんだけどっつーかまぁ借りてる以外にも何気に結構買ってるんだよね。あとラカン繋がりでクリステヴァとかも結構買ったんだけどまぁそんな感じで読書三昧なんすよね。で、どれも手を出し過ぎて中途半端過ぎるからどれも極めないと全然意味無いっていう感じになってきたから正直それで手一杯ですよね。まぁでも一応実践もやるけどねっつーかまぁそこで時間勿体ないからやらないってのは本音だけどそうするとつまらんからそこはやりましょうよってことでやっていこうと思いますよね。ただ色々と考えてることが多いとそっちまで頭が回らないってのが実際のところなんだけどね。まぁ別にモチベーションが下がっているわけではないんだけど。


ってことで昨日の続きね。


まぁ店によってはどっかの有名な場所に店を構えてるってこと自体がステータスになったり広告になったりするってのはあるだろうしまぁ一概にその店ということを物販の場っていうところだけで考えるのは狭い考えなんだけどさ、でもまぁそれでも人は店に買いに行くよね。で、まぁ店もあるんだけどでも実際はあんまり買われてないというか消費が冷え込んでるわけでしょ?ではなんのための店なのか?ってことだよね。まぁそこは色々前にも書いたけどまぁやっぱ洋服って着ないと分からないし画像だと全然イメージと違った!とか色合いのイメージが違った!とかまぁ最悪の場合、サイズが合わない!とかなんだけどさ、まぁでもなんだろう、ネットってなんでもある集合体だからリアル店舗一つVSネットってことになると明らかにネットのほうがあるよねって当たり前なんだけどね。そもそもネット自体を1店舗と比較するのはアレなんだけどでも実際にそうなっちゃってるんだよね。で、リアル店舗に足りないのはバリエーションでしょってまぁそこも当たり前なんだよね。そりゃなんでもあるネットに比べたらリアル店舗なんてどんだけ色々と売ってる場所にしたって限りがあるからね。


でもまぁなんだろうね、そこで物が売れないっつって無難なものばっか置くようになったりそういうのばっかデザインするようになって似たようなもので溢れかえってるってのもあるよね。これってまぁ消費が冷え込んでることの悪循環だよね。「お!」と思うのが無い!っていう意味でリアル店舗全般に期待を置かない人もいるだろうしっつってもまぁこんな不景気に攻めたようなものを作るのはリスクがありすぎるし・・・。まぁなんかこれって突き詰めて学問的に考えようとするとそれこそマーケティングみたいなことになるよね(笑)まさかこんな経由で興味が湧くとは思わなかったんだけどまぁアパレルだの眼鏡だのスニーカーだのってことでもそうなんだけどもっと抽象化して考えると店舗である意味とネットがあることで形骸化したリアル店舗の要素だよね。でもそこで思うのがそもそも別にそんなものを買おうと思ってないし何より使う金もないしっていう中でのデマンドって何なんだろうな?って思うよね。


まぁそんな中でやっぱファストファッションってまさにデマンドに答えた形のものなんだろうし俺も結構持ってるけど最近色々買う中でそりゃ別にわかんねーだろって言われればそれまでなんだけど「これだ!」って思ったものをさ、そういうのを置いてくれてるっていうかそういう場を提供してくれた店に金払うとかさ、何よりそういうのを作ってくれたデザイナーに金払うっていうところでまぁそこも喜びですよね。まぁ凄く観念的ですけどね。んでまぁファストファッション全般ってどっかのパクりだったりしてまぁぶっちゃけ中国のコピー品の正規品みたいなもんだよね。でもまぁデザイナーに払うっつっても元がべらぼうに高かったりそこのブランドだからってことでべらぼうに高い場合、単純によさげなデザインとか何々風のデザインってのをそのまま流用したところでそれはプロセス的にはコピーかもしれないけど別に粗悪品を作ってるわけじゃないしデマンドに応じたようなリーズナブルな価格とそこそこの品質で提供してるんだからいいじゃん!ってことになるんだよね。


そこでまぁやっぱりまぁ昔から言われるようにブランドものを買うってのは記号を消費してるようなもんでまぁあと誇示的消費っつーまぁその辺はクラシカルなヴェブレンの話があるわけなんだけどでもまぁ今ってそもそも不景気でなおかつそんな誇示するためにブランド物を買うなんでクールじゃないよねっていう合理性が出てきたわけじゃん?まぁ洗脳から逃れたってことである意味で今がデフォなんだよね。今までが異常だったわけだ。で、まぁそういうメディア洗脳とかなんらかのブランドなりこういうのを持ってればステータス的なイデオロギーっていうのからフリーになってるんだよね。だからまぁ色んな若者の「離れ」が話題になるっつーけどそもそも車自体がステータスなんて自分の親の世代の話で自分にはそんな実感もなければ買おうとも思わないっていうリアルな感情があるわけだし「車持ってないの?ダサいね」って今時言う人もいないわけじゃん?っていうか持ってないほうが逆に合理的っつーかそういうのに金を使わないんだなっていう経済的な人っていう評価が得られるみたいな見方もあるわけだよね。まぁ別にそれはあれだけどね、車はそりゃ車としての機能はそりゃいいんだけど誇示的な意味での車とかの消費の仕方をしないということが賢いという意味でのシンボリックな意味での車ってことね。


まぁそれで言うとブランドものだってそうだよね。別にそれ持ってるからって何とも思わないどころか露骨にロゴが入ってるのはアウト!なんていう風潮もあるわけじゃん?そりゃファストファッションに流れますわな。でもまぁ俺のメガネみたいに単純にそれが好きで凝ったデザインのを買うとかそれ自体を買ったりするのが楽しいって意味でバイクにしろ車にしろそういう趣味としてのそういうもんの消費ってのはいいよね。誇示じゃなければいいっつってもまぁ誇示に見える場合もあればそうじゃない場合もあるっていうこの辺がまぁ記号の解釈ってことになるしまぁそんなのどう見られようが関係ないって話ではあるんだけど例えばまぁ自分が買うものってまぁファストファッションでコピーしても売れないようなもんとかまぁ大量生産するような型ではないってのが多いんだけどっていうかまぁ普通あえて買うならそうなるよね。まぁでもそれでさ、さっきそういうのを置いている店とかデザイナーに金を払えたほうがコピー品を買うよりそりゃ体感がいいっつっても観念的だしあとまぁモノにもよるよね。べらぼうに高いもんじゃ買えないわけだし。あとまぁあれだよね、これだ!って思ったもんがファストファッションとか大量生産のメガネとかであったら買うのか?ってことだよね。で、そこってまぁ逆にデザインっていうところで買ってるなら買わなきゃおかしいんだよね(笑)でもそれはファストファッションの店だからコピーだろうなんて思って買わないのは観念的な理由だよね。別にそこでどこのもんか?って分からなかったら判断がつかないわけだし(笑)


それってまぁよくテレビの実験とかでもやられるよね。有名シェフが作りました!っていうブランド能力でいかにダマされるか?ってのをまぁ実際は普通の主婦が作ったもんですってのを有閑マダムみたいなのが騙されて「やっぱり深みが違うわよね」とかって言っちゃったりするってのもまぁスノビズムですよね。でもそれを言い出すと本当の違いが分かる人なんてどんくらいいるのか?って話だしいくら好きなデザインとは言えやっぱり記号を消費してるわけよね。そうなってくると一体消費とはなんなのか?って話になるしデザインが良いっつってもそこで本当のクオリティなんてどんくらい分かってるのか?って話だよね。まぁこういうところは分かったふりをしてるのが最高にダサいからある意味ですげー朴訥な「単純に気に入りました」っていうそこだけで良いと思うんだけどね。


そういう意味で別に自分が色々買ってるっつっても別におしゃれしてるわけでもなければおしゃれだねって言われたいがためにやってるわけでもなくて単純に「いいね!」って思ったのを買って楽しんでるだけなんだよね。まぁそういう意味でマスターベーションなんだけどまぁ健全なマスターベーションだよね。例えば奇抜なデザインのものであっても「滅多に売ってない」みたいな理由があったりしたらそれってスノビズムだよね。「レアだぜー」みたいな一時期の病んだレアものDJカルチャーみたいな変なブランディングの世界になるよね。病んだ付加価値が付くということだよね。でもまぁそもそもの物自体をそこそこな値段で売ってあんまり生産しないっていうこと自体がそもそものある種のレア度を生み出してるわけだよね。別に素材の原価とかじゃないわけじゃん。


ってことでまぁどう考えても観念的なんだよな(笑)で、本当にデザインだけ見れば別にそれがファストファッションだろうがコピー品だろうが粗悪品じゃなければかまわないっていうある意味でのデザイン唯物論みたいになるよね。で、そこでコピー品はいやだなっていう心理は少なからずスノビズムが付きまとうわけだよね。別に「この店で買ってる俺かっこいい!」なんて思わないしそういうカルチャーが大嫌いだしみっともないと思うから出所なんて関係ないんだけどでもさすがにそれが出所といって盗品だったら嫌だし(笑)じゃあ高級感のある正規店で買うということはどうなのか?っていうとやっぱり少なからずブランド的なものを消費してるってことなんだよね。「ここが偽物を売るはずがない」という信用を買ってるみたいなところはあるよね。


ってことでまだ長いんで分けるね。んじゃまた明日。