ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ヴァーチャル系の話。その2。

続きなんだけどハイデガーが九鬼の西洋哲学の概念を使った粋の分析ってのは粋という概念自体が極めて日本的なものに依拠しているから西洋哲学の言葉では扱えないのではないか?っていうような批判をしてたらしいんだけど言葉は家であるってのがハイデガーのテーゼみたいな感じだけどまぁ言葉もそうだしラカンが言うところのランガージュなんかも同じではないにしても概念を規定する上でそれが規定をする言語に依存するとかってのは必然的なんだけど例えばその粋ってのを言葉では言い表せない実感とか文化的な言語というか暗黙知と捉えるとっていうかまぁそうでしかないと思うし別にそれは日本人として日本に生まれなくても日本独特のものであるし西洋人には理解できないということではないんだけどまぁもちろん粋というのは存在ではないんだけど概念だよね。


もちろん存在が概念に依存しているわけじゃないんだけど存在規定が概念に依存してしまうっていうことだよね。まぁ主観っつーフィルターってことなんだけどね、数式でしか表せない存在ってのも存在は存在なわけだから存在自体そのものが別に「そこにある」っていう現前性には依存してないっていうことだよね。物質っつー物性に存在が規定されてない存在ってのもある中でやっぱりそれは数学なり科学っつー概念を通さないと存在として知覚することができないっていうものがある中での存在ってことなんだけどまぁその辺は数学の実在論とほぼ同じなんだけどってことでまぁそれはまさに定義の仕方によるっていうようは何をもって存在とするか?っていう規定に依存しちゃうってことなんだよね。


もちろんそんな規定に存在自体が依存するということはないんだけどでもまぁ存在を規定しようとするときにそれが規定する概念に依存してしまうっていうね、まぁあとある種の神学ですよね。郵便ポストってのは存在するしそこに宛名を入れた手紙なりなんなりってのを入れればそれは配送されるけど手紙が配送されるっていう機能だけを抽象化したらメールもようは郵便ポストみたいなもんだよねってありふれた話なんだけど神社=wifiみたいに考えてほしいんだよね(笑)その神社の回りは聖域だからなんかとりあえず無礼なことをやっちゃいけない的なまぁそれも主体に依存する話ではあるんだけどそこに無いはずの神ってのが祀られているっていう決め事によって作られてる聖域ってことだよね。


で、まぁそれは願掛けできたり縁結びできたりもするらしいっていうね、ただまぁその神が存在するのかどうかは分からないけどね、まぁんでwifiなんだけどまぁそれを使えるところだったらメールとかネット全般の機能が使えますよね。でも使えないところでは当然使えないんだけどでもそれは別に具体的な場に依存してるわけじゃなくてそれがあるかどうか?だよね。まぁそれってのがようはどんなところでもネット使えますってことになるとまたそのネットと場の関係性ってのが変わってくるわけだよね。


神社=wifiに関する説明が無い気がするけど(笑)いやね、まぁ具体的に別にこんな迂遠な話をしなくてもいいんだけど例えば過去の金田一少年の事件簿的なものって今では通用しないっつーか意味合いが変わっちゃうものってのが多々あるはずなんだよねっつーのが隔離された場所で起こる殺人っつっても今のリアリティだと相当辺鄙な場所でもない限りネット使えちゃうから密室ってのがありえなかったりそれこそネットにさえ繋がってればブロードキャストできちゃうわけで変な奴に襲われてるってのを実況っつーかとりあえず「助けて!」って意味も含めてストリーム配信できちゃうんだよね。もちろんこのテクノロジーの進歩自体が存在の規定を変化させるわけではないんだけど人の行動とかあと状況にしても誰とも連絡取れない場所で起こる殺人ってのが起こりにくかったりっていうところも含めてようは世界観っつーか環世界の変化なんだよね。


wifiの有無はそこで何ができるかできないか?ってのを規定するけど神社っつーとりあえずイデオロギーは置いておいてその場の神の現前性を感じさせる場ではこれまた行動に規定が加わるよね。そこでの違いは信じるか信じないか?みたいなまぁざっくばらんに言えばそういうことになるんだけど神においてはそういうことになるよね。まぁ別に信じないからって無礼な行動をそこでしていいみたいなことにはならないんだけどただまぁwifiの有無は人間の信念に依存することなく勝手に飛んでるよね。まぁそれは端末を見れば分かるってことだわ。でもまぁ端末を見ないと分からないんだよね。神とかオカルト的な意味での霊魂とかまぁそれらしき存在ってのもそれこそwifiの有無なりに検出可能になっちゃったらまさにオントロジー変わっちゃうよね(笑)


だからまぁ存在の実存は本質に先立つみたいな面は無神論とかどうとかって話以前にそういう要素があるんだよね。少なくとも意味においてはそうでしょう。ただ存在の本質というところになると「?」だよねっつーかややこしい話だよね。でもまぁ別に本質とかはともかくwifiは飛んでるでしょうってのはそれが可知だからそう言えるんであってんじゃあ今のところ霊魂ってのは不可知だから存在しないって言いきれるっつーかまぁそれは不可知だから存在しないって言いきれるんじゃなくてそれらしい現象ってのはあってもありえないかあとは他のことで説明がつくからっていうまぁようは信念の問題になっちゃってるんだよねっていうかそうなっちゃうでしょう。まぁ少なくとも宗教とかはそうだよね。神があたかもいるかのように振る舞うことで変わる行動とかまぁそれ自体に人生のフレームワークが与えられるみたいなさ、でもまぁそれ言い出すとネットも同じだよね。全然違うしただのインフラなんだけどでもあるのと無いのとでは全然行動とかやることが変わってしまうって意味で神っぽいんだよね。


それがあるかないか?だけで人が前に書いたようにリアル店舗でものを買うようになるとかさ、まぁようは行動を規定するんだよね。まぁそりゃネットがあってもリアル店舗で買うものってのはそりゃあるんだけど言いたいのはまぁようはネットの有無で全然行動が変わっちゃうよねってことなんだよね。まぁあと別にそこまでネットを使ってなかったり生活のフレーム自体がそこまでネットに依存しないって場合は別にそうでもないっていうことでもあるんだけどここがまぁすげー面白いところなんだよね。あるかないかで色々と変わってきちゃうっていうね、それが変わってきているということはもうそれ自体に力があるでしょって意味での観念的な存在も存在と認めると信じる人には神は存在してそうじゃない人には存在しないってことになるよね。結局でもヴァーチャルってそういうことだと思うんだよね。今はまだヴァーチャルって言ってられるけど別に意識してなかったり利用しない人でもその恩恵を受けたりそれがベースになってる何かってのを知らないうちに使っちゃうって意味で認める認めない以前にもうそれが介在しちゃうってことになるんだよね。


ってことで長くなってるからこの辺で切るね。んじゃまた今度。