ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

naoさんへの返信。その2。

nao 2016/08/12 04:56


丁寧な返信ありがとうございます。


まず証明の件ですが、「これは不等式を解いてるだけで中学生でもできる」とか、くだらない問題である一方で「代入する」というのが存在証明という観点からは一概にくだらないと言えないということもその「母を連れてこい」っていうので妙に納得できました。なんというか、例えば誘拐犯が電話して逆探知だかして「犯人がこの近辺にいるだろう」じゃなくて、犯人を連れてこいというか「犯人を捕まえろ!」っていう感じですよね。こう言う比喩というかアナロジーというか、それこそ証明をやったり正しさを確認する際には比喩やアナロジーやイメージだけじゃダメなんでしょうが、そういうイメージがあるとすごく納得できます。あえて言うとそれこそ文系的な理解なのかもしれませんが。まぁただまともな数学者や数学者に限らないでしょうがそういう理解の仕方が普通だと思いますが。


秋月康夫という数学者が抽象化というのは象を抽き出すから象がないと意味ないみたいな事書いてましたが本当にそうだと思います。証明を読む時にはそれをイメージ化、視覚化したりするわけで、逆に証明を書く時もイメージありきで形式言語に翻訳するとすごくいいんですよね。ただなかなかこれが難しいんですよ(笑)憶測でしかないですが大半の人はただフォーマット覚えるだけなんでしょうが、それはある意味楽ですよね(笑)


で、TAがどういう意図でやってきたのかは不明ですが、人が悪い感じではないのでこいつを潰そうみたいのはないとは思うのですが、ただフォーマットマニアと言いますかまぁ受験マニアの延長と言いますか。ただ人ってわからないですから温厚なふりをして潰してやろうという意図もあったのかもしれません。あとは本当指摘されないように細心の注意を払いながら独自に証明やったら何も言われなくなりました。ただ今思えば指摘しても指摘され返すとかただ単に面倒になって指摘をやめただけかもしれませんが。残念ながらもうそのTAと関わる授業は終わってしまったのですが、ただTAと関わる機会は恐らくまだあるので抗争したいと思いますね。


僕は弱い人間ですので、数々の主張をTAや教授にできたことに自分でも驚いてるんですよね。でも数学にはかなり(と言っていいかわかりませんが)本気で取り組んでいますし、こっちも主張できる自信とかあるんで主張できちゃうんですよね(笑)まぁでもこれは高校数学の教師の時に何も言えなかったトラウマとか後悔とかもあったんで、それ繰り返さぬために言えたっていうのもあると思うんですよね。


あと僕は本当に数学に人生を捧げることにしたので、(逆に言えば他に僕にやれることがないということなのかもしれませんが)せっかくなので宣言しますと、実際には博士レベルは目指しています。ロンダリングだろうがなんだろうが。あるいは英語ができない(話聞書)のであれなんですが、どうしても親からサポートしてもらえないなど厳しそうであれば、何年かかかってもいいので、大学院留学して奨学金もらうことなども最近は考えています。モラトリアムというのは何でしょう。実はモロ授業は聞いてなかったりして(笑)自分で本を読んでいたりしますね(笑)試験とかもあったわけで、終わって今は休暇に入ったので、その解毒剤も兼ねて、デュドネの解析とかハルモスのベクトル空間論とか、無理矢理読んでます(笑)


後Elementary Theory of Analytic Functions of One or Several Complex Variables読んだのがすごい面白かったです。証明とか書くんであればこう言う感じで書きたいです。visual complex analysisも大好きですがこっちも好きですね。どれもウォール伝経由で知り合った本なんですが(笑)とりあえず勝手にmimisemiさんと数学の相性がいいのだろうって思ってウォール伝に勧められてるやつはほとんど買ってますし欲しいものリストに入ってますね(笑)そんな感じなんで授業とか試験どころじゃないですよ(笑)大学は本当に補助という感じです。まぁ多分どこ行ってもすごい人はそうなんだろうなと思います。なので「凡人なので・・・」というのはある意味リアルな視点のつもりなんですよね。学校の狭い世界だけを見ていて井の中の蛙状態にならないための暗示といいますか。まぁでも本当、良い意味で狂いたいと思います(笑)


数学に人生を捧げることにしたんですね!感無量です!いや、是非、数学に生きて数学に死んでほしいと思います。元が弱い人間だけど数学では強くなれるって凄いことですよね。結局まぁ思想と同じですからね。思い込みという意味ではなく「これが正しい」とかこれがrightであるという確信がありなおかつ客観的にもそれが妥当だと思っていることを貫き通すというのは意外に大変なんですよね。数学ですらそうなんだから言葉の世界だともっとファジーですよね。でもそこが数学の良いところで言語よりかはかなりマシなわけです。完全な証明を書いたりそれこそ証明の精度を上げればそのTAが何も言わなくなってきたように論理は論理でしかありえないですからそういうものを提示してしまえばいいわけですよね。


結局まぁ思想にしても数学とは意味合いが違うんですけどある意味思想が強いやつがヤバいのってここなんですよね。物理的な強弱とか身体的なこととか関係なく思想が強いとそれが信念になり行動の原理になりますからなかなか曲がらなくなりますよね。もしくは曲がるということが思想的に妥協するということになるので妥協することがありえなくなるわけですよね。完全に社会不適応者ですが(笑)時代や場や立場は変わればいうことも態度もコロコロ変わるというやつらが大半ですよね。一応思想とか哲学やってるとされる人たちですらオポチュニストばかりですからね。でも数学って凄いですよね。それが完全に正しければ「言ってることがよく分からない」と言われても証明されていればその証明を理解できない人が悪いのであって論理そのものや証明そのものに落ち度があるわけではないというのが客観的なものとして提示できますからね。ようはイデオロギーなどに左右されない普遍的なものを持っているということですね。


僕はあらゆるものにそういった普遍的なものに憧れていてまぁようはイデアってことなんですが、数学には確実にそれがあるので「もしかして意味無いことをやっているのでは?」という疑問が浮かばないのが良いですよね。媒体が所詮は言葉や形式のものだと「結局は言葉遊びなのでは?」みたいなことにもなりかねないんですが数学はそういうことがありませんからね。とはいってもまぁただの遊びとかどうでもいいレベルのものってのが腐るほどあるわけですがnaoさんがそういったものに関心が無いのは言うまでもないですね。


まぁでもnaoさんは数学者になったということですね。数学者って元々は数学を生業とするものではなくて数学が死ぬほど好きでそれをやっている人をマスマティシャンと呼んだんであってそれに生きそれに死ぬことを決めた時点でそれはマスマティシャンになったということを意味すると思います。言わばそういう魂のコミットメントですよね。一般的にはそれで食えているか?とかアカデミックにそれで教授なり研究者でいるか?というのがその定義になりますがそれはただの制度的な話なのであって本質的なことではありませんね。だからまぁなんでしょうね、それはもうモラトリアムというよりかはマスマティシャンになったっていうことに尽きると思うんですよね。逆にそれに骨を埋めようと思わずにやっているだけではいつまで経ってもモラトリアムということですね。「他にやれることがないしこれが死ぬほど好きである」ということほど強いものは無いですよ。大半の人は好きなこともあるけどそこまで好きじゃないしほかに色々やれることがあっちゃったりするわけですからね。


ただもちろん社会的な見栄えというのも結果的についてくるとは思うんですが、そういう意味で制度は利用し尽くすべきですね。最高学府で博士号を取ったり海外にしてもphdがあれば誰も文句言わないですよ。「これに俺は命をかけるのだ!」という意気込みはいいんですが、当然ながら独りよがりになっては意味ないんですよね。だからそういう意味で制度的なことも必要になってくるのでだからアカデミックに数学をやるということが重要になるんですよね。本質はそこにはありませんが現代的な数学のあり方としてそれは必須条件であるということですね。だからホント、日本でも海外でもどちらにせよ最高学府の博士を目指していただきたいと思います。


それにしてもまぁ休暇中にずいぶんとセンスの良い本を読んでるんだな!って思ったらウォール伝経由だったのですね!(笑)デュドネの解析とか芸術作品ですよね。ハルモスのベクトル空間も名著ですね。凄くエレガントな本です。これにいたってはセンスの良い中学生なら読破できるレベルのシンプルさですよね。あ、んで良かったらMacLaneのAlgebra是非読んでみてください。これは最高峰の数学書のひとつであると同時にあの超人Saharon Shelahのフェイバリットでもあります。数学に狂うためには狂うだけではなく文学や芸術や哲学などと同じく良い数学書を読むということが肝心です。数学は生まれつきの才能もあると思いますが後天的に良書を大量に読んでなおかつそれに狂い続けるということで伸ばせる要素も多分にあるので是非是非狂い続けてください!