ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ヴァーチャル系の話。その18。

哲学系の本ばっか読んでて自家中毒みたいになっちゃって異様につまらなく感じるようになっちゃってちょっと休憩入れようかなーとかって思って他のジャンル開拓してる感じですよねっていうか今はファッション史とかファストファッションについてとか商品の流通とか消費みたいなのについて色々読んでる感じね。あとまぁ単純にファッションって文化人類学だよねって思って研究対象になるよなーって思ったよね。特にやっぱドメスティックな日本のファッションの歴史ってのが面白くてさ、メディアとかサブカルチャーと連動してた過去とファストファッションからファッションブロガーに至るまでの現在みたいな流れが面白いんだよね。


で、高級ブランドブームと衰退と原宿とかにしても裏原系と呼ばれるショップが多かった通りが今はお兄系のばっかになってるとかっていう流れと社会情勢とか消費の動向とかとの相関関係だよね。まるでそれ自体がちょっとした数学みたいな公理系を形成してて面白いんだよね。アクシデント的にできたようなものでも必ず取り入れられたりコモディティ化して陳腐化していくって意味で特異点的なものも例外なく消費されるってのがまた面白くてさ、まぁでもあれね、ブランドという記号を消費するみたいな評論とかはクソつまらないから評論とかじゃなくて単純に歴史と流れを知るってのが面白いんだよね。


あとまぁファッションっつってもファッション研究っつーよりかはファッション史研究なんでガールズファッションとかも調べるんだよね。そこでまぁ世代による考え方の違いとか美意識の違いとか経済観とかが見えてきて本当に面白いね。まぁただ本当にあれだよね、ちょっと調べてたり読んだりして思ったのはファストファッションからは明らかな断絶があるよね。音楽とかが2000年代前半までそれまでの音楽との関係性とかヘリテージがあったのに対して特にEDMに見られるような感じの音楽性もへったくれもない即物的なやつって明らかな断絶があるよね。あとまぁネット音楽的なものとかゼロ世代的な音楽とかも同じだよね。90年代とかまでは明らかにYMOチルドレンみたいなのとかそれまでの流れを踏襲してたり明らかに影響を受けてたっていう流れがある人達がやってたりしてたんだけど2000年代以降って無いんだよね。まぁ皆無ではないんだけどやっぱ情報が一極集中しなくなってネットなんかでどんな年代のやつも任意で調べられるようになったからメインストリームとか影響の流れみたいなのが無くなったんだよね。それが良いか悪いかは別としてね。


だからまぁホント、俺の世代かちょっと上ぐらいの世代がラスト世代だよね。そういうまぁ昔からのヘリテージに影響を受けながら育ってきた人たちってね。所謂IT世代っつーかネット世代って言われる人たちってネットがデフォだからそういうの無いからね。ゲームにしてもそういうのは顕著だよね。ハードコアゲーマーってのがやっぱ俺の世代かそれ以上が多くてネット世代になると一気に薄っぺらくなったりライトゲーマーが多いんだよね。まぁそれだけゲームがインフラ化したってのはあるんだけどまぁその最近書いてる水脈としてのデータのインフラ化ってのが色んなもののマスカルチャー化を推し進めてるんだなと思いつつあとやっぱまぁ経済的要因も多いんだよね。衒示的消費とかが無くなったりモノ自体が象徴する記号性みたいなのが無くなったり変えられたりあと機能しなくなったことで威厳が無くなったりしたものとかも多くてさ、そういう意味で唯物論化してるんだよね。観念的な記号論的な感じとかイデオロギー的なものってのがっつーか古い意味でのイデオロギー的なものが薄れててまぁもちろん別のイデオロギーがあるにはあるんだけどより表層化してるっていうのかね。なんつーかまぁ直な感じだよね。だからまぁあんま難解なもんとか下手に凝ったもんとかが流行ら無くなってるってのもあるしまぁでもそれも全部相対化されてて個々の選択の一つだからそれは一概に世代論とかで語れるもんじゃなくなってるんだけどね。


一般論としてマイルドヤンキーの草食系版とも言えなくもないようなノームコアの流行とかも目立たないで色んなもんに適応するみたいなつまらない生き方をする人が増えたことの象徴とするような意見もあるんだけどマイルドヤンキーにしてもノームコアな人たちにしても草食系にしても共通してるのは上昇志向が低いってことだよね。まぁそんな欲望持っても意味ないから堅実に貯蓄だっていうのはまぁ合理的ではあるんだけどまぁそういう意味で一番たち悪いのは金を使わないノームコアな人たちなんだなって思ったよね。まぁ別に一概に悪者にもできないんだけどマイルドヤンキーはいいよね。上昇志向が無くても酒飲んだりパーティーやったり車買ったりっつー消費をしてるもんね。実際どうなのか分からんけど仲間とか絆を大切にするとかってのもいいと思うし凄くその消費と私生活のバランスが保ててる感じだよね。むしろ普通に装ってるけど凄まじい闇があるようなのがノームコアな人たちだと思うんだよね。その普通に振る舞おうとするというところにすでに闇を感じるよね。何かを隠してたりするんじゃないか?って思っちゃうわけよ。マイルドヤンキーとかってそういう意味で直だもんね。そういうのが生き様とかファッションとか消費の仕方とかにも出てくるんだけどノームコアな人たちって何考えてるか分からないよねってのが怖いなって思うよね。まだ自己主張が強いやつのほうが素直に思えてきちゃうよね(笑)


まぁそんな感じで最近はそういうのを調べたりしてますね。ってことで続きね。


そういうめんどくささがより恋愛に対しての抑止力みたいになってるかもしれないってのはあるよね。でもそれは明らかに「今の世の中こうなったから」って明言できるようなものではなくてなんとなくっていう雰囲気なんだけどね。これがまぁようは概念とか抽象化からは生まれてこない生々しい現実とか使用における実感から生まれてくる作用だよね。まぁそういう諸作用は全部潜在的にあると言えばあるけど顕在化するかどうか?ってのはそれはリアルがどうなるかとかどう知覚されてるか?っていうのに依存するんだよね。そこがまぁようは知覚に依存しちゃうリアルってことなんだよね。で、それはネット的なものとかネットワーク的なものがデフォになってる中だと全くそういうのが無い時代にそりゃ時代精神によって現実の知覚のされ方は違うでしょうっていうような時代の違いとかとは明らかに違う時代の違いがあるんだよねってのがまぁそれがインフラの変化だからってことなんだよね。大雑把に戦後って考えるとどうかな?って思うとそりゃ色々と便利にはなっていっただろうけどそれこそリアル店舗が無くなっちゃうとかさ、便利になり過ぎてアナログなもんがいらなくなるみたいなもんが過剰に進んだときなんてないよね。


それが面白いのがさ、経済的な停滞とか資本主義の飽和とかとリンクしてるんだよね。相関してるかどうかはともかくとしてちょうど飽和してくるときにネットワーク的なものがインフラ化して何でもかんでもネット関係で消費できたり伝達できるようになったんだよね。で、まぁ間抜けな例だけどジャスラックを例に出すと音楽自体が飽和してるのにも関わらず売り上げ減少をネットのせいにするみたいなことが出てくるわけだよね。でもまぁこういう間抜けな錯覚が生まれるのも音楽自体の飽和とネット的なもののインフラ化がほぼ同時みたいな体感があるからなんだよね。音楽が進歩してないみたいな話はまぁいいとしてでもまぁすげーなって思うのがさ、プラスティックマンのmixmagとか全然古く感じないじゃん?っていうかyoutubeとかのコメントとかでも多いんだよね。これがもう20年近く前のものだなんて信じられない!っていうさ、まぁそれって元がそれだけ凄いってのもあるけどそんだけ音楽が進歩してないんだよね。


その例のプラスティックマンのmixmagが1995年だから1995年の21年前って74年じゃん?クラフトワークアウトバーンですよね。めっちゃ昔やん。95年の時点でレトロ確定ですわ。もしくはオリジンとしてのクラシック扱いだよね。まぁもちろん現在においても90年代のテクノって黄金期って言われるぐらいでもちろんクラシック的ではあるんだけどでも全然クラシックとして聞かなくても全然普通にかっこいいテクノとして聞けるものが多いってことなんだよね。時代を感じるのもあるけどとりわけプラスティックマンのmixmagみたいなやつに関しては古さを感じないものが多いからまぁそんだけ変わってないっつーと変だけど一昔前の20年前と今の20年前って全然違うんだよねってことは今後もそうなんだろうなって思うわけですよね。



面白いのがさyoutubeのLayo & Bushwacka!のLove Story (Tim Deluxe Remix)のコメント欄に2016年のアンセム確定?みたいなのが書いてあって「アハハ。これは90年代のアンセムだよー」みたいなリプライがあってさ(実際は2002年)まぁ元のアンセム確定?が冗談だったにしてもまぁ普通に2016年のアンセムでもいいぐらいの感じなんだよね。もう廃れ始めてるとは思うけどゴミみたいなEDM群と比べると本当にアンセム感が半端じゃないよね。大箱ヒット曲感が半端ないっつーか。まぁでも90年代系のやつはtimelessなのが多いから特にそうなんだとは思うんだけどね。で、なんでアンセムの話になったんだっけ?あ、停滞とネットか。



あ、んでサンプルはNina Simone



いやーもう色々と便利になったし人いらんでしょーって意味でも資本主義的な飽和って意味でも人がいらなくなってるから失業率が高くなるっていうね、これも同時なんだよね。実際にデータ化とかIT化が進んでいらなくなってるのが多いのとプラス資本主義が飽和してそんなうまくいくわけでもなくなったからリストラぐらいしかないっつって人減らすっていうようなさ、でもこれって大枠で見ると淘汰の必然性だよね。便利になったけど食えないっつってもじゃあ食えてたってころの話しちゃうとノスタルジーじゃん?今思えば過剰過ぎるほどの剰余っつーか今書いてるシリーズでも書いたと思うけどCD一つにしても付随する産業ってのが腐るほどあったんだよね。で、まぁデータの行き来っつーデジタルの水脈みたいなのがデフォルトになると行き来自体で必要としてた産業ってのがいらなくなるって話だよね。まぁそれは散々書いたからいいか。


ってことでまだ続くんでよろしく。