ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

レジャーの必要性。その4。

では続きを。


まぁそれも結果的にそうなってるならいいんだよね。別にやりたいこともないしお金を使いたいものもないから生活がそんな風になって金は溜まる一方・・・っていうならいいんだよね。それは結果的に溜まってるってことだから。でもやりたいこととか使いたいこととか我慢してそれやってるなら最高にクソだよね。前者の場合、結果的にそうなってるのとあとさっきの俺が書いたネットで調べられるからファッションビルとかに行くまでもなく興味がないってのが分かる結果、行く場所が減るとかネットが便利過ぎて無駄がなくなり過ぎてあんま金使わなくなるってのはあるんですよ。


でもこの場合は何かしら使いたいものとかがあれば使うわけじゃん?でも後者の場合、何もかもが貯金を中心に回ってるから使いたいものがあっても使わないしそもそもの「使いたい」と思うことを悪だと見做すようになるから欲望=悪みたいな悪い意味での仏教徒みたいな感じになるんだよね。これは最悪でしょう。生きるうえで湧いてくる好きな物とかいらなくても欲しくなっちゃうようなものとかサービスへの欲求ってあるわけじゃん?いや、風俗とかでもいいのよね。キャバクラとか飲みでも全然いいわけだし別に形に残るものである必要はないんだよね。まぁ使おうと思わないならいいんだけど我慢してたりそういうのを悪だと考えるってのはある程度必要なものにまで金を使わないっていうことになるよね。


あ、んで俺はめちゃめちゃケチだけどでもそれは使いたいもののために最大限に金を温存するために必要ないものとか無駄なものには一切お金を使わないっていう主義なのよね。でもそりゃ使うってことがベースにあるうえでのケチだからね。でもこれがさ、ただ不安だからっつって老後のために何にもお金使わないでひたすら貯めるってもうこれはケチ通り越して悪でしょう(笑)何も全部使えって言ってるわけじゃないのよ。俺はまぁ全部使う主義だけど(笑)まぁこれはエクストリームだよね。


だからまぁいくらかは貯金に回して使うところは使うっていうまぁ当たり前の中庸なことになるけどこれが一番だよね。まぁ外に出ちゃうと何かとお金を使っちゃうから家にいたほうがいいっつーのも分かるんだけどでも外に出てお金を使っちゃうっつってまぁそれがなんか食べたとか飲んだとか小物を買ったとかなんでもいいんだけどそれって無駄じゃないからね。その食べたものを作ってる人とか店舗にお金がいってるわけだし飲み物と小物然りでしょう。それを完全なる損失のように考えるのはダメだよね。日本ってとりわけお金は回すものっていう概念が無いよね。よく言われるように貯蓄とか節約が善で消費が悪みたいな感じがあるじゃん?いや、断言すると金を使うのは善ですよ。


まぁそれは投資も含めてだよね。結果的にお金を増やすためにしても投資なら金を市場に流してるわけだからいいのよ。最悪なのは必要なものまでも使わないっていう貯金へのオブセッションだよね。まぁでもそれがセミリタイアのためとか目的があればいいのよね。結果的にそれってまぁなんかしらの家をキャッシュで買うためっていうことであったりとかっていうそういう目的があっての貯金じゃん?でもそれが老後の生活費とか何かあったときのためだとかそんなアブストラクトなもんのために貯金するなんてマジでやめたほうがいいんだよね。あとまぁ「あー今月もこんなに浪費してしまった・・・」とかって言いがちだけどそれでいいんだよね。金は使ってこそ正義ですよ。罪悪感を感じることはないよね。なんでそんなに使ったってことに罪悪感を感じるか?ってまさにイデオロギーだからだよね。貯蓄とか使わないってことがアプリオリに善とされるような考えがあるからそうなるんだよね。


まぁもちろん資本主義的なものってそういう最低限必要なもの以外の剰余の供給によって回るっていうかそういうのをどんどん増やしていかないと破滅するから必要ないものまであたかも必要であるかのように喧伝して売りつけるっていう病理があるわけだけど最近読んだ「ファストファッション」っつー本を読んでも思ったんだけど結局、そういう無駄なもんまで売りつけるとか過剰に消費させるということが目的となってるような売り方とかに対抗するやり方って何か好きなことを見つけるっていうそれに尽きると思うんだよね。


そこでさっき出した着倒れ方丈記とかが出てくるんだけど着倒れ方丈記に出てくる人たちの全てがそうじゃないにしても特定のブランドが好きな人は例えば今年は迷彩柄が流行ってますとかボーダーが流行ってますとかさ、そんなの関係ないと思うんだよね。まぁそういうのを取り入れるブランドもあるとは思うんだけどそういうのとは無縁のそこ特有のデザインを出し続けてるところもあるわけじゃん?で、流行関係なくそこのやつが好きだからそれを買うって本当にそれに価値を感じて買ってるっていうことで能動的だよね。どっかの代理店とかがなんかを売るためにあたかも流行ってるかのように見せかけて売るのとは真逆にあるものだよね。


結局まぁあれだよね、どっかが勝手に決めてる流行りってシステム的にネオヒルズ族的なありもしないものをあると喧伝することで勝手に生まれる実体なきイマジナリーなものがそのイマジナリーが持っている特性が故にあたかも実体のように現実に影響を及ぼしているかのように見えるっていうイリュージョンを作るものっていうことだよね。迷彩柄が流行ってますって言われても迷彩柄を否定はしないけど俺は着ないわけよ。でも流行りなんですって言われても関係ないよね。村上春樹の小説とかに似てるんだよね。村上春樹が大好きです!なんて言う人にお目にかかったことはないんだけどでもなんだか売れているし世界的に有名であるっていうね、まぁこれは流行と違って実体があるからまだマシだけどでもまぁなんであんなもんが広く読まれているのかが分からないって意味で本当にイマジナリーだよね(笑)で、軸が無い人は流行ってるとか売れてるってことだけで買うわけでしょ。それがポピュラリティーってことだよね。逆に本当に村上春樹のファンで買ってるならいいんだけどね。ただ軸が無いやつが今売れてる本!として買うってのが最悪の消費だなって思うわけ。まぁ金貯めこむよりかはマシなんだけどね。


ってことで続きます。んじゃまた。