ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

構造主義的将棋。

SMK更新したんでよろしく。

 

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いやね、藤井四段とかで話題になってる将棋なんだけどさ、昔、例によってヒカルの碁経由で碁を始めたんだけど全然上手くならなくてやめたっつーのがあったんだけ(笑)龍が如くの維新でさ、ゲームの中で将棋打てるところがあってまぁ別に維新じゃなくてもあるみたいだけどやってみるかなーっつってやってみたらなかなか面白いんだよねっていうか小学校の頃に囲碁将棋クラブってのがあってっつーか日野に居た頃だけどあったんだよね。んでまぁそれを一瞬やってて若干覚えてるってのもあってさ、あとまぁあれじゃないですか?ソフトだとどこ動けばいいとかって表示されるし色々と覚えやすいですよね。

 

んでやってたら見事にハマっちゃってさ、いやーまた趣味みっけ!みたいな感じで今後は将棋もラインナップに加わる感じになったね。この初心者の頃が一番楽しいじゃん?っつーかまずは攻め方とか守り方とか定石ならぬ定跡だよね。んでも囲碁の定跡ってわけわかんないのが多いんだけど(笑)将棋の場合、意味論的なものが明らかでなおかつ解説があるとすぐ分かるよね。まぁなんだろう、ヒフミンのオマージュともいうべき東郷一二三ってのがペルソナに出てくるけどまぁ「なるほどー将棋ねー」っつーのはあったんだよね。んでも俺って勝てないとイライラするからああいうの向いてないんだよなとか思いつつまぁんで龍が如く内でやってみたらようは学習のプロセスが面白いんだよね。だんだん分かってきて相手が10級とかだった場合、待ったとか何回かやった上でなら(笑)

 

勝てなくもないっていうか結構ずーっとやって負けてばっかだったけどんでまぁyoutubeとかに講座とかあるから色々と見たりしつつやったら10級に勝てたんですよね!龍が如くの維新の将棋イベントの最初っつーか将棋やる場所ってなんつーのか分からないんだけどまぁその店の主人と対局するっつーのがあるんだけどそれに勝てたときっつーのはまぁなかなか味わえない爽快感でさ、こういうのってどんどん無くなってくじゃん?

 

それこそゲーム上だったらRPGならレベルあげりゃ勝てたり今までやってきた経験ってのがあって勝てるのが当たり前だよね。まぁクリアにしてもこんだけゲームやってりゃクリアできて当たり前で達成することの達成感ってないんだけど将棋に関しては完全に素人だから勝てたときの嬉しさが半端じゃないよね。あとまぁ敵がやってくる戦術をそのまま真似たりとか(笑)まぁでも思ったのがこれって公理的だよねってことなんだよね。

 

こういう場合はこれが最善であるっていう一手が必ずと言っていいかはともかく大体あって、あとまぁ一般的に言えるこういう場合はとりあえずこれをこう動かしておくのが良いっていうようなまさに型ですよね。定跡って型じゃないですか?型通りにやってもしょうがないっつっても型が最善ならそれ以上のもんはないわけでさ、この辺がやっぱ武道と繋がってきますよね。

 

で、その型を理解して使いこなせるようになるまでのプロセスっつーかさ、色々と手はあってもすべてにおいて最善の一手はあるっていう意味でブルバキ的な構造主義とも言えるよね。あ、まぁ公理的ってのと構造主義的ってのをごっちゃにしちゃいけないんだけど俺が言いたい公理的ってのは将棋においては格言とかに言われてるようなもので構造主義的というのはあらゆるパターンにおいて最善の手段が存在しうるというところからくるクラスター的な感じだよね。もちろんその「ある」というのが将棋においては数学ほどの厳密性を持ち得るほど絶対的ではないにせよでも色んなパターンにおいても共通する性質ってのがあるわけでそれを公理化するってことはつまりはそのまま数学的な構造主義ということになるよね。

 

っつーかまぁそういうアプローチで将棋を研究したいなって思ったのね。直感とか「こうだ!」とかって思うのって全然あてにならないからね。なんつーかそのアドバンテージを取りたい!みたいな、あとはまぁ勝ちたい!みたいな我が出ない機械的な処理だよね。それを膨大な構造主義的公理をもってして演算するっていうような、そういう演算マシーンになり切りたいなと思ってるんだよね。ここが凄いのは結局、精神統一とか気の迷いとかが一切生まれないことだよね。ただの演算処理だから気が迷うこともない。んでも勝負事って気の持ち方が大事じゃん?んでまぁこのアプローチってのはデフォである種の精神統一がなされてるっていうことなんだよね。

 

弓道でも型を忠実にやってれば当たるわけで当てようとするとか打とうとするっていう作為が凄く邪魔なものになるってのを経験してるし先生からもそう教わってるわけで、なんかそういうところに精神統一の普遍性を感じるんだよね。それは統一させようとヨガとかをやるんではなしに我とかが介在しえないほどの型の体現なりなんなりをするっていうことだよね。将棋でも定跡を徹底して極力我を抜きにして定跡からの流れに忠実なものを作り出すっていうさ、これが言わば不動心に繋がるわけだよね。

 

そういうような自分の経験から導き出されるような、むしろここまで生きてきたからこそ活かせるような方法論とかスキルってのを将棋にアプライしてみたい!ってのもあるよね。まぁあと将棋ってカルチャーだし好きになれば普通に観戦とかも娯楽として成り立つわけで最高の鬱回避になるっつーかめっちゃいいですよね。数学に没頭しつつ哲学もたまにやってんで将棋の研究は欠かさないっていう感じでんで弓道の道場にはずーっと通い続けるっていうようなね、まぁいいんじゃないですかね?って感じだよね。

 

今年は弓道初めてんで将棋も初めてんで数学もまた再始動させてっつーなんかそれなりの流れがあって良い流れになりそうな予感があるよね。実際にここ数日体調良いしね。日内変動があると寝起きって地獄なんだけど寝起きでも数学なり将棋なりっつーそれやればなんとかやってけるぜ!っつーのがあるだけでだいぶ違うんだよね。

 

まぁんであと将棋はコスパいいですよね。弓道にしても弓二張りも買ったし洋服にしても金を湯水のごとく使いまくってるんでセーブするタイプの趣味も必要だなっていうことで将棋は最適なんだよねっつっても図書館で色々と将棋の本借りてこようと思ったらっつーか地元の図書館なんだけど暇な老人が多いのか藤井四段ブームなのか将棋関係の本が貸し出しばっかでさ、まぁこりゃ買うしかないなって思ったけどまぁ羽生名人関係の本とか文庫になってて安いしすんげードープにやろうと思ってるから基礎からみっちりやるぞ!ってことで気合入れたっつーか気合入れすぎたかもしれないけど結果的に20冊ぐらいの将棋関係の本を一挙にオーダーしたんだけどまぁでも単価が安いんでそんな凄まじい出費でもないんだよね。

 

まぁただあれだわ、なかなか慣れが必要だわね。図とか無しに2三角で後手が6二銀と来たら・・・みたいなそういうのを頭の中でやらないといけなくてなかなか大変だよね。なんかでもまぁ将棋って完全に一つの世界観があるよね。そこに魅力を感じるわ。最善の手を追求するっていう姿勢が学問的な姿勢と似てて何かを極めたい!って常に思い続けてる身としてはまた極められそうな分野を発見したかも?っていう期待があるよね。

 

まぁそんな感じでとりあえず様子見なんだけどただまぁやっぱ相当好きだね。好きになろうとしてハマろうとしてるんじゃなくて知りたい!っていう知識欲が将棋に対して凄いんだよね。これは結構イケるかも・・・っていうのがあるわ。

 

そんな感じでまぁとりあえず今日はこの辺で。んじゃまた。