ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

正義の極みを究めるべし!。

龍が如くの維新からゼロ、んで極みとハマり倒してるんだけど345とやってないんだよねっつーかPS3持ってないんで。んでもなんかまぁシナリオ的にどうなの?ってのが結構あったりするらしいけど維新とゼロはもう完全な神ゲーですなっつーかアツ過ぎるよね。人生でこれやってるかやってないかでだいぶ違ってくるっていうぐらいのアツさだわ。なんかもう映画顔負けですよね。

 

名画を長いスパンで見てるような感覚で逆にこれに慣れると他が薄れて見えちゃってなんつーかまぁでもペルソナにしてもそうだけど深い意味での人間としての業とか生き様みたいなのを深く掘り下げるってなかなか大変じゃないですか?そういうのをやってのけてるって意味でもはやもうゲームっつー次元超えてるよね。子供が居たら真っ先に龍が如くやらせるわってぐらい情操教育にぴったりだよね。

 

龍が如くはアメリカにいたときにYakuzaってタイトルで出てるPS2の1と2をやって以来だからもう十年ぶりぐらいなんだけどさ、なんか改めていいなーと思っちゃったよね。基本的になんつーかやくざの世界を美化してなくてその辺はたけし映画とかと同じだよね。基本クズって言う描き方なんだけどでも一馬が考える極道ってのは昔の任侠映画とかで出てくるような時代がかったもんで時代遅れが故に時代になじめなくて色々とトラブルに巻き込まれたり上手くいかなかったりするんだけどそれでも昔の任侠映画みたいな良いヤクザで居続けるっつーか一馬なりの正義を貫くっつーかさ、そういうところがやっぱ渋いよね。やくざが基本エゲつないってのはこれでもかってぐらい描かれてるからヤクザ称賛じゃないのは明らかなわけでね。

 

ただまぁようはヤクザ性みたいなのってどうシノギを上げてるか?っていうことなわけでそういう意味で昔話題になってたネオヒルズ族とか堅気だけどやってることは完全にヤクザそのものだよね。んでなおかつ問題なのはそんなヤクザな連中を時代の寵児として取り上げてたメディアとかだよね。やってることは完全に詐欺なのにあれが時代の寵児って世間のリテラシーレベルヤバいだろうっていうね、そういう意味でヤクザの定義って色々あるよね。

 

しのぎのえげつなさって意味ではネオヒルズ族なんて完全にヤクザだし逆にまぁ今いるかどうか分からないけど暴力をもって警察が介入できないような厄介な民事のトラブルを解決してるヤクザなんてのがいたらそれはヤクザであってもネオヒルズ族みたいな詐欺集団よりかはよっぽどマシなわけでさ、現実にはヤクザ顔負けの連中っていっぱいいるよねってことなんだよね。

 

ペルソナでも描かれてたけどヤクザの場合、シャドウの世界に出てきてもある意味裏表が無いからシャドウにも裏表がないんだよね。んでまっとうそうに見えるやつのシャドウのほうがよっぽどヤバいっていうさ、現実そういうやつのほうが多いよね。そういうやつらを取っちめるような任侠集団ってあったらいいなーって思うけどまぁ現実的に無理だよね。でもまぁ昔の右翼とかはそういう感じだったわけでしょ。全部が全部そうじゃないにしてもね。

 

だからまぁグレーな部分を暴力で解決って一概に悪いとも言えないんだよねってそれは昔から書いてることだけど現行の法律じゃ裁けないけど明らかなサイコパスで無辜の一般人が凄い迷惑を被ってるみたいなのってあるわけじゃん?っつーかそんなのばっかだよね。むしろ昔はそういうやつがいてもグレーなラインの暴力で制裁とか受けてたんだけど今だとガチガチ過ぎてちょっと押しただけで暴力とかって言われるような感じだからそういうのに制裁が下らないんだよね。んで無駄に守れてグレーなハラスメントやり放題っていうさ、モラハラの背景ってまぁあくまで俺の考えだけど昔ながらのグレーな暴力っつー解決方法なり正義の行使の仕方が出来なくなっちゃったから横行してるんだと思うんだよね。

 


昔ならボコられるとか刺されて終わりってのが今は暴力に対する法がガチガチ過ぎてグレーなサイコ野郎が跋扈してるっていうね、そういう状況ってすげーファックだと思うんだよね。そういう意味で暴力反対!ってただのイデオロギーだよね。暴力で解決できることがあるんだったらそれはそれでいいでしょう。サイコ野郎のおかげで普通の一般人が生涯引きずるレベルのトラウマを抱えるようなことがあるんだったらそんなもん暴力でなんとかなるならなんとかしたほうがいいよね。

 

暴力=悪ではないんだよね。それは使い方次第なわけで。いじめとかにしても暴力で反撃可能だったらどんだけ解決が楽か?っていうね、いじめとかってグレーなラインで絶妙に反撃できないようなところで色々とついてくるわけじゃん?んでもそこで当然ボコったらダメなんだけどでも倫理的にボコることはアウトじゃないんだよね。そもそもそういうハラスメントをするやつは倫理的に逸脱した行為をしてるわけで倫理という面から見たらボコられて当然なんだけどでも法ってのを考えたときにアウトっていうまぁ本当にそれだけの話ですよね。

 

だからこそまぁあれでしょ、あくまでヤクザっていう世界の話の中でまともな人なら望むような人間的な正義ってのが貫徹される龍が如くみたいなものにカタルシスを感じるわけだよね。それは現実の悪がそこまで簡単に裁かれたりボコられたりしないっていう抑圧から生まれるカタルシスだよね。現実で無理だからこそファンタジーの世界の正義にカタルシスを感じるわけだ。

 

でもまぁ俺的に言えば暴力はダメだとは思わないけどでもまぁ暴力やると家族とかに迷惑かかるから自分だけの問題じゃないからさ、そこはやっぱ考えなきゃいけないけどでもまぁ現実での正義の行使ってやっぱ必要よね。先月色々あって人としてどうあるべきか?っていうことを深く考える機会があったって書いたけどそこはもう損得抜きにやっぱ正義を貫くべきなんだよね。ようはアタリマエの正義ですよ。

 

それも振る舞い上その正義を貫くことが不利になってもじゃあその身の振りのために倫理を捨てるのか?ってことじゃないですか?そんなの人間的にアウトでそんなの外道なんですよ。極道ってのは元々は仏教用語で極めたものを言う言葉なんであってさ、一馬の言う極道って正義を究める極道なわけだよね。だからそういう極道って別に堅気でも可能ですよね。そのためには極端な話、身すらも捨てるっていうような覚悟があるっていう態度ですよね。

 

その辺のすげー大事な部分ってのが龍が如くでは見事に描かれてるよね。現実の極道はあんなんじゃないけどでもまぁファンタジーとしての任侠としての極道ってのがそういう風に描かれててだからまぁ結果的に明らかに悪なものに立ち向かう正義!みたいなベタな構造では描けないような深い正義が描けてるっていうね、で、その定義ってやっぱヒューマニズムなんだよね。だからまぁあれだよね、本当にクズ過ぎる人間に正義の鉄槌を下す!っていうことをリアルにやっちゃって捕まった人がいてもさ、それってやっぱ英雄だと思うのよ。リアルでは犯罪者扱いされるけど結局は扱い方って認識次第じゃん?法では犯罪者だけど倫理的にはヒーローだよねっていうね、そういうところまでもが法の正当性っていうところに引っ張られて倫理の感覚まで狂っちゃうっつーんじゃ本当にマズイと思うんだよね。

 

一昔前だったらそういうのがそこまでしょっちゅう警察とかが出てくるってわけでもなく暴力でなんとかなってた部分が過剰に暴力無し!っていう体制になってそれが人間の倫理感覚の認識にまで影響を及ぼすっていうね、それってヤバいよね。本当に。刺されても当然の人間が普通に生きてるってやっぱマズいんだよね。でも刺すわけにはいかないからしょうがないって思うのが現在のデフォじゃないですか?そのデフォ感覚が結果的に認識的なモラルハザードを招きかねないっていうね、やっぱ悪は許しちゃダメなんだよね。

 

そこってベタじゃないですか?ポストモダン的感覚で言うと何言っちゃってんのー?っていうシニシズムになるんだけどでもそこがまぁようはプレモダンな正義の感覚なんだよね。そんなのを主張するのはベタ過ぎてダサくても信条として持ってないと国がダメになるんだよね。そこはやっぱ国体ってことなんだよね。国の体としてネオヒルズ族みたいなやつらが普通に金稼いでるみたいな状況を放置してていいのか?っていうことじゃないですか?まぁネオヒルズ族ってもう古いとは思うしまぁあくまで例えの一つなんだけどまぁでも今って悪が糾弾されるような方向性にはなってるよね。

 

ブラック企業に勤めること自体がもうブラック企業に加担するっていうことでそんなんだったらニートにでもなれ!っていうようなのって現代なりの正義ですよね。ブラック企業に勤めてまで金を稼ぐ義務なんてないんですよ。そこで親の脛をかじるのがダサいっつーメンツだけで維持を張ってブラック企業に勤めてもそんなのは倫理的な堕落だからね。何もしない方がいいんだよね。それだったら。

 

俺はまぁそんな正義を主張するテロリストと呼ばれかねないような組織の親玉になれるような人間じゃないけどでもやっぱ認識的な正義ってあるんだよね。実力行使!みたいなリアルでの暴力路線を取らなくてもなんらかの形でリアルのクソさ加減に抗える方法ってあるじゃん?んでね、俺の見立てだと最終的に時間はかかるけどそういうやつらのほうが報われる時代ってのが来るんだよね。ペルソナ5の怪盗団みたいなコンセプトでいたほうが現実的にも理があるみたいな時代が来るんだよね。そんな時代が来るんだから今から正義張っておかないとダメなんですよ。龍が如くで極道は極道を張っている限り負けは無いっていうセリフが出てるけどそれは全く正義についても言えるわけなんだよね。どんだけバカバカしかろうが正直者はバカを見る世の中だろうが正義は張っておかないとダメですよ。本当に。

 

だからまぁそれって今から始められますよね。何も変わらないかもしれないけど人間としての人道的な正義を張るってことは大事なんだ!っていうその認識ですよね。その認識は今から始められるでしょ。もしくはそういう認識を持ってても損するだけだって思っててもやっぱり張ることが重要なんだってことでやっぱ張るってことなんですよね。だからまぁ正義の極みに到達するべきなんですよね。そういう意味での極道を究めるべきなんですよね。

 

「良い人」なんじゃなくて善くあるということを極限まで極めるという極道という道だよね。それは政治的イデオロギーがどうであれ一市民としてそういう風にあるということはイコール国士なんですよ。そういう国士たれ!っていうことですよ。それが退廃したクソみたいなリアルに対抗する最高のカウンターでもあるからね、だから常に心のドスを持ち構えて悪と刺し違えるぐらいの気迫を持ってもらいたいものなんですよね。

 

めちゃめちゃこの感覚って大事よ。本当に。もうどう教育しようがなにしようがそんなのもん分からないっつー連中が大勢いるわけだから。だからその感覚が分かるなら一緒に頑張りましょう!是非ね。

 

ってことで今日はこの辺で。んじゃまた。