ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

Billを取り戻せ!っていうね。

いやーなんか色々と思い出してさっつーか思い出してたんだけど服装とかで言うとアメリカに行く前っつーかデフォで過激だったんだよなっつーかそういうのが好きだったんだよね。メキシコのグラインドコアのバンドのCDジャケがプリントしてあるTシャツとかそれっておっさんが脳みそぶちまけて死んでるやつとか女が騎乗位でセックスしててエクスタシーと同時に鼻と口から血が出てるイラストのやつとかただまぁ当時は金なかったっつーか音楽に金使ってたからそこまでファッションにこだわるってことはしてなかったわけなんだけどね。

 

あ、いや、アウトレイジな感じのメガネが一通り出来上がったんだけど別にこれってオーラ喪失に危機感を抱いてオラつくっつーより本来のこれが自分なんだよなって改めて思ったんだよね。歩き方とかにしても今思えばニューヨークに居た頃なんてチンピラみたいな歩き方してたしっつってもそういう歩き方のやつとか多いし特に目立たないんだよね。授業にしても先生によるけどリラックスできる先生の場合、ビッグマウスのラッパーがインタビュー受けてる時みたいな姿勢で聞いてたしっつーか実際ほとんど聞いてなくて別のこと考えてたりしたけどそう思うと本筋ってのはニューヨークの終わりまで一貫してたんだよね。

 

で、自主規制っつーか無駄に委縮してたのが帰国後なんだなって改めて思ったのよ。まぁあとやっぱ帰ってきてつまんねーなって思ってたし引きこもって数学ばっかやってたしだからだんだんそういうので変わってきちゃってたんだろうね。

 

そう思うとやっぱり変わろう!じゃなくて戻ろう!なんだよね。で、まぁ別に良い人演じるのやめてから気持ちが楽になったって最近書いてるけどまぁ実際にそれがワークしてるしね、でも抑圧って分からないもんだよね。いつの間にか生きづらい日本に適応しようとしている自分が居てんでもそれって人間は適応するものだから自然とそれをやっちゃうんだけどアメリカ行く前はそんな日本が大嫌いで体中に蕁麻疹ができるぐらいバッドなメンタルの状態でアメリカに行って解放されたってのがあってっつーのはすげー昔から書いてることだけどんでまぁ別に場はかんけーねーなっつーことで別に日本だろうがニューヨークだろうが結局は自分でしょうってことになってあんまり今懸念してるような事項に関しての関心が無かったんだけどすげーやっぱ自分を抑えてるんだよね。で、なんでこんなに真面目に生きようしているのか?ってバカバカしくなってきちゃったりして。

 

あ、んでまぁ色々と回想してて思い出したんだけど童貞を捨てられるチャンスってのがあったっつーかまぁ未遂は一回でそれの一個前に今思えば夢みたいなシチュだなってのがあってまぁなんかマージナルな感じの人たちっつーか友達とある友達の家で8人ぐらいで飲みながら寝泊まりするみたいなのがあってさ、んでまぁ前にも書いたと思うけど話しながら実は手マンしてるやつとかもうおっぱじめてるやつとかがいて(笑)んでそんな感じで「え?耳蝉ってマジで童貞なの?」ってことになってさ、んで「俺は古風だから貞操を守るんだ!」みたいな割と最近まで持ってた哲学を展開し始めて(笑)まぁ集まってたのは男と女半々ぐらいだったんだけどだったら「耳蝉の童貞奪っちゃおう!」っつって女子数人に取り押さえられて逆レイプされかけたんだよね。最高でしょ。

 

俺はそれを必死で抵抗して異常なまでに抵抗するから「ダメだこいつ」みたいな感じになって無しになったんだけど今思うとあのままヤラれてたら今の俺だったらもう夢みたいな女の子数人からの逆レイプを受けてたかもしれないわけでしかも初体験がそれってもう一生語り草になるぐらいのネタでしょう。そんなのを無駄な生真面目さで取り損ねていたんだなって思うと本当に無駄な真面目さって意味ないなっつーか人生のクソゲー感をどんどん増す感じになるような要因だなって思ったりしてさ、んでまぁそこそこのいい歳になってアイデンティティが確立してそういう若いころに持ってたような無駄なロマンとか真面目さはもうやめようってことになってるんだよねっつーかまぁここ3年ぐらいそうなってるからまぁ実質的に帰国からの二年目にはもうそう思い始めてたわけだからさ、だからまぁナンパ初めてみるかっつーかまぁナンパしてみたらどうですか?っつー書き込みがあったんで有言実行!ってことでやろうと思ったっつーのが去年っつーか二年前ぐらいか。

 

まぁだから別に軸はブレてないんだよね。いつ頃からこんな暴力暴力って言い始めたのか?ってウォール伝をディグってみると昔から物騒なこと書いてるし(笑)むしろ今が異常なんだよね。異常なほどの落ち着きを見せているという。あとまぁニューヨークに居た頃って所謂日本で言うところのストリートカルチャーって呼ばれるようなものがもっと近くにあって普通に国語っつーかまぁ英語っつーかまぁアメリカからすれば国語のイングリッシュの時間に真面目なプレゼンとかしちゃうようなインテリ優等生タイプみたいな、んでまぁすんげー可愛い彼女いるやつなんだけどそいつが実は草売ってるっつーでもプッシャーってレベルじゃなくてガチギャング経由だと日本的な感覚だとそんなに?って思えるような量を100ドルぐらいで買えたりするからそういうのを仕入れてSDカード入れるような小さいジップロックに小分けにして20ドルぐらいでさばいてる小遣い稼ぎとして普通の学生がそういうのやってるっていうね、まぁコカイン中毒のダニエルの話は相当当時もしたと思うんだけど「ちょっとヤバくなってきたから一発キメてくる」っつってトイレに行くっつーからビルトイレ見張っててくれなんて言われたりして学校のトイレを見張ってたりとかなんかそういうのが日常で別にバッドボーイぶってたわけでもなんでもなくて普通に生活しててそれだったからね。

 

で、帰国後はそんな日常がありえなくなるからどんどん本来の自分と乖離していくんだよね。あ、そうそう。ホームレスに襲われそうになったっつーのもそのコカイン中毒のダニエルが20ドル先払いしてくれれば仕入れておくからっつって金渡してたんだけど一向に持ってこなくてさ、いつも急かしてたんだけど当時は自主規制入ってなかったからそういうガラの悪そうなやつにも「てめー舐めてんのか?だったら金返せ!」みたいな感じで普通に金取り戻したりとかしててまぁただタフなニューヨークだとそういうほうがサバイヴできるしそれが地だからね。だから逆なんだよな。マジで。

 

今の自分が変わり過ぎちゃってるんだよね。まぁそれでもナンパしようとしたりしているっつー努力はあるし物騒なことを調べるっつーのはずーっとやってるしまぁ元は変わってないよね。ただそういう良い元を持ってるんだからもっとそういうのを伸ばしたり出していけばいいんじゃない?って思うようになったっつーのが最近ってことだよねっつーかまぁ一連のビルを取り戻すプロジェクトフラグだよね。

 

そう思うと中学で登校拒否になってから真面目になったことってのは何気に一度も無くて今がある意味一番真面目なんだよね(笑)それが鬱の原因にもなりうるってことに気がついたのはもうエピックですよね。だから道場に真面目に通うっつーのもどうなんだろうな?って気がしてきたんだよね。真面目になったから今なら色々と我慢できるだろうっつーことで行ってるしまぁ得られたことはいっぱいあるけど一方ですげーフェイクしないとやっていけない部分もあってんでもまぁフェイクはダメ!って思わせるようなきっかけを与えてくれたのは道場での出来事だったしそういう意味で一概に悪いとも言えないんだよね。

 

昔に書いたことだけど今道場になんか通ったら偉そうにしてる先生とか見たら何偉そうにしてんだてめーっつって張り倒したくなっちゃうから行けるわけがないとかって言ってたけど(笑)実際に張り倒したくなる時ってのが無くはなくてそこもやっぱ根本がそうだからなんだよね。だからストレスになってるんだけどでも行くと色んな気づきがある場でもあって自己完結しない分、一見ネガティヴだったりただの気苦労としか思えないようなことも実はプラスになってることが多いっていうところがあってまぁ面白くはあるんだよね。

 

でもまぁその張り倒したくなる感じってその人の個人的な恨みがあるとかじゃなくて権威的な感じが元々すげー嫌いってのがあるからなんだよね。そういうのにもう本能的にイラっとしてしまう気質なんだよね。反社会的パーソナリティーって言われればそれまでだけどね(笑)ここでフェイクしないっつってて道場でフェイクしてるっつーのもどうなのかな?っていうダブルスタンダードみたいなところが気にくわないんだよね。だからまぁ別に道場でもフェイクしないで地で行こうっつーそれでいいのとまぁ地と相性が悪そうなところでも地を出すっつートレーニングの場でもあるのかな?とも思ってて(笑)ただまぁ今はあんま連絡とらないような日本の友達にしてもその友達にフェイクしてたみたいなことはなかったし地で合わない場合、合わせるようなことをしてまで友達付き合いしないっていうような感じだったから人間関係でフェイクする必要ってのがあんまりなかったっつーかそれは恵まれてたんだなって今さら思ったんだよね。

 

なんかそこで苦手そうなこともあえてやってみる的な余裕とかも今はあるわけでそういうところに身を置いて得られることとか気づきってあるわけじゃん?で、結果的に良いベクトルになってるよね。本来の俺のビルであろう!っていう気づきに繋がっているわけでまず俺が上下関係みたいなのに適応するわけないし空気を読むとかやりだしたら完全に終わりだし「迷惑なので来ないでください」って言われるまではやり続けようかな?って思うよね(笑)まぁそんなことを言われるとは思わないけどでもまぁ極端にストリクトな極めて日本的な感じの関係性ってのは何気にニューヨークに行く前とかにもそもそも居合の道場は半年で辞めたしバイトとかもまぁ例のブラックな件も含めてそんなに長くやってないから結構実験の場っていうかそういう意味で面白いよねってさっきも書いたか(笑)

 

昔ね、まぁ色々あったときに昔から良い書き込みをくださるでいじさんっていう人がいるんだけど「身体感覚の抽象化っていうところからなんでいきなり殺人術なんですか?全然ハードコアじゃないしむしろダサいっすよ」って言われたことがあってんでまぁ結果的にでいじさんには思ってることは伝わったから良かったんだけど元々まぁむしろそういう物騒なことが大好きな人間である俺がまぁウォール伝では真面目なことを書いてたりするもんでそこでいきなり地を出して「今後は殺人術だな」とかって言い出すと「なんなんすか?それ?ダサくないっすか?」ってことになるんだけどでいじさんがその時の一時的な勘違いだったにせよまぁ良いことを書いてくれてて「善いことって何か分からないけど素直に生きているということが結果的に人の助けにもなってたりすると思うんです」って言っててさ、んでまぁ当時でいじさんが「ダサい」って思ったのが色々と窮地に立たされたりなんかして急に軸がブレ初めてハードコア気取りになろうとしてるみたいな軸のブレ加減と作為的なハードコアを装うとしているっていう素直さからの乖離ってことだったと思うんだけど本来の自分はそりゃハードコアなんですよね。

 

ただ別に俺はハードコアだぜ!なんて言う必要もないから別にそういう物騒な面を出す必要もないから結果的にウォール伝として出てくるものが生真面目なものってのにバイアスがかかり過ぎるってのがあるんだけどまさにそこがフェイクしないっていうところで生真面目さの無駄さとか自然体であることの重要さってのを痛感している最近の自分としてはまさに間接的にでいじさんが言っていた「素直に生きているっていうことが結果的に他人の助けにもなる」っていう言葉に通じてさ、だからやっぱり不自然なほど丸くなりつつある自分ってのは全然素直じゃないしそんなんだと人生のクソゲー化は進むばかりだしっつってもまぁスタンダードで言えば今の丸くなりつつある自分ってのもデフォから見れば相当逸脱してはいるんだけど(笑)やる必要もないような自主規制がかかって無駄な抑圧がかかってるって意味でやっぱり地で行くべきだなっていうところに落ち着いてるんだよね。

 

数年前に居合をシリアスにやろう!って思ったのもメルロポンティ経由の身体感覚の抽象化っていうコンセプトもあるんだけど普段から必要なら国賊を屠るべきとかって物騒なことを言ってるやつが全然もやしっ子で全然戦える度胸も国賊を屠る技術も度胸もないっつーんだと矛盾してるっつーんでやり始めたってのはあるわけだよね。んでまぁ最近の話だと普段からそんなやつボコれとかって言ってるやつが実際の喧嘩とかで刀で暗殺とかじゃないレベルで全然リーサルでもdeadlyでもないっつーのが矛盾してるっつーんでまぁdeadlyなもやしっ子になる!っつーのはだいぶ前に書いたけどまぁ最近そのベクトルを重要視してるってのはあるよね。そこで俺は強いんだ!とかって思いこむっていうことではなくて言葉とか考えていることと身体性とリアルの一致だよね。

 

最近の粋ってるDQNってのが雰囲気だけで実際は度胸も腕っぷしも強くなくて何かといえばそういうやつらですらすぐ警察っていうようなご時世にリアル路線で行く自分が腕っぷし弱かったらそりゃおかしいだろうってことになるわけでだからまぁ中国拳法やら殺人術やらってのに目覚めたってのがここ数年でまぁんで最近改めてそのリーサルであるっていうことの重要さってのに気がついたわけでさ、まぁんでそれに気がついた当初は「耳蝉 aka 鋼鉄の腕」になるべし!っつって腕の鋼鉄化を進めるとかって言っておきながら結局途中でやらなくなったっつーか何かに対してずーっとパンチとかをしてると心臓に負荷がかかるってのを知って日和ったってのもあるんだけど(笑)んでまぁ最近の考え方としては最近書いてるけど別に素手じゃなくてもいいんだよねっていう当たり前の論理から道具関係ってことになってるっていうことなんであってまぁいきなり物騒になってるわけじゃなくてようはベクトルの問題なんだよねっていうことなんだよねってことに気がついたってことだよね。だからまぁ将棋とか数学っつーよりまずそれでしょうっていうことでそういう類のトレーニングと研究にフォーカスしてるっていうことだよね。

 

究極的にダサいのって格闘家ぶってて君ぐらいなら瞬殺できるよっつって仮にそういう技術を知ってたとしても瞬殺するほどの度胸がないっていうようなことだったりするわけで、単純にそういうハッタリじゃないリアルなリーサル感ってのを身につけて自分が言っていることと身体性の抽象化と身体性とリアルの一致っつーのを目指すっていうことなんであってね、極めてまぁ俺的な本筋の進め方ですよねっつっても客観的に見ればただのヤバい人なんだけどそれが自分なんでしょうっていうね(笑)

 

そこを変に丸くなって現状に適応しようとしている自分の方がよっぽど異常で不自然なんであってそこを自然に戻すっていうことだよね。そうなりゃやろう!と思わなくても自然と普段からトレーニングするようになるし一瞬で技を出せるようなマインドセットにしておくっていうことになるよね。まぁそこをやんわりやってるのが弓道なんだけどもっとダイレクトにやるのがまぁ最近のあんま手の内明かしたくないから詳しくは書かないけどやってるトレーニングとか研究だよね。

 

弓道でも居合でも昔の武士が生きるか死ぬか?っていう状況で技を出せるか出せないか?っていうような生死に関わるレベルで武術ってのがあったっつーかそれが当たり前なんだけどまぁそういうのをアナクロっぽいけど間接的に体験するってのが居合だったり弓道だったりしたんだけど別に武士っつー話を出さなくてもリアルでも恐らくはないけどそういう状況になったときにどうするか?ってのをシリアスに考えるってことはできるわけで別にそこを武士とか右翼的な暗殺とか出してこなくてもやれることはあるよねっていうことなんだよね。

 

そこは日本が平和過ぎるから武士とか出してこないとその臨場感は出ないって考えてたんだけど別にそれは関係ないよねっていうことだよね。かといっても一気に殺人術ってことになるといきなり殺すってことになってそれはマズいから敵を無力化させるみたいな、そういう技術の習得ってことだよね。刀とか殺人術とか出してくればそれは簡単じゃん?でも無力化させる技術って高度なんだよね。手加減しないといけないし全力出して殺そうと思ったら簡単だけどそこを過剰防衛とかにならないレベルでなおかつ最速のリーサル感を保つっていうね、まぁ仮にそれを習得したところで使う場は無いし無いのがベストなんでそれが一番なんだけどでも使う場がないからやるのは意味がないっつーのは普段の自分の言説と矛盾するっていうことで自ずとやる必要が出てくるっていうことだよね。そりゃなんつーか別に数学また深くやり始めます!っつってやるのと同じようなことでジャンルが違うだけでやってることは一緒なんだよね。

 

そこで武術ということが異様になっちゃうことが問題ででも自分の論理内では必然なんだよね。だからハードコア気取りでもなんでもないし喧嘩をおっぱじめるとかってことでもないし悪ぶるってことでもないしナチュラルな自分に必要なことっていう必要条件だよね。それを満たすだけっていうそれだけの話だよね。

 

ってことで新作貼るわ。んじゃまた。

 

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