ロボアニメと断酒。

スパロボ原作ディグ生活もだいぶ板についてきた感じでっつーか毎日死ぬほど過ぎるのが早いんだよね。そんだけ楽しいってことでしょう。スパロボも色んなのやりつつ原作まだ見てないやつがあると進める前に見ておきたかったりするからそこでスパロボやめてロボアニメ見るっていうようなこのサイクルがネタが尽きない限りかなり最強な感じでおかげで断酒できたんですよね。

 

いや、寝る前の酒がどんどん自分の寿命を縮めてるなと思いつつやめられなくなってたしっつーか飲むっつーのが当たり前になるとそうなるよね。ほぼアル中手前みたいな感じのときのrevelationですかね。基本的にロボアニメ見るときは自分で「さっ、教養のお時間だ」って思ってみてるんだけど基本的に酔っぱらってたりしたらダメなんだよね。考えながら深く見るっていうことを徹底してるから酒が入る余地がないってまま朝になるんでんで睡眠薬もベルソムラってのに変えてもらったんだよね。

 

まぁなんだろう鎮静させて眠る感じじゃなくて脳をシャキッ!とさせてるものの受容体をブロックすることで自然に寝ちゃうみたいな仕組みのやつなんだけど今行ってる病院の患者さんの間で評判が良いとのことで使ってみたんだけど確かにいいっすねっていうかまずまぁ酒飲まないで寝ると基本的に調子いいよねっていうかどんだけ体に悪いことをしてきたんだか・・・って感じなんだけどまあ良くないことだらけですよね。寝つきはいいけど気持ち悪くなったり頭痛くなったり次の日下痢だったりんでもまぁ寝起きダルいからシャキッとさせるためにカフェイン摂ろうとするから胃腸がデフォで死んでるんだよね。そんなのがずーっと続いてたんでまぁいい機会だなと。

 

まぁハマれるものが見つかったって感じだよね。ただ例のヤバいペースで消費するとヤバいから色々と他のこともやりつつそれもやるって感じだよね。んでまぁどうせハマるならとりあえずスパロボ系の原作を・・・って感じじゃなくてもうドープにハマろうと思ったからガンダムとか最初から見直してるんだよね。まぁぶっちゃけ前にも書いたけど通してみたのすんげー昔だから全然印象違うし何よりまぁ俺がハマる類のものって何らかの形で実存とか人生とか生きる意味みたいなのが扱われてるもんでさ、まぁ単純にストーリーが面白いものもいいんだけどやっぱそこだよね。基本実存というか。ガンダムもそうだよね。あとゼオライマーなんかでもゼオライマーに乗るためだけに作られた人間っていうゼオライマーのパーツとしての人間っていうようなさ、んでもそこで自分とは?みたいなことに悩んだりってまぁロボ系では定番ではあるんだけど基本的にこれって人生の模倣というかハイデガー的な被投性ってのが人生に投げられるパイロットなわけじゃん?

 

リアルの人間の場合、それが自分というvehicleだったり人生っつーvehicleだったりするわけで、他人事じゃないんだよね。だからまぁロボアニメって感情移入できるんだと思うんだよね。ロボアニメの主人公も一体なんなんだ?ってことに常に悩んでるっつータイプ多いしあとまぁ実存的って意味だとビッグオーなんかはモチーフ的にロジャースミスが審判のヨーゼフ・Kらしくて何気にドストライクっつーか例のサルトルとかカフカからの流れがもろに帰結してる感じがあるよね。だからしっくり来てるんじゃないかと思うわ。まぁ俺のマイブームっていつもそうだよね。なんでいきなり?感があるんだけど必ず流れがあるという。

 

まぁあと飯なんかもそうだよね。若いうちから老後を気にしながら生きてるなんて生きながらにして死んでるようなもんだっていつも言ってるけど基本的にそれの拡張バージョンで今にフォーカスできてない人間ってのは基本的に死んでるんだなって思ったんだよね。金を使わないっつーのも使えないのとは別でなんでも節約っつーのはそういうことだよね。使いたいのはあるけど本質的に必要ないから使わないみたいなさ、でもまぁ仮にそれがサンクコストだったとしてもその時点でトライしてみようと思ったことをやってみるとかそれがお金かかることならやってみるとかさ、それってまぁ今にフォーカスしてるからやろうと思うことだよね。節約ベースだと基本的になんかアポカリプス後のシェルター生活の際の蓄えをアポカリプス前というかアポカリプスが来るかも分からない中で不安ベースで蓄えちゃうみたいなことだと思うんだけど、例えばね、そこでまぁ飯なんだけど飯なんて意味ないって思ってた俺だから本当に思うんだけど旨い!と感じるあのとりあえず無条件に肯定できる快楽ってあるよね。

 

あれほど今にフォーカスしたもんはないだろうと思うんだよね。ただ色んな刺激には慣れるって意味でゲームとかも慣れちゃうとあんまハマらなくなるっつーのも今の俺がスパロボにハマってるっつーのもある意味ゲームにはまらなくなったからなんだと思うよね。そこまでパワーがいかなくなってる。そんな中でまぁロボアニメという文化を再考してみる素材としてばっちりだなっていうロボアニメっつー文化の入り口として再入門するっていうかさ、そういう感じがあるわけでまぁそういう意味でバンダイチャンネルが図書館みたいなもんだって前に書いたのはそういうことなんだけど、まぁんで飯なんだけどさ、こればかりは本能だからね。旨いものを食うのに慣れてても仮に死ぬほど腹が減ってる場合はやっぱおいしいでしょう。死ぬほど喉が渇いてる時にコーラとか飲むとおいしく感じるのと一緒でね。

 

趣味が飯・ロボアニメとかおっさん化してるのは否めないけど(笑)そういうのって加齢と共に変わりますよね。それは変わるってのはずーっと趣味だったものがだんだん消費されたりやり尽くしちゃったりして変わってくるっていうことだと思うんだよね。昔はゲームだったけど今はやり尽くした感があってまぁそりゃ普通から見れば相当それでもやってるほうだけど毎日やらなくなったとかね、まぁ今はスパロボはやってるけどね。そういう意味で色々と変わっていった結果、なんか結局、昔は街で遊ぶとかクラブで遊ぶみたいなのが趣味だった人間が温泉とか旅行が趣味になったりとかさ、まぁそういう落ち着いてくるっつーのもそういう進化なんだと思うよね。

 

感性が退化してクラブって歳じゃねーやみたいなのもあっていかなくなるとかクソだと思うけど若いころに行き過ぎてもうそんなに燃えなくなったっつー飽和があるっつーのがまぁやり尽くしたうえでの進化だよね。その進化形態として旅行とか温泉がある場合、んでもそれはクラブ遊びと地続きなわけでしょう。そういうのを経てるわけだから。

 

そういう意味で趣味って多元的っていうかその趣味をやる人間の物語に依拠してるところはあるよね。だから趣味がそれですっつったところで分からない部分があるよね。色んなのがあってそれになってるかもしれないわけでっつーか経ている人間の場合そうだよね。逆にまぁなんだろう、いきなり成金になったとか遊びを覚えたみたいなのが良い歳して遊び初級者みたいな遊び方をやり始めるっつーのもそれは遊び初心者だからだよね。色々やってきてないから初歩的なんだよね。だからまぁ最近思うのが若い時の趣味とかが派手であればあるほどどんどん趣味ってのは洗練された地味なものになってくるんじゃないかな?って思ってるんだよね。

 

だからまぁ遊びって大事ですよねっつーか趣味ってすんげー大事だと思うわ。遊びとか楽しさを追求するってのは凄く重要だよね。まぁんで俺の場合、なんつーかストーリーを楽しみつつ考察するみたいなのをそんなにやってきてないなって思ったんだよね。まぁ好きなやつに関しては考察するなんて意識しなくても勝手に色々考えちゃうんだけど今やってる俺の感じだとロボアニメとかを通して考察するっていう感じだよね。その「何なの?」の「何?」って何なの?というような実存的なものってのを別にそれをいかにも!って感じの実存主義的な小説とか哲学で考えなくても色々と投影できるものはあるじゃんね?

 

で、まぁ俺的にロボアニメってのが何を今さら感はあるにしても凄くフレッシュな感じがするんだよね。ストーリー的なものってただ消費するものという認識しかなかったけどまぁ前にも書いたように文芸的というか考察の対象として見るんだよね。んでもそれをオブジェクト化するんじゃなくて自分史の中にある物語の一つとして自分の人生に取り込むっていうかね、それが可能なのと不可能なのがあると思うけどまぁなんかロボアニメはモチーフの差があれど「乗る」ということが被投性を表しやすいから物語のゲシュタルトが主観的に構成しやすいっていうのかな。もちろん乗るっていうところだけにフォーカスする必要はないんだけど、ただやっぱ面白いなーって思えるロボアニメってのはやっぱりこの被投性と役割みたいなのとかね、まぁアムロなんてのはまさにその象徴という感じだけどんでそこでんじゃあ乗るってことは当たり前でんでニュータイプみたいに敏感過ぎるってことが良いことなのか?っていうようなことも含めて色々面白いよね。

 

まぁそんな感じで今日はこの辺で。