ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

Ardbeq10さんへの返信4。

Ardbeq10 2017/02/04 00:38


こんばんは。


2、3日前からチビが大好きなアンパンマンマーチの「愛と勇気だけが友達さー」のフレーズが「愛と狂気だけが友達さー」に聞こえるArdbeq10 です。「愛と狂気だけが友達さー」グッドヴァイブレーションですね!とか言ってたら、文字だけ見ると村西とおるじゃないですか笑 ナイスですねー!


それはさておき、ちょっと思考が前のめりになっている中、論じる筆力が全く追いついていないせいもあって(もうなんていうかレトリックの貧困問題ですよ笑)耳セミが後から後から肉付けしてくれてる感じが申し訳ないんですが、それでも行きます!ただ、今回は色々と放置プレーしていた耳セミのあれやこれやを拾い集めながら少しスローダウンして訥々と語りたいと思いますのでお付き合いの程宜しくお願いします。


さてと、どっから行こうかなー。耳セミのタランティーノ評も的確だったし、何も言うことないわ笑 ただ、ビデオ屋の店員が映画監督になるみたいな撮る側としての経験値を鑑みない映画監督の成り方は確実にタランティーノ以降の流れだろうなと思います。まあ、ビデオ屋時代にコンテクスト読みまくった感じなんかは画面からダダ漏れしてますよね。んで、タランティーノのチャンバラの流れから宮本武蔵ですか。宮本武蔵はやっぱり笹沢佐保ですね。巌流島以降の流れ流れてだんだん抜刀しなくなっていく感じなんか最高ですよ。作中の武蔵の年齢と同じ年齢で読んで行くべきですね、笹沢佐保の武蔵は。笹沢佐保自身、凄い多作で実験的だし面白い。


"そういう意味での野生のアノマリーというかノマド的なゲリラであり続けたいっていうんでしょうかね。武器を持って闘争の時代じゃないけど情報化時代における観念的な闘争という時代ではあると思うんですよね"


もう、耳セミが肉付けしてくれるしバンバン行くよ笑 ここの部分とイスラエルとの絡みで北朝鮮出てきた所からインスパイアされたのが、


「半島を出よ」
希望の国エクソダス
「5分後の世界」


村上龍


なんですね。やっとW村上の双璧まで来られました笑 まあ、上に挙げた中でもとにかく「半島を出よ」ですよ。村上春樹の物語が「過去の出来事を再構築した現代における神話」だとすると、村上龍は「まだ見ぬ未来を力づくで現出させた物語」を書く人なんですね。まあ、詳細は耳セミの方で調べてもらうとして(このサボタージュ感笑)狂気を書かせたらまず日本では村上龍。それぐらいラテン系のあっけらかんとした狂気を書かせたら良いもの書きますよね。と言うか、ラテン系のあっけらかんとした狂気が(もしかするとこっちが正気かもしれないんだけれども)、いかに日本の現状と折り合いが悪いかっていうか、多分最近それしか書いてない。んで、村上龍の作中に出てくる風景ってゆうのは春樹とは対極で、揺るがせに出来ないんですね。その時、その人間が、その特定の場所に居たからこそ成立する物語。中島らもの「今夜全てのバーで」の次に何度も読んでる本ですね。綿密に企てられたテロルが、誰の手によって為されたのか。そこに重ねられたある種のテロルにも大義名分はないんだけど、大義名分がないからこそ迫ってくるものがあって。あーまた読みたくなって来た。


そこから、イスラエルでしたね。では、一冊。


虐殺器官


伊藤計劃


FPS好きであれば外さないと思います、これは。そんで、イスラエルの話に戻るんだけども、何なんだろうね、あの場所は。古代フェニキア時代ぐらいから杉の取り合いしてエジプトに編入されたり、もう祟られてるとしか思えない笑 まあ、それぐらい地勢的にも文化的にも物質的にも交易的にも重要な拠点だったんだろうけどね。イスラエルの話で思い出すのが、バックパッカーしてた時にイスラエル人って結構な数がいて。彼らは兵役義務があるから除隊した時に結構なお金持ってんのね。その金でバックパッカーやる奴が多いんだけどさ。んで、当時20歳だったんだけど、イスラエル人って傍目には欧米人なんだけど、欧米人に煙たがられててイスラエル人コミュニティ作ってんのね。タイのカオサンとかだったら、イスラエル人宿みたいなのがあって。で、彼ら兵役明けだからかわかんないけど一般的な欧米人みたいにとりあえず初対面は笑顔で印象良くしといて、なるべく敵は作らないみたいなスタンスとは対極にある訳ですよ。


なんかブスッとしてるし、暗いし、探るような目つきだし。まあ、ファラフェルは美味いんだけどさ、どっか底なしの暗さみたいなのがあんのね。そんな記憶があったり、和平に向けて尽力してたアラファト議長が亡くなったら全部白紙撤回するみたいな事だったりって、シオニズム運動でイギリスが二枚舌かましてたことももちろんあるけど、イスラエルって国に対してはやっぱり耳セミとほぼ同じような見解でいるのね。だからこそ、村上春樹エルサレム賞取った時のスピーチは秀逸だなあと。パレスチナ側の人を捨て置かない気概と言うか、誰が聞いても「ハルキムラカミは、俺のこと言ってるぜ!」ってなるような、それでいてエルサレム賞側からもお咎め無しっていうギリギリの線で綱渡りしてるよね。まあ、相変わらずセリフ回しがある層には鼻につく感じは否めないけどね。やれやれ笑


あー全然耳セミに追いつけねえw
最後方から捲り差し狙いますよっと


アンパンマンマーチ小学校以来の時ですが今聞いたんですよ。そしたら一番目の歌詞凄いですよね。心の傷とかあったりしても生きていくんだ!っていう全然子供向けじゃない歌詞なんですよね(笑)だからテレビとかでは子供向きじゃないということで一番の歌詞ではなく二番の歌詞になっているらしいんですが、その一番の歌詞のまま「愛と狂気だけが友達さー」だとマジでナイスですね(笑)「お待たせしました。いや、お待たせし過ぎたかもしれません」的バイブレーションが凄い!


村上龍出てきましたね!っていうかまさにダブル村上なんですがコックサッカーブルースは数少ない友人の画家の人にっていうか書いてるのはてなに移したら?って助言してくれたこの場の生みの親でもある人なんですが、その人から「読んでみたら?」っつって本をもらって読んだのが最初で最後で他は全く読んでないのでまずその三冊ですね!いやはや、読む本が大量だ。なんという幸福。あと笹沢佐保なんですけどなるほどな!っていうか武道と言えば文芸だよな!って思ったんですよ。そうか、笹沢佐保が描く武蔵という武道の感じ方があるんだよな!っていうかArdbeq10さんさすがですよね。まさに僕はその「抜刀しなくなっていく感じ」が好きなんです。そうなるとそうだよな、武芸ネタで文学っつーとまた膨大な量があるよなーとかって思ってまた読むのが増えた感じですね。


いや、実際はこの僕の武芸好きってすげー昔からで年齢的に高校ぐらいの時っていうか高校行ってなかったっつーか通信制だったりまともな高校に通ってなかったので「高校生だったころ」と言えない感じで(笑)まぁ年齢的に高校ぐらいの時ですかねって感じになるんですが時代小説とかすげー読んでたんですよといっても文学的なものではなくておっさんが読むようなエンタメの時代小説ですね。柳生十兵衛とか塚原卜伝とかが無双したり修行したり女を抱いたりするっていうような(笑)んでもまぁそれで今の僕のArdbeq10さんの文学の洗礼を受けた流れで文芸的な時代小説を読みまくるってすげーアリだなって思いましたね。もちろん笹沢佐保はまず読んでみます!


伊藤計劃の「虐殺器官」も読みたくなりましたが、そのイスラエル人の話面白いですね。やっぱ煙たがれてるのか(笑)という感じですが、いろんなところにコミュニティ作ってるのはホントイスラエルっぽいですね。中国人が色んなところに勝手に拠点作っちゃって生活圏どんどん作っちゃうのと似てますね。でも富国強兵の思想には共感しますけどね。イケてる感じのかわいい女の子のハンドバッグにサブマシンガンが入ってるとか悪くないですよね(笑)まぁでもその春樹の壁と卵のスピーチは確かに秀逸ですよね。ポリティカルな発言とかはしないスタンスだったりする人間が滅多にしない政治的な発言の中でひんやりするような場でひんやりするようなことを言うっていう、んで比喩がわかりづらいみたいな批判があるらしいですけどやくざの組事務所でやくざの批判をするようなもんなのでそれは抽象的なアナロジーにもなりますよね。そこで春樹の人生を見ても滅多に強いことを言わない感じのスタンスでああいう場でああいうことをああいう比喩で言うというのはさすがですよね。褒めすぎかもしれないし僕がイスラエル嫌いなのもあるし壁も嫌いだし権力嫌いなところもまぁいろんな部分で「すごいな!」って思えるところがあって普段から反体制!とかラディカル!とかっていう人たちよりよっぽどラディカルだよなっていうのが端的に出てますよね。いや、でも村上春樹だからムカつくという人が多いのは分かるけどあんなスピーチをあの場で出来るのは春樹しかいないでしょうとも思うわけですよね。


実存的な葛藤などが抽象的過ぎて我々の生活なんかとはかけ離れた傍観者の位置にいるみたいなまた的外れな批判が多い春樹なんですが、ポリティカルマターなどのリアルなことにも精通しているしっていうかまぁそれは小説を読めばわかることですが傍観者としているみたいなことではないっていうただ言わないだけで思ってることは色々あるんだよねっていうのが本当にわかりますよね。それとそういう言いたいことを作品として出すのとはまた別なわけですよね。そこをまぁ村上龍なんかはモロに作品に反映させるという感じがありますよね。でもそれって作風の問題なんであって抽象的な傍観者だったら小説なんて書けないですよね。「村上龍なんかは」って言っちゃいましたけど(笑)そんなに語れるほど読んでないわけなのでもちろんArdbeq10洗礼を機に読もうと思うわけなんですけどね。


あ、んで飯島洋一の本が届いて今読んでるんですけど凄いっすねっつーか19世紀にも現代から見ればただインフラが整備されただけに見えるようなものの発展によって情報が速くなってそれによって失われるものがあるとかってのをあんなにもまぁ意識的でいたんだな!っていうところに驚きを隠せない感じですねっていうか「光のドラマツゥルギー」なんですけどね。っていうかなんちゅーダイレクトな本おすすめしてくれてんだ!って本当に驚いてますよ(笑)本当に感謝しています。鉄道が整備されて距離が近くなって失われる空間性とか幻想とか鉄道がデフォの現代人には思いもよらないことですよね。まさにまぁ現代で言うとその鉄道ってのがネットなんですよね。でもその失われる感覚というのは全然新しいものじゃないどころか19世紀にもあったんだっていうのに驚きですね。でもそれがただの文明論とかじゃなくて建築っていうパースペクティヴをベースに述べられているのが自分にとって本当に新しい感覚ですね。全く自分が持ってないパースペクティヴです。


というわけで合いの手でした。というか最近ずーっと本読み過ぎていて股に湿疹というかカビみたいなのが生えたんですよね(笑)座学のし過ぎというか、オナニーの頻度も減っているのでちんこ周りの通気性が無いんですよね(笑)そのぐらいの読書体験をもたらしてくださったことに本当に感謝していて股のかゆみも微笑ましい限りです!