ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

春樹を読み続けているわけだが。

村上春樹をずーっと読んでて毎日の濃度は凄いね。まだまとめ買いして一週間ぐらいしか経ってないのに一か月ぐらい経ったような感じがある。まぁんでだいぶあれだわな、頭が小説を読むということに慣れてきたよね。まぁ結局慣れなんだなと思ったんだけどんでまぁ村上春樹なんだけどたぶんハマったんだとは思うけど愛憎があるよねっていうかムカつくところが多いんだよね(笑)もうその飯の話いいからさ(笑)ってなったりっつーかずーっとそればっか読んでるからなんだろうけど村上春樹からこういう余計なところを取り除いたら何が残るんだろう?って思うぐらい無駄だよね。まぁお家芸なんだけどさ、あとまぁ細かいところで言うと恐らくシンボリズムとかちょくちょく出てくる音楽とか文学とか映画の話とかも全体に関係してたりしてなかったりするんだろうけどそういうのを理解するほどの知識もないし分からないですよね。それやられても。ヤナーチェックのシンフォニーがどうのって言われても「いや、知らねーし」ってなるし付き合おうとも思わないしね(笑)


なんかまぁ細かいところを気にしないと何も残らなくてまぁ結局、なんなんだろうなー人生、酒、暇つぶし、飯、抜き、セックスんでまた抜きみたいな(笑)本当にそれだけだよね。でも凄いのが少なからず人生ってそんなもんじゃない?っていうね、そこが共感を呼ぶのかな。あと世界でも売れるっつーのも分かるよね。所詮そんなもんだっていうニヒリズムね。でもニヒリズムでは終わってないんだよね。感情的にはならないけど深い苦しみとか「なんなんだろうなマジで」みたいな感じとかってのがあってそこでまぁ前にも書いたけど「それでも明日をつかみ取るんだ!音楽が流れていればダンスを続けるんだ!」とかって言い出すと佐々木中みたいになって食中毒ならぬ文中毒になりますよね(笑)そうなるとクソ寒いけどそうならないからいいよねっていうか許せる。


でもなんだろうな、映画とか映像とかでのセックスとかとにかくエロいもんは大好きなのに村上春樹の手にかかるととにかく気持ち悪いというか寒気を感じるぐらい「おえー!」って感じになるんだよね。女性を撫でながら気障な言葉を言うってのがどんだけ好きな人がいるっていうか嫌悪感を感じない人がどれだけいるんだ?って感じだけど特に俺はそういうの苦手だしスノッブなのが本当にダメなんだよね。結果的にジャズ聴きながらコーヒー飲んでるかもしれないけど村上春樹的な自意識の中でやってるとアングラ気取りのイタイやつみたいな感じになるじゃん?(笑)


やっぱジャズならアナログっしょーとかフルポンのコントみたいになるけどはっきり言って春樹の気取り方って完全にネタだよね。見た目も落語家っぽいから「いよっ!師匠のお家芸!」って感じだよね。いよっ!飯っ!女っ!酒っ!射精っ!音楽っ!みたいなね、全部後に小さい「つ」を入れられるのが偶然だと思えないぐらいのレゾンデトールなんだけども(笑)でもまぁこれだけ見て春樹風って言うのは早計なんだけどねっつーのは色々書いてるじゃん?いつもの感じが出る場合もあるし一気に幻想的だったり酒とかいつものダルい実存が出てこないのもあるしあとエッセイなんかは面白いよねっていうか基本的にやっぱ文章力半端じゃないよね。あと人間性も良い意味で朴訥で素直だよね。本当に一昔前のアメリカ的なものとかが好きなおっさんだよね。


で、本人もそれ分かってるんだよね。でも売れてるから「なんで村上春樹芥川賞を取れないのか?」みたいなどうでもいい本が出たりしてっていうか俺ってただの文化好きのおっさんなんだけどなって思ってるのにまぁ売れるのはいいとしてなんでそんな騒ぐわけ?ってのがあるんだよね。別に酒飲みながらジャズ聴くとかってのがクールなんだとも言ってないしライフスタイルの提案とかしてるわけでもないしだるい実存を生きていく処方箋を書いているわけでもないのにカリスマ化しちゃって小説の中のスタイルをそのまま生活で模倣するハルキストなる迷惑な存在がいっぱいいて(笑)本人が一番「あちゃー」って思ってるだろうね。今時「天皇の御心に!」とか言いながら右翼活動してる右翼に対して陛下自身が「痛いやつらだなー」って思ってるみたいなね、崇められてるのと崇められるものの間にあるものって予想以上にデカいよね。


あとまぁ西部邁みたいな時代遅れの古いタイプの連中が勝手に小説とかに思想とか作家の実存みたいなロマンを求めるっていうかそれで村上はけしからん!みたいな的外れの批判してるとかそういう意味で春樹って無敵だよね。痛いファンからも関係ないし論壇とか文壇とも関係ないし実際に理解してる人なんて全然いないってのは本人が一番わかってるだろうしだから何とも関係ないんだよね。でもそこでリアルとの乖離があるか?っていうとデタッチメントはあるにしてもそれはオントロジー的なリアリズムなんであってあのどうしようもない感じって経験した人にしか分からないものがあるよね。でもそんなのさ、わかってるから小説の中で反復すんなよなぐらいのリアリティがあるよね。そこでまぁどうせこっちは映画とか漫画ならともかく文字を読むっつーすげー労力を費やしてるんだからなんかちょうだいよっていうようなものに対して何も与えないんだよね。まぁ与えるようなタイプの作家じゃないしそういう意味でフリースタイルだからね。アプリオリに本に何かを求めちゃうって完全にイデオロギーだからね。何もないということもありえるわけで。かといっても内容が無いってことじゃないんだよね。ただひたすら空虚なんだよね。でも人生ってそんなもんでしょうっていう。


そんな中でモチーフとして恋愛とかテーマみたいなのもあるけどメインじゃなくて他の音楽とか飯の話とかがただのアクセサリーのようにメインテーマみたいなのもただのアクセサリーだよね。でも取って付けたようなのじゃなくて多分本人が何らかの形で人生の中で経験したことのフィードバックなんだろうなっていうものを感じるよね。かといってもリアルという意味ではないしいかにも創作っぽくはあるんだけどでもモチーフの根底の部分って「あーあれか・・・あの感じね」みたいな思い当たる節があるっていうかさ、そこがやっぱ世界で読まれる秘密なんだと思うんだよね。生きててそれなりに頭が良かったら気が付いちゃったり嫌でも経験しちゃうような、かといっても言葉で簡単に表せないようなものっていうのがその雰囲気のまま小説の中にあるんだよね。だから小説なのにこっちの生活圏にまで侵略されるような嫌な感じがある。まぁ凄いことだけどね。これって。


でもそこで春樹凄い!ってならなくて、いや、いやなおっさんだなっていう印象しかないっていうね(笑)でもそこがいいんだよね。根底はヒューマニストだと思うけどヒューマニスティックな面を良い意味で出さないじゃん?あとうすら寒い「ダンスを踊り続けるんだ!」みたいなのを同じセリフでも薄っぺらいゼロ世代文学みたいな言い方はしないんだよね。そういう意味でデュオニュソス的なんだけどでも表面上は凄くニヒリスティックだよね。で、デュオニュソステイストを出し過ぎるとめちゃめちゃ寒くなるじゃん?小説自体が黒歴史みたいになりかねなくなるよね。そういうのを一切やらないってのがまた徹底してるよね。


女を抱きながらピロートークでどうでもいい話をしてるとか凄く嫌だけどもっと嫌なのって「自分だけの明日を掴め!」みたいなことを平然と言いのけるようなものじゃん?そういう意味でムカつくけど本を焼こうと思うタイプのムカつきじゃないんだよね。「相変わらずクサいな。バブルの匂いがするわー」っていうような村上師匠の体臭みたいなおっさん臭さでウザさではないんだよね。まぁある意味ウザいけど押し付けないじゃん?「自分だけの明日を掴め!」とか「それでも希望を失うな!」みたいなのってもう最悪ですよね。そんな世界もう終わってるしみんなそんなのもう求めてないですからっていうことですよね。逆にこんなナイーヴなもんに共感するなんてまぁ相当世間知らずっつーか青い文学青年なんだろうなっつーかあとまぁずーっとそういうマインドのまま歳取ってるんだろうな的なね、まぁそういう人達がいるのはしょうがないけどね。


なんだろうな、でもそこで春樹の独特の実存とか空気感って実存主義というほど良いもんじゃないっつーか実存主義系のってかっこよかったりするじゃない?まぁそれ自体がスタイルみたいになるみたいなさ、実家ブルジョワでも精神は悩める哲学青年みたいなモードを提供するけど春樹のってそういうの無いよね。逆にあるとするとハルキストみたいな春樹の鼻につくところを「なんで?」と言いたくなるぐらい生活の中でトレスするっていうさ、まぁ表面的なものだよね。でもあれってなんか本当にもう生きる理由もないし生きてるのも惰性みたいなもんなんだけどそこでまぁとりあえずアスパラガス買ってたから缶切りで開けてつまみながら酒でも飲むかっていう(笑)そういうアスパラガスだよね。間違ってもアスパラガスを肴に酒を飲む!みたいなのがスタイルにはならないっていうね、なんかまぁ人生の残余というか絞りたくもないのに絞った末に出てくる残り糟みたいなもんだよね。そういう残り糟で酒飲んだりセックスしたりするんだっていうような、でもそれ自体がそこまで楽しいわけでもないし終わったら終わったで賢者モードになるし酒も抜けるしどうしようか?って思ったらもう寝る時間だから寝るかみたいなね、そんなもんだよね。


もちろん春樹ってそれだけじゃないよ。実際は深淵なものとかが根底にあったりするけどそこはもう理解するのが本当に大変なぐらい難解であとまぁすげー前提の知識を必要とするからパッと読んだだけじゃ分からないよね。でもその深遠なものを解読するために深い読解をするべきか?っていうと別にやるほどの価値は無いんだよねっつってもそれは春樹作品の価値がないんじゃなくてその深遠なものってのも例えば古典とかにロマンを見出せるような「これだ!」とか「こんなシンプルなことなんだね!」みたいなさ、そういうもんじゃないじゃん?でも別にそれって価値がどうのって話でもないんだよね。ただまぁそれですよねっていうそれだけの感じというかなんというか。


なんだろうな、だからなんなのよ?っていうかむしろ色々とかき乱されて放置されちゃったよ的なハネケみたいなテイストだよね。でもハネケみたいに最初からかき乱してやろうみたいなものはなくて自然に色々と物語書いてると結局落としどころがそこになるみたいな感じで方法論的じゃないよね。そこでやっぱさ、落としどころとかを求めちゃうってのがあるけどそれって甘えだよね。学問とか文学に処方箋があるみたいな甘ったるい考え方すんなって話だし処方箋とか「これ!」っていうようなのが与えられないからっつって不満言うのはそんだけ文学とか学問に甘えてるってことだよね。そんぐらい春樹の世界は相対化されてるよね。だから古いタイプの人間には特にそれが分からないんだと思うよね。


だからまぁそこで読み手の普段の世界の見方に依るよね。本当に。そこでまぁさっき挙げた西部邁みたいなダメなタイプのロマン主義者っていうかさ、そういうのがあるよねってまだ信じられていたりあるとされる世代だからあるという自明性に疑問を抱かないみたいな人たちにはむしろその「ある」ことの無さばかりが目立ってイライラするんだよね。でもまぁ現代のリアルだと「本当にそうだよねー」っていうか「それそれそれなんだよ!」みたいに熱狂できるようなもんじゃなくて「それそれそれだよね」みたいな共感だよね。だからまぁ恐らく先進国でポストモダンが行き果てた国々で一定の読者がいるってのはそういうことだよね。発展途上だったらまだ「何か」とかとりあえず頑張れば収入増えるみたいな分かりやすもんがあるから春樹的なものにリアリズムを感じられないんだよね。まぁただやっぱそこで春樹って一番早かったのでは?ってまぁあんま文学の知識がない俺が言うのもなんだけど先駆け的な存在なんだろうなって思うよね。ポストモダンが行きついた最果てに生きる人たちの自意識だよね。それだけが残っているっていうような、でも死ぬということは無いから何もない中でその自意識を持ちながら生きるしかないっていうかといってもそれが苦悩みたいなドラマティックなものじゃなくてオントロジカルなんだよね。ただもう忽然とリアルがそこにあるということの絶望感だよね。


そういう中にあるからこそアスパラガスで酒を飲むとかもうホント、デフォじゃ死ぬけどジャズはいいよねーっていうような意味でのジャズとかクラシックとかってのがあるわけだよね。ハルキストの薄っぺらさが春樹ファンからも反感を買うのはそういう大事なところを読まずに表層的なもんで終わってるっていうようなところだよね。もしくはまぁそんなに表層的じゃないかもしれないけどただまぁファンを自称して小説の中のスタイルまで真似ちゃうみたいなミーハーって春樹的なものとは一番程遠いところにあるはずなんだよね。でもなんでそこでミーハーさと春樹ってのが結びつくのか?っていうのがまぁ実際の深淵な部分を理解しないっていう表層的なところに留まる読解なんだと思うよね。だからまぁファッションになるわけでしょう。で、それがまた「みんな読んでるから」ってのと「読んでるとかっこいい」みたいな、あとまぁ文学青年と見られるとかさ、ステータスみたいなね、そういうダメな諸属性に繋がるわけでしょう。


まぁただそれも読解の一つだからいいんだけどね。そんな風に読まれてしまうような原因を作ってるのは春樹自身だし(笑)っつっても別に作家が分かりやすい形で提示するなんて必要は無いわけでさ、だから作家の責任でもなんでもないよね。でも別に隠してないよね。深淵っぽさを出すために記号的にしたり抽象化し過ぎたりってことはしてないよね。分かる人にはわかるっていう風になってるよね。すんげーそういう意味で選民的というかポップなもんじゃないよね。少なくとも何百万部売れるようなもんじゃないよね。んであと理解したところで「俺は本当に春樹を理解している」なんて言えるようなもんじゃないし(笑)かっこつかないもんだよね。逆に文芸だったらもっとマイナーな作家について色々語ったほうがかっこよかったりするから逆に文芸好きとかは「村上春樹?笑わせるな!」みたいなポーズを取ったほうが良かったりもするしそういう反発の仕方をしてる人たちも多いんだよね。そういう意味でイコンだよね。春樹って。でもまぁ読んだら笑わせるなっつーかマジで笑えないって色んな意味で笑えないんですよね。思わず「プッ」となるような臭いところでもそれだけで独立した臭さなんじゃなくて「はぁー」って溜息しかでないような人生っつーコンテキストがあるから「クサいなー」って思いつつも「なんじゃこりゃ!」とはならないんだよね。そこで恋愛とか肯定してたら最悪だけど恋愛にせよセックスにせよすんげー淡泊っつー一貫性があるしね。それがあるからあの臭さも余計に立つんだよね。


まぁでも多分あれだよね、また自分の人生経験とかによっても感じ方変わってくるだろうし今はすんげーハイペースで読んでるからそんな深いところまで読めてないと思うけど別に深く読み返そうとも思わないしねみたいな感じだよね。そういう意味でなんかすげー複雑な愛憎感があるよね。独特のアンビバレンツだよね。まぁでも読み手の人間性みたいなのが読解に出ちゃうってのはまぁ別に文学に限らず学問とかでもそうだと思うけどね。そういう意味で科学は違うけど思想とかになるとやっぱり読み手の人間性とか経験とか考えていることの深みってのが関係してくるよね。だからまぁなんだろう、春樹を読んだ結果、パンケーキにコーラかけて飲んじゃうみたいな読者っておめでたい読者なんだよね。いやーさぞかし人生楽しんでることでしょうね!っていう感じでね(笑)まぁそれもいいんだけどね。ある種の一面だし。


まぁそんな感じでずーっと読んでるから2/3ぐらいは読んだかもね。まぁそのうちすぐ読み終えちゃうと思うけどまぁなんかもうちょっと文学とかってのを掘り下げたいっつーか小説読めるようになったから色々読んでみようかなって気にはなってるよね。ただだまぁ他読んでなくて言うのもなんだけど春樹が本当に特異なもんなんだってのは分かるよね。特別って意味ではなくて特異なんだよね。


まぁそんな感じでんじゃまた。