ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

絶望がドライヴする感じ。

FF14にハマり倒してるっつーか最近ずーっと日内変動が強烈で起床後はゲームやるぐらいしかできないんだよね。


まぁそんな感じで哲学の話なんですけどね、いや、だいぶ和辻哲郎にハマったっつーかすげー人だなって改めて思って今度鎌倉巡りがてらお墓参り行ってこようかなって思うぐらいリスペクトしてるんだけどまぁその和辻哲郎に影響を受けて色々と考えたことってのがまぁ別にこれは和辻哲郎っつーよりかはフッサールなんだけどさ、ようはまぁノエシス的契機ってことなんだよね。いや、まぁその実存的な苦しみということにしてもそうなんだけど元々は別にデフォルトの状態である意味ニュートラルでそれ自体に考える作用なんてないものに関して考えてしまってそれが苦しみとか意味の不在っていうようなノエマという名の絶望を生み出すんだろうなって思いつつもでもまぁこれってある意味哲学やってりゃデフォの状態でもあるわけだしまぁそれ考えちゃうから別に哲学やろうと思わなくても結局やっちゃうんだよね。


和辻哲郎倫理学はまだ読んでる最中だけどようは倫理もノエシス的契機を介在させるっていうところの生成みたいなね、もちろんそれはあって然るべきなんだけど思慮に欠ける人たちも多いわけでそれをデフォにしちゃうと倫理って無くなるよね。かといってもカント的な定言的な倫理というわけでもなくてあくまでそれはプラトンがいうところのgoodですよね。善を成すべきというところでそれはルールというよりかは人道的な生き方とか精神性ということになるよね。まぁでもそんなの持ってても現代社会じゃ通用しないかナイーヴで終わってしまうんだけど幸い俺は柵が無いフリーな状態でいられるから浮世離れしていてもこのgoodnessっていうのを追求していきたいよね。でもそれは精神的に高貴であるということで別に良い人であるということではないからね。


まぁ善さというのは追及したいわけよね。んでそれってのは精神的な修養とかもあるっつっちゃーあるんだけど何をもって善とするか?っていうところの規定とか相対主義を超えた普遍的な倫理性の追求だよね。こう書くとまぁなんかヒューマニズムに聞こえるかもしれないんだけどそこは全然違うんだよね。俺が想定してるのはむしろ倫理は極めることですげー非人道的なものにもなりうるっていうところなんだよね。まぁそれも何を人道的か?とするっていうところなんだけどまぁやっぱ哲学の強烈さっつーか威力って一般常識超えちゃうところにあるんだよね。逸脱したところに真の威力があるわけで人道主義者がドヤ顔で言う倫理みたいなものに本質はないよね。


あと人間的な感情を介在させちゃいけないんだよね。でも心はそうしたがるとか優しくしてあげたいとかっていうそういうところじゃないんだよね。ある意味すんげードライな論理の世界っていうかさ、んでもそれはファジーな人間的感情っていうのが介在しないからこそ強いものになりうるよね。逆に感情的なものに依拠してるようなものは大体まぁ相対主義になるし感情自体がそもそも相対的だから絶対性というのは生まれないしどうしても恣意性が介在することになっちゃうよね。


そういう意味で存在も実存も概念じゃないよね。awarenessを配るからこそ存在がそれ自体として浮き上がってくるわけで非現実的なものでもないわけよね。まぁようはデカルト的な感じでもあるんだけどでも別にそれは自分が思うから存在があるということではなくて存在自体の規定だよね。空虚さが湧いてくるというのがまさにそれが存在であるということを規定してるわけであ、まぁこの辺はキルケゴールだけどね、倫理もようはオントロジーと同じなんだよねっつーのを和辻哲郎が述べるキルケゴールだの倫理学だのを読んで本当にそうだなって思ったわけでだからまぁそこで今の俺が感じる慢性的な空虚さと鬱ってまぁ認識がおかしくなってるわけじゃないんだよね。


いや、昔散々読んだけど改めて認識療法のやつとかaudibleで聴けそうなやつを大量に色々と聴いてるんだけどやっぱまぁいわゆる病とされる認識ってのはやっぱり歪んでるよね。まぁそれは修正可能だし歪んでいるというところに救いがあるよね。でも存在の救いのなさってのは俺の慢性空虚みたいに認識がクリアでなおかつ変にポジティヴだったり能天気じゃないからこそ来る冷徹なまでの目線だよね。だからそれは自分がダメだとかそういうことではない存在自体が存在であるというところから来る必然的な空虚さなんだよね。だから別にダメになってるわけじゃないんだよね。


あ、んで前に言及したGhaemiだけどすんげー幻滅しちゃってさ、相対主義ポストモダニズムだと思ってたり鬱をこういう本質的な部分で理解せずに未熟なteenage spiritから来るものだみたいな言い方をしてたりっていうかまぁその空虚さっていう意味でね、ニーチェとかも引き合いに出してる割にすんげー理解が浅くて所詮やっぱどんだけ勉強しても鬱自体の当事者じゃないと全然この辺はダメなんだなって思ったね。まぁんですぐ読んでまぁ箪笥の肥やしになったわけだけどまぁそれはともかくGhaemiがいうような10代スピリットの空虚さってのはまぁようは哲学青年が陥るような青春の病みたいなものだっていうことなんだけどそれだったらまだいいんですよね。むしろ本当の鬱というかガチの空虚さってのは30代とか40代で来るわけよね。ようは色々とやりたいこととかがあってスケジュールとかいっぱいにしてたみたいな時期が終わってある程度時間ができたり精神的にニュートラルになるからこそそれ自体が存在と向き合うということになって空虚さが発生してくるんだよね。ようは遊びだの仕事だので忙しいっつー状況が一旦緩和してなおかついろんなもん買ったり食べたりやったりってこともそこそこ経験したっていうところから来る落ち着きだよね。


で、時間ができるとようは自分と向き合う時間が多くなるってことだよね。俺はデフォがこれだけども色々やってたり忙しい人でもさすがに40代ぐらいになると来るわけよね。んでまぁそれを更年期障害だの男性ホルモンが少なくなるからだのっていう生理学的な説明なんていくらでもつくんだけどじゃあギラついてればいいのか?っていうとそういうことでもないよね。まぁ別にずーっとイケイケな人は別にそれでいいんだけどさ、んでもなんつーか空虚さの深遠な根源的なところにはそもそも存在自体ということから切れないような関係性ってのがあって色々なことに必死だったり大変だった時期とかは忙しいということで自分と向き合う時間が無くて誤魔化されてたり気が付かなかったりするわけなんだけどそういうのを通り過ぎると別に哲学とかやってなくてもそれは訪れるってことだよね。


そこでネットとか調べるとしょーもないマインドフルネスだの人生に目標を持とう!とか付け焼刃な全然本質が捉えられてないしょーもない処方箋みたいなのばっかが出てくるけどそんなもんでなんとかなるならそれは元々ただの勘違いだよね。そういうのでもなんとかならないのが存在なわけだよね。別にそれはネガティヴでもポジティヴでもないニュートラルな存在ということだよね。


だからまぁなんつーか逆説的にその実存から来る空虚さとか絶望をドライヴにしていけるんじゃないか?っていうかそれしかないなって感じになっててさ、まぁでもそれは絶望とか空虚さを誤魔化すということではなくて嫌になるぐらいそれに向き合うんだよね。んでまぁ結局、それは凄まじいもんだからなんとか生きていくために生きていけそうなことをやりつつ常に探していくしかないんだよね。だからボーッとしてられないよね。ボーッとしてると絶望に飲まれるからね。まぁボーッとすることなんてないんだけどさ、まぁなんか頓智というか絶望的過ぎるからドライヴできる何かを探さねば!ではなくて実は絶望的過ぎるからこそドライヴを探さねば!と絶望からそれが発生してるってこと自体がすでにドライヴとも言えなくもないんだよね。


なんかでもまぁ全然思ってたのと違うよなーっつーかもっとなんか落ち着いてくるもんかと思ったら凄まじく闇は深くなるばかりだよね。でもまぁそれは散々書いたように色々とクリアになって認識もクリアだからこそリアリティをよりそのまま受けているっつーか知覚しているっていう感じだよね。最初に書いたノエシスノエマで言うとノエシス的契機を介在させなくてもそもそも自分という主観がある限りそれは不可避的に発生しちゃうかあとはまぁそういう精神の性質ってことになるよね。ようはスルーできない。その結果、考えられたというよりかは知覚されたものの結果として空虚さとか絶望っていうのはまぁ言い過ぎだけどまぁマイルドな永遠と続く鬱感覚だよね。


もちろん最初に書いたように俺自体が元々持ってる鬱性質ってのもあるしそれも関係してるんだけどでも最近感じるのは別に割と調子が良い日でも別にそのデフォの鬱感覚は変わらないっていうことだよね。かといっても意欲低下とかそういうことじゃないしまぁ意欲低下してたらFF14とかできないじゃないですか?(笑)まぁああいう永遠と作業をやるような感じのゲームだと本当にオーディオブックがはかどるんだよね。膨大な時間をゲームに費やしてしまった!っていうのが結果的に膨大な時間オーディオブックを2.5倍速で聴いてたってことになるわけでまぁさっきも書いたけど一種の方法論だよね。寝起きが調子悪いから弓もやろうと思えない日が多いし本なんか夜中ぐらいにならないと読む気にならないしね。まぁでもゲームなら手軽なんだけどまぁぶっちゃけ時間の無駄ですよねっていうかまぁゲーム自体が時間の無駄ってわけじゃないんだけど永遠とレベル上げとか闇が深いからこそそういうところに逃げてるみたいな感じでもあるよね。んでもまぁそこでオーディオブックがあるとまぁ良い感じでリアル感覚を維持したままゲームやれるっつーかまぁ素でやれるほどそこまでハマってるわけじゃないからね。ゲームオンリーだとすぐ飽きるしでもオーディオブック単体で聴いてられるほど辛抱強くもないからまぁそこで両方合わせるといい感じでずーっとやってられるようになるのね(笑)


まぁでもずーっと2.5倍速で聴いたままなんかずーっとやってるわけだから頭への負担は半端じゃないと思うよね。だからまぁ次の日疲労感があるのかもね(笑)ただまぁなんかやってないと本当にダメなんだよね。それがまぁまさに絶望がドライヴするっていうことなんだけどね。だから無気力になるような余地を与えないんだよね。もっと楽に生きるみたいなことが良い意味で出来ないということだよね。それによって深まるものはあるわけじゃん。まぁ体感的な幸福度はゼロに近いけどね(笑)


まぁそんな感じでまだ色々あるからまた今度書くわ。まぁ絶望が続く限り書くネタには困らないからまぁそれはそれでいいかなと(笑)昔からそうだけどウォール伝って調子が良いときは逆に特に書くことなくて色々と辛くなると書くことは増えるんだよね。諸刃の剣みたいな感じだけども。


まぁそんな感じでんじゃまた。