ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

Satouさんへの私信。

Satouさんから久々にコメントをいただいて、でもそのコメントは反映しないでほしいとのご意向があったのでコメントを反映しないで返信だけ貼るのでなんのこっちゃ分からないかもしれないけど凄く重要なトピックなんで自分の返信だけ貼ることにしました。

 

現状の認識は僕も同じですね。でもあえて言うならばネット云々の衆愚化はネットがインフラ化した結果、バカでも誰でもやるようになったんで便所の落書きレベルではなく醜悪な思念の垂れ流しの場になったっていう、インフラが行き届いたが故の結果だと思うんですね。なので認識的に僕は「発生した」とは考えていないんですよね。潜在的にそういうやつはいっぱいいるし、例えば僕は昔はネットは武器になる!とかって思ってたわけなんですが、現実を見るとバカばっかだし馬鹿というレベルを超えたとんでもないやつらとかもいっぱいいるしそういうのがよりネットの普及によって可視化されることで絶望が諦めに変わったみたいな感じになったと思うんですね。

 

差別も結局は建前上いけないことだとされていてもそういう差別に生きがいを見出したり自分より劣っているみたいな見方をすることで優越感に浸るみたいなクズ以下みたいな連中が大勢いるというのは日本だけのことではないしアメリカとかヨーロッパとかでも同じだと思うんですよね。で、そういったヘイトの声がどんどん大きくなるというのはそういうクズ以下みたいな連中がヘイトを垂れ流しにできる場がネットにあったりして、活動しやすくなった結果、他にも潜在的にヘイトを持っていた連中も後に続けでやりだすというような悪循環になってると思うんですね。

 

でもそれって僕は悲観してないんですよね。もちろん現状が良いというわけじゃないんだけど、そもそも人間ってそんなものというか、割合で言えばクズ8割ぐらいだと思ってるんですよね。だからトランプも当選するし民主主義なんてのがもはや幻想であるというのも自明なことになってると思うんですね。ようはそういったクズみたいな連中の存在が露わになる前はまだ理念のレベルで民主主義だのリベラルだのって言えたんですけど、現状こんな感じなんでもう無理だねっていうかそれは無理になっちゃったというよりかは存在が露わになることで最初から無理だったんだねっていうことが明らかになったという感じじゃないでしょうかね。

 

なんか達観してるような言い方になってしまってすみません。でももはや達観するしかないと思うんです。クソな部分にフォーカスしても変わらないし彼らを啓蒙するとかってのは無理ですよね。僕が最近、真な意味でのナショナリズムとかって言ってるのもSatouさんと共有できている怒りや危機感というのはあるんですね。僕は世捨て人になるつもりはなくてそういうクソなものに全力で抗っていくし、クソがデフォルトになっても自分なりの文化的な生活や考え方やヒューマニズムを突き通しますよね。反対するということも抵抗ではあるけど自分自身がヒューマニティというと安っぽいんですけど、当然あるべきモラルや真っ当な考えを持ってそれを変えないで生きていくし大多数が仮にクソだとしてもそれを変えないということそのものが抵抗になるっていう考え方ですよね。

 

右翼用語になりますけど別に右翼的な意味ではなくそうやって真っ当に生きるということがそのまま国体に繋がるというか、国士的な生き方に繋がるんじゃないかな?って思ってるんですよね。ようはSatouさんがおっしゃるような差別する輩やらどうしようもないネトウヨやらレベルの低い左翼やらなにやら基本的に国賊ですよね。日本という国を汚してますよね。そういう意味でネトウヨ的なものとか差別的なものも含めて最高のカウンターになるのは真の右翼になるということだと思うんですよね。もちろんバカはナショナリズムだの愛国だのっていうと勘違いしてネトウヨ認定したりネトウヨ自体が「同士よ!」とかって思ったりするっていうリスクはあるんですけどまぁどうでもいいと思うんです。

 

僕はずーっとそういった現状に怒りを感じているしリアルにしてもクソみたいなやつに会うとイライラするし怒りは爆発するわけなんですよね。でもそれを我慢する必要はないんですよね。怒りの行き場はないけどそこで怒らなくなったら終わりだと思うんですよね。僕が真の愛国というのを追求する源泉の一つがそういった怒りでもあるんですよ。逆に何もかもに失望したら政治云々とか右翼云々とか言わないですよ。どんどんそこを真に追求したいと思うのがやっぱり憂国ということとシリアスな危機感と怒りですよね。別にそう思ったら真の右翼になるべし!っていうことではないんですが、本当の愛国というのを追求するというのは僕なりのアウトプットというか、怒りのやり場という感じでもありますね。だから考え続けるし言い続けるわけなんですよね。

 

馬鹿ばっかの世界では孤立するだろうし、でもそこで怒りのエネルギーを蓄えつつフラストレーションを感じながら既成のクソみたいなものにずーっと立ち向かっていくというのは凄くパワーがいることだと思うんですが諦めたら終わりなんですよね。実際は何もできないかもしれないけど、「善く生きる」ということでそういったクソみたいな流れに少しでも抗えるならそれをやるべきだし続けるべきだと思うんですよね。馬鹿が多いってのは言わば数の暴力みたいなもんですよ。そこはさっきも書いたようにどこの国でも同じですよ。

 

そこでまたそういうことを言うと上目目線だの他人をバカ扱いして面白いの?だのそんなことを言うと嫌われるよ?だのまたどうしようもないレスポンスとかもあったりするんですが、馬鹿ばっかりだと言いたくなる事実ってまさにSatouさんがおっしゃっているようなことなんかも含めてあるわけですよね。そこで本当のことを言うということに躊躇する必要はないんですよね。だから言い続けるしかないと思うんですよ。あと考えるということをやめないということですよね。で、どんどんそういう輩が目立つようになっても諦めないということですよね。           

 

ネトウヨとか似非右翼ってどうしようもなさ過ぎるんでそもそも眼中にないんですけど、でも真の右翼であるということを体現できればそれって一番のカウンターにもなりえますよね。いかにそいつらが偽モノであるのか?っていうのが露わになりますからね。あとやはり僕が最近になって任侠だとか暴力だとかって言うのもそれは真に右翼的であるということの体現の一つでもあると思っているんですね。それはもう基本的に攻撃的で温厚ではないということなんですよ。例えばそのSatouさんや僕が感じているような怒りを抑えずに露わにするし我慢しないわけですよ。凄くそういう意味で闘争的であるし諦めとは程遠いところにある思想ですよね。

 

・・・とまぁこの辺で今回は失礼します。またコメントあったら是非お願いします。反映せずにまた返信だけここに貼るのでどんどんよろしくお願いします。