ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

意外にギターにハマっていますね。

いやーギターにフォーカスする生活いいわ。なんか活力が生まれてきたんだよね。最近ヤバかった虚無感とか鬱がだいぶ良くなってる気がする。まぁギターにフォーカスってほど練習してないけどまぁギター関係のリサーチとか音楽理論とかギターを中心に聴く音楽鑑賞とかまぁそれやってるだけであっという間に時間が過ぎていきますよね。

 

あとあれなんだよね、大里俊晴のガセネタの荒野を読んだんだけどガセネタ聴くようになって浜野純のギターヤバいなって思ってすげー気になってた人なんだけど実際に色々とヤバい人でまぁそれもそうなんだけど本自体がなんつーのかな、小説っつーか自伝みたいな感じでもあるんだろうけど文学なんて分からないけどまぁ分からないなりに言うと一応読んでみようと思って読んでみる小説は9割以上つまらないか途中で飽きちゃうような代物なんだけどこれは凄かったねっつーか小説といえるか分からないけど好きな小説は何ですか?って言われたらこれ!って言えるようなのがガセネタの荒野だね。そんぐらい凄い本だわ。こんなに引き込まれたのは久しぶりだよ。マジで。ただ今みたいに波長が合ってるときに読まないとダメかもね。

 

あとまぁ他にもいろいろ本買ったんだけどまぁ主にこの時代のロックっつーかアングラシーンについての本なんだけどこの年代の空気感なんだよね。やっぱ。ってもまだ生まれてないぐらいだしノスタルジーなんてないわけで断片的な文献なり映像なり音源を聴いて想像するしかないんだけど本当にヤバいやつとかダメなやつっつーか音楽的に凄いけどめちゃめちゃダメなやつみたいなのが普通に音楽やってたっつーか今みたいなツルンとしたカルチャーからは信じられないぐらいどす黒いっつーかドロドロした感じがあってまぁ実際自分がノイズとかにハマった90年代なんかはそういう空気感が残ってたっつーと知ったような口になっちゃうけどまぁ自分が魅力を感じてたのはそれだよね。んでまぁそっからノイズから遠ざかって今改めて訪れた感じなのかな。んでも当時の電子音楽一辺倒っつーか音としてのノイズが好きっつーよりノイズとかアングラ的な人たちの雰囲気とか匂いだよね。

 

こればかりはさすがにそこそこ歳を取らないと分からないテイストっつーような生き方とかまぁまさに文学だと思うんだけどね。音だけで考えるとやり尽くされてて何も残ってない感じがするけど別に生き方としてダメなやつが永遠と望みの音を追求するみたいなのはあっていいと思うし人間臭くてすげーヒューマニズムを感じるっつーかまぁサルトルが言ってたようなヒューマニズムだよね。実存的な葛藤とか日常に埋没しちゃう地獄からの脱却とかね、音楽どうのっつーよりかはそういうのと絡み合って音が出てくるっていう感じだよね。

 

なんかやっぱ別に日本のアングラに限らずジャズとかロックにしても60年代とか70年代ってそういうすげー人間臭いところを感じるんだよね。実際にそういう音が出た経緯とか物語には事欠かないし色々と模索段階だったような時期だったからこそ悩みながら出せた音とか色々あるんだよね。なんかそういう模索段階とか色々とシーンが発展していくとかみたいなことも含めてロマンだよね。もう今後絶対ないだろうなっつーある種の音楽の黄金期っつーかね、まぁでもそれって90年代とかだとクラブ音楽なり電子音楽とかにもあったわけだしまぁそれが後にエレクトロニカとか音響に繋がっていくようなものでもあったと思うんだけどそこでやっぱテクノロジーの発達とかも含めてある意味身体性が急激に失われていったっつーか昔だったらそれこそガセネタの荒野にもあるような、何かをやろうとしたらバンドしかないみたいなところで一人でやりたくでも組むしかなくてそこでの人間との出会いとか人間関係も含めてすげーファジーなところで音が出てたっていうようなものだよねっつってもまぁ俺は人間関係自体が煩わしいから絶対いやなんだけどそこでまぁ打ち込みなりなんでもPCでやるっつー環境だとそういうのが無くなるもんね。


まぁ別に今でもバンドはあるしあるところにはあるんだけど昔は全てとは言わないけど普通誰かと音を出すのがデフォだったっていうようなさ、それが良いか悪いかは別としてもそういうところで形成されるものってあるよね。んでまぁ俺は昔に今ほど情報がいきわたっていない時代に断片的な情報から海の向こうで流行っているのはこういう音楽に違いないとかさ、田舎の人が原宿を頭で想像しながらファッションを決めるみたいな観念的な世界だよね。

 

その観念の対象を今の俺の場合、60年代的であったり70年代的な空気感っつーのを想像して作り出すみたいなねっつってもまぁ当時その真っただ中にいるより情報が得られる現代においては情報は断片的どころか包括的だったりするんだけどでもまぁこんな音だったんだろうか?みたいなさ、ましてやそれが録音された音なんじゃなくて実際の出音でこういう感じかな?っつーか後はまぁこれだ!って思うような音を出すみたいなね、ただそれってテクニカルに考えればリグとかをアンプをそのまま当時使ってたものを再現してやれば音は出るよねっていうようなものではない音だよね。こういう人間がこういう音を出していたっていう生き様そのものみたいなのをコピーするっつーかさ、まぁなんでもまずはコピーからじゃん?(笑)ギターを学習するのにこれほどいいメソッドはないでしょう。ましてやその参照する元が高柳と浜野純だったらもう言うことないよね。

 

でもまぁこういうのってオカルトの領域でもあるんだよね。つまらない工学的な見方をしちゃえば音なんてシミュレートできるしそれこそさっき書いたリグを再現してこういう同じような音の出し方なり奏法をすれば音は出るっていうようなね、単純にそれこそシンセとかって話になればそうかもしれないけど凄まじく身体性と観念を必要とするギターみたいな楽器においてはそういうことじゃないよね。どういう必然なり観念なり思想があってああいう音を出していたのか?っていうようなトレースだよね。それは何のためにトレースするのか?っていうとコピーするのが一番良いってのもあるし何より日々楽しいじゃん?クソみたいな教本のクソみたいなフレーズを練習するよりっつーかまぁそういうのも必要なんだけどつまらない音を聴きながらやるより常に参照したいこれだ!っつー音を聴きながらやるっていうね、まぁ思想と似てるよね。どういう経緯でそういう思想になってそういう行動になったのか?っていうようなことは論理的必然性だけでは語れないでしょ。

 

むしろそういう論理とかじゃないところだよね。そこに何かあるはずだ!みたいなsomethingを求めるんじゃなくてエッセンシャルなところはそういう論理の外にあるっていうことを自明のものとしながらバカみたいに入り切ってやるっつーかさ、例えば変な話、ビルエヴァンスみたいなピアノが弾きたい!と思って似たような服装と髪型とメガネにしてあの独特の弾き方をするみたいな(笑)そういう形のところから入るみたいなところも含めてだよねっつっても俺はそれはやらないけど心意気としてそういう感じってことだよね。まぁティーンエイジャーのヒーローへの憧れだよね。そこをまぁ持ち前の永遠のティーンスピリットでやっちゃうっていうようなね、ただまぁでも浜野純はともかく高柳とかデレク・ベイリーを参照って下手なやつが一見誰にでもできそうなインプロを模倣してそれっぽくやる的な最悪の地雷みたいなものと表裏一体だよね。サーストン・ムーアになりたい!とかカート・コバーンになりたい!のほうが現実味あるよね。そんぐらいだったら弾けるだろうって思うから。

 

んでも高柳とかデレク・ベイリーとかまぁ浜野純は録音が少ないのとテクニックがどうのっていうところじゃないんだけどまぁ明らかに伝説を差し引いても天才だと思うし何しろ本当に驚いたんだよね。大里俊晴のギターノイズの動画を見てなかなかいいなーって思っててんでまぁガセネタ聴いたらこんな凄いギター弾ける人なのか!って思って心酔して前に書いたっけ?大里俊晴のアンソロジーがあるんだけどね、タカラネタンチヨトタカイネっつーやつなんだけどまぁそれ買っちゃったぐらいなんだけど後になって気がついたのが実はそれを弾いているのが浜野純という人だということが分かって浜野純ヤバいな!ってことになってるってのが今って感じかな。あんなギター弾けたらもうギター弾くことに関してのミッションはほぼコンプリートだと言えると思うんだよね。

 

そっからベイリーや高柳の道も究めるってのもいいかもしれないけどっつーかまぁこういうのは言っちゃったほうがいいんだよね。ダメだったらダサいなーっつーんでまぁ失礼なことではあるんだけどね。浜野純みたいなギターが弾きたい!とはいえるけど高柳やベイリーとなると言いづらいっつーのは(笑)でもまぁ昔と違って追い詰められてるし他のことにハマってしまって・・・ってこともあんまりないだろうと思うんだよね。これはハマれそうだって思ってやっぱダメだって挫折した最近のは将棋だけど(笑)まぁギターは今の生活が楽しくなってるようにギターのことばっか考えて面白くなるし音楽にしてもまぁそういうのばっか聴くようになるし耳もすんげーギター追うようになるからね。んで凄いのばっか聴いてると耳が肥えてくるしまぁ元々すんげー膨大な量の音楽は聴いて来てるけどギターだけ聴くってのはあんましてきてないしここ数週間でギターにのめり込むようになって本当にギター的なものにオブセッシヴになってるよね。アスペルガー的なところの最大の強みですけどねこれは。

 

んでなんか調子に乗って新しいギターほしくなっちゃうよね(笑)ジャズマスターってのがサーストンムーアとかマイブラのあの人とかが使ってるノイズも音色に使う人たち御用達でなおかつサーストンムーアシグネチャーモデルってのがあるらしいぜ!ってことでそれ欲しい!ってことになったんだけどガセネタの荒野で浜野純が使っているギターがESPのマッドキャットっつーやつでプリンスとかも使ってたやつらしいんだけどサーストン・ムーアと浜野純だったら同じギタリストでも例えるならジョニー・デップと福山ぐらいの差があるわけで買うならマッドキャットだろう!って思ったんだけど現実的に考えるとやっぱ指が短いからショートスケールがいいしアンプにつなげて音を出すと適当に弾いて弾けてるように錯覚して満足しちゃったり勘違いするから前に貼った島村スカムのロンドンビートみたいなアンプに繋がないエレキのペケペケサウンドのまま練習しててっつっても練習っつーか手を動かしてるだけなんだけどまぁこんな段階だからアンプに繋がない限り今のギターで十分なんだよね。

 

今のギターは一人ブラックメタルやるぞ!って思って買ったSMK再発動の時の二年前に買ったBC RichのWarlockってやつなんだよね。まぁ一応定価だけ見ると10万代のギターだし普通に良いギターだと思うんですよね。全然ギターのこと分からんけど(笑)高柳が使ってた今は大友さんのあるというギブソンのES-175がいいなって思ったけど素人が買うようなもんじゃないし相当上手くないと持ってても本当に無駄みたいな豚に真珠もいいところなギターで初心者がこんなの持ってたら刺されるぞっつーような代物なんですよね。まぁそんなにとびぬけてハイグレードじゃないとは思うけどまぁめっさ高いしね。ありえないね。

 

んでもまぁジャズマスターなら買えなくもないしMadcatも数か月服我慢すれば無理ではないしあとまぁショートスケールならジャガーだろって感じもするんだけどさ、ただでもなんつーのかな、やっぱ憧れのギタリストが使ってるギターが一番いいんじゃない?っつーか実際に同じギターだったら同じ音が出る確率も高くなるわけだしMadcatにしない手はないよねっていうところですよね。ジャガーだとカートコバーンシグネチャーモデルとかも出てるけどカート・コバーンって感じじゃないからな俺(笑)っつーかとびぬけてロックが似合わない男ですよ俺(笑)心底ノイズだと思うね。

 

そんなやつがギター弾いてるだけでおかしいのにカートコバーンモデルとかでよりロックになったら似合わない度半端じゃないしMadcatなら浜野純が使ってるからって言えばいいし言ったところで「誰それ?」ってなるしそもそも似合う似合わないっつーかどうみられるとかどう答えればいいかとかまず会話が発生しないから好きなのを使えばいいということで色々悩んでいるんですけどね(笑)まぁ別にどの道アンプに繋がないなら買ったところで何にも変わらないんだけどね。そこでまぁショートスケールだと恐らく弾きやすくなるからジャガーかなって気がするんだけどやっぱ浜野純だろうっつーか勝手に浜野純シグネチャーモデルとかって思ってMadcat弾けばいいじゃんってことになるよね。凄くそれが俺らしいと思うんですよ。

 

でもまぁそれってロッケンローラーに憧れる青年みたいなもんで憧れの浜野純が使っていたやつだから・・・っていうところですよね。スペック云々っつーか音が云々とか分からないわけでんじゃあ純粋にどんな音が出るギターがいいのか?っつったら断末魔の叫びみたいな音が出るやつがいいわけで音楽的である必要はないんですよね。そうなるとどこのが一番いいのかな?ってことになるんだけどまぁそんな感じでギターリサーチも続いてますね。まぁそんなのどこのっつーよりピックアップ次第だろうって話でもあるんだけどまぁいいや。

 

そんな感じでんじゃまた。

 

 

 あと最近読んでる本ね。

 

 

 まぁホント、イーターとかはリアルタイムだったから懐かしいよね。