ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

音楽の本質は自由にあり。

スパロボ経由で元ネタアニメにハマってた頃みたいな感じでギターとギターを中心に聴く音楽ってのにめちゃめちゃフォーカスしてるんで短期間でのレベルアップっぷりが半端じゃないんだよね。具体的に書くとディスみたいになるから書かないけど例えば先月ぐらいにこれは凄い!って思ってたのが意外にそうでもなかったりただのハッタリだったりとかその分、本当の凄さっていうかまぁエッセンシャルなものだよね。相対主義的に言うと本質なんてないんだけどそういう相対主義を超えた上での絶対主義っていうと変だけど絶対的な何かだよね。

 

そこでまぁ色々と思ったことがあるんだけど例えば音って全く数字と一緒で数字ってのは離散的じゃなくて連続的なものをどういう密度なり精度で示すか?っていうところでその連続的なものを離散的に考えて数としたり数学的概念とするんだけど数学的概念自体はまぁ俺はイデア的に思ってるからまぁゲーデル的な感じで全体があるんだよね。その一部分を数式なり物理現象を表す数学とかっていう言語として認識してるんだけどそれの感覚的なバージョンってのが音楽なんだよね。

 

でもそこで音楽の良さってのが数学には本質って無いわけじゃん?何しろ客観的なものだからね。まぁカントール的に本質は自由にあるっていう人間の数学に対するattitudeみたいな観点では言えると思うけどまさにカントールが言っている自由と同じことが音楽に言えてっていうかこれが比喩的な意味じゃなくてぶっちゃけもうほぼ同一と言っていいぐらいのものだってのが分かったんだよね。

 

すべての音ってのは鳴らされてるっていうかそれはイデア的にあるんだけどその人間から見たらほぼ無限に思える音のバリエーションってののほんの一部を切り取って配置することで音楽として認識してるんだけどそこでまぁケージ的にもなるんだけどすべては音楽であるって考えるってのはまさにその切り取る制度とか密度を上げるってことなんだよね。

 

ジムオルークが音的なものが音楽になったとたんに一気に興味が無くなるみたいなことを言ってたんだけどまさにそれで音楽ってのは恣意的なカテゴライズなんだよね。もしくは文化的なものとリンクしたカルチャーの一部でまぁそれ自体は悪いことじゃないんだけどね、ただまぁそういうカルチャーではないんだよね。そもそも連続性を切り取るというところに文化も何もないわけで、でもそこで人間ってのが介在するからこそ文化になるし文化から音楽が生まれたり逆もまた然りって感じなんだよね。

 

で、それは工学的に考えるとそれこそAIが作曲するみたいな世界観で良いものみたいなのをアルゴリズム的に作れるっていうところはあってまぁそれが型にはまった音楽理論通りにやる音楽なんだよね。でもそういうのだらけで完全に飽和化しててんでも思えばそんな精度でアルゴリズム的に作られてるものの台頭なんてのが実は近年の話でその前は大抵必然的にローテクになるからなんでも生だったしRawなところが良かったりロックで言えばテクニックとかじゃないものがあるわけじゃない?表現力だよね。

 

声とか身体を介するものはそういう表現力が介在する余地がある気がするけどっていうかまぁそれは打楽器とかね、でもギターってまぁエレキは電子楽器だから身体性からちょっと遠い感じがするんだけどっていうかシンセを魂を込めて弾くってあんまりなんかえ?って感じじゃん?

 

凄くセンシティブなピアノっつー楽器だと身体性とか細かい表現ってのの余地がっていうかむしろそういう機械的じゃないところに表現力ってのが出るわけで別にシンセに無いとは言わないけどそこでエレキギターってのはその電子とギターっつーアコースティックな楽器の間の絶妙なバランスがあるんだよね。だからそこでエフェクター通しまくって音を変えちゃうとただの音のソースが弦の振動というだけで実質シンセと変わらなくなっちゃうんだけどそこを身体性とか体が動いて出ている音っていうところがソースになってエフェクターなんかも通してその音が出てるっていうところがベストなんだよね。

 

そこに出てくる表現力とかそこに出てくるっつーより自ずと表現力が必要になってくるっていうテクニックとかじゃない世界だよね。そういうのをどう涵養するか?ってのはもう感受性でしかなくて全くない人には全くないんだと思うよね。でもテクニックならだれでも身につけられるからだからテクニックだけのものって感動を与えられないわけだよね。そこに凄まじい人間臭い表現ってのを感じるからこそ「おお!」ってなるもんなんだよね。その普遍性は何なんだろう?って思ったときにもうそれは人と人っていう
関係性でしかないよね。

 

人が人間臭く出しているものに人が感動するっていうのは必然的っていうかね、まぁツボがそういうところじゃない人もいるだろうけど俺は元々そういうところと程遠いようなのばっか聴いて来てまぁんでジャズとかシリアスに聴き始めるようになってだんだんそういうのが分かるようになってきてんでそれが本質だって分かるようになって逆に昔聴いてたようなデジタルばりばりみたいなのにあんま興味なくなっちゃったってのはあるんだけどなんかでもそこってようはなんでもいいんだと思うんだよね。

 

身体表現とか映像とか詩とかでもいいんだと思うんだよね。あとまぁ文学とかね。でも俺が一番高揚感を感じるのがやっぱ音楽なんだなってのを改めて思ったんだよね。もちろん思想とかも人間臭いから好きなんだけど理屈っぽくあるところもあるし別に思想は表現である必要はないからね。結果的に表現にはなってるんだけども。

 

そこでまぁ自分の感受性として音楽ってのが凄くハマるっていうまぁそこがストライクゾーンなんだなってのがすげー分かったんだよね。でもだったらアコースティックでしょってことになりそうなんだけそこがなんか違うんだよね。やっぱそこが根本発振器系ってところがあるのと音の好みってところもあるんだけどそういう電子と身体の間の絶妙なところっていうのに魅力を感じるんだろうなとは思うよね。

 

そこが電子に行き過ぎると電子音楽になっちゃうしそれこそシューゲイザーとかも色々聴いてて思うんだけど凄く身体性を感じるものとただの音色としてのギターフィードバックウォールみたいなのがあってまぁぶっちゃけストライクゾーンなのってほとんどないよね。マイブラ以外だとこないだ貼ったMedicineとかだよね。あ、んで最後に貼るけどすんげーストライクゾーンなの発見したんですよっていうか今貼ればいいのか。A Place to Bury Strangersっていうんだけど。

 

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電子と身体性の間とかっていうこととか完全なノイズになると興味なくなるんだけどあくまでロックって言うところとかがまぁ本当に最高としか言えない感じでね、ジザメリに影響を受けてるってのも分かるんだよね。本当に。一気にファンになっちゃったね。んでまぁ知った経由ってのがUS Rock 2000-2011って本なんだけど完全に舐めてたのがUSロックは歴史としては知っておいていいけど聴かないだろうって思ってたらまぁ時代もあるんでしょうね。

 

エレクトロニカっつーかポストロック的なものとか所謂王道ロックだけじゃなくてそれこそシューゲイザーとかノイズロックまで載っててっつってもまぁ全体としてはそんなに多くないんだけどまぁ盲点だったなって感じだよね。

 

っつーか薬が一気に効いて珍しく眠くなったからもう寝るわ。

 

んじゃまた。