ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

上手く弾けても意味ないっつーね。

育毛ギターねっていうか最近打ち込み関係に手が回らないんでしばらく育毛ギターメインになる感じなんだけどまぁ誰も聴かないからどうでもいいんだけどね(笑)轟音注意でよろしく。

 

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結局ギターって弾けたところで本人に何にもないと何も出てこないよね。例えばブルースっぽい演奏を練習して身につけましたっつって出てくるのは既存のありふれたブルース演奏なんであってさ、いや、色々と練習してて思うんだけど色々と弾けるようになったらできることが増えるっつーのはただの思い込みだなって思ったんだよね。

 

弾けるようになってもただの既存のものをなぞるだけでまぁ基礎テクニックってのがあれば表現力が増すっつーかできることが多くなったり既存のものからでも得られる知識はあるんだけどんでもなんかさ、エフェクターっつーかソフトのエフェクターだけど色々といじってると当然かけすぎると音のソースがなんでもこの音になっちゃうみたいなクソみたいな音になるしギターの質感を残しつつ音作りをするって大変だなって思うんだけどこういうところのバランスがいまいち分からないんだよね。

 

どんぐらいのウェイトでやりたいことってのがようは音作りなのか弾くっつーテクニックなのかさ、でも仮にブルースっぽいフレーズを弾いてんで自分で組んだエフェクトを通したいって思ったとしたらまぁこれって俺のマッシュアップ思想で言えば別にもう鳴らされた音なんて自分が作ろうが誰かが演奏しようが関係ないわけなんだよね。だから例えばブルースにエフェクトかけたいならそれこそブルースの演奏を持ってきてそのままエフェクトかけちゃえばいいわけだし何もそれを自分で弾く必然性って無いんだよね。いつも書くようなかっこいいハウスとかドラムンベースを俺が作る必要が無いってのと全く同じことなんだよね。

 

まぁ作れるかどうかは別として仮に作れても別にもうあるわけだし似たようなのを俺が作る必要は全くないってのと一緒で既存のものって全部そうじゃないですか?演奏然りだよね。ブルース弾けるようになりました!ってそりゃ自分的には感動するかもしれないけど音楽的な感動はないよね。自分がコードとか音楽っぽいやり方での訓練にイマイチ興味が持てないのも既存の音楽をなぞってるだけでまぁ「おお!ロックっぽい!」とかっていう細かい感動はあるんだけど別にありものをなぞってるだけって意味で全く意味ないわけでさ、一気に冷めるんだよね。

 

これがやりたい!とかやってみたい!ってのが完全にやり切れてるわけじゃないけどやってみるとあっけなかったりあんま面白くなかったりしてまぁそれで言えばコードなんてもっとつまらないよね。自分が聴いたことないだけでやり尽くされてるわけだしまぁ大体どっかで聴いたことある音ってまぁ和音なんて当たり前だけどそういうところに全く面白味を感じないとなるとってまぁ予想通りではあるんだけどね。そんなんで感動するとは思ってないんだけどまぁただ全然コードの練習とかしようと思わないんだよね。どうでもいいと思ってるからなんだけどでもまぁやるうえでは重要だからやった方がいいとは思うんだけどね。

 

それで言うとスケール練習とかも全然つまらないっつーか練習が面白い必要はないんだけど必要性を全く感じないんだよね。趣味としてブルースギターをやりたいと思うけどギターで何かやるってことになると音楽っつーより音になるからある意味音楽的なことがどうでもよくなっちゃうんだよね。ただまぁやっぱパワーコードとかを楽に弾けるぐらいのスキルはあったほうがいいと思ってるし指のトレーニングとかはやってるんだけどね。

 

まぁ完全にハマっててもう完全に没入してるけどでもすげー絶望感があるよね。良い意味でのね。所謂、世の中的にギターが弾けるとされるものとか凄くうまい!なんてのになんの価値もないというのが本当に色々とロックを聴いてて思うんだよね。凄くRawでかっこいいものは初期のロックにあったりパンクにあったりしてやり尽くされてるしテクニカルなのはプログレとかヘビメタとか腐るほどあるしロックの音は出尽くしたなんて昔から言われてるらしいけどまぁこれってコンテンツ系全般そうだよね。まぁ映画とかにしろ小説とかにしてもね。

 

なんかでもこれってすごいことだと思うんだよな。楽器やりたい!っつってあんな感じで弾きたい!ってのがあってもただのオナニーで極めて趣味的でしかないというね、そこでギターなり音ってのを突き詰めて所謂一般的にはよく分からない音楽みたいになってるのが趣味的とかオナニー的とされるっていう矛盾ね。まぁだからこの世の中的ってのが本当に音楽にとって余計なんだなって思うんだよね。

 

パンクロッカーとされる人とかも最近ネットで読んだのだとさ、カメラとかが入ると良いことを言ったり家族思いみたいなことを言うっていうまぁ本当に見せるっていうところに全力を注いでるみたいなクソみたいなやつがいてまぁ世間的に評価は高いらしいんだけど凄まじいフェイクだよね。そもそもパンクにせよロックにせよアングラカルチャーなんだよね。

 

実践したりマジでやろうと思ったらまず大衆音楽にはならないんだよね。ビートルズとかイーグルスみたいなのがまぁ歌謡ロックであんままだロックの知識無いけどブルーチアーのファーストとか感動しちゃったんだよね。これぞ俺が思うロックだしこれがロックだろうって思うんだよね。超絶的にってほどでもないけどノイジーで最後の方に至ってはノイズギターっぽいのまで入ってるっていうまぁんで荒っぽい演奏と録音のローファイさだよね。

 

結局ショービズ化されたものとか商業化されたものが一般的にはそれがロックなりパンクって認識されるんであってその時点ですでにオリジナルとの乖離があるんだよね。で、本当のロックなりパンクってのを出すとマニアックな音楽とかって言われるんだけど歌謡曲と比べてマニアックって言われてもね、本当に困っちゃうよね。これまた最近なんかで読んだっつーか書いてあったのを見たんだけどソニックユースが現代音楽をやってたりノイズっぽいインプロのセッションとかをリリースしてるなんつー名前か忘れたけどそういうシリーズがあるんだけどね、んでそれについて調べてたら彼らの趣味的な音楽をやるプロジェクトとかって書かれてて呆れちゃったんだよね。

 

まぁ分からんけどね、ソニックユースのありふれたロックっぽいところってようは食わなきゃいけないからああいうありふれたロックやるわけでしょ。で、合間合間にノイズ的要素とかを入れるんだけど近年のゲス不倫後のサーストンムーアのソロワークとかめちゃめちゃいいと思うんだよね。すげーギターと向き合ってるっつーかさ、フェスとかに出るレベルのロックスターみたいな人が全く金にならないようなプロジェクトをやってるっつーのはやっぱ音楽に対して真摯なんだなって思うんだよね。だからまぁソニックユースの凡庸なロック感も許せるっていうかね、やっぱソニックユースって初期のダルンダルンだったころが一番いいわけだよね。

 

まぁでもライブ映像とかも昔のやつを最近見てるけどライブではちゃんとしたノイズやってて偉いなーって思うよね。場合によっちゃ長すぎるノイズで客が引いてたりするときもあるんだけどまぁ客なんてただフェスでノリたいやつらだからだからまぁリズムが無くなったりすると不安になったりするんだろうね。本当はそこがかっこいいのに引いちゃうし長すぎてもダメだからそこでバーン!と永遠と続くノイズからロック調に戻ると盛り上がるっていうまぁこういうのはしょうがないのかなって思うけどね。ただホント、サーストンムーアの存在とノイズ的要素が無かったら本当に普通のバンドだよね。ソニックユース

 

まぁんでジミヘンなんだけどさ、やっぱりジミヘンもライブのあれだよね、めっちゃボルテージ上がってフィードバックやりまくってほぼノイズみたいになってるところだよね。でも演奏が適当なんじゃなくてすさまじく音楽的にフィードバックを使ってるっつーところがやっぱりすごいし何よりかっこいいよね。あんなのを60年代後半にやってたなんて凄すぎるでしょって前も書いたか。

 

でもなんかさ、一昔の前のテレビとかで特番でロックの歴史!とかやっても歌謡曲メインでジミヘンの過激な演奏とかキースムーンがドラム爆発させてるとかそういうの放送されないじゃん?んでまぁそういうロック特集ってのを見ててクソみたいな歌謡ロックばっか歴史として出てくるからロックってこんなに退屈な音楽なんだなって思っちゃってたんだよねってまぁ俺の話なんだけど。まぁこれがさっき書いたリアルロックと歌謡ロックっつー世の中の認識と実際のロックの間にあるギャップだよね。

 

ロックにせよパンクにせよ凄まじくラディカルな運動とか方法論なのにコモディティ化してっつーかコモディティ化したようなのがロックと認知されることによってリアルロックやリアルパンクがマニアックな音楽になっちゃうっていうさ、ソニックユースが現代音楽をやるってのが趣味的とされちゃうわけでしょ。商業的なもの以外は趣味的でオナニーっつー認識なんだよね。いやー敵は本当にこういうステレオタイプの世間ですね。こないだ書いたノームコアとは違うけどでもまぁ似たようなところはあるよね。

 

眠くなったから寝るわ。またなんか書くから適当に待ってて。

 

んじゃまた。